2012/01/25

時間が経過しても(かもめ食堂を通じて考えること)

そういえば、以前『かもめ食堂』が公開されたときも、きっと感想を書いたはずだと思い、ブログを見返してみた。一緒に見に行った人のことなどを思い出しながら。それはかれこれ5年半も前のことなんだなぁ。そして、かもめ食堂という映画に対する感想について、今回見て感じたものが、5年半前とほとんどブレていない。複数回映画を見たりすると、その時々の自分の状態で感想は変化することも多いと思うが、かもめ食堂にいたっては変わっていない自分がいる。それだけ、この映画が伝えたいものがストレートに表現できているということなのだろう。

こちらが、2006年の感想↓

http://megumi1966.cocolog-nifty.com/megumi/2006/08/post_8ff5.html

|

2012/01/23

かもめ食堂のnon-music効果

何気なくチャンネルを回していたら、映画『かもめ食堂』をやっていた。途中からだったけれど、それに以前劇場で見たのだけれど、やはり最後まで見てしまう。

登場人物が好きで、ヘルシンキが舞台なので、何度見ても飽きない。

映画でかもめ食堂として使われたレストランは、現在もヘルシンキにその姿がレストランとして残されているそうだが、実はそこには行ったことはない。かもめ食堂ツアーなるものもあって、日本人観光客には人気のようだ。

個人的には、映画やドラマの舞台は、心のなかだけのものにしたいという思いがある。

この映画で使用されている食器や調理用具は、どれもシンプルで欲しいものばかり。料理もできないのに、そんなところには目が行く。サチエがイッタラのオリゴシリーズの小さなカップにシュガーを1個1個詰めるシーンなど、とてもいい。

『かもめ食堂』を見て、普通レストランには音楽がかかっていると思うが、かもめ食堂では音楽が流れていないのが不思議だった。もしここで使うとしたらどんな音楽が効果的かと考えると、最終的に音楽なしに至った理由が理解できる。ヘルシンキの日本食レストランで、芯のピンと伸びたサチエのかもし出す雰囲気を出すには「無音」が一番に思えてくる。

日々やるべきことを淡々と、真面目に行うことの美しさを教えてくれる映画だと思う。

Kamome

|

2012/01/14

集合住宅

集合住宅に惹かれる。

テレビ番組や雑誌の特集で、海外の集合住宅を紹介されると、住んでみたいと思う。

たとえば、コルビュジェのユニテ・ダビタシオンもそのひとつ。マルセイユのものが特に有名のようだ。ベルリンにもある!

コルビュジェの建築物は非常に機能的でコンパクトといった印象で、わりとカチッとした規定された空間が好きなわたしは、だから惹かれるのだろうと思う。

ユニテ・ダビタシオンが完成した1950年代(?)に、一番最初に入居できた人々は、どんな感想を持ったのだろう。当時の暮らしぶりや、共用スペースの様子などを写した写真や映像が見たいなぁ。

この時代にこのモダンさ。鉄筋コンクリートが、古くなってもモダンさを維持させているし、この集合住宅の構成が、面倒くさがり屋のわたしにはもってこいのところだ。(たとえばショップが入っていたり<いまはないかも>、1階部分はピロティ<支柱>で支えられていて、通り抜けができる<建物の向こう側に行くとき回り込まなくてよい>、幼稚園が入っている、体育館もあるなど)

もちろん、石造りやレンガ造りなども深みがあって好きだけれど。

何年か前に森美術館でコルビュジェ展があったときに、ユニットハウスや、コルビュジェが晩年過ごした休暇小屋を再現したものも展示されていて、実際にその中に入ることもできる展示になっていたのだが、狭いながらなんとなく落ち着く感じがしたのを覚えている。

調べてみると、ユニテ・ダビタシオンにはホテルも入っているようなので、いつか宿泊してみたいなぁ。

それから、去年行ったベルリンにも、ユニテ・ダビタシオンのほかに、巨大な集合住宅がいくつかあるようなのだが、時間の関係で見に行くことができなかった。もし行けたとしても、外観しか見られないのではつまらないし。居住空間を見たいものだ。

集合住宅とは言わないけれど、たとえばニューヨークのブラウンストーンの建物が並んだストリートなどは、やはり素敵に思う。考えてみると、大都市の建物と建物がぴったりくっついているような居住エリアはどこもわたしには集合住宅のように見える。

