2009/11/08

Gershwin

朝起きて「あー今日は休みだぁ」と安心してもうひと寝入りするときの幸福ったらない。今日はそんな朝だった。

気分のいい日は部屋で音楽など聴こうと思うもので、久しぶりにガーシュインなんかを聴いていた。"Gershwin songbook"というこのアルバムは、確か、ずっと前にNYで買ったものだったかな。

用事を済ませながら聴いていて、ふと気に留まるのは、エラ・フィッツジェラルド(Ella Fitzgerald)の歌声だ。このアルバムにエラが歌う曲は3曲収められている。

なかでも有名な"Someone to Watch Over Me"は、とてもいい。"Soon"もなかなか。

|

2009/11/03

non title

Bon Jovi のニューアルバム(THE CIRCLE)がリリースされた。4日と思っていたのだが、昨日(2日)そろそろ仕事上がろうかと机の上を片付けていたときに、TK氏より、メールが来た。すでに彼は入手したとみえて、写真まで添えられていた!

Ken TK's(DVD付き)

職場を出たら、嵐のような風雨だった。カサをさしていても服がびしょ濡れになるほど強くて、その上すごく寒かった。それでも、CDを買いに途中寄る。

Bonjovi 私の(DVDなし) 悩んだ挙句なしのほうにした。

1曲目はやっぱりヘルシンキの街角で聴こえてきた曲だ。先にシングルカットされていたのかな。今日もドライブ中ずっと聴いていた。ありきたりの表現だけど、ボン・ジョヴィらしさ100%で、覚えやすいメロディーとかっこいいギターと、やんちゃっぽいジョンの声がミックスされている。歌詞はまだよく理解できてないので、これからじっくりと。

・・・・・・・

図書館で借りた「ニューヨーク日記」(江成常夫)を読んだ。写真と日記風の文章で構成されている。1974年から1年間のニューヨーク滞在中に撮ったという写真は、モノクロで、見るものをしばらく離さない力を持ったものだった。被写体になった人々はいまどうしているのだろう、恐らくこの世を去った人もいるだろう、などと考えるともの悲しさに襲われるのだが、彼らは確かに74-75年のニューヨークに実在したのだ。

Image2_2 Image_2 「ニューヨーク日記」江成常夫(平凡社)

・・・・・・・・・・

今日の読売新聞の「時代の証言者」は、カトリック教会大司教で元上智大学学長のヨゼフ・ピタウさんの記事で、「大学を一つの共同体に」と題して語られている。ユニバーシティの語源、ラテン語のウニベルシタスは「皆が一つに向かって進む」という意味だそうだ。ヨーロッパ最古のイタリアのボローニャ大学では「学ぶ者、教える者、働く者が一つの共同体になって初めて大学になる」とうたったそうだ。そして氏もこの考えに共感し、上智大学で実践したことが書かれていた。そうじのおばさんに対する姿勢などが書かれていて、それで、先日のあることを思い出した。私が倉庫に用事があって行ったときに、ドアを開けておいたら、掃除の担当の女性が「ちょっと、中を掃いていいですか?ほこりが目にとまったものだから・・」と言って倉庫の中に入ってきた。「いいえ、ここはご担当外の場所ですから、気にしないでください」と言ったのだが、「いいえ、ついでですから」と掃いてくれたのだった。それで、少し言葉を交わした。「大学というところで働けるなんて思ってもみなかったから、嬉しくて・・」とおっしゃっていた。それで、こんなふうに前向きな行動にもなるんだなぁと思った。「共同体」かぁ。

・・・・・・・・・・・・・・・・

出かけた道すがら、反町薬師に立ち寄ってみた。

秋晴れの午後なのに、私たち以外は誰もいなくてちょっと贅沢。京都にでも来ているような感じだった。

200911031444000 200911031446000 200911031447000 200911031452000

200911031453000_2 200911031445000_2

|

2009/11/01

non title

200911011426000 200911011423000 200911011542000

硬式野球部が1部リーグ昇格をかけた入れ替え戦に二勝し、見事1部に返り咲いた。

今日この瞬間に立ち会うことができて、よかった。

おめでとう。

試合後、選手とベンチ入りできなくて応援に徹した部員全員を前に、監督が「この結果は、選手の力だけでなく、普段の練習で球出しや球拾いをしてくれた部員全員で勝ち取ったもの。今後も、思い上がることなく(謙虚に)、頑張っていこう」など語ったのが、ジーンと心に沁みた。試合前日の夜、仕事を終えてグラウンドの横を通って帰るとき、応援に回る部員が一生懸命に応援の練習をしていたのを見たから余計に。全員を前に、全ての部員を称えた監督の心意気が素晴らしかった。

