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2004/03/31

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「新ニューヨーク恋物語」を見た。すっかり忘れていたのだが、どこかにひっかかっていたのかな、8時半ごろ帰宅し夕飯を食べながら新聞を開いて気付く。
思えば初めて87年にNYに行った直後88年の放送だったというから、このドラマの中のニューヨークは私のニューヨークと重なる。
87年放送の内容は正直言うとなんとなくしか思い出せない。昨日の放送で断片的にフラッシュバックされたなかに、あぁそうだったなと少しずつ蘇ってきたけれど。ただ、イメージとしては強烈に残っている。大都会での大人の男女の恋模様。傷ついたり傷つけたり、優しくしたり優しくされたり。頼りないけれど強く生きる人達を描いていたように思う。
韓国人の美姫(ミヒ)という女性がすごく綺麗な人だったということが急に思い出される。そして今回も登場していた。すごく芯の強い女性になっていたが、おぼつかない日本語が可愛らしさも引き出していたと思う。
トランプタワー(トランプタワーはかのスピルバーグも住む5番街に面した超高級高層マンション)に住む田村正和は孤独である。富を手に入れても根無し草であることの寂しさを痛感している。その部分がなんとも切ない。
人は自らの幸せのために無我夢中になり、他人を傷つけたり犠牲にしようとしてしまうことがあるけれど、最後の最後、寸前で大事なことが何かに気付き、それを守れる場合がある(そういう人がいる)。そうなれたとき(そうなれる人は)、全てが幸せの方向に進み出すんじゃないか、と漠然と思ったりしていた。でも、大抵の場合、本人はそんなことをこれっぽっちも意識していないのだ。そのことが素敵だ。

新ニューヨーク恋物語 オフィシャルサイト
http://www.fujitv.co.jp/NY/index2.html

2004/03/29

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今朝出勤途中でJ-waveを聴いていたらスピッツのロビンソンが流れてきた。私はこの曲を聴くたび、いまの季節にぴったりだなぁと思う。"新しい季節は なぜか切ない日々で…"という出だしとメロディがこの3月の終わりから4月のはじめの体が宙に浮いたような季節にしっくりくると思うのだ。

週末、野田秀樹の「透明人間の蒸気(ゆげ)」を見に行った。
演劇は久しぶりで、今回は何の予備知識も持たぬままだったせいか、案の定難しかった。セリフの随所に現れることば遊びは、ひとつひとつ味わっているとついていけないのだ。だから目で追うような感じに聞き流すようにするのがコツかも。宮沢りえはよかったと思う。あんなきゃしゃな体なのに存在感あって。活き活きとしていた。とにかく劇の内容よりも、よくあんな長く難しいセリフを絶妙なタイミングで言えるなぁ、とか、すごい運動量だなぁということにばかり関心し、一番感動的だったのは終了後のカーテンコールであった。それと、舞台となった鳥取砂丘が、なんにも舞台装飾がないのに不思議とリアルに空想できて、たぶんそれは演出が素晴らしいからなんだろう。

新宿駅南口に新しい遊歩道ができていて、何軒かのショップがオープンしていた。生活雑貨専門の Franc Franc という店は目を楽しませてくれる。多くの商品が made in Chinaだったりするのだが、最近ではそんなこと気にしていられない。どんなブランドものも made in China だったりするもの。お皿とかフライパンとか花瓶などいろんなものに釘づけになってしまう。

~今回購入したもの~
Shu Uemura でアイライナーと乳液
Gap でソックス
Eddie Bawer でカーデガン
化粧品は高くて…最小限にとどめた

2004/03/26

ニューヨークで見つけた気持ちのいい生活

渡辺葉 著
青春出版社

著者は椎名誠の長女。
NYのチェルシーのアパートでの暮らしを綴っている。
アパート内の写真なども掲載されていて楽しい。
彼女の日常を楽しんでいる様子がすごくよく伝わってきた。特に真似したいのは…書かれていること全て真似したい。毎日使うものは本当に気に入ったものを厳選して(決して高くなくてもよい)購入し、愛着をもって使うところとか、オシャレについての考え方とか、共感できることばかり。チェルシー地区には質の高いスリフトショップがあるようで、今度行くときは必ず立ち寄りたいと思う。そのスリフトショップは、収益はすべてHIV感染者などに寄付されるということ、店に持ち込まれる品は全て寄付ということが素晴らしい。そういう目的のお店に品物を持って行く人が使ったものなら、中古のものでもまた引き取って使うのが素敵なことのように思える。
チェルシー地区は以前はただの倉庫街でパッとしない地域だったが、かつてソーホーがそうであったように、90年代からスタイリッシュな街と化している。あちこちに大小のギャラリーがあったりする。(実際、えっ?こんな建物に?というような中に素晴らしい空間が広がっていたりする)あと、まだ行ったことがないのだが、チェルシーマーケットで美味しいものを買い込んでみたいなぁ。