それから、ホテルに宿泊するのも好き。いろんなものが完備されていて、箱に収まる感じが好き。

恐らく、人の気配や対面している家々の灯かりなどが、安心感を与えてくれるというところも、密集した住宅に心惹かれる理由のような気がする。(となり近所がうるさいと、それはそれで不満になってくるのだろうけど)

|

2012/01/09

ミッション・インポッシブル/ゴースト・プロトコル

Migp_wp1_1280

『ミッション・インポッシブル/ゴースト・プロトコル』を見た。

2時間を超える上映時間があっという間と感じさせる面白さ。

トム・クルーズ演じるイーサン・ハントが窮地に追い込まれたときに下す咄嗟の判断は、かっこよすぎてホレボレ。できる、できない、じゃなくて「やる」「成し遂げる」という前に向かう意識が、できないことをできるようにしてしまう。

しかし、トム・クルーズは何歳なんだ? ますますかっこいい。

あのテーマ曲もかっこよく、一気に脳内が活性化された。(と思う)

ミッション・インポッシブル/ゴースト・プロトコル オフィシャルサイト

|

2012/01/04

ニューイヤーズ・イブ

Poster00

そういえば、年末に映画『ニューイヤーズ・イブ』を見たのでした。(新年に「大晦日」という映画を見ましたというのもヘンですが・・)

31日に見るのは、あまりにベタだと思って、30日にレイトで。

よくあるハリウッド映画というか、予告を見ただけで全てが見通せるような映画だということは分かっていて、とにかくわたしには「ニューヨーク」「ジョン・ボンジョヴィ」というキーワードだけで十分。

そして、思いがけずザック・エフロンの魅力を再認識してしまったりも。あと、ミシェル・ファイファーが冴えない中年女性を上手に演じているのも見所だった。ミシェル・ファイファーというと美人でイカす女性というイメージが強かったのだが、この映画ではほんとうに役どころどおり冴えなく見えた。現にミシェル・ファイファーだということに気づいたのが、だいぶ後だったほど。

とにかく、これはおとぎ話だと思ってみると素敵だと思う。普通に見てしまうと、そんなバカな・・という設定が多いのである。大晦日のカウントダウンのタイムズスクエアで、すぐに人を見つけられたり、J.ボンジョヴィがライブをする2箇所の位置関係もあいまいだったし、カウントダウンのあと急いで家に帰ってドレスに着替えて馬車でレストランに駆けつけたサラ・ジェシカ・パーカーの早業も現実的ではない。でも、そこはOKとして見ないとこの映画は成立しないのである。

いくつかの男女の組合せがストーリーを織り成すのだが、個人的にはやはりザック・エフロンとミシェル・ファイファーがよかった。最後のダンスシーンまでこの二人はよかった。

あと、ハル・ベリーはさすがに綺麗だった。

それから欲を言えば、もっとニューヨークの本物の街角を映してほしかったなぁ。

|

2012/01/02

ベルリン天使の詩

20090319_909957_2

87年公開の映画だが、今回初めて見た。

全編をとおして淡々としているが、不思議なことに始まりから終わりまで、ものすごい緊張感が走っている。セリフというセリフはその多くが登場人物が心でつぶやいているもの。それを天使が聴いているのである。

天使が自分たちの居場所にしているらしい図書館が、映画を見終わったあとも残像のように脳裏に焼き付いている。きっとここはベルリンに実在する図書館に違いないと思い、ネットで調べてみるとやはりそのようであった。どうやらベルリンフィルに隣接しているようで、ならば去年の旅ですぐ近くを歩いて通ったのだと気付く。あのときは絵画館が目的地で、その国立図書館に立ち寄ろうとはまったく考えていなかったので、今さら後悔している。映画のなかの図書館はモノクロで館内が写っているのだが、モダンな建築だということが見て取れる。もしまたベルリンに行くことがあるならば、ぜひこの図書館を見ておきたいと思う。

この映画が撮られたときはベルリンはまだ、東西分断時代で、西ベルリンが舞台になっている。ときおり壁ぎわで撮られた構図があり、そんな場面ではわたしの目は壁の向こう側(東側)の様子にくぎ付けになる。また、ベルリンの街並みにも。街並みは美しいが悲しみを呈した美しさというように映る。パリのような明るさはなく、やや冷たさをたたえているように感じる。それはベルリンが歴史上特異な性質を持ってしまった都市だからか、それとも、そのことを強く意識しすぎているわたしの先入観があるからなのかはわからない。

ときおり現れる、たとえばサーカス小屋のあった場所とか、図書館にいた老人が移動して現れる場所は、大都市のなかにあるとは思えないような空き地である。そのような場所は見ているだけで人間界に絶望感までも感じさせる効果がある。