そして、野球は球場で見るものだと改めて感じた一日。

・・・・・・・・・・・・

友人のM女史のお宅へ伺った。

壁の質感やドアのデザイン、照明や家具など、とてもセンスがよくて素敵な家。

食器なども気に入ったものを揃えはじめていて、こだわりを感じた。

Image iittala/origo のマグでおもてなしをしてくれた

|

2009/10/21

non title

Bon Jovi がニューアルバムをリリースするらしい。

最近めったにCDを買わなくなったけど、これは買わなくちゃ、と発売日を手帳に書き込んでおいた。HMVでメンバーの写真を見たが、相変わらずジョンはカッコいいなぁ。そういえば、先日のヘルシンキの街角のお店で、どこかで聞いたような親しみのある歌声が聞こえてきて、あれは紛れもなくジョンの声だった。曲は初めて聴いたものだったが(ニューアルバムの1曲?)、しばらく足を止めて聞いていたことを思い出す。ちょうど帰国する日で、ホテルを出て中央駅のバスの停留所まで荷物を転がして歩いているところだった。

今年もあと2ヶ月と少し。

今日、クリスマス・パーティーのお誘いがあった。もう、クリスマスかぁ。

そうだ、ロクフェラーセンターのツリーの点灯式は今年はいつかな?

バーナード・マラマッドの短編集「喋る馬」を買った。雑誌Coyoteに柴田元幸が翻訳を載せていたのが目にとまり、味わいのある短編ですぐにその作風が気に入ったものだから。

家でお酒などめったに飲まない私だが、最近ハマッているのがギネスビール。泡がクリーミーで苦味がないところが気に入っている。そして缶のデザインも。でも、1缶は飲みきれず、半分くらいがちょうどよいのだが・・・

Image

|

2009/10/18

non title

伊勢崎市の明治館通りで「光のページエント 伊勢崎燈華会」というイベントがあることを今日の朝刊で知り、日が沈んだころに行ってみた。

150mほどの短い距離ではあるが、ろうそくのやわらかい光が秋の心地よい夜を灯していた。

Resize0146 Resize0145 Resize0150 クリックで拡大されます

伊勢崎という街が私は結構気に入っている。

今回のイベントも、そんなに派手ではないけれど、この街の器にあったサイズで、ひっそりと開催されているのも素敵だと思う。

普段は車で通り過ぎるだけの場所に人の流れができていた。文化的な光景。自然に小さな商店も目に留まる。「そうだ、松露庵で赤城しぐれを買って帰ろう」と立ち寄った。

伊勢崎神社ではジャズライブも開催されていた。

Resize0149 狭い境内は人でいっぱい。

照明が当てられて、こんなに美しい伊勢崎神社を私は初めて見たのだった。

|

2009/10/12

non title

ここのところ、海外ドラマ「フレンズ」にまたまた浸っている。何度見ても飽きないし、そのときどきで新たな発見があったりする。発見というか、恐らく自分の変化が見方を変えているのかもしれないが。今回は特にジョーイとチャンドラーの友情に何度も感動している。チャンドラーって、ちょっと嫌なヤツだと思っていたのだが、ぜんぜんそんなことなかった。彼のジョーイに対する優しさときたら・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

市立図書館に出かけて行って、古い本が読みたくなり、検索して何冊か書庫から出してきてもらう。その中に千葉敦子さんのものがあり、読んでいる。

  「ちょっとおかしいぞ、日本人」 千葉敦子 著 新潮社

以前、千葉さんの本は「ニューヨークでがんと生きる」と「ニューヨークの24時間」を読んだ。文庫本が私の本棚には置かれている。千葉さんは87年に他界している。ジャーナリストとして第一線で活躍した人だった。

「ちょっとおかしいぞ、日本人」は85年に発行されている。当時、国際社会から見た日本を歯に衣着せぬ物言いで批判していて、なんとも痛快だ。あれから約25年が過ぎたいまの日本を千葉さんが見たら、どう思うだろう?などと考えながら読んでいる。この本によれば、当時、日本人は遠い国の不幸には無関心だ、ということが諸外国から批判されていたようだが、いまはどうだろう。多くのNPOやボランティア、それに募金など日本人はだいぶ発展途上国に貢献しているのではないだろうか。また、女性蔑視についても書かれているが、男女雇用機会均等法が制定されて、千葉さんも現状を見れば恐らく良かったと思うに違いない。それからタバコのことも。いまは分煙がかなり徹底されて、日本人のマナーも向上している。これらはきっと千葉さんをはじめとする「おかしいぞ」と声高に訴えた人々のおかげでもあるような気がしてならない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

先週はうちの大学の柔道部にニュージーランドの高校生が4人練習に来ていた。それで、ホームページに載せるために写真を撮りに行ったり、SUBARUの工場見学に連れて行ったりしたのだが、そのとき、自分がニュージーランドのことをあまりにも知らないことに気づく。首都がウェリントンということ、それから自然が豊かでトレッキングに最適、ということくらい。それで、人口や国民総生産、人口密度なんかを調べてみた。いつだったか、旅行先として候補に入れたことがあったのだが、そのときは、最終的にピンとこなくて外した。でも、こうしてニュージーランドの人と少しだがかかわりをもてたいまは、また違った目で見ることができる。これって素晴らしいことだなぁ。

