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2004/07/31

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今週、マックの様子がどうもおかしくて、原因はおしりのところが化膿していたことだった。あのやんちゃなマックがまったく元気がないので、両親が病院に連れて行ったところ、におい袋の中身がたまりすぎて炎症を起こしていたらしい。動物に詳しい友人からにおい袋のことは聞いたことあったけど、マックに対してあまり気にかけてあげてなかったので、反省している。でも、原因がわかってよかった。家族の一員が原因不明の病気とあっては、私も落ちついて仕事していられないのだ。におい袋は定期的にしぼってあげなければならないようだが、果たして私たちにそんなことができるのかな。心配だ。

大岡昇平の「萌野」を読んでいる。
1972年に作者がNYへ行ったときの日記。
この頃のNYは地下鉄は危険で汚く、ハーレムやブルックリンなども普通には歩けないところであったことなどうかがえる。でも、私が知っている今のNYにもあるものも多く登場して楽しい。
たとえば、アスタープレイスのモニュメントとか。
もちろんいくつかの有名な美術館も。
こんなくだりがある。
「いい気分だった。どうやら私が外国に出て、一番気分がよくなるのは、美術館へ来た時らしいのである。…略… 日本にいればめったに美術館に行かない人間が国を出ると必ず美術館に行き、幸福を見出すのはなぜだろう。」
私も同感である。
NYの美術品は富豪が購入して集めたものが寄贈されたり、美術館が購入したものであるのが気分いいとも言っている。ヨーロッパの美術館の展示物は多くが掠奪されたもので気分がよろしくないと。なるほど、そういう捉え方もあるんだなぁ。
このとき大岡昇平が宿泊したヒルトンに私も87年に泊ったのだと思うと、情景が重なる思いである。

2004/07/27

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仕事終えて、旅行社へ寄ったりガソリン入れたり手紙を書いたりと忙しく、今日もあと3時間くらいほしい感じだ。明日は歓送迎会のため前期最後の英語クラスは欠席しなければならない。これから読書。おやすみなさい。

2004/07/26

ニューヨーク・ウーマン・ストーリー

幸田真音 著
浩気社

ちょっと乙女チックな内容ではあるが、舞台となっているNYの描写が正確であるので、興味深く読めた。それと債券の運用について勉強になった。登場人物ではゲイの満が一番魅力的に思えた。満のアパートメントは私が泊るホテルの通りの1本隣りという設定も気に入った。
登場人物が日本の社会とアメリカ社会を比較して討論する場面があり、外国で生活する日本人は、日本から「吐き出された」と語られている。日本はたったひとつの価値観だけを食べて生きている化け物だとも。私も最近偏った考え方をしがちだったような気がしてハッとさせられた。そうだ、もっといろんな見かたをしなくっちゃ。いろんな人がいるのだと認めなくっちゃ。

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モーリンのことについてHPを読んでくれた方が、昨日の上毛新聞にモーリンの記事を見つけて教えてくれた。モーリンは前橋に住んでいた。記事の内容はがんと闘っているというもので、ショッキングだったが、そこにあった彼女の写真は昔とあまり変わらないように思える。群馬大学での講演会で闘病の体験を語ったという。記事を見たと手紙を書いてみようかな。(もちろん、つたないけど英語で)
記事を見つけて、朝一番で持ってきてくれた職場の方に、とても感謝している。私もそんなふうに行動できる人になりたい。

