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2004/05/16

non title

映画「真珠の耳飾の少女」を観る。オランダの画家フェルメールの「真珠の耳飾の少女」にまつわる物語。この作品は「青いターバンの娘」などのタイトルでも知られている絵画だ。
フェルメールというと今から300年以上も前のオランダの画家。当時のオランダ(アムステルダム?)の人々の生活を映画をとおして見ることができて興味深い。ロスト・イン・トランスレーションに主演していたスカーレット・ヨハンソンの演技がここでも光っている。
いつの時代も人は人に惹かれ、どうすることもできない欲望や愛情が生まれる。17世紀の時代であれば、そこには社会的身分や階級の違いがあったわけだが、そんな時代でさえ、今と変わらない人間の心があったことがうかがえる。むしろ押さえ込まれるぶん、内なる愛情や欲望は確固たるものになりうる時代だったのかもしれない。
フェルメールの真珠の耳飾の少女。いま私たちはその絵を見ることができる。これはすごいことだ。現代に活躍する人の情報は300年の後、どのような形で興味をもたれるだろうか。ふとそんなことを考えさせられる。それは私たちがフェルメールの時代を見るような神秘性には恐らく包まれてはいないだろう。そういう点において、現代は唯一の時代かもしれない。個人レベルで情報は豊富に集めることができるし、自らの情報を後世に残すことも容易だ。そう考えると、情報の乏しい過去の事象について探索ができるいまの世の中は楽しい時代かもしれない。(なんだか、あたりまえのことを難しく言ってるかな?)

映画のあとは図書館に行って、フェルメールの画集を探して「真珠の耳飾の少女」を改めて見る。

それと、ユトリロの画集も見つけた。
それにはユトリロの写真が載っていた。初めて見るユトリロの顔。想像とちょっと違っていた。というか、ユトリロについて私はどんな人なのか想像したことがなかったのかもしれない。それほど彼の絵はどれも描いた人はどんな人なのかという欲求を生まないあまりにも絵を見ることだけで満たされてしまうもののような気がする。彼はモンマルトルに生まれ育ったというが、スペイン系だということだ。
もうひとつ驚いたことに、ユトリロはモディリアーニと親交があったということだ。モディリアーニもユトリロ同様、酒に溺れていた画家で、二人は大酒を飲んではお互いを褒めあっていたという。

下の絵は「真珠の耳飾の少女」

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