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2004/10/30

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今週はいつになく人と話をする機会が多く、あっというまに過ぎた感じだ。その中で、特記すべき事項は、

*samsonite
*べりカード

である。

サムソナイトはいつか買いたいと思っている旅行用スーツケースで、決して派手ではないのだが、飽きの来ないデザインと丈夫そうなところに惹かれる。

べリカードは初めて知った。こんな面白いものがあったのかと思う。だいいちベリカードという響きがいい。
インターネットも携帯電話もなかった時代に、外国のラジオの電波を拾うことに熱中したというその話は非常に興味深いものがあった。

2004/10/27

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今日から3日間、出張で不在となります。

2004/10/24

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今週末は両親が出かけたため、祖母と留守番。祖母に食事をさせたり、マックに餌をあげたりと時間を気にしながら過ごす。祖母に食事をさせるのは根気のいることだが、大事なことなので、イライラしないように心がけている。

昨日は新潟で大きな地震があり、未だ余震が続いている。群馬でも相当大きな振動があった。1回目のとき、私は自宅近くのスーパーにいたのだが、お酒などのビンがカランカランと鳴り(幸い落ちなかったが)、お菓子などは床に落ちてしまっていた。上越新幹線が脱線したなど、あまりにも身近なこともあり、人ごととは思えず、自分には何ができるのだろうと考え、学園祭でやるフリーマーケットの売上金を義援金として寄付してはどうかと。職場で相談してみようと思う。

2004/10/23

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毎週金曜10時からNHK教育テレビ放送の世界の美術館、昨夜は「ジョージア・オキーフ美術館」をとり上げていた。アメリカ南西部サンタフェにあるその美術館は、その土地独特の土を塗り固めた建築様式である。ニューメキシコの荒野をこよなく愛し、そこで制作されたたくさんの作品を見ることができる。オキーフの作品は、今も斬新で、にもかかわらず優しい色彩だ。色のサンプルを用いて色彩の組み合わせに創意を凝らした形跡はうなずける。
いつか、ぜったいに行ってみるつもりだ。

2004/10/21

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バラエティーに富んだ一日となる。

ランチをとりながら、イタリアの話題、さらには須賀敦子の話題になる。行ったことのないイタリアだが、彼女の書いたものを読むと、その時代のイタリアにどっぷりつかることができ、そして彼女の文章の素晴らしさを味わうことができる。


仕事を終えて、望遠鏡で星を見るというので屋上へ。
月(クレーターがくっきり見えた)とアンドロメダ銀河を見せてもらう。アンドロメダはぼんやりとしか見えなかったが、うっすらとその銀河の横から見た感じの様子がわかった。(横という言い方が正しいのかどうか?)アンドロメダには地球を含むこの銀河の2倍の星があるのだそうだ。ということは、地球のような星がある可能性は高い。そのような星がないと考えるほうが無理があるのだそうだ。
それから、今夜はオリオン座右上あたりに流星群が現れるというので、これからベランダに出て必ず1個は見るつもり。




それと、
その人が「がんばる」のなら自分もがんばれる、そんな人がいるものだ。

2004/10/20

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また大きな台風が接近中。夜間勤務も8時まででよいとのお達しが出た。

とある人がメールで、MoMAのリニューアルオープンのことを思い出させてくれた。そうなのだ。来たる11月20日、マンハッタン53丁目、5番街と6番街の間にあるこの世界的に有名な美術館が大規模な改装工事を終えて再オープンする。オープニングデーは混むのだろうな。そんな記念すべき日に行ってみたいものである。

MoMAのホームページ
(リンクできないので、URLをコピー&ペーストしてください)
http://www.moma.org/

今週も過ぎるのが早いなぁ。

2004/10/17

ニューヨーク空間

有吉玉青 著
新潮社

10年ほど前、私はこの本を買って読んでいる。
もうその本はどこかに行ってしまったが、先日図書館で懐かしく手に取り、借りて読み直した。著者は作家であった有吉佐和子の娘である。ニューヨーク大学大学院に通う著者がNYでの体験や感じたことを一冊の本にしたものだ。

読み返してみて、特に印象に残ったところ、それは人種差別について書かれたもの。私たちはアメリカでの人種差別を想像するとき、おそらく多くの人が自分自身(日本人)を白人側に置いて考えるのではないか。著者もそうであったという。あるとき、住んでいたアパートメントのエレベーターで、家政婦に間違えられ、作業用のエレベーターを使えと住人の一人に言われたとき、ハッとそのことに気づいたということだ。見た目でいえば、私たち日本人は有色人種であり、大きなくくりで考えたとき、白人ではない側なのだと。人種差別は徐々に薄れてはきているかもしれないが、無意識のうちに自分自身が自分を優位側に置こうとしていることからもわかるように、この問題はそう簡単に解決するものではなさそうだ。