こちらをご覧ください http://www.kanto-gakuen.ac.jp/univer/news/post-158.htm

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  

Image 伊勢崎市立図書館から見た西の方角

空気がヒンヤリして澄んでいて、すっかり秋。

|

2009/10/08

non title

最近の出来事

歯科通院している。軽い定期健診のつもりで行ったのだが、虫歯が発見され、通院回数も想定以上に。ドリルで歯を削られるのは、苦手中の苦手で、絶対に麻酔してもらわないとダメだ。子どものころは、結構大丈夫だったのに、大人になるにつれダメなもののひとつが、歯科のドリル。他にはジェットコースターとか、高いところなど、苦手になったもの。

フィンランドで買ってきて、楽しんでいたコーヒーが終わってしまった。もっと買ってくればよかった。ちょっと酸味が強かったけれど、これを飲むと、旅のことを思い出したりしていたから。旅先で現地の食品などを買ってきて、帰ってきてからしばらく楽しむ、というのが最近のパターンだ。

Image コーヒーのパッケージ(ストックマンで購入)

ところで、フィンランドは世界で一番のコーヒー消費国なんだとか。

ちなみに、ヘルシンキでは1軒もスターバックスは見かけなかった。独自のコーヒー文化があるのだろう。カフェはあちこちにたくさんある。

|

2009/10/01

people ヘルシンキ番外編

ヘルシンキで見かけた人々

(写真はクリックで拡大されます)

マーケット広場のみやげ物屋を見ていたら、遠くのほうから音楽が聞こえてきて、そちらのほうに観光客たちがぞろぞろと行くので、私も行ってみた。それは、軍か警察の行進のようだったが、目的などは分からず終い。

ヘルシンキ自体がそう大きな都市ではないので、市の中心部にいれば、偶然こんなことに遭遇することもあるだろう。これが東京などでは、こうもいかないと思う。

このエスプラナーディ通りはヘルシンキで一番のショッピング・エリアといえる。しかし、銀座とか新宿とは違い、地味でエリアも小さい。そこがなかなか良いのだ。

Resize0135 Resize0136 石畳のエスプラナーディ通り

マーケット広場は、ウキウキしてくる場所。手作りのお土産屋がテントを出してズラリと並んでいる。決して安いとは言えない気もするが、made in Finland には間違いないので、誰に何を買おうか・・などと考えながら回ると楽しい。実際に店番のおばさんたちが、商品になる手袋や帽子を編んでいたりする。手にとって見ていると、「それ私が作ったのよ」と話かけられたりも。

Resize0134 新聞を読む花屋のおじさん

下の写真はヘルシンキのシンボルといえる、ヘルシンキ大聖堂。大聖堂前は元老院広場と呼ばれている。ここでも、行事に出くわした。これは軍のセレモニーに間違いないだろう。

Resize0140 Resize0139

Resize0143 元老院広場で犬を見かけた

下の2枚は、目抜き通りであるエスプラナーディ通りに挟まれた公園。通りに沿って長い公園になっていて、観光客や地元の人でいつも賑わっている。

Resize0142 写真左端:何度か見かけた大道芸人(ピエロ)

Resize0144  木陰でこっそり大道芸の準備をする人(微笑ましい)

↑顔や手をシルバーやゴールドに塗って、道端で愛想を振りまくこのタイプは、いま主流なのかな?アムステルダムやブリュッセルでも見かけた。でも、色を落とすの、大変そう・・ 

Resize0141 トラムに乗り込もうとしている親子

トラムの後ろにオープンな車両が連結していた。このタイプは初めて見た。

Resize0138 Resize0137_2 ウスペンスキ寺院とその前で記念撮影する学生たち

|

2009/09/30

Suomenlinna

スオメンリンナ島

8月某日

ヘルシンキのマーケット広場から発着するフェリーでスオメンリンナ島に行くことができる。所要時間はわずか15分なので、ヘルシンキを訪れる人は必ず上陸するのではないだろうか。何しろユネスコ世界遺産に登録されているから。

でも、なぜか私は3度目にして初めて上陸したのだった。以前は島々を周遊するフェリーからこの島を眺めただけだった。フィンランドの海岸を守る要塞だった、というところが、私にはあまりピンと来なかったのだと思う。

今回も、この島にある教会でのコンサートという目的がなければ、行きそびれたかもしれない。

ヘルシンキ到着後、すぐにホテルの近くにあったインフォメーションセンターに行って、催物のガイドを入手した。滞在中のイベントの中から、今回はフィンランディアホールでのオーケストラによるクラシックコンサートと、このスオメンリンナ島でのジャズコンサートを選んで、事前にチケットを買いに行った。だいたいのチケットは、老舗デパートのストックマンの上のほうの階で買うことができる。