ピーター・フォークが登場する。ドイツ語の映画で、わたしの知らない時代のベルリンで、彼が出てくることがわたしに(観客に)安堵感を与えていたように思う。それは、コロンボとして大衆に見覚えのある俳優(この映画のなかで彼はピーター・フォーク役で登場している)であるということと、映画のなかで実は彼は○○である(ここでは言わないでおく)ということが、全体的に冷たさを帯びた作品にじんわりと血を通わせたような気がしている。

結局のところ、この映画が何を言いたかったのか・・・ 当時のベルリンという都市の様子を見るのに精いっぱいで、あまり考える余裕もなかった。実際、字幕を追うよりもベルリンの街並みや当時の西ベルリンの人々の生活ぶりなどに見入ってしまった。

天使のひとりが人間の女性(サーカス団の空中ブランコの女性)に恋をして、天使の身分を捨てて人間になり、女性と結ばれるシーンが最後の山場だが、さまざまな苦悩を抱えていて命に限りがあっても、人間として生きることは素晴らしいということだ、という結論ではあまりに単純すぎるような気がする。

映画のなかで「子どものころは・・・・だった。」というセリフが多用されているが、人間として生きることはそううまくいくばかりでないことを知らしめている効果があったと思う。

|

2012/01/01

new year

ずっと前にも書いたことがあることなのだが、個人的には新年という区切りで物事を考えるのは好きではないところがある。でも、気持ちを切り替えたり、新しいことを始めるのには大いに意識すべきとも思ったり・・ かといって何か新しいことを始めるわけではないのだけれど。

でも、昨日まで嫌いだった自分を直して行こうという絶妙のタイミングではある。こうありたい、こんな人でいたい、という理想はあっても、言動が逆を行っているではないかと気付くとき、自己嫌悪に陥るけれど、新しい年は少しでも理想の自分になれるように心を切り替えようと思う。

さて、そんなわたしの元旦は・・・

昨夜、夜更かしをしたため10時起床となり・・

(でも、初詣には行きました。昨夜0時を回ったときすぐ近くの神社へ。うちから神社の松林が見えるという近さです。)

お雑煮を食べ、

そのあとはだらだらと新聞やテレビを見て、午後はいただいた年賀状のうち出していなかった方へ急いで書いて投函に行き・・

そして、夕食もお雑煮。

平凡な穏やかな元旦。

**************

今日、あるサイトをチェックしていたらとてもショックなことがあった。

ほとんど毎日のように拝見しているサイトのひとつ「My Suomi Blog」の記事を担当されていたよしこさんという方が、そのブログを管理している会社を退職されたということを知ったためだ。お会いしたこともない方だけれど、わたしはこのブログがいつも本当に楽しみで、フィンランド、ヘルシンキの今を知る術として一番信頼できる情報源だと思っている。また、ヘルシンキで働く日本人の方(よしこさん)が、周囲の人とどのようにかかわってお仕事されているのかが興味深く、またよしこさんがいつも前向きに楽しそうに仕事をしている様子がわたしの励みにもなっていたほど、親近感のあったサイトだった。

この前届いたクリスマスボックスも、この会社の案内によるもの。商品を選び発送してくれる人がよしこさんだったから、わたしはこのボックスを注文したといっても過言ではない。対応してくれる人となりがわかっているから(あくまでもブログを通してですが)、どんなものが届くのか楽しみだったし、届いたそれは期待を裏切らないものだった。丁寧な仕事をされる人だと思う。

よしこさんが次に目指すものはどんなことなのかは、お別れのブログには書いてなかったけれども、不思議と応援せずにはいられない。

エールを送りたい。

**************

三が日は特に予定もなく、これから楽しみなのはDVD鑑賞。

「ベルリン天使の詩」を借りてきたのだ。

感想はまたのちほど。

|

2011/12/24

non title

最近の出来事

ラオスに赴任していたT氏が一時帰国しているからということで、親しい仲間で宴席を設けた。なんでも次の任務地はアフリカのアンゴラとのこと。しかもたった一人で。政府機関に協力する形で仕事につき、ある事案について政府に提言するのが任務だとか。なんか、スケールがちがう。ちがうけれど近い存在。

どうか、安全に。

Resize0146

かわいいbagを持っていたT氏。ラオス製だとか!