2004/07/22

The Way We Were

昨夜、英語クラスから帰宅途中、映画「追憶」をビデオ予約し忘れたことに気付く。もうすでに始まっている時間だ。速攻で帰ってすぐにテレビをつけるともう半分過ぎていた。まだちゃんと見たことがなかったので、残念。でも後半だけでかなり引き込まれた。
“生きかたのスタイル”が違う男女がそれぞれに惹かれ合うのに、自己の主義を貫いて別れを選ぶ。その理由が痛いほど伝わってくる。主役のバーブラ・ストライサンドの演技はいい。レッドフォードもいい。カリフォルニアの海辺の家もいい。そしてラストシーンがいい。
ラストは二人が別れて数年後、場所はニューヨークのプラザホテル前。バーブラがレッドフォードに気付いて近づく。レッドフォードは新しい妻を連れている。バーブラも再婚している。しばし再会を懐かしむ二人。そしてレッドフォードはバーブラがプラザ前で、相変わらず社会的な活動(原爆反対のための署名活動)をしていることを知り、(きっと)心を動かされている。レッドフォードは二人の間に生まれた娘のことを聞く。そしてバーブラはこう言う。「きれいな子よ。誇りに思って」と。二人はこれからもう二度と会わないのだが、お互いを認め合い、きっと尊敬し続けるのだ。
第二次大戦で日本が敗戦したころのアメリカの姿も知ることができる。
なぜ、日本はこの国と戦ったのだろうと思う。それほどにアメリカは物理的にも精神的にも成熟していたのだと再確認させられた。

2004/07/20

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この連休は非常にのんびりと過ごした。日曜日はおかしいのではないかと思われても仕方ないほど眠っていた。あれだけ眠れるということはかなり疲れていたんだろうと思う。
昨日はさすがに意気込んでスポーツグラブに行ったものの、なんと休館日であった。それで仕方なくマックの散歩に出かけた。暑かったけれど、気持ちの良い夕方で、マックととぼとぼと歩いていると、向こうに弟と彼の子供が散歩している姿があって、なんとも言えない気持ちになる。良い光景だった。
マックとの散歩コースはうちの近くの中学の外周をぐるっと回るのだが、中学の誰もいないプールの透明なブルーを見たら、涼しい気分になった。そこで泳ぎたい衝動に駆られる。その光景はホックニーだったかな?のプールシリーズを思い出させた。
帰ってきて、マックを冷たい水でシャンプーしてあげた。

その夜は長電話。
そのあと2時半くらいまで読書。
幸田真音の「ニューヨーク・ウーマン・ストーリー」を読んでいる。
これが結構スリリングな展開で、目が離せない。

2004/07/15

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昨日は英語のクラスへ。
いよいよ前期の授業もあと2回。

私と英語について、essayのページに書きました。
「モーリン」というタイトルです。

かわいい子には旅をさせるな

鷺沢萠 著
大和書房

同世代の作家が書いたものには共感できる部分が多い。こんなことではいけないのかもしれないが、私は世代が下の作家のものを読むのは抵抗がある。著者は私より若干年下であるが、同世代。生きてきた時代が一緒ということは、それだけで受け入れられるのだが、それに加えて私は彼女の考え方がとても好きだ。
自ら命を絶った直前に書いたと思われるエッセイが最後にある。
その中で、心の移り様について書いている。ココロの角質化について。
人はいつまでも同じ気持ちでいられるわけじゃない。そのときどき感じることというのは、そのときでないともう二度と感じないのだ。
そのときの気持ちを思い出すことはあっても、決して同じ気持ちにはなれない。そういうことを言っている。
そのことを思うと「切ない」と。
サギサワという人は、自分のことがよくわかっていた人だと思う。えらいなぁと思う。

2004/07/13

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幸田真音という作家の本を先日いただいて、その感想をbookのページに書きました。

今は4月に逝ってしまった鷺沢萠のエッセイ「かわいい子には旅をさせるな」を読んでいる。歯切れのいい文章が私の温度に合う感じだ。感想は読み終えてから書くことにしたい。

2004/07/12

コイン・トス

幸田真音 著
講談社

9・11をテーマにした小説。
あれから3年の月日が流れてしまった今、この小説を読んであの日が甦る。
あの出来事はWTCに何らかの形で関わっていた人、ニューヨークを訪れたことのある人ほど記憶に深く刻まれているのではないだろうか。もちろん、そうでない人にとっても同じ時代を生きた世界中の人が忘れられない出来事として記憶に留めていることは言うまでもない。
著者はかつてディーラーとして米国系金融業に就いていた経験から、WTCとも深い関わりを持っていた一人で、多くの友人、かつての同僚をあのテロでなくしたことでしばらく書けなくなってしまったということである。しかし、あえてそのことをテーマに小説を書くことで乗り越えようとしている。
この小説を読んで「グラウンド・ゼロ」は「爆心地」という意味を持つことを初めて知った。攻撃の対象になったのはWTCであったけれど、日々平穏を感じて暮らしている多くの人々に衝撃を与えたという意味で、確かにあの場所は爆心地である。
物語を読み進めるにつれ、私にこれだけの感情や思いがあるように、あのテロの犠牲になった人々にもそれぞれの人生があったことを思い、胸が締め付けられてしまうが、それでも生き残った私たちは前進しなければならない。そして、小説の最後、まさか、という結末に「奇跡」があることを思わずにはいられない。