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マックをシャンプーしてあげたり、部屋の掃除をして過ごす。
掃除をしながら、フリーマーケットに出すものを探したが、去年の年末に一世一代の大掃除をしたときに、本やCDを大量に古本屋に売ってしまい、物もたくさん捨ててしまったため、ほんのちょっとしか出せないことが判明する。

先日捻挫したところが、少しずつ良くなってきてはいるものの、朝一番はうまく歩けなくて、それに、ずっと立っていることが辛い。情けない限りである。

2004/10/16

「アメリカの61の風景」

長田弘 著
みすず書房

なかなかのものなので、心に残った箇所をここに記しておきたい。

○ある日ウォールデン・ポンドで
「ソローを、あなたはどう思うか。あるいは、ソローを、あなたは読んだことがあるか。アメリカ人に、またアメリカに関心をもつ人にそう聞けば、その答えだけでその人がどんな人かわかるだろう。」
折りしも、ソローの「森の生活」を注文したところだったので、読むのが益々楽しみになった。

○クーニーの三冊の絵本
「ひとの人生の記憶をかたちづくるのは、あるときの、ある瞬間の光景だ。そのときはそうは思わない。しかし、あとになって、そのときの一瞬の光景が、自分の人生の大切な記憶の絵として、まざまざとよみがえってくる。」

○ストリート、リヴィングネス
「何でもない言葉が一つ、また一つ、胸底に落ちて、忘れられなくなる。ニューヨークはとりわけ、そんなふうに平凡な言葉がふいに粒だってくる、そういう印象をのこす街だと思う。この言葉のこういう意味を、このときこの街で、こういうふうに感じとったという記憶が際立ってのこる街。」

○アウターバンクスの夏
「アウターバンクスには、海の他には、何もない。海を見つめる。だが、海を見つめていると、そのとき見つめているのは、ほんとうは時間なのだということに気づくのだ。」

まだ、途中だが、アメリカ大陸を車で旅しているような味わいがある。カナダとの国境のメイン州など、行ってみたい土地がまた増えてしまいそうだ。

ホッパーの絵、Cape Cod Morning が表紙なのもいい。

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ここのところ忙しかったせいか今日は休日だというのに朝から頭痛がおさまらず。でも、甥の保育園の運動会の応援に行ったり、髪を切りに行ったりと予定の用事を済ませる。
朝からの冷え込みでちょっと体調が悪い。明日はゆっくり寝ていようと思う。


BSでサイモン&ガーファンクルの伝説のライブを見る。
ところどころ、見たことはあったけど、ちゃんと見たのは初めてだ。'81、ニューヨークのセントラルパーク。私はまだ中学生だったのだが、そのころからレコードを聴いたり、FMから流れる彼らの曲に聴き入ったりしていた。特に好きだった曲は「明日に架ける橋」と「ニューヨーク」。
セントラルパークでのライブは、とってもシンプルで、20年以上も前のものだが、いま見ても古臭さを感じない。公園の会場には50万人が集まったというが、おそらくチケットを取れなかった人があの長方形の公園を囲む路上にもあふれていたのではないかと思う。ライブの日のニューヨークは朝からコンサートの話で持ちきりだったことだろう。
驚いたことに、私が聴きはじめたころ、すでに解散して11年が経っていた。だが、今なお、その良さを感じることができる。むしろ、いまのほうが余計に心に染み入るような気もしている。


現在読んでいる「アメリカ61の風景」についてbookのページに書きました。

2004/10/14

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久々にCDを注文した。
FMから流れてきたその曲に惚れてしまったから。
ナット・キング・コールの「ザ・クリスマス・ソング」という温かみのある古い曲に。

2004/10/13

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今日の自分には優しさが欠けていた。
でも、私だって一人の人間なんだけどな。

孤独だなんて。
みんな孤独だと思うけど。

急に旅行に行きたくなっちゃった。NYに。

2004/10/12

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いつも励ましてくれる人が、ここのところ疲れている様子で、なんとか切り抜けてほしいと切に願う。いまは大変でも、その何倍ものいいことが先に絶対あるはずなのだ。とくに誠実に毎日をがんばっている人には。必ず。

今日は転んで両足首を捻挫してしまう。なんという日だろう。。。

2004/10/11

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3連休中の2日間、北軽井沢で過ごす。
台風のあとも雨が残り、霧雨のなかのドライブ。紅葉にはまだ早いけれど、浅間山麓では、落ち葉は前回より積もってきているし、夜は冷え込んで、秋の深まりを感じる。今回の散策では、キノコを5~6種類ほど発見した。でも、名前はさっぱりわからず。

2004/10/08

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台風がまたまた接近中で、今夜この時間(23:30)、かなり激しい雨になっている。こんな台風の雨の日の夜は、みんながちゃんと家に帰ってさえいれば安心して、案外その状況を楽しめるものだ。屋根にたたきつける雨の音も決して悪くない。