******************************

オランダの柔道クラブの方が、うちの大学の柔道部に合同練習に来ていた。

約1週間。

滞在にあたり少しだけお手伝いしたのだが、1週間たって皆さんが東京に向かって出発してしまったときは、最近にない空洞感があった。でも、柔道部の学生たちはきっと、わたしの何倍もそう感じたのではないかと思う。

柔道場のホワイトボードには、学生の名前がグループ分けして書かれていて、その意味を聞いたら、オランダチームのために毎晩夕食の準備をする班だという。素敵なことだなぁ、と思った。あとでオランダの皆さんに聞いたら、毎晩、バラエティに富んだ、しかも日本独特のメニュー(鍋とか天ぷらとか)を、満腹になるほど作ってくれたと言っていた。日本のホスピタリティは素晴らしいと言っていた。

それから、今回のオランダチームの来校で勉強になったのは、障害者の方が健常者とともに2人見えたことだ。2人とも柔道家。お一人は車椅子で全盲の方。家族の同伴なしで見えたということに驚いたが、同行した健常者の方々がごく自然にフォローしていた。どんな場面も障害者と健常者が行動を共にしていた。日本ではあまり見られない光景ではないかと思う。

1koho1583

オランダチームと本学柔道部。

前列右から7名の方々がオランダの柔道家の方々。

自分が海外に行って、その国その都市に行ってよかったなぁと思うとき、その理由はいつも出会った人、かかわった人がどうだったか、ということ。いい買い物ができたとか、美味しいもの食べたとかよりも、その国の人がどうだったか、ということだと思う。オランダチームが帰国したときに、柔道部の学生たちの対応を思い出して、日本に行ってよかったと思ってもらえたらいいな。

そして、この柔道部を指導しているT師範、T監督の国際交流に対する考え方が、学生たちをそう動かしているし、わたし自身もとても勉強になる。

|

フィンランドに頼んだプレゼント

自分へのプレゼントということで、いつもチェックしているフィンランドのサイトで案内されていたギフトセットを注文したのだが、クリスマス直前に配達された。ヘルシンキから。

Dsc_0192 こんな外装の小包

          ↓

Dsc_0193_2 

マリメッコのギフトボックスが現れて・・

          ↓

Dsc_0194_2

アラビアのマグカップ(ひとつはムーミンマグ)がメインで、

お茶やチョコレートなどの詰め合わせ。

このギフトについては、案内のあったサイトにて24日に説明が掲載されるようなのでそれまで、手をつけずに待っているところ。

⇒詳しい説明が掲載されました(こちらをクリック

ムーミンの物語は好きだが、ムーミンがデザインされたアイテムは趣味ではなく、いままで買わなかったが、まあ、1個くらいは持っていたいと思って。

このマグは今シーズンの限定品のようだ。

|

2011/12/23

クリスマス会

G教授のご自宅(赤城山麓!)で恒例のクリスマス会が開かれた。

午後2時ごろから徐々に招待客が集まり出して、少しずつ話の輪が広がる。お料理が運ばれて乾杯の時間が来るころには、自己紹介もほぼ終わってみんな打ち解けていた。日本のパーティーだと、集合時間に乾杯し、すぐにお料理を食べ始める、カチッとしたものだと思うが、アメリカ人(サウスダコタ出身)のG教授のそれでは、まだかまだかと辛抱強くお料理を待ちながらおしゃべりに興じるスタイル。その間、ホストファミリーが(特に息子さん、娘さんが)せっせせっせとお料理を作ってくださった。

1resize0142 2resize0141

パーティースペースはG教授ご自身が時間をかけてリフォームしている。(写真の右側がG教授です)

以前はなかった薪ストーブが置かれていた。薪も充分ストックされていて、これでこの冬、安心ですね。それからゲストルームも完成していて、ちょっとしたモーテルみたいで素敵すぎた。これから天井を完成させて、壁一面に本棚を括りつけて、あと1年ほどで完成させたいとのことだった。教授の工房にはそのための材料がたくさん納められていた。少しずつ少しずつの手作りというのがいいなぁ。

3resize0140 素朴なツリー。こういうの好き。

4resize0139

そして、これがG教授が丹精込めて焼いてくださったターキー。まだあと2羽出てくるとのこと!じっくり温度管理して焼き上げてあって、もう言うことなし。

5resize0145

そして付け合わせのお料理も並んで。

素材そのものの味を楽しめるものばかり。

6resize0144

なかでもわたしの大好物の玉ねぎ丸ごと煮。G先生の息子さんが半分に切ってくださる。これは何個も食べてしまった。赤のお鍋の中身はマッシュポテトがたっぷり入っている。

7resize0143

ふと窓の外を見ると、日が落ちてキーンと寒い空気で標高が少しあるので、とてもいい雰囲気のなかに包まれているようだった。やっぱり薪を燃やすストーブはいいなぁ。だいいち温かさが違うのだ。