2004/03/25

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昨日、とある送別会でお酒を飲んだので、職場に車を置いたまま電車で帰った。だから今朝は久しぶりに電車での出勤となった。
普段どこに行くにも車のため、こと通勤路については電車に乗るととても不思議な感じを覚える。いつもはくぐるはずの高架。その高架側から下を見下ろすと、同じ景色のなかにいるのにまったく違ったところに存在しているような感覚だ。普段の自分を別の場所から見ているようなそんな感じ。それに車は自分が動かすわけだけど、電車だと運ばれているので、同じ方向に向かっているのにぜんぜん違う感覚だなぁとじみじみ思う。
昨日の送別会は同年代の集まりだったので、話したいことも遠慮なく言えるし気を遣わなくていいのでラクだと感じる。男女の違いも教職員の違いもあまり(まったく?)関係なく話せるのは楽しい。(先生に対して敬うという気持をすっかり忘れてしまっている)
ただその中で、人は他人のことを勝手に解釈しているんだなぁとつくづく感じるとともに、まあそれが許される範囲でなら良いのだろうとも思った。でも個人的にはもう少し思いやりをもちつつ騒ぐほうが合ってるように思うけれど、たまにあのようなところに顔を出すと鍛えられてしまうのが恐い。鍛えられるというより、合わせてしまうのかもしれないけれど。

今週末は東京にお芝居を見に行く。
久しぶりなのでちょっとわくわくしている。ついでに買い物なんかもしようかなぁ。東京での買い物はいつも刹那的になるのだけど、いいものがあれば買うくらいの気分で見てみようかな。
お芝居の感想はあとで書こうと思う。

2004/03/23

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車を運転していてFMをつけたらピアノの曲が流れていた。初めて聴いた曲だったが木住野佳子の感じに似ていると思い、曲紹介まで待っているとやはり彼女のものだった。そういうときってちょっと嬉しい。ピアノの音には、なぜかわからないけれど特別惹かれる。ピアノで思い出したが、先日(3月はじめ)遠くの街を訪ねたときピアノの生演奏を聴けるカフェがあると教えてもらい、そこでしばし読書をしていたとき、偶然に好きな曲が演奏されじわっ~となった。
人はどこにいても、いろんなものごとに触れるたび、場所を超えた感覚に陥ることがある。
木住野佳子といえば、私の好きな顔をしている。かなりの美人だと思う。あんな曲を書いてあんな音色を出せる人はやっぱりあのように美しくないといけない。去年行ったコンサート「10人のピアニスト」の奏者の一人が彼女だったのだが、演奏した2曲のうち1曲のタイトルが"Manhattan Daylight"で、実際マンハッタンでの情景を感じて創ったという本人談が心に残っている。

木住野佳子の公式ホームページ↓
http://www.kishino.net/html/all.html

いま読んでいる本にいいことが書いてあった。
「低品質の体に高品質の服をまとうより、高品質の体に低品質の服をまとうほうがいい」ということだ。「高品質の体に高品質の服というのはあり」だということも書き添えてあるが。良質の水を飲んで良質のものを食し、よく動いて良質のカラダを作りたい。

2004/03/20

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Bunkamuraが出版している「想い出のホテル」を本棚から引っ張り出して、パラパラと読み返している。50人の文化人が想い出に強く残っている世界のホテルについて書いたものだ。多くの旅をしたわけではないけれど、これに習って私の想い出のホテルを紹介したい。まだ想い出にするには早いけれど。

紹介内容はここに書ききれないので、フロントページから行けるようになっています。『essay』から入ってください。フロントページに『essay』のタイトル表示が見当たらない場合は「更新」をクリックしてください。

2004/03/17

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3月に入ってから雪が降るような日もあったのに、今週は暖かくて、構内のモクレンが一気に開いている。モクレンの優しい乳白色の花びらは一枚一枚が大きくて散ってしまうのがもったいないと思ってしまう。地面に落ちた花びらはすぐに茶色っぽくなってしまう。去年の夏の終わりはこのモクレンの木に沢山蝉の抜け殻があって、地面の穴から幹に登ろうとしている蝉を目撃したりしたことを思い出している。

「トーク・トゥー・ハー」を見た。
静かで芸術的で破滅的。それと再生も。
ショッキングなエピソードを非難する人もいるだろうが、人間とは結局そういうものであり、頭ではわかっていてもそのようにはいかない愚かな生き物である。特に愛に関しては。

今週でBSで放送されてきた「真夜中の王国」が終わってしまうようである。10年続いてきたということだが、これまであまり関心がなく、最近見始めていたところだったのでちょっと残念。またここで「気がつくのが人より遅い」性分が出てしまったなぁ。昨夜はスガシカオが生で一曲歌っていた。最近、物事が終わり、そして新しく始まるというサイクルがめまぐるしいように思える。10年続いたというのはひょっとすると長いほうに属するのかもしれない。それとも、物事は昔から案外こんなサイクルであったのかもしれない。自分がどう感じるかが変化してきたのかな。

