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2004/03/12

Captain

この日記を書いている今は、職場の送別会から帰ってきたところである。Toは私の友人である。buddyと呼びたいほどの。来月から毎日会えないことは、頭ではわかっていてもまだ実感がわかない。
その席でどのように気持ちを述べようかと考えていると、ふと例のホイットマンの詩が浮かんできて、慌てて図書館に行って、その部分をコピーして読みなおした。
挨拶でその詩「O Captain, My Captain」の話をした。ToはCaptainでもある。そして先日、オノ・ヨーコ展に行ったとき目に止まった1966年制作の、タイトル「Ceiling Painting (Yes Painting)」を思い出す。それは天井のパネルに、見上げただけでは読めないほどの小さな小さな文字が書いてあって、その横から虫めがねが吊るしてあり、白いキャタツを上って虫めがねで見ると、ただ「Yes」という文字だけが書いてあるというものだ。「これでよい」ということだ。ToはいつもYesと言ってくれていたような気がする。「ちがーう」といのも口癖だけど。映画「Dead Poet Society」で最後に生徒たちがその眼差しでCaptainを讃えたように、今日の出席者のひとりひとりが尊敬と感謝の念をこめて、様々な思いにひたっていたと思う。To本人は人に対する好き嫌いがはっきりしていると言っているけれど、私から見れば、みんなに等しく優しい人である。

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