そして、G教授の奥さんと義理の妹さん(Sachikoさん)が、毎回とても優しく迎えてくださる。今回はSachikoさんのワシントンDCに住まわれていたときのお話や、いまのご主人との出会いのお話を聞いたりして、その話がわたしにはかなり直球でドカーンと響いた。

少し早めにおいとましたのだが、山を降りるとき雪がかすかにちらついていて、ちょっとホワイトクリスマスであった。

メリークリスマス!

|

2011/12/19

恐い体験

旅のこと

旅先で恐い思いをしたことは、ほとんどと言っていいほどない。
どちらかと言えば、わたしはかなり慎重なため、無茶なことはしない(できない)し、何かと余裕をもって行動しているほうだと思う。

でも、一度、「えっ?もうだめかも」という事態に遭遇したことがある。
それは数年前にニューヨークに行ったときのこと。
冬で、日中出歩いて夕方いったんホテルに戻って少し休んでから、初めてのオペラに行こうとしていたときだったと思う。ミッドタウンの中級ホテル。部屋でくつろいでいるときに、いきなりドアをドンドンとすさまじく大きな音を立ててたたく人がいて、ドアの外で何か大声で叫んでいた。何を叫んでいたのかはまったく聞き取れなかったのだが、私の勝手な想像では、「開けろ!さもないと・・・」のような感じに思え、わたしは何もできずひたすら部屋で固まっていた。

恐くてドアに近付くこともできなかった。

そのときに、その事態をいくつかのパターンに想定していた自分がいたことは今でも覚えている。恐かった割には変な余裕があるものである。

想定1:ドアをたたいたのはポリスマンで、ホテル内で事件が起こっていた。
想定2:どこかの部屋の宿泊者からフロントに気分が悪くなったので助けて、と電話があった。
想定3:ホテルの窓から飛び降りようとしていた宿泊者がいて、通行人がホテルに通報した。
想定4:これは夢のなかの出来事である。

しばらくすると、ドアをたたく音は止み、人声も聞こえなくなった。
最初、「この部屋は問題はありません。何があったのですか?」とドアを開けようかとも思ったが、その音があまりにも激しかったのと、もしかして銃でも持っていたら大変だと思い、居留守を装った。

あれは尋常じゃない雰囲気だったし、本当に何かあったのではないかと思う。その人はうっかり階を間違えたんじゃないかと思う。

でもふといま考えると、あれは現実ではなかったのかも知れない。いや、ニューヨークだもの、あれくらいのことはきっとあるだろう・・・

などと思いを巡らすが、真実はドアの向こうであり、いまとなっては知る由もない。

|

2011/12/13

フルーツケーキの季節

船橋に住んでいる友人から、フルーツケーキが届く。

Dsc_0175

かわいい包み紙。

ずっとこのまま眺めていたい。

Dsc_0176

でも開けずにはいられない。

シックなリボン使い。

それに、彼女が今年旅したヨーロッパでの写真が2枚添えられていた。

1枚はピサの斜塔。

もう1枚はゴッホが晩年過ごした病院近くのオリーブ畑。ゴッホはこのオリーブの木々を描いたという。ゴッホの作品もどこか嘆きのようなものを感じるが、写真で実際の場所を見てみても、どこか物悲しさが漂うように感じる。もとからそうなのか、ゴッホが描いたからそう見えるのか・・・

今年も変わらずにいてくれる友人に感謝するクリスマス。

|

2011/12/08

NYのディナークルーズ

旅のこと。

一人旅が多いせいか、旅先ではデパートのフードコートや、カジュアルなレストランで食事を済ませることが多い。気張ってお洒落な食事などしようものなら、ちょっと場違い的な思いをするので、一応そのへんはわきまえているつもりだ。(いまは)

いままでで一番自分のことをばかだなぁ、と思った食事は、冬のニューヨークに行ったとき、オプションで申し込んだ「夜景を見ながらのディナークルーズ」である。あれは一人で申し込むものじゃないとあとから思った。申し込んだ当初、夜一人で出歩くのも危ないし、ホテルまで迎えに来てもらって船まで送ってもらって、ぼんやりマンハッタンや自由の女神を眺めながら食事をすれば、ラクだし間がもつし・・・などと考えていたのだが、いざ船に乗ったら私は一人なので小さなテーブルに案内され、ぽつんと一人、美味しい料理(お料理はまあまあ美味しかった!)とワインを堪能しながら夜のハドソン河に浮かんでいたのだった。