教会でのコンサートは、夕方6時から始まることになっていたので、その2時間前くらいにフェリーに乗って、島に向かった。フェリーに乗るとき、雨がサーッと降ってきたので、デッキに出ないで室内から海を眺めていた。船内は意外と空いていた。

上陸すると雨も止んでいて、人の流れに乗って歩いてみた。

スオメンリンナ島は、4つの小さな島から成っている。地図で見ると、4つ合わせても縦横1km以内。かつて要塞だっただけあって、大砲などがオブジェのようにあちこちに配置してあったりする。

Aerial_photo_of_suomenlinna スオメンリンナ島全景(オフィシャルサイトより)

(写真はクリックで拡大されます)

島内の雰囲気↓

Resize0122 Resize0121 Resize0124

Resize0132 Resize0130 Resize0123

さて、目的のコンサートはトランペットとオルガンのセッション。

何の予備知識もなく、ぼんやりと演奏に耳を傾けた。オルガン奏者は、普通のオルガンとパイプオルガンを演奏。トランペット奏者が、時折音楽の解説をしているようだったが、フィンランド語だったため、さっぱり分からなかった。それでも、その音楽が不思議と自分の中にスッと入ってきていた気がする。何と表現したらよいか分からないが、その“暗さ”を思わせる響きが心を落ち着かせる、とでも言おうか。しっとりしている、とでも言おうか。

Resize0133 セッションの様子

trumpet : Verneri Pohjola     organ : Tuomo Prattala

Resize0126 Resize0125 Resize0131 会場となった教会

コンサートが終わっても、日が長い季節なので外はほの明るい感じで、そのまま帰る気にもなれず、再び島を歩いてみた。

夏にスオメンリンナに行くなら、私は日の沈む少し前の夕方に行くことを勧めたい。島には住民もいるので、暗くても安心できる雰囲気をもっているし、とても素敵な感じがした。風も涼しかったし。

少しだけビールなんか飲んだせいかもしれないけれど。

Resize0127 Resize0128 Resize0129

明日は帰国という日だったせいでか、名残惜しい気持ちで、帰りのフェリーに乗り込んだ。今度はデッキの席に座って、少し冷たい風を受けながら、もうしばらくの時間、港に着かなければいいのに・・・などと思ったりして。

港に着くと、一緒に島からフェリーに乗ったダウン症のカップルが私の前を行くのだった。20歳前後の恐らくフィンランド人のその二人は、とても強く印象に残っている。男の子のほうが、女の子を気遣っていて、微笑ましくて。女の子はおしゃれしていて。彼女の靴下が左右チグハグだったのが、いっそう可愛らしく思えた。やがて二人はヘルシンキの街に消えていった。

翌日、空港に向かう前にCDショップに行って、前日のジャズのトランペット奏者のCDがないかと探したところ、なんとあったではないか。それが、今回の自分にとって一番の買い物だったかもしれない。

51cftupjfhl_sl500_aa280_ Verneri Pohjola : AURORA

スオメンリンナ島オフィシャルサイト↓

http://www.suomenlinna.fi/index.php?menuid=3&lang=eng

   

|

2009/09/26

Seurasaaren ulkomuseo

8月某日

セウラサーリ野外博物館

(写真はクリックで拡大されます)

ヘルシンキでまだ行ったことのない場所にも行ってみようと思い、セウラサーリ野外博物館というところに行ってみることにした。

ヘルシンキ中心部からバスで20~30分くらいの場所にある。小さな島全体が野外博物館になっていて、フィンランドの古い家屋や教会(18世紀から19世紀のもの)を移設、保存している。

この日のお天気は曇ったり雨が降ったりで、ハイキング感覚で出かけたのに残念だったが、雨でしっとりした森を歩くのも悪くはなかった。むしろ雨のおかげで、鮮明な記憶になったかもしれない。

Resize0118 島へ渡るための橋

バスを終点で降りると島へ渡る橋はすぐそこ。

Resize0115 橋から見える海

海といっても、バルト海の一部で内海のため波もなく、湖のように思えてしまう。

Resize0117 

Seurasaari こんなふうに古い家屋が配置されている(拡大してみてください)

夏の終わりの、あまり人のいない森に点在するスポットを、地図を頼りに一通り見て回る。昔の一般的な家の中に入ると、下の写真のような質素なベッドが置いてあるところが多い。どれも小振りであることに驚かされる。決して子ども用というわけではなさそうだ。

Resize0115_2

現在は、フィンランドというとデザイン王国、洗練された家具や建築物といったイメージが先行するが、移築された建造物を見ていると、昔は質素で地味だったのだということがよくわかる。

Resize0116 こんな風車も!

