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2003/10/30

non title

毎朝6時起きしてウォーキングしている。3週間ほどたった。近くの中学(母校)の回りを歩き、新しくできた橋を太陽を左側に見ながら渡り、川向こうのコンビニまで行って戻る。
昨日、中学の裏の道の真ん中にタヌキが車にひかれたのか、死んでいた。そして、そのタヌキを道の脇に寄せてあげている人がいた。私もかつて一度だけだが、ネコを同じようにしたことがあるが、大人になってからはない。動物が道路の真ん中で死んでいるというのは、悲惨だ。ずっと放置されていたりすると特に。せめて寄せてあげたいと思うけれど、それがなかなかできそうで、できない行為だ。タヌキを寄せていた人、その人は我が母であった。

2003/10/27

non title

学園祭が終わった。
みんなで何かやる、ということに人一倍喜びを感じる質かもしれない。
だから学園祭の雰囲気って大好き。
あちこちで、それぞれ、それなりに楽しんで、成し遂げている人達の姿を見られるのは幸せだと思う。たぶん、自分の状態もいいのだ、こういうときは。でも、学園祭は、苦しいときも救ってくれる。そういうものだと知っている。

そして、食べすぎた学園祭。

2003/10/23

non title

学園祭のフリーマーケットの準備ができて、ほっとする。こういうときって、みんなの人間性がうかがえるなと思う。ちょっと手伝ってくれる人、無関心な人…。確かに面倒だけど。でも、値段つけたりしているとき、去年の売れ残りだぁ、とか、あ、これ去年片割れを買ったよ、などと楽しい声を聞くことができていいもんだ。皆で楽しいことをする、それは必要だ。

常盤新平が書いた「ニューヨーク知ったかぶり」を古本で購入した。1980年代のNYが描かれていて、私にとっては最高の読み物だ。毎晩、もったいなくって1つか2つずつコラムを読んでいる。コラムのタイトルの中には「ブックス&カンパニー」や「WTCの展望台から」などがあり、そういったものから先に読んでいる。そのせいか、WTCのエレベータに乗るという夢まで見た。すごい高速(ジェットコースター並み)のエレベーターなのだが、なかなか目的の階に着かない。
また「ピート・ハミルのニューヨーク」も興味深かった。ハミルは、ニューヨークの薄汚れた感じが好きだと語ったそうだ。「この汚れが私たちの建物のつやを出し、青春の平凡な輝きから複雑と疑惑の成熟した灰色へと徐々に建物を変貌させている」という。ちょびっとだけ分かる気がした。私もそれに近い感覚があった。でもいまのニューヨークはちょっと綺麗に、清潔になってきてしまったのだ。地下鉄の落書きも消えたし。それが何故か、残念に感じてしまうのである。

2003/10/15

non title

いつでも人を安心させてあげられる人間になろうと思う。
自分のことで相手を不安がらせたりすることは、絶対にないように。たまに泣きたくなるようなことがあっても、きっと、そのうち他からの要素によって緩和されるはずだから。

親友に赤ちゃんが生まれた。
神聖な気持ちになれるな~と、赤ちゃんの顔を見ていたら思った。人の喜びを自分のこととして受けとめられることは、あまり多くないけれど、このことはまさに自分のことのように嬉しいと思える。この前、NYに行ったとき、5番街にあるFAOシュワルツ(初めてNYに彼女と行ったとき、気に入って2人で入った大きなオモチャ屋)で、彼女の赤ちゃんにとぬいぐるみのクマを買ってきたので、それをお祝いに渡す。どこにでもありそうなクマだけど、実はNYからやってきたのだよ。

2003/10/06

bus stop

昨日、日曜日の午後を地元の図書館で過ごす。
オキーフに関する本を2冊見つけることができた。
図書館はその西側に広瀬川を見下ろす場所にあり、川側は一面窓となっているため、本を読みつつたまに川の流れに目を落とすことができる。川の向こう側の橋のたもとにバスの停留所があって、ガラス張りの小さな待合室となっているのだが、図書館からはその建物もよく見えることにふと気付く。その停留所は、私が最近の楽しみとしている旅行の出発地点で、成田へのリムジンバスを待つ場所だ。だから、あの停留所は私にとって、とても前方に拓けた場所なのである。バスを待つあいだ、旅先でのあれこれを思い、早朝だったりするのに体は軽く、そのときばかりは何の迷いもない。こうしてみると、図書館とバス停の位置関係が、もしかしたら偶然ではないような気がしている。

2003/10/04

first quarter

昨日、大陸法の授業を見学させていただけることになり、興味深いビデオを鑑賞した。タイトルは「日独裁判官物語」で、日本とドイツの裁判官の、主に日常の違いを比較した内容だった。日頃から、日本の裁判官の存在感の無さを感じていたのだが、個人的な諸活動を制約され、転勤も頻繁だということで地域との交流もほとんどなく、週平均80時間の労働時間とあっては、なんと閉ざされた世界にある職種なのだろうと驚かずにはいられない。それに反して、ドイツの裁判官の位置付けは、一市民としてサービス業に就いているということだそうだ。裁判官であろうとも、言論の自由が約束され、積極的な政治活動に参加してもよいという。(実際、積極的に市民活動に参加する人は多いという)裁判所も日本は閉鎖的であるのに対し、ドイツは市民に開放的で、絵画の展覧会、市民との交流パーティなどに利用されているという。どちらが良いとは一概に言えないが、裁判官を仕事として捉えた場合はドイツのほうが魅力的に思える。しかし、「公平な判断」という観点では、ドイツでは判決に個人差が出ないか、という危惧もあるとは思うが、授業のあと質問したところ、裁判官は(そういう多面的な?)活動をていいても良いという意識が国民に浸透しているので、これまで特に問題になっていないということだった。日本の裁判官については、閉鎖的な日常のなかで、公平に判断する目を養えるのかという疑問が涌いてくる。もっと一般市民に接触する機会があっていいのではないかという感想は押さえられない。

夕方は、物理の教員から、天体望遠鏡で月と火星を見るとの情報を得て、屋上に行く。3人の学生もいて、でも風が強くて長居するにはちょっと寒かったから見終えてすぐ後片付け。火星は肉眼で見るよりは遥かに大きく見えたが、それほどの感動はなく、でも月はすごかった。すごく明るくてクレーターもくっきり見えたし、すぐそこにあるように思えた。(実は天体望遠鏡で月を見たのは初めての体験である)テレビや写真でキレイな月を何度も見てるけど、「ここ」と「そこ」の距離で、「いま」見ることが一番感動するのだと思った。

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