小説の中で主人公が恋人を探して訪れる7番街の病院の前を、私はテロ後に通った記憶がある。そのとき、病院の外壁やフェンスに行方不明の人々の写真がたくさん貼り付けてあった。私はできるだけ多くの写真を見ようとしていたと思う。見なければいけないと思った。

人間には心やすまる時代は到来してくれないのだろうか。でも、困難を自らの意思で明るいものに変えていけるのも人間なのかなぁ、と思う。

コイン・トス。確率は50%だ。
何かのタイミングであの日の生死が逆転した人も多いだろうと思う。
思えば、人生そのものがそんなはかないものなのかも知れない。

私にも「何かが違っていたら、自分もあの朝、あのビルにいたかもしれない」という友達がいる。

2004/07/11

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選挙に行ったあと、約1年ぶりにスポーツクラブへ行く。
ずっと会員だったのに、あまり行けなくなって会員を止めたのだが、共済組合の福利厚生の一環で1回1500円で利用できる。ちょっと高いけれど、会員時代1ヶ月1万2000円も払っていたことを思えば合理的である。はじめにエアロバイクを60分とそのあと水泳を40分ほど。バイクの数が増えていて、こぎながらテレビが見られる最新式のがたくさん置かれていた。でも、テレビは見ずに、本を読みながらごぐ。プールのあともサウナに入ったあとひたすらサマーチェアー(っていうのかな?)に寝そべって本を読む。クロールをする腕が上がらなくてキツかったけれど、水の中は気持ちいいし、汗をかいたあとは体調がよい。
そういえば、この前ある人がイルカと遊んだことがある話をしてくれたことを思い出した。聞いていて、それがとても楽しそうで、一度でいいから味わってみたい体験のひとつとなった。

2004/07/10

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「直接話したかったから」と職場の方からあることを告げられた。2週間ほど前に、ランチでもどうですか?と誘われ、今日の約束で出かけたのだが、あいにくちょうどその時間は雷雨となり、でも、なんか印象的だよね、って言いながらレストランへ向かう。6歳も年下の彼女はすごくしっかりしていて、落ち着いているので、歳の差を感じさせない。(私が未熟ということもあるけど)
「メールや電話で伝えるのは簡単だけど、そうしたくなかたから」と、そういう考え方がとってもいいなぁと思えた。それで食事に誘ってくれて、2週間もあたためておいてくれて。
彼女にとって人生の大切な事実。おめでとう!!

というわけで今夜はとても気分がよく、この日記を書きながらクレーム・ド・カシスをロックで飲んでいる。音楽はノラ・ジョーンズで。

あるHPを読んでいたら、「透明人間になれたら何をする?」という質問があって、私はどうするだろう?と考えている。
飛行機に乗ったときファーストクラスにちゃっかり移動する、とか。(この場合、特上のサービスは受けられない)
映画をタダで見まくる、とか。
でも、盗み聞きはしたくない。知らないほうがよいことがたくさんあるような気がして。

2004/07/09

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本をいただく。
誕生日のお祝いにと。
38歳の誕生日にメッセージやプレゼントをくださった方々には本当に感謝してる。私は人に何かをしてあげるのは得意だが、してもらうことに関しては得意ではないので、すごく照れてしまう。でも、言葉でも本や物でも、そのとき自分に向けられた相手の気持が凝縮されたかと思うと、これ以上のことはないと思っている。

ひとつだけ。
500円のものだけど、用意してあると随分前に言っていた人からはまだ来ないことだけが気がかりである。(催促してるわけじゃないけど。催促しています。)