2004/03/13

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昨日、花束とビデオテープが届いた。花は自分でもたまに買うけれど頂くと嬉しいものだ。粋なことをしてくれる卒業生たち。今日は例の会議があって疲労していたが、帰宅してからそのビデオを見た。自分だけのために撮られたそのビデオを見終わったあと幸福な気分で眠りについた。彼等のあの感性をとても羨ましく思う。

2004/03/12

Captain

この日記を書いている今は、職場の送別会から帰ってきたところである。Toは私の友人である。buddyと呼びたいほどの。来月から毎日会えないことは、頭ではわかっていてもまだ実感がわかない。
その席でどのように気持ちを述べようかと考えていると、ふと例のホイットマンの詩が浮かんできて、慌てて図書館に行って、その部分をコピーして読みなおした。
挨拶でその詩「O Captain, My Captain」の話をした。ToはCaptainでもある。そして先日、オノ・ヨーコ展に行ったとき目に止まった1966年制作の、タイトル「Ceiling Painting (Yes Painting)」を思い出す。それは天井のパネルに、見上げただけでは読めないほどの小さな小さな文字が書いてあって、その横から虫めがねが吊るしてあり、白いキャタツを上って虫めがねで見ると、ただ「Yes」という文字だけが書いてあるというものだ。「これでよい」ということだ。ToはいつもYesと言ってくれていたような気がする。「ちがーう」といのも口癖だけど。映画「Dead Poet Society」で最後に生徒たちがその眼差しでCaptainを讃えたように、今日の出席者のひとりひとりが尊敬と感謝の念をこめて、様々な思いにひたっていたと思う。To本人は人に対する好き嫌いがはっきりしていると言っているけれど、私から見れば、みんなに等しく優しい人である。

2004/03/11

号泣する準備はできていた

江国香織 著
新潮社

短編集
この作家は成長しているという感想を持った。
特に気に入ったのはタイトルにもなっている『号泣する準備はできていた』と『そこなう』だ。彼女のちょっと冷めたような感性が何故か心地よい。自分とよく似ているように思う。

2004/03/04

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昨日、地元のイトーヨーカドー内にあるJTBにキップを買いに行って、駐車場に向かおうと入口を出たところで、以前の職場の先輩にバッタリ出会った。私が気づいて声をかけたのだけれども。
彼女は私より3つ年上で、初めて社会に出たときの同じ課の先輩だった人。上品で親切でガマン強くて何もかもがお手本になった人。社会に出て最初にこの人に出会えて良かったと再会して改めて思った。彼女のあのひた向きさを見るにつけ、それが社会において当然のことだと思えた。遅い時間だったし家庭の事情を察するとゆっくりしていられるはずがないのに、「中でコーヒーでも飲みましょうよ」なんて。もし、昨日JTBに行かなかったら、もし帰る前にトイレに寄らなかったら、立ち止まって洋服を眺めていなかったら…と思うと昨日彼女に遭遇したことは必然だったとしか思えない。すごく優しい気持ちになれた。そしてあの人といると自分がとてもいい人間のように思えてしまう。それほど暖かなココロの持ち主である。

2004/03/03

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母が私の友人の子供にベビー服を贈ったのだが(実際は私が郵送の手配をしたのだが)、そのお礼の電話が私にではなく直接母に来たことが嬉しかったなぁ。母がどんなことを話していたのかを、後になって友人から聞いたりしてちょっとほろっときてしまう。

中古販売されていた邦画「マンハッタン・キス」を購入して見た。いしだあゆみは普遍性の人だと思う。10年前も今も変わらない。この映画は92年のもので、ビックリするのは当時、マンハッタンのオフィスにはPCがまだないし、携帯電話も普及していない。それにしても映画で見るNYのオフィスはなんてお洒落なんでしょうね。ライティングの感じとかブース式のデスクまわりとか。
この作品のなかにちょこっとだけワシントンスクエアが出てくる。最近滞在するようになったホテル近くにある広場なのだが、この一角でチェスを楽しむ人たちの姿を去年目にしたのを思い出す。映画でも同じ場所でチェスに興じる人が写っていた。NYのそういうところが好き。
最後、いしだあゆみと室井滋が夜のブルックリンブリッジを渡るシーンで、カメラが空の方向へ引き、夜の摩天楼を遊覧する。WTCビルももちろんある。流れる曲は竹内まりあの同タイトルの曲。この日本語の曲が妙にマッチするのはきっと、あの頃あの街にひたむきな日本人たちが何かを見つけるために頑張って暮らしていたから、そして今それを感じることができるからだと思う。いしだあゆみを起用した秋元康もいい。

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