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2005/07/30

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来週から夏休み体制となり、気分は少しホッとする。

日経新聞の別刷、NIKKEIプラス1の表紙にあったイラストに目が行く。特別有名な画家のものではないけれど、とにかく惹かれる絵であり、そこに掲載されていたサイトで、その画家の他の絵も見てみた。すると、そういう部分の感というのは不思議なもので、どの作品もいいと思えた。中でも気に入った1枚がこれである。自分の好きな絵は、室内を描いたものが多いのかもしれないと思う。特にコーナーとか窓辺とか。安心感を覚えるからか。他人の生活に興味を覚えるからか。または外から店や家屋の中を見ているような構図も好き。

この絵は机で何やら仕事か勉強をしている人物が、お茶でも入れに行ったのだろうか、少しの間不在にしている。室内には植物が置いてあり、額がかけられ、生活に幾分ゆとりがあることを連想させる。
質素だけれど、上質な精神を感じることができる1枚。

2005/07/26

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何気なくテレビをつけたら、そう、今日はディスカバリー打ち上げの日であった。ギリギリ、ライブでその様子を見ることができた。ちょっと緊張してしまう。

幸福な結末

辻 仁成 著
角川書店

映画「ロスト・イン・トランスレーション」が思い出される。外国人(西洋人)が見た東京の描写の部分で。馴染みのある東京の風景も、外国人の主人公の目を通すせいでか、異国のように思える不思議な感覚がある。エンディングがとても気に入った。

2005/07/24

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たっぷり睡眠をとる。
日中、冷房をつけなくていいなんて、もうすぐ8月というのに。この気候がずっと続くといいけど。

NY公立図書館のデジタルギャラリーでいろんな写真を見ることができる。今日はその図書館を裏手のブライアントパーク側から撮影した珍しい写真を見つけた。左奥の尖った建物はクライスラービル。1930年撮影とのこと。

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深夜0時30分。
宇宙戦争をレイトショーで見て帰ってきたところ。
この映画は見なくてもよかったと思う。この手の作品はもう限界にきているように思える。同じようなテーマの前作を上回るものを作り出すのはもはや無理なのかもしれない。たとえスピルバーグでも。
ただ、ひとつだけ感じたこと。
それは、恐らく地球以上の星はないのではないか、ということだ。きっと生命のある星は存在すると思う。でも、地球のように、人類のように弱いけれど、それを支える何か、たとえば愛情とか絆で前進できる惑星はきっと此処だけなような気がする。うまく言えないけれど、そういうことだ。

2005/07/22

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なんて涼しい夜。
窓を開けている。
こんなに涼しい夜風を感じるのは久しぶり。
どうりで涼しいと思ったら、小雨が降っているからなのか。
いつまでも味わっていたい。

これから昨日買った小説を読む。

2005/07/20

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ある先生と先日出張した際、旅行の話になり、写真を見せ合ったりして楽しい。私がお見せした写真の一枚がこのジョージタウン。ワシントンDCにあるこの街は、このような可愛らしい家並みが続く。ジョージタウン大学を有する学生の街でもある。これは87年に撮影したもの。なつかしい。

2005/07/17

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突然、甥たちと富岡市にある自然史博物館に行くことになる。彼らもやっとそういう所で楽しめる年になったということか。いつかNYの自然史博物館に行くといいよ、と教えてあげたかったけれど、まだ分からないね。

2005/07/16

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誕生日に頂いた本を読み終える。
感想はbookのページに。

ここのところ手持ちのCDから気に入っている曲をPCに落としている。我がVAIOは専らインターネットのみに使用する程度なのであるが、ここのところiTunesを使って毎晩少しずつPCにストックしていく。結構楽しい。