Resize0117_2

森の中にはリスが住んでいるようで、朝マーケットで買っておいたリンゴのかけらをあげてみた。ところどころで、リスが現れ、向こうから近づいてくる。

(このあと、雨が断続的に降ってきて、写真を撮っていません)

島内を歩いていると、ジョギングしている地元の人をよく見かけた。

セウラサーリは、ヘルシンキに居ながらフィンランド独特の自然を少し味わうのにちょうどよいところだと思う。半日もあれば充分で、午後はまた違うところに足を伸ばせる。観光スポットとしてはとても地味だが、そこがなかなかいいのだ。

往復のバスの窓からヘルシンキ市内の風景を眺められるのもいい。

セウラサーリについての詳細 http://www.nba.fi/en/seurasaari_openairmuseum

|

2009/09/25

Turku

8月のフィンランド旅行のときのことを、少しずつ紹介します。

(写真はクリックで拡大されます)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

8月某日

ヘルシンキからフィンランド第3の都市、トゥルクへ日帰りで出かけた。

ホテルで朝食をとってから、トラムに乗って中央バスターミナルのあるKamppiに向かった。Kamppiとは、ショッピングモールと地下鉄とバスターミナルが合体した施設。バスのチケットを買う場所が数年前と変わっていて、チケットを買うまでに少し手間取ってしまう。

最初、バスの搭乗階(地下)まで行って、そこにあったキオスクの女性に、チケットはどこで買えるのか尋ねたところ、英語が早すぎて、何を言っているのか分からず、また上に戻ってそれらしきカウンターでやっと買うことができた。

でも、トゥルク行きのバスは30分おきくらいに出ているようで、そう慌てることもないことがわかる。バスターミナルは、実にシンプルで分かりやすくなっている。出発時間と行き先が電光掲示されているゲートの前で待っていればよく、まるで飛行機の搭乗口のようで、機能的。

バスに乗るときに分かったことだが、チケットはバスに乗るときに運転手から買うこともできるようだ。ほとんどの人が乗るときに買っているようだった。こういう融通がきくところなど、なかなか素晴らしいじゃあないか、と思う。

Resize0105 見渡しのきく一番前の席に座った。

運転手さんは、とてもハキハキした人だった。人が乗り降りするときは、大きな声で「キートス!(ありがとう)」を必ず言っていたのがとてもいい感じで。

バスは果てしない森をぬってグングン走って行った。景色は針葉樹一色で見ているとだんだん飽きてきて、バスの揺れも気持ちよく、眠気が襲ってきて少しの間ウトウトしてしまう。基本的には私には、車窓からの景色も楽しみのひとつなのだが、単調でときに近代的な建物が見えたり、そして、あまりにもスッキリした森や耕地は、退屈だった。フィンランドに無数に点在する湖が見えたならきっと違ったと思うが、残念なことにバスが走ったハイウェイのような道からは、まるで湖も海も見えないのだった。

途中のバス停で、乗客が一人乗っては一人降り・・を何度か繰り返す。こんな人里離れた淋しいところでこの人は暮らしているのか・・と、その人のことを想像してみたりしながら、バスに揺られていく。

トゥルクに近づいてくると、やがて町らしき雰囲気に景色が変わってくる。

そして、目を引く教会(トゥルク大聖堂)が右手に見えて、川(アウラ川)を越えると、終点となる。一応、バスを降たとき、運転手さんに、ここは終点ですか?と確認した。すると、そう、ここは終点のトゥルクだよ、と答えてくれて、ひとまず安心する。

まずは、トゥルクでの一番の目的地トゥルク美術館に向かう。バス停から徒歩10分ほど。フィンランドで2番目の規模の美術館で、1904年にオープンしたということで、期待は膨らむ。しかし、実際に行ってみると私をひきつける作品はなかった。アテネウム美術館(ヘルシンキ)のときとは違った。あとから考えると、100年と少し前に美術館として建てられたこの建物自体は、なかなか見ごたえあるんじゃないかと思え、やっぱり行ってみてよかったのだな。

Resize0102 トゥルク美術館

そういえば、美術館に着いたとき、あまりにも喉が渇いたので、コーラと甘いお菓子(ホイップクリームにチョコレートがコーティングされたもの)を食べた。テラス席で。少し風が強くて、テーブルにかかっていたクロスが吹き飛ばされないか心配しながら。このお菓子が、フィンランド旅行中に食べた何よりも美味しかった記憶しかこの美術館にまつわるものはない。

Resize0112 美術館の庭

美術館から坂を下り、マーケット広場を横に見ながら、とにかくアウラ川まで出てみた。この時点でやや歩き疲れていたのだが、水辺に出るとホッとするものだ。川は茶色っぽく濁っていた。

