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2004/02/29

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昨日は館林美術館の講座に出席。テーマは「ウォーホルとポップアート」で申し込みしたときから楽しみにしていたものだ。でも、実際講義を聞いてみると知っていることばかりでちょっとがっかり。それに講師の話にもあまり工夫がみられなかった。ウォーホルについてはテレビや本で広く知られているし、仕方ないかもしれないけれど。おなじみのマリリン・モンローやキャンベルスープ缶、コカコーラをモチーフにシルクスクリーンを使って制作した作品のスライドなどは楽しめた。彼が同性愛者だったことは述べられたが、エイズで死去したことには触れず、こういう講座では話してはいけないのかな?と疑問に思う。
ありふれたものをモチーフにし、それを反復する技法を初めて試みて成功したということ、彼の色使いに対する高い評価など、再認識させられたことは間違いない。
講座が終わってから、以前多々良沼の夕暮れ時がすごく切綺麗だと聞いたことを思い出して、車を止めてしばし夕日を見る。日が沈むスピードがこんなに速いなんて初めて知った。あっというまだった。ちょうど夕日の前を白鳥が横切って行った。

ビデオで「僕たちのアナ・バナナ」を見た。なぜならば、エドワード・ノートン監督・主演だと知ったので。
そして映画の舞台はニューヨーク。ニューヨークにはたくさん教会があるが、ノートンはカトリックの神父役で、その親友はユダヤ教のラビ役という設定。両者とも生粋のニューヨーカーであることが面白く、私も知っているマンハッタンの名所がいくつか出てきた。たとえばメトロポリタン美術館のルーフガーデンや、クロイスター美術館の回廊とハドソンリバーの見える庭園など。カトリックの神父は結婚できないけど、ラビは結婚できるということだ。この違いは大きいなぁ。セリフにはノートンの知性が感じられたが、映画自体は65点くらい。

アマゾンからポール・オースターのエッセイが届いた。

2004/02/25

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やっと落ちついて自分のペースで仕事ができるようになってきた。もしかしたら順応するのが早いほうかもしれない。

先日、母からこんなことを言われた。
私はあまりにも、周りの人たちに対して平等なんだそうだ。親や兄弟も、友達も同じ目で見るというのだ。一見するとこれは良いことのように思えるが、母はこのことが不満らしい。もっと家族を近い場所に置いてほしいというのだ。言われたときはちょっとショックだった。私自身そんなつもりはないし、家族を第一に考えているから。ただ、思い当たるふしはある。親でも時に厳しい目で見てしまうというか、あまり融通をきかせてあげられないようなところがあるかもしれない。ちょっと考えさせられた。

2004/02/24

DPS

好きな映画を5つあげて、と言われたら、私は「いまを生きる」を必ずあげるだろう。夕べ、BSでやっていたので、思わず見入った。何度見たことだろう。
邦題よりも原題のほうが響きがいい。Dead Poet Society (死せる詩人の会)
教科書どおりのことしか知らない優等生なんかくそ食らえ~、魂の叫びを言葉にせよ、自分の歩幅で自分のペースで歩め、あるときは場所を変えて眺めてみよ…
詩の朗読は、私にとってすごく魅力的な行為のように思う。崇高でクール。この映画の登場人物はみんな高校生なのに、彼らがホイットマンやソローの詩を読むとき、とてつもなく大人で気高い人間に見えてくる。優れたものを知っているということは、最大の武器だとでも言うように。
この映画のクライマックスは、やはり最後の場面。生徒がキーティングに向かって"Oh Captain, my Captain!"と言いながら机の上に立ち、これ以上にないほどの信頼のまなざしを向けるシーンだ。
そして、キーティングが"Thank you boys. Thank you."と言うのだ。
人生においてどんな人と出会えるか、もしその出会った人がキーティング先生のような人であったなら、幸せである。

人生で出会えて良かったと思える人について。私にはソウイウヒト(ビト)がいる。だから今がどんな状況であれ、通ってきた道に悔いはない。この映画を見るとそんなことを考えている自分がいる。

昨日から以前研修で知り合った人達とのメールのやりとりがあって、ちょっと元気になる。誠実な人たち。

2004/02/22

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やっとラブ・アクチュアリーを見に行く。何組ものエピソードがシンクロしていて、全体的に軽い感じ。そんな中で気に入ったのは、友人の妻に恋してしまう男性のストーリーと、同僚にずっと想いを寄せていて、クリスマスにやっと願いが叶いそうになるのに精神病の弟が障害になる女性のストーリーだ。イギリスのクリスマスの雰囲気が楽しめる作品。一般的なアパートメントの内装とか玄関の構造にとても興味を覚えた。一度は行ってみたい国。

2004/02/20

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人事異動で広報課にやってきた。
そのせいで日記がおろそかになっている。

ここ一週間の出来事
体調を壊し、下痢と嘔吐にみまわれた(出先の東京で)
築地で寿司を食べた
恵比寿ガーデンシネマで「25時」を観た(エドワード・ノートンはカッコイイかも)
アメ横に行った
など

昨日、何気なくNHKをつけたら、トップランナーに江国香織が出演していた。以前、オキーフについてレポートをしていた時も感じたのだが、彼女は伝えたいことを実に見事に言葉に表していて尊敬してしまう。最近はあまり読みたいと思わなかったけれどやっぱり直木賞とった「号泣する準備はできていた」は読まなくっちゃ。