船内はまったく混んでいなくて、むしろガラガラだったのだが、だからか一層、自分が変に浮いているような感じもした。だいいち、見回す限り、一人で食事しているのは私だけなのである!友達同士や恋人同士、それに何かのお祝いをしているのか、20人くらいの団体もあちらの方に見えるという空間。夜景とともに、それらの人々の様子もおのずと目に入ってきた。そうでなくてもアルコールに弱いわたしは、船の揺れも手伝って自分でも可笑しく思えるほどクラクラしていた。それで、そうだ、デッキに出て冷たい風に当たって酔いをさまそうと思い、外に出てみた。そしてそこには誰もいなくて(それはそうだと思う。だってすごくすごく寒かったから)、もし、ここでフラついて川に落ちても、きっと誰にも気づいてもらえないかもしれないと急に恐くなり(ちょっと大げさだけど)、でも、目の前にある美しい夜のマンハッタンを、しっかり手すりにつかまったまま眺めてから、またテーブルに戻った。

船を降りるときに、年配の日本人のご夫婦が、わたしが一人だったことに途中から気付いたみたいで、「お食事のときにお誘いすればよかった」と声をかけてくださった。
もう10年くらい前のことだが、こんなことをいまでもよく覚えていて、自分でもおもしろおかしく思うくらい、実はぜんぜん惨めとか淋しかったとかは思っていなくて、そのときの旅では不思議な気持ちが渦巻いていたように思う。もしかすると、一人でいることを楽しんでいたようにも思う。だから、その日本人のご夫婦がテーブルを共にしようと実際誘ってくださらなかったことを感謝した(心の中で)。もしご一緒させてもらったら、きっとわたしは初めてお会いする人との会話に気を遣って、夜景を堪能できなかったかもしれない。時の味わい方、過ごし方は人それぞれなのだから。

それから余談だが、クルーザーが出るハドソン川の船着き場のところは、意外と殺伐とした雰囲気があると思う。でも、あまり垢ぬけていないぶん、船が岸から離れてそこから見える宝石のようなマンハッタンがいっそう強調されるような感じがするし、なんかこう、妙に創り込まれていない船着き場がわたしは嫌いではない。夜景を見るための出発点だからといって、船着き場がカッコつける必要はないし、船着き場は船着き場である。

食事にまつわる話はつきないので、まだまだつづく。

|

2011/11/27

旅先での朝食

最近、ツイッターに傾倒していて(といっても毎日つぶやいているわけではないのですが)、ブログを更新するのを怠っていますが、今回から何回かにわたって、旅先で感じたいろいろなことを思うままに書こうと思います。

今回は・・・

ホテルの朝食のことについて

私にとって「ホテルでの朝食」は、その旅がどうであったかの重要な要素のひとつである。普段は出勤前の慌ただしい時間にとる朝食を「楽しむ」という感覚はないのだが、旅先での朝食というものはなんと楽しいものかと思う。ホテルに宿泊している人が三々五々やってくるから、どんな人が泊っているのかを知る時間でもあり、それがまた楽しい。

だから、基本的にはきちんと早起きをして、その日の行動の前にホテルのレストランに朝食を食べに行く。だいたいにおいて、それはバイキングで、毎日変化のないメニュウ。3泊も4泊もしていると飽きそうであるが、これがまったく飽きずに食べることができるから不思議。しかも、さらに不思議なことに種類がたくさんあるパンやジュース、野菜料理や卵料理などからわたしがチョイスするものは、ほとんど毎朝同じなのである。たとえば、豊富なチーズがあるとする。初日に選んだチーズが「美味しい!」と感じたなら、そのホテルに宿泊している間の朝、私はとことんそのチーズを食べ倒す、といった具合に。美味しいパテなんかあると、もう毎日それをお皿に乗せてこれまた毎日同じ種類のパンにのせていただくといった具合に。選ぶジュースもオレンジジュースがほとんどだし、果物はいただくにしても、ヨーグルトは敬遠しがち。海外など、ヨーグルトに付け合わせるシリアルとか果物とか豊富なのだが、これにはなかなか手が伸びない。

私が泊まるホテルは、中級クラスがほとんどなので、高級ホテルの朝食はさぞ素晴らしいものなのだろうと憧れるけれど、それでも中級の朝食に私はすっかり満足している。

今年のベルリンのホテルでの一番の印象はパンとレバーペースト。私が毎日選んだパンはドイツらしいライ麦風の食パン。これに香辛料が利いたレバーペーストのようなもので、これもいくつか種類があったのだが、私は常に香辛料がばっちり利いた(香辛料の粒が見える)ものをチョイスしていた。それをライ麦パンにたっぷり付けて食べる幸せ。カロリー高いだろうなぁ、と思いつつも、これからがんがん歩くのだし、お昼とかちゃんと食べられるか判らないのだから、いいのいいの、とおかわりまでして食べていた。そのホテル自慢の(?)中庭が見えるテーブルで。

