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2004/01/28

non title

BSで放送中のドラマ「エイリアス」のシドニーはかっこ良い。頭脳明晰でタフなのだ。所詮ドラマなのだが、毎回、あまりにも無謀な作戦をギリギリのところでやってのける場面は釘付けになってしまう。

今日、我が家で飼っていたインコ(ピーコ)が死んでしまった。
昨夜から弱って元気がなかったのだが、今朝までもたなかった。ピーコは自分自身、うちの家族の一員だと思っていたのだと思う。そしてみんなピーコのことをかわいがっていた。
長生きしたと思う。母が肩に乗せて言葉を教えているとき、ピーコは真剣に覚えているように見えたし、実際上手に話した。自分のことをピーちゃんと呼んでいた。居間で遊んであげたあと、ピーコは一人でトコトコと廊下を歩いて祖母の寝ている部屋にある鳥かごに帰っていくことができた。鳥かごに戻ると決まって、ぶらさがっている鈴を口ばしでつついて「チャリン」と鳴らしていた。
夕べ、寒いだろうとコタツのところで一緒に過ごした。最後の夜に気づいてあげられて良かったと思う。少しの時間だったけど、家族の手の中で眠ることができたから。
母に聞くと、ピーコは昼間、両親によって、鈴と一緒にお墓に埋められ、その羽が一枚空に放たれたという。

ピーコが死んでも、私は普段どおりに仕事に行ったり、テレビを見たりしている。悲しくてたまらないのに。こんな自分をどうか許してほしい。

2004/01/26

non title

今日、ふと気づいたのだが、私は尊敬できる人物が近くにいるのといないのとでは、仕事を張り切ってがんばれるかそうでないかが分かれるようだ。どちらかというと、自分はバックアップするに適するタイプだと思う。しかし、バックアップしてもそれを努力のバックアップだと気付かれない場合、不幸である。

午後、とある人物と話をする機会があって(たまに私はこの方に、ちょっと来られないか?と呼ばれることがあるのだが、光栄に思っている)感じたことがある。それは、底力を持っている人は真正面から立ち向かえるのだということだ。これは私には真似できないが、かっこいいなぁと思う。そして、その底力は、それこそ見えないところで極限の努力をしているからこそ生まれるものだ。そう考えると、自分はなんと怠慢な毎日を送っているのだろうと反省させられる。

ニューヨーカ誌に、冬のニューヨークの歩道に落とされた手袋を拾い集めている女性についてのコラムがあった。路上に落ちている手袋に哀愁を感じるのだという。確かにそうだろうと思った。落ちている手袋は当然片方の1つで、もう片方はその持ち主のところなのだ。こんなことが意味をなすのもニューヨークだからかもしれない。

2004/01/24

sleep

2週間分の睡眠不足を解消すべく、今日は夕方まで寝ていた。よくもこんなに眠れるものだと我ながら驚いてしまうが、今回はセンター試験のため2週間続けて出勤だったし、朝は早かったし、忙しかったから仕方ない。しかもセンター本番は熱があて、座っているだけでも苦しかった。不摂生しているわけじゃないのになぁ。そして、明日、日曜日だというのに出勤なので、また一週間が長くなりそう。
昨日職場でいただいたジャムをアールグレイに溶かして飲んだら、これがすごく美味しくて久々のヒットとなる。紅茶は普段あまり飲まない私だが(夏場のアイスティーは大好きだけど)これは病み付きになりそう。

昨日は、卒業生がわざわざ訪ねてくれて、しかもオリジナルのCDまでプレゼントしてくれて、またこれで暫くがんばれるなぁ~と心の薬をもらったような日だった。帰りにさっそく駐車場に車を止めたままCDを聴いた。添えられてあった二人の手紙を読んだら、歌声に彼らの純粋さ、誠実さが重なって泣けてきた。

それに、今日はある先生の授業を見学。教材のドイツ映画「トンネル」を見せていただく。ベルリンの壁が存在していた時代に生きた一人として、あの壁についてもっと知りたいとずっと思っていたので、私にとって貴重な映画となる。

2004/01/20

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昨夜、市内に新しくできたイオンのなかにあるシネコンに「タイムライン」を見に行く。施設は新しいだけに綺麗で、音響も良く、シートもゆったりした感じだ。映画の内容は難解ではなく(難解な映画はちょっと苦手なので)楽しめた。
一番感動したのはマレクがクレアと恋に落ちるエピソードだ。耳を切り落とされたマレクが"It's me!"というところ。登場人物のなかでは、やはりマレクに一番惹かれる。彼のセリフのなかで「その時代を生きた人がどういう人物だったのか、何を考えて生きていたのかを追求するのも考古学の楽しさだ」というような箇所がある。14世紀に愛を貫き、栄誉をたたえられて残された石棺を現代に自ら発掘していたという奇跡はそんなマレクにだからこそ起きたのだと思わずにはいられない。時代が変わってその土地の景色が変わっても、その時代時代に生きる人々の「誰かに恋する」というココロの回路だけは変化することはない。