2004/02/08

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昨夜、レイトショーで「ラブ・アクチュアリー」を見ようと張り切って出かけたのに、なんと満席であった。こんなこと初めてだったのでショックを受ける。スターバックスでコーヒーまで買い込んで来たから(本当はいけないのだが、映画館のコーヒーは高くてマズイから、いつもこっそりスタバのをカバンに忍ばせておくのだ)、何かほかの映画を見ていこうと「コンフィデンス」を選ぶ。あらすじなどまったく知らなかったのだが、決め手はエドワード・バーンズである。「サイド・ウォーク・オブ・ニューヨーク」のときからいいなぁと思っていた俳優だ。声が好き。コンフィデンスはスティングのように痛快な終わり方で、よく練り上げられた作品だと思う。それに、エドワード・バーンズが着ているスーツがかなりかっこいい。
~詐欺とは自分の役に徹することだ~
この哲学は自分の仕事にも置き換えることができそうだ。

2004/02/07

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昨夜の地球ウォーカーは目を楽しませてくれた。スウェーデンの家具、それに日用品のデザイナーにクローズアップした内容。ヘルシンキで感じたことだが、北欧のデザインはとても機能的でしかもシンプルだ。森や湖に囲まれた土地によく似合うデザインだと思う。アパートメントやオフィスの内装や、そこに居る人々までも全ての組み合わせがマッチしているところが良い。でも、それはたぶん、世界中のどの土地でもそうなのかもしれない。その土地の空気の温度、太陽の高さ、人々の肌の色、匂いなどにちゃんと合ったスタイルがそこにあるのかもしれない。だから、気に入ったスタイルを見つけたなら、本当はその土地に住めたなら、それが一番楽しいに違いない。でも、現実は絵を一枚自分の部屋に飾ってみたり、出かけていった土地で見つけた花瓶などの小物を置いてみたり… とりあえずはそんなことを楽しんでいる。

2004/02/06

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3月の新しい予定が入ってきて楽しみだ。まごまごしていると時間はどんどん経ってしまう。「今度ね」なんて言ってると、それはあまり実現しないものである。ふとしたときに以前話していたことが現実味を帯びるのも、それぞれの意思があってのことで、この感覚はいいものだ。ふざけて、なんてタイミングが合わないんだろうね、なんて言ってるけれど、心の中ではそれがかえって心地良いと思っている。

この週末は映画「ラブ・アクチュアリー」を見ようと思う。ヒュー・グラントが出ているから。

2004/02/04

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出張先の仙台商工会議所で、ふとある一枚の絵を思い出して行ってみると、去年と変わらず同じ場所にかかっていた。なぜ思い出したかというと、私が生まれた年に描かれたものであることを覚えていたからだ。風景画でどこかの海岸を高い丘の上から見たような構図で、印象派風。絵自体は好みでないが、その1966という年代が何かを物語っているように思える。

それと、仙台のどこかのエレベーターで出口が入口の反対側というのがあって、それはNYのメトロポリタン美術館の屋上に行くのと同じしくみだとにわかに思い出す。屋上を思い出すことはあってもエレベーターを思い出すなんてね。珍しいことだ。その屋上にはセントラルパークとその向こうにそびえる摩天楼を背景にロイ・リキテンシュタインのオブジェが展示されていて、私が行ったときは青空でとてもウキウキできる空間だった。オブジェはどれも風が似合うものだった。その楽しい屋上に通じるエレベーターは、下りるときには「向こう側」に出るしくみになっていて、ユニークだったことを思い出すことができて、今日はラッキー。

2004/02/03

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今日から一泊で仙台へ出張だ。昨夜帰宅してその準備(といっても一泊だからたいしたことではないけれど)をしなければならないのに、ぐったり疲れて何もできず眠りについてしまう。おかげで今朝は大変だ。
今朝は昨日の雨のあとがまだ残っていて、乾いた木々や土を湿らせていた。もう春が来てしまいそうでちょっと憂鬱になる。

2004/02/01

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昨日、以前から申し込んであった館林美術館の「アーティストとその時代」という講座の1回目に行った。最初は受付の方法とか、プロジェクターを使っての講義、マイクの音量など、普段の仕事に共通するところばかりに目が行ってしまい、講師の位置はもっとこっちのほうがいいのに・・・などということにばかり気がとらわれてしまう。一番感動したのは、最初は部屋が外の光で明るかったので、どんなふうに暗くするのかなぁ?と考えていたら、突然、窓の内側上部から完全遮光型の幕が自動で下りてきたことだ。結論、システムはこのようにシンプルでよい。必要に応じて機器を用意し、可動式のプロジェクターがあれば。そういうところがまず、勉強になる。次回はシステムの仕組みをちょっと見学させてもらえるか、聞いてみようと思う。
さて、講義のテーマは「フランスの近代彫刻」だった。実はあまり彫刻には興味がなかったのだが(ジャコメッティなど、独特な彫刻家は好きだけれど)、講義を受けて、今後の彫刻の見方が変わるきっかけになったと思えた。館林美術館の主要コレクションであるポンポンの動物の彫刻は、見る人に優しさを与えてくれると思うが、ポンポンがあのロダンの工房で弟子をしていたことには驚かされる。ロダンの彫刻は力強く、人間の体の細部まで鋭く観察されたものであるのに対して、ポンポンのそれは全体的にやわらかく、全体のフォルムを見るものであるからだ。また、マティスやドガといった画家も、実は彫刻家であったことも知ることができた有意義な講義だった。
次回は残念だが都合で欠席予定。第3回目は一番の楽しみだ。アンディ・ウォーホルを中心としたアメリカンポップアートの講義だから。スライドでいろんな作品を見られることを期待している。

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