忘れられない朝食バイキングのメニュウのひとつに、ヘルシンキのニシンの酢漬けがある。初めてのヨーロッパがヘルシンキ。そのときのホテルはヘルシンキで一番古いという老舗ホテルだったので、朝食もそれは優雅なものと想像していたのだが、まあ、全体的な感じは朝食ということで一般的だったと思う。でも私がこと感動したのが、ニシンの酢漬けであった。バルト海や北海に接する国々はニシンの水揚げ量が多いのだろう、本当に美味しい。私は「酢」にも目がないので、このホテルのニシン酢漬けは独占的にといっても過言ではないくらい遠慮なくいただいた。きゅうりの分厚い輪切りとともにパクパクと。あと、このホテルのレストランはクラシックな雰囲気満点だった。天井がすごく高かった!それだけで豪華と感じた。

朝食スペースというと、上記の老舗ホテルのような豪華さもあれば、同じヘルシンキのホテルでも、「えっ、ここが?」と思うようなところもある。マーケット広場に近いとある小さなホテルでは、フロントの脇のロビースペースが、朝と夜だけレストランと化すようで、それでも立派に機能をなしていた。その小スペースでは、旅行者の顔と顔が近いので、ちょっとした会話が生まれたりする。昨日、どこどこに行って素晴らしかったらあなたも行くべきよ、などとアドヴァイスされたり、今日はどちらへ行くのですか?などと質問したり、されたり。

アメリカはどうだろう。
もちろん朝食つき、または有料で食べられるレストラン付きのホテルは普通にあるだろうが、ニューヨークでは、わたしはホテルから出てカフェやデリで食べるほうを好むようだ。理由はよくわからないけれど。おそらくあまりにも興奮しすぎているせいで、夜あまり眠れず、早朝の街を歩くことなんか考えていて、ガイドブックを見ながら、たとえばベーグルが有名なお店が何時から開いているか調べたりすること自体が楽しいからなのだと思う。

アムステルダムの朝食バイキングでは、チーズが美味しかったし、やはりその国の特産物というのはぜったいに食すべきだと思うが、それらがきちんと朝食のバイキングで食べることができるというのが、とてもスマートだと、これを書いていてつくづく思うのである。

Resize0138

こちらの写真は、記事とはまったく関係ないロックフェラーセンターのクリスマスツリー。数年前に撮ったものです。今年の点灯式は11月30日のようです。

ホテルの朝食の写真があるかと、写真を見まわしてみたのですが、これがまったくないのでした。基本的に食事をする際は写真を撮るのがどうもダメで、食べる方に夢中のようです。

|

2011/11/23

シャツ

無印良品が会員10%オフ週間ということで、とにかく行ってみようと出かけた。

行けば買いたいものがたくさんある無印。ウールのスロー(大判の膝かけのようなもの)と、前から迷いに迷って買っていなかった白の綿シャツを購入した。

Dsc_0158

ガーゼ地のような柔らかさのある綿シャツ。

この丸えりが好き。

決して高いものでもないけれど、大切に着たいと思う一着。

|

2011/11/18

non title

最近思うこと

ゆるーりと行こうと思う。
ただ人には迷惑をかけないように。
泣いても笑っても人生あと20年。うまく行って30年。いろんなことを感じたり、いろんなものを見たり。
気心の合う人との愉しいおしゃべり。
苦手な人はできるだけかわして。
美味しいもの食べたり。
旅のこと考えたり。
そんな感じでいい。

|

2011/11/11

ニューヨーク本

Dsc_0141_2

もうずいぶん前に書店で偶然見つけて購入した本。

文庫本だが、手放せず、そしてたまに手にとってはバラバラと読んでいる。

     『ニューヨーク街路劇場』 粉川哲夫 著

あとがきを読んでいたら、70年代のニューヨークとはこういう時代だったのかとわかりやすい記述があって、いろいろ考えさせられた。

“ニューヨークという都市にずっと魅きつけられてきたが、この本の時代背景となっている1970年代後半のような時代に出会うことは二度とないだろう。それは、わたしがニューヨークに慣れてしまったからではなく、1970年代がニューヨークにとって非常にユニークな時期だったからである。”(本文より)