Resize0110 アウラ川

川沿いをトゥルク城に向かって歩くことにした。

Resize0106 渡し船

川には何本か橋があるが、このような渡し舟もあり、市民が便利に利用しているようだった。のどかな光景だ。

Resize0108 サイクリングの途中で休憩中(?)の市民

Resize0109 アウラ川の帆船

川沿いにはこのような帆船がいくつも停留していて、このアウラ川はトゥルクのシンボル的なものだということがわかる。

Resize0104 帆船を模した花壇

地図ではトゥルク城まで近く思えたのだが、結構歩いた。川に出てから2キロはあったと思う。城に着いたときは旅の疲れが出たのか、ヘトヘトになっていた。

Resize0107 トゥルク城

ところで、トゥルクはフィンランドの都市のなかでスウェーデンに最も接近している。13世紀にスウェーデン(当時フィンランドを支配していた)によってトゥルク城は建てられ、その後要塞として使われていたということだ。

Resize0103 お城は現在、博物館になっていて、中は迷路のようになっている。

Resize0113

Resize0114 トゥルク城の模型(外観は案外シンプル)

人があまりいないせいか、ちょっと怖かった。こんなふうにお城の中を巡ったことって、初めてだったかもしれない。城の中には要所要所に民族衣装のようなものを着た女性がいて、迷いそうになったとき、方向を教えてくれたのだが、暗闇でふと振り返ったときに無言で立っていた案内人を見たときは、息が止まりそうになる。思わず、びっくりしたぁ・・と言いそうに。怖かったなぁ。夜なんか、もっと怖いんだろうなぁ。

お城の見学を終え、もうヘルシンキに戻ろうと思い、帰りは鉄道を使うことを思い立ったので、駅まで向かいたかった。でも、駅まで歩くと恐らく3~4キロはありそう。それで、受付の人にお願いしてタクシーを呼んでもらった。お城を出るとすぐにタクシーが来てくれて、駅へ。ちょうど5分後にヘルシンキ行きが出るようなタイミングで、かなり焦りながらチケットを買ってホームへ。危うく反対の電車に乗りそうになりながら、ギリギリセーフで電車に飛び乗った。

電車はとにかく快適そのもの。音もとても静か。停車時や発車時も、過剰なアナウンスやベルの音などなく、気持ちがゆったりしてくる。

バスでは3時間弱、電車では約2時間のトゥルクは、以外にこじんまりした、地味な町だった。

Resize0111  ヘルシンキに着いた列車

改札口などない。ホームからいきなり外に出ることもできるのは驚いた。

|

2009/09/23

カバンひとつでアメリカン

少し前のアメリカについて書かれた本って、まだまだ探せばあるものだと思う。

この2冊も最近見つけた。

Image

   「カバンひとつでアメリカン」

   「バスのアメリカ」

     亀井俊介 著

いずれも1980年代前半に出版されているもの。

巻末に紹介されているほかの本の一覧から、さらに世界が広がったりする。

これらを読んでいると、ひとつの時代が終わったんだと改めて思う。妙にいろんなことが懐かしく思えてくるのは面白い。でも、反面、もうあの頃の感覚は実際に体験することはできないんだと思うと、やはり悲しいかな。

|

2009/09/20

ニューヨーク読本

Image ニューヨーク読本ⅠⅡⅢ 

          (日本ペンクラブ編 常盤新平選 福武文庫)

年に一度くらい、急に読みたくなって引っ張り出しては読んでいる三冊。

とにかくいろんな角度からニューヨークを、いろんな人が書いたものを集めていて面白い。

たとえば、三島由紀夫、永井荷風、開高健、植草甚一、井上ひさし、池田満寿夫、村上龍、大岡昇平 など35人。

今日は三島が1957年にNYに滞在した際のことを書いた「ニューヨーク貧乏」のところを読み返す。すると、彼が泊まっていた安ホテルが、私も泊まったことがあるホテルと同じ11丁目にあったことが分かる。恐らく同じ建物ではないと思うが、三島由紀夫もあの辺りに滞在していたのかと思うと、やや感慨深いものがある。