2004/01/14

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今日(もう日付が変わって昨日ですね)は夕方から長い会議に出なければならず、終わったのがもう夜の7時半を過ぎていた。でも、最近の会議の中では有意義なほうだったと思う。途中、なぜかお弁当が出たのには驚きだ。でも、正直言ってお弁当なんか要らないのである。そんなもの食べてる時間ぶん早く終わりにしてもらえないものか。
その会議の時間に夕食のお誘いの電話が入ったのに、行けなくて残念。帰宅してからある人のHPを見る。思っていたとおりの人である。さて、もう寝ないと。

2004/01/13

AUTHOR PHOTO portraits, 1983-2002

Marion Ettlinger photographer
SIMON & SCHUSTER 発行

アメリカで認められている作家たちのポートレート集。
トルーマン・カポーティの横顔の写真が大きく表紙になっている。
これらを見ていると、作家には美男美女が多いことに気付く。それと内側から知性がにじみ出ているのがその美しさにプラスされている。
村上春樹が、唯一、日本人で掲載されている。

この本は大学の図書館にあります。
ただし、1週間くらいは私の手元にあります。

2004/01/11

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映画「イン アメリカ」を見た。
アイルランドからアメリカ(ニューヨーク)に移住した一家4人の物語。
一家は一年前に幼い男の子を亡くし、心の傷が癒えない毎日を送っている。そして貧困から抜け出せないでいた。
一家が同じアパートに住む黒人画家マテオに出会うことから、それぞれの心の動きが始まる。不治の病(恐らくエイズだと思うが)に苦しむマテオのすべてを悟ったような対応が家族にとって大きな意味を成してくる。
印象的な場面は、長女(まだ10歳にもならない年齢なのではないだろうか)が、父親に「この1年、家族を支えてきたのは自分だ」と強く言うところ。
子供でも状況を理解して、たくましく生きられるのだと教えられる。大人のほうが悲しみから立ち直ることが困難なのかもしれない。それは決して子供が無邪気で何もかもすぐに忘れてしまうということではない。彼女は赤い8ミリカメラをいつも携えている。どんなものよりも家族の映像が宝物であるのだと思わせる。
最後にアパートのベランダから摩天楼の上に輝く満月を見て叫ぶシーンは良い。
次女が「さようならマテオ、フランキー(死んだ兄)をよろしく」と言うのだ。

2004/01/09

チャリング・クロス84番地

ヘレーン・ハンフ著
江藤 淳 訳
中公文庫

第二次世界大戦直後から1969年までの、ニューヨークに住む著者とロンドンの古本屋との手紙のやり取り。ヘレン・ハンフのストレートだが、思いやりのある気質と、ロンドンの書店のスタッフの温かさが伝わる。

non title

最近遠ざかっていたユーミンだったが、先日、卒業生が“やさしさに包まれたなら”を歌ってくれて、暖かい気持ちにさせてくれた。
となりで聴いていた人は、ある時期にこの曲で目覚めていたと言っていたのも印象的。この詩を好きと思える人は、きっと前向きで、優しい心の持ち主であるに違いない。

♪小さい頃は神様がいて
 不思議に夢をかなえてくれた
 やさしい気持ちで目覚めた朝は
 大人になっても 奇跡は起こるよ

 カーテンを開いて 静かな木洩れ陽の
 やさしさに包まれたなら きっと
 目にうつる全てのことは メッセージ ♪

2004/01/07

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2年ぶりに泊りでスノーボードに行った。
ここのところ運動不足で、そのせいで腰の調子がおかしかったのだが、それが一気に解消されたようだ。普段の生活から離れ、自然の中にいると、いろいろな心配事も、考えても仕方ないや…というように切りかえることができて、精神的にも良いなぁ~と感じる。
スノーボードやスキーを楽しめる今の自分は、これまでの積み重ねによって成り立っていると思え、全てはムダではなくちゃんと繋がっているんだということも強く感じた。

2004/01/02

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お正月に街に出るのは嫌いなのだが、どこにも出ないのはつまらないので、夜を待ってからちょっとだけ外出したりしている。

年末は、近年にない自分の部屋の大掃除をしたのだが、きれいになったついでに新しいテーブルランプを買って、いまパソコンの横にある。値段といい、デザインといい、とても納得して買った。掃除の際には、その当時は大切だと思っていたものもかなり捨てた。そのことを思うと何が大切で何が不要なのかは時間の経過とともに変わってくるのかもしれないと感じる。ずっと変わらずにいてほしいけれど。

年末は外国の2箇所からメールが入り、今年は特に時差を感じる大晦日だった。
こんなふうに新年を祝う惑星がほかにあるだろうか。そんな途方もないことを考えていると、いまの自分がどうであれ、いまここに居るという奇跡だけで充分に思えてくる。

年末に咳込んでいるときに腰をギクッとやってしまい、だんだん良くなってきたものの、ちょっとまだおかしい。
あさってからスノーボードに行くので、ほんとうは揉んではいけないのかもしれないけれど、カイロプラクティックに行った。結果、けっこうラクになる。
先シーズンは一度も滑りに行かなかったので、たぶん体はガチガチだろうが、運動不足を解消してこようと思う。ケガだけはしないように程々に。

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