ソウルで逢えたら

松岡圭祐 著
徳間書店

誕生日に贈られた一冊。
「冬のソナタ」は一通り見たけれど、韓流ブームには乗れずの私であったが、時を同じくして3度ほど韓国に行っており、本書の舞台であるソウルの街は馴染みがあり情景が目に浮かんで楽しめた。同じ作者が書いた「千里眼」もそうだったが、スピード感がある作風だと思う。恐らく作者は韓国を何度も訪れ、韓国の芸能界にある程度精通していると思われる。
それから、韓国に割り勘の習慣はないとか、満員の電車では座っている人のひざの上に立っている人は荷物を置いていいとか、まだまだ知らなかったこともある。ただ、後者は怪しいな。本当だろうか。電車内で物を売る人はよく見かけた。ソウルの地下鉄で思い出深いのは、地下から地上に出て、漢江(ソウルを南北に分ける幅のとても広い川)を渡ったときのこと。電車から見たソウルを象徴するあの川の広さ。
この本を読んでしばらく眠っていたソウルでの出来事を思い出している。

2005/07/07

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とても悲しい人がいる。
そして言葉というものは面白い反面、難しいと感じる。
会話はやりとりする過程で理解を深めるもので、一言、一文からすべてを判断しようとするのはあまりにも人間味がなく、それこそ悲しいの一言である。

2005/07/06

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昨夜のこと。以前、私がこの大学で携わっていた仕事を一緒にしていた外部の会社の方と食事。某女史にもお付き合いいただき、3人の会話がはずむ。その方はいまは転職して、まったく接点がなくなったのだが、だからということもあるのだろうが、プライベートな話題を展開できて、楽しかった。とにかくよく考えている人である。人との接し方など、明らかに私とは違う。けれども、“違う”からといって相手を否定することなく話は進む。そんなスタイルがとても心地よいと思える。

今回の会話のなかで、こんなふうに思った。
何が大事かって、そのテーマとなっていることの結論なんかじゃなく、私にとっては、そのテーマについて誰と語っているか、自分のことをどの程度そこで話せるかということなのだ。
結論とか考え方は日々流動的で、自分のコンディションにも大きく左右される。(確固たる信念を持っているケースは別にして)
だから、なんだかとっても楽しかったな。

それから、かつて自分がとった行動(今回は仕事のこと)について、第三者から改めて言われることは面白いな、と思う。時は流れ、普段はそんなことすっかり忘れているのだから。
短い期間ではあったけれど、共同で物事を進めるという楽しさを味わえたし、それが昨日再会できた方でよかったと改めて思う。

2005/07/04

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書き忘れていたが、週末、東京ドームに行ってきた。長嶋茂雄が来る一日前で、チョット残念だったけど、最高に盛り上がった試合。席はご覧のような上の、本当にうえーの方だったのだが、目の良い私には問題ない。自分の中で最高潮になった瞬間は、高橋由伸がホームランを打った瞬間だったと思う。
思いがけず、観戦中に桐生高校が強かったころの話に花が咲き、なんで知ってるの?と感激していたりもした。小学校6年の私は木暮選手のひそかなファンであったことを思い出す。硬派でかっこよかったなぁ。

Iさんへ:
助言に従い、1杯目のビールは外で買って持ち込みました。

2005/07/03

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恵比寿ガーデンシネマにてWアレン監督の「メリンダとメリンダ」を見る。ニューヨークのアッパーイーストサイドのアパートメントやビストロ、それにソーホーかチェルシーあたりのロフトなど、NY満載な映画。こんな映画を見ると、NYはやっぱり魅力的な街だと感じることができる。

恵比寿ガーデンプレイスは、最近はあまり話題にならないスポットとなっているが、私はとても好きだ。駅を出て正面のウェスティンホテルはとても落ち着いたたたずまいだし、風が吹き抜ける正面の広場も気に入っている。前にも書いたかもしれないが、映画館、写真美術館、三越などあまり歩きまわらなくても済む距離にかたまっている。買い物に来ている年齢層も落ち着いていてほっとする。

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