どのようにユニークかは、その続きの部分をかいつまんで言うと、70年代のNYは60年代に生まれたアングラもニュージャズも実験的なアートも痕跡はいたるところに残っていて、40年代に定着したアメリカ的生活様式も生きのびており、NYに身を置くだけで、その日常環境と人々の身振りを通じて一世代くらいの歴史的スパンを感じることができたということだ。また、この時代は、次の変化に向かってNYが大きく動き出す時代だった、と。工業化が終わり、情報やサービスを志向する社会が本格化しはじめ、旧時代の終わりと多くの問題をはらんだ新時代の始まりが鮮明に見えたとも。

そんな70年代のニューヨークを、タイムトラベルできるならば、歩いてみたいと思った。

でも、わたし的に思うのは、NYって、いつの時代もリアルタイムで感じた人にとってはユニークなのではないかと思う。その人その人のNYがあるのだと思う。そして、NYに限らず、都市とは時代ごとの変化を魅力と思わせるために存在しているのかもしれない。だから、変化し続けるのではないか。

そして、この本でいう新時代は、いまではもう旧時代となった。“新たな新時代”もまた問題を抱えている。そして、旧時代も新時代も、その次の旧新も・・・きっとユニークな時代になるのだろうと思う。

粉川哲夫氏のサイトに、当時のNYの写真がたくさん掲載されている。

スチル写真をクリック!

http://anarchy.translocal.jp/newyork/index_jp.html

|

2011/11/06

apple

テレビでりんごを煮るときにレモンスカッシュを使うと、色が変わらなくてよいというのを知り、またりんごが安くておいしい季節ということもあり試してみた。

Dsc_0124 今回はC.C.Lemonを使用

今回、2種類のりんごを入れてみたが、これはやめておいたほうがベター。種類によって柔らかさが違うので、煮る時間の調整が難しい。

Dsc_0125 はちみつ、シナモンパウダー

そして、煮るときにはちみつで甘みを浸み込ませてみた。少し物足りないと感じた場合は砂糖も加えてもOK。

シナモンパウダーは、お皿に盛り付けてから振りかけるとよいです。(たぶん)

Dsc_0127 できあがり

確かに、色がきれいなままのできあがり。

秋の夜長のおやつに。

アツアツでも冷やしても美味しかったです。

----------------------

<材料>

りんご・・・好きなだけ(上記写真は2個分です)

    紅玉のような酸味があって実が締まった煮崩れしないタイプがよいです。

レモンスカッシュ・・・ひたひたより少なめでよい

(CCレモンは少し酸味が強すぎるので、違うもののほうがよいかもしれません)

はちみつ・・・適量

砂糖・・・適量

シナモンパウダー・・・適量(なくてもOK)

|

2011/11/05

やっぱりオキーフ

先日、国立新美術館で開催中のモダン・アート,アメリカン展を見に行った。

そのなかで、やはりジョージア・オキーフの作品ばかりに引き込まれるわたし。

そのなかでも“ランチョス教会 No2、ニューメキシコ”の前からはなかなか離れられずにいた。あと、同じくオキーフのジョージ湖の小屋を描いた作品も好き。

Highlight_works05l 公式HPより

実物はこんなものではなく、もっともっときれいな色なのです。

特に背景の色なんか、これとは全然違うのです。

オキーフは色のサンプルをたくさん作って研究していたと聞いているが、ほんとうに色の組合せが美しくて、なおかつ対象物の形を単純化しているので、そのようなところが自分の好みとピッタリ合う感じがする。

国立新美術館 モダン・アート,アメリカン展

|

2011/11/01

東京オアシス

映画「東京オアシス」を見た。

Story2

オムニバス。二つ目の原田知世が出てたのが気に入る。映画館でのひとこま。
そのなかのディテールに、映画館で偶然となりに座った人って、全然知らない人じゃなくて、少しだけ知っている人かもしれない、というのがあるのだが、いいところに着眼したな、と思う。長距離のバスや電車、飛行機などで隣り合わせになったりしたときに、特に異国に行ったときなどは、そのことをわたしはいつも考えていた。
大概は、言葉を交わすこともなく、ただその人について想像を巡らすだけなんだけれども。そして、旅から戻ったあともしばらくは思い出すけれど、いつのまにか記憶からは薄れてゆくのだ。
人は孤独だと思う。

この映画、お馴染みの手法で、余計なものがそぎ落とされている。そのぶん、見ている側の想像が際限なく広がる。

静かな優しい日常、あることから遠ざかってからの時間がもたらす気持ちの変化、日常から離れてみたときの気持ち、丁寧な仕事。いくつかのヒントがこの映画にはあった。

おすすめです。

東京オアシス

|

«世界のかばん博物館