この本が発行されたのは1986年。

著者それぞれのNYが散りばめられていて、今のように情報が豊富すぎる時代には、かえって新鮮に読めると思う。

|

2009/09/15

non title

訪問先の某短大の構内を歩いていたら、靴の下がごろごろする場所があって、見ると、それは、ドングリの実がたくさん落ちていたからだった。

まだ青いままのがほとんどだった。

Image

こうして、ドングリをじっくり見たのは、とても久しぶりのような気がする。

これから先、こんなふうにドングリを見つめるのは、何度くらいなんだろう・・・などと、切ないことを思いながら、自然に「どんくりころころ」の歌が頭を巡る。

ところで、私はずっと大人になるまで、しかもつい最近まで、どんぐりころころの歌詞を間違って覚えていた。

    どんぐりころころ どんりこ ♪

というところを

    どんぐりころころ どんりこ ♪

と。

こんなふうに歌っている人、他にいないかなぁ・・

|

2009/09/12

pool

映画「プール」を見た。

いい映画だった。

タイのチェンマイが舞台で、そしてほとんどの場面はゲストハウスが中心。

ゲストハウスにはプールがある。

プールで誰かが泳ぐ場面はなく、プールの周りで静かな時を過ごす登場人物たち。

そう、映画はとても静かなのだ。

BGMはない。

劇中にギターを奏でながら歌う歌が唯一の音楽。

なんだろう、この不思議な居心地のよさは・・・

考えるに、朝の新鮮な空気を吸い、洗濯をしたり、市場に買出しに行って料理を作り食べる。そんななんでもないことがメインになっているからなのだろう。

ロケに使われているゲストハウスがまた素敵で、思わず見入ってしまう。

特に開放的なリビングが素敵で、あんなところで一日中読書できたら最高だろうなぁ・・と思ったのは、私だけではないだろう。

そして、プールって、泳ぐためだけのものじゃないんだと、いまさらながら思う。

映画を見ながら、デヴィット・ホックニーのプールの一連の作品群を連想した。

ところで、この映画は「かもめ食堂」のスタッフやキャストによるもので、やはり同じ雰囲気を感じる。そのあたりは予想どおりなのだが、だからこそ見ておきたかった。

映画の冒頭、加瀬亮が空港の駐車場で、何の脈絡もなく転ぶシーンがある。これって、何の意味も持たないかのように思えたが、後から考えると、実に意味を成しているのではないかと気づかされる。普通、大人ってそう転ばないと思う。だが、彼は転ぶ。しかも初対面の人の前でいきなり。このことが、映画を見ている側を、どういうわけか自然体にさせてくれるのだ。そして、全編をとおして、緊迫感や悲しみを感じさせない、とにかく、リラックスできる映画なのである。

映画のなかで、小林聡美が揚げバナナを作って、登場人物が食べる場面がある。それを見ていて、無性にそれが食べたくなり、帰りに本屋でレシピを立ち読みして、バナナを買って、うちで作ってみた。優しい味だった。

Image 揚げバナナ

先日の旅先で買ったアラビア(ARABIA)のお皿に盛り付けてみた。

映画のはカリッと見えたのだが、私のは中のバナナがトロッとしている。でもとても美味しい。シナモン・シュガーを振りかけて食べた。

プール http://pool-movie.com/ 

|

2009/09/10

non title

朝晩はすっかり涼しくなり、物事を考えるのによい気候になってきた。やはり、夏はその暑さのせいで思考が停滞する。

前橋に出張に出た際、昼食をとるお店を彷徨いながら探していたら、期待以上のお店を発見した。うどんかお蕎麦と思って探していた。最近はファミリーレストランにはあまり入る気がしなくなり、「その店でちゃんと作っている」ものを食べたいと思う。

Image 鍋うどん処 さとり (前橋市元総社町)

お店に入ると靴を脱いで上がるようになっている。各テーブルにはガスコンロが備え付けてある。名物は鍋焼きうどんのようだ。そこで、オーソドックスな「みそ煮込みうどん」を注文してみた。うどんはすごくしっかりした「ほうとう」であった。テーブルにあるコンロで煮込んで食べる。お味噌の甘みが美味しかった。優しい味。食べ進めると、さらにお餅が入っているので、びっくり。そして、仕上げにご飯を入れておじやまで食べられるのに感動。しかも、最初に玉子が入っているにもかかわらず、おじや用にもう1個玉子がついていた。

この時期、煮込みは少々暑くて、おもわずジャケットを脱いでタンクトップになって大汗をかきながら食べたが、それにしても美味しかった。それで、お店の方にそのことを伝えてお店を後にした。

|

2009/09/02

Gilbert Grape

テレビで映画「ギルバート・グレイプ」を見る。わざわざDVDで見たりはしないけれど、恐らくMY BESTのひとつに挙げられると思う。何度見ただろう。

ここにも何度も書いたと思う。

退屈などこにでもあるアメリカの小さな町が、ギルバートの存在によって、見る者には意味をもつ場所になるから不思議だ。大事なことは、どこで生きるか、その暮らしが華やかか、なんてことじゃなくて、どう生きるかということだとギルバートをとおして静かに伝えている。愛する人たちに対して誠実かどうか、とか。その時々に最善を尽くして歩めば、必ずよい方向へ向かっていくものかもしれないとか。

ベッキーがギルバートにいま何を望むか聞いた場面で、家族の望みばかりを語ったあと、最後に「いい人間になりたい」と言う。いい場面だ。

それから、みんなが手を焼くアーニーに対して、ベッキーは何かが違う。自然にアーニーに接している。決して無理をしていなくて、そこがいい。それはベッキーの内面の素晴らしさを物語っている。

きっとこれからも、何度となくこの映画を見て、きっとその度にいい映画だと私は思うんじゃないだろうか。

さらに言うと、ギルバート役がジョニー・デップでなければこれほど、この映画にひかれなたったかもしれない。

以前書いたブログ ↓

http://megumi1966.cocolog-nifty.com/megumi/2006/06/whats_eating_gi.html

|

2009/09/01

non title

旅から戻る。

数日間が1ヶ月ほどにも感じるのは不思議だ。

旅立つときの空港は、未来が開かれているかのようなのに、同じ成田でも、帰国のときのそれはどんよりとしているように感じられる。物事の見え方など、おおよそ個人の気分しだいで違ってくるのかもしれないと、帰りのバスを待つ間に思ったりする。それでも、帰りのフライトで隣に座った異国の人は、これからまさに旅が始まるところで、その人の数日間を想像するのがせめてもの慰めとなる。グッドラック!