2004/07/08

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研修のため前橋市へ。
ちょっと早めに家を出て、朝、伊勢崎神社へ寄った。とあることをお願いに。(アフガニスタンのT氏の無事を。メールが途絶えていてみんな心配している。)私は基本的には無神論者だけど、どうしても、というときだけちゃっかりお願いに行くこともある。伊勢崎神社は効き目があるのだ。

研修のほうは・・・
そもそも型にはまるのが苦手なので、あの形式の研修は好きではない。だいいち、自分のこれからのライフプランとかキャリアプランを1枚の紙に書くなんて私には不可能である。そんなことが分かれば苦労しないのである。なんて、こんなことを言ったら怒られちゃうかな。こういうことをやるのが研修というものなのかも知れない。でも、何人もの働く女性の話を聞けて有意義な時間もあった。

いま、この日記を書いている午後10時半は、ものすごいカミナリが来ている。実はカミナリは大の苦手である。念のためパソコンはコンセントを抜いているのだが、さっきエアコンがパチッと切れてしまって、恐怖。電気もテレビも消して、おさまるのをじっと待っている。ひと雨降っているので、このあと少しは涼しくなるといいのだけれど。

そうこうしている間にカミナリも行ってしまった。
そして、そうこうしている間に、T氏からメールが入っている。3時間くらい前に来ていたみたいだ。現地は52℃だそうだ。それに比べたら今日のこの暑さは涼しいくらいである。

2004/07/07

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今日も暑かった。日本もシエスタが必要である。
いまNHKのニュースを見ているのだが、ブラジルのサンパウロから生中継していて、そういえば南半球はいま冬だということに気づく。冬といってもブラジルなので気温は日中20℃くらいの過ごしやすさだということだ。
この暑さで泳ぎたいなぁ・・・という衝動に駆られる。週末あたりはプールに泳ぎに行こうかなぁなどと考えている。それか代休が貯まっているから平日海に行くのもいいかな、とも。でもブランクがあるので、ボディーボードもなんだか手順を忘れてしまっている。たとえば、車のキーは海に入ってるときどうしてたかなぁ、とか、日焼け止めのこととか、そういう本題でないことが先に頭をよぎる。これが私のよくないところである。本題を楽しまないとね。

昨夜はやっぱり予習の途中でウトウト。気がついたら朝になっていた。でもクラスのほうは無難に終了。ただ、実力を思い知らされる1時間半である。前期はあと3回。

2004/07/06

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今日は大変な暑さで、外を歩いているだけでフラフラしてしまうほどだった。今年の1月とか2月には、こんな夏が来るなんて考えられなかったが、時間はあっというまに過ぎて、今はあの寒い冬が想像もつかない。同じ営みが存在しているはずなのに、夏はそれらが何故か眠っているかのように思える。

明日は英語なので本当は予習をしなければならないのだけど、もう夜中の12時になってしまう。ちょっとだけ手をつけて、あとは運を天にまかせようかなぁ。

2004/07/04

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オードリー・ヘップバーン展に行く。
最終日だったため相当な混み様だったが、オードリーの衣装や靴、それにオスカーを獲ったときのトロフィーや「ローマの休日」に使われたべスパまで実物を見ることができた。

田舎暮らしのため、普段は人との距離がそれなりに保たれているので、東京の人ごみではまっすぐに歩けなくてそれだけで疲れてしまう。

昨日は映画「デイ・アフター・トゥモロー」を見た。
展開はお決まりのハリウッド映画のそれだったのだが、ニューヨーク公立図書館が出てきて、あの広々としたリーディングルームなど映画用のセットなのだろうが、実際と同じようにに仕上げてあり、私にとってはそれだけで満足。
舞台となっているニューヨークやロスなどに住んでいる人がこの映画を見たら、本当に恐怖なのではないだろうかと思う。それだけ街がリアルなのである。
この映画のような異常気象が急激にやってくることはないだろうが、地球のこれからを見直す大切な時期に私たちは現在立ち会っているんだなぁと改めて考えさせられてしまう。と同時にもしあのような状況が襲いかかってきたら、身近に渦巻いている一部の人の欲望から生まれる下らない出来事なんか無意味と化すのに…などと考えていた。(なんて)

やっぱり自分は前向きな人に惹かれてしまう。

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