昨日の日記を読んでくれたある方から、板倉の花畑(コスモス)の情報が届く。すぐ近くを通っていたことを知り、すごく残念だ。でも、すぐに反応してくれてとっても嬉しい。ほんと、すぐに相手に伝えようとするそういう精神の持ち主は素敵だな。この方は館林の多々良沼から見る美しい夕日のことも以前教えてくれた。そして私はその風景を見に行った。本当に美しい夕日で、私以外にもカメラを持って来ている人が何人かいた。

下の写真は、そのときの多々良沼の夕日
写真では伝えきれない

2004/10/07

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古河方面に出張だった。
今日はレガシーが使えたので運転も楽で、しかも秋晴れのドライブ日和。古河市というのは茨城県なのだが、意外に群馬から近いのでビックリする。茨城というと、栃木の向こうというイメージがあるから、群馬から行くと、ひとつ県を越えなければならないのに、古河市は不思議な場所にある。館林を過ぎ、板倉を抜けると、群馬、埼玉、茨城が微妙に接する劇的な場所がある。その茨城に入った最初の市が古河市なのである。
利根川を渡るときにびっくりしたのだが、3日間雨が降り続いたせいか、河川敷のゴルフ場が水没していた。それから、田舎道を走っていて、やけに大地が黄色に染まっているのだが、最初は穂を垂らした稲のせいかと思っていたら、それだけではないのだった。一面にセイタカアワダチソウが生い茂っているせいだった。よく海辺で見たこの巨大な雑草(?)だが、内陸にも群生しているのだと知る。こんな日はデジカメを持って出るべきだった。失敗。

太田市の図書館で本を借りた。
どうしても、紀行のようなもの、もしくはNYものばかりに手が行ってしまう。
感想はまたあとで。

2004/10/06

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今日は祖父の命日である。
私が8歳のときに57歳の若さで逝った祖父であるが、私が初孫だったこともあり、とても可愛がってくれたから、祖父についての記憶は楽しいことばかりが残っている。そのひとつに、祖父はウルトラマンセブンの大ファンだったことがあげられる。よく一緒にテレビを見たし、セブンのフィギュアも祖父は持っていた。それから、ほぼ毎週日曜日に、伊勢崎市内の遊園地に連れて行ってくれるためにうちに迎えに来てくれたことも。一番先に乗る乗り物も決まっていたことも。
そして、祖父が倒れ、急逝した日のことも鮮明に覚えている。弟の幼稚園の運動会から家族で帰宅した直後に鳴った電話に出た母が号泣していたことはずっと忘れられない。身近な人の死をはじめて味わった秋の日だった。

今夜は英語のクラスに出席した。後期はいまのところパーフェクトである。

昨日からBSで「ザ・ホワイトハウス3」が始まった。唯一楽しみなテレビ番組。マーティン・シーン演じる大統領は、存在感あると改めて思った。それと、なんというのかな、組織とはどうあるべきかということがよく描かれていて、つい引き込まれてしまう。それぞれがそれぞれの役割を自信をもって果たしていて、それが大きな力になって稼動しているのがよく理解できる。アメリカ社会は、自分の持ち分以上も以下も徹底して手を出さないような、ある意味融通のきかない部分があると映画など見ていて感じるのだが、ただ、そこをしっかりやりさえすれば、そのほうが全体から見てうまく回ると思う。自分のやるべきことに専念できて。それに比べると、日本社会は境界線が曖昧で、本来優先すべき仕事以外のことに時間をとられることが多いような気がする。日本には日本の良さがあるとは思うけれど。ヘンに硬い話になってしまったなぁ。
ところで、主席補佐官のレオは、どことなくラムズフェルド国防長官に似ていると思うのは私だけかな?

2004/10/04

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昨日から冷たい雨が降り続いている。
毛布一枚ではいよいよ寒くなってきたので、昨夜もう一枚押入れから引っ張り出した。
んー、今夜は書くことが見つからないなぁ。

bookのページにゴーゴリの「外套」の感想を載せました。
ちなみにこの作品は、最近読んだ「その名にちなんで」に出てきたので、どんな本なのだろうと買ったもの。なかなか味わいのある内容です。

外套

ゴーゴリ著
平井肇 訳
岩波文庫

あまり期待せず読んだところ、意外にも良い内容だった。
ペテルブルグに住むさえない主人公が外套を新調することに多大な勢力を注ぐことがなんとも愉快に描かれている。その反面、結末があまりにも衝撃的だが、悲壮感は残らない。主人公アカーキエウィッチが外套を作るために、切り詰めてお金を貯めるところは、物を買うための努力の原点を見たような気がする。それに、外套の布地やパーツを買い求める場面など、高価なものを買うときのこれというものを選ぶ楽しさに共感できる。愛着をもって物を使おうと思い起こさせてくれる。そして、誠実につつましく生きる主人公が不運によって死んでしまうところは、現代社会にも形を変えて似たような現象を見ているような気もして、いろんなことを考えさせられる一冊である。

2004/10/01

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そうこうしているうちに0時を過ぎて、今日から10月である。なんとなく気分のいいスタートとなる。もう寝よう。

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