当たり前といえば当たり前なのだが、旅から戻ると、普段悩んでいたことが、まるで小さな取るに足らないものに思える。普段と違う景色を見ることは、自分には必要なんだと思う。ホテル近くの公園のベンチでぼーっとしていると、どこからかピエロがやってきて、ゴミ箱の上によじ登り、ピアニカを弾き始めたりなどする光景を見ると、いろんな人生があるのだと改めて気づかされたり。路線バスに乗って遠出をすれば、辺鄙なバス停で言葉の通じない人が降り、乗ってくるのをながめ、あらゆる場所に人生はあるのだと知る。

Resize0096

|

2009/08/24

non title

今日もまた植草甚一の本について。

「ぼくのニューヨーク案内」

この中でブロードウェイについて箇所は、私自身、ミュージカルなどにはあまり興味ないので、飛ばしてしまったが、それ以外については気に入った箇所がいくつも見つかる。

たとえば・・・

P26

「ぼくがいたグリニッジ・ヴィレッジのホテルの八階の窓からは、世界最高のワールド・トレード・センターの二つのビルが真正面に見えた。そのビルの朝の姿の美しさを知っているのは、ニューヨークの人たちでもそう大勢はいないだろう。太陽が昇りだすと、左側のビルの壁面左側が金色のネオン・チューブを取り付けたように輝きはじめるので、思わず見とれていると、その金色の垂直線が大気のせいか、電気が通じたようにビリビリと振動しているのに気がつく。」

この光景は、もう二度と見ることができないのだ。

植草氏が911のことを知ったら、どう思うだろうか・・・そんなことが頭をよぎる。

そして以下の、ゲイ・タリーズが「ニューヨークは気がつかないことばかり起こっている都会だ」と紹介したNYは、私が常に求めているものだ。

P171~

「朝の五時。疲れきった表情のジャズメンとバーテンが家路を急いでいくかと思うと、パーク・アヴェニューでは、往来で鳩が遊んでいる。この頃合いにニューヨークが一番おっとりしてくるのは、夜ふかし族が眠ってしまい、早起き族が、まだ寝ているからだ。夜ふかし族のなかには深夜営業のコーヒー・ハウスでねばっている者がいる。

・・・・・・・(中略)

こうして朝の六時になる。地下鉄の入り口から労働者の群れが姿をあらわす。ブロードウェイの交通量がまし、河の流れのようになってくる。そのころミセス・メアリ・ウッディは、ベッドから飛び起きると、お化粧もしないでウェスタン・ユニオンの電話室へかけつけ、ゆうべ頼まれた人たちに『おはよう。起きる時間ですよ』と知らせてやる。

・・・・・・・・(中略)

午前七時。パーク・アヴェニューの上流住宅区を、タートル・ネックのスウェターとベレー帽の男が歩いていく。・・・

午前七時半といえば、たいていのニューヨーク生活者が、まだベッドのなかから出られない時刻なのに、四十二番街にずらりと並んでいる十軒の映画館のまえでは、八時の開館を待っている人たちが行列を作っている。

・・・・・・・・・・(中略)

ニューヨークには500人の霊媒がいる。車を引っ張りながら焼き栗を売っている者が200人。鳩は30万羽。銅像と記念碑は600ヶ所ある。」

などなど、60年代のNYのある一日を切り取ったようなこんな描写がたまらなく好きだ。もちろん、植草氏がこの一節を気に入って自著のなかで紹介しているわけだが、さすが、よく目に留めたなぁ・・と思う。この本は、ちょっとした宝物になりそうだ。

|

2009/08/21

non title

また植草甚一の話題になるが、「ぼくのニューヨーク案内 (植草甚一スクラップ・ブック 33)」という古本(初版!)を手に入れた。非常に楽しく読んでいる。

今週、NHKハイビジョンで、植草氏についてとりあげた番組の再放送があり、ニューヨーク滞在中の写真などが紹介されていた。約3ヶ月の滞在期間中に2千冊以上の本を購入したそうで、滞在先のホテルに山と積まれた本に囲まれて座る植草氏の写真があった。実に幸せそうだった。また、東京・神田神保町の古本屋街にも足しげく通ったそうだ。私は神保町は未知の世界。いつか巡ってみたいとは思いつつ、なかなか機会がなかった。

先日、とある宴会で神保町の話題になり、ガイドブックになる雑誌があるから・・・という話を聞いていたのだが、その方が今日、わざわざ届けてくださった。ありがたくお借りする。今年こそこの本を頼りに行ってみたい。

Image

|

«non title