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2005/08/15

終戦記念日に

戦後60年という節目の年のせいか、紙面やテレビ番組は戦争について、平和についての議論が例年以上に目立つ。国内外の人々の意見を読んだり聞いたりするうちに、日本人とはどのような国民性なのかを考える。
中国や韓国の反日感情はますます高まる一方、日本も原爆が投下され、想像を絶する被害を受けたにもかかわらず、終戦記念日に相手国を批判する光景を目にすることはない。
日本では、悲惨さを語り継ぐことはしても、感情をむき出しにして騒いだりはしない。広島や長崎で行われた集いの様子は、唯一の被爆国として、静かに、だけど辛抱強く平和を呼びかける努力をしているように写る。相手を責めるのではなく、起こってしまった事実を受け止め、ひたむきに前進してきたように思える。私はそんな日本人の心が好きだ。

一方、確かに日本の歴史の授業では、日本が近隣の植民地や侵略地での行為を正確には教えていない。高校のときに読んだ「悪魔の飽食」で第731部隊の犯罪行為には衝撃を受けたことは覚えているが、学校で教わったことではなかった。だから、中国や韓国の人々が、もっと歴史を認識しろと叫ぶのは理解できる。

日本は被害国なのか加害国なのか、時に迷うことがある。

今日、小泉首相が発表した談話がどの程度近隣諸国を納得させるものなのか、私には分からない。まだまだ不足しているのか、ある程度のものなのか。今日の日経新聞の論説に、戦後の日本とドイツを比較した内容が掲載されていて目をひいた。『1970年、ブラント西独首相はワルシャワのユダヤ人強制居住区記念碑の前でひざまずいた。歴代首相の徹底した謝罪がなかったら、両独統一も欧州統合も実現しなかったはずだ。』この事実から日本は何かを学ぶべきだと思う。でも、日本だってこれまで近隣諸国に対して何もしてこなかったわけはなく、経済的援助は惜しみなくしてきているわけだし、その部分では高い評価を得ていいと思う。誇りにさえ思う。でも、それだけでは解決しきれないということなのだろう。

子供のころは、日本の社会はどんどん良くなる一方だと思っていた。発展するし平和も深まるって。でも、違っていたみたい。

いろんなことを考えてみても、さほど知識もないし、これといった答えを出す能力も自分にはない。でも、この8月15日という日に思ったことを少しだけだが書きとめておくことにしよう。

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コメント

答えを出せる問題じゃなく、難しく考えなくていーんじゃない! 舵取りしているのが、一部の醜悪連中じゃ、往く末は見えてるしネ。 ど~だっていいジャンって感じ。 でも、この日に、自分の考えを書けるって凄い!!

そう、答えなど出せないことかもしれないですね。考えることが大切なのかも。
そんなふうに切り返してくださると、なんだか身が(頭が)すぅーって軽くなる感じです~。ありがとう。

実際に戦争を体験したことのない人までもが
こうして戦争の恐ろしさ、愚かさ
命の大切さ、尊さを感じれるように・・・

きっと「記念日」という一見「めでたき日の冠」を称して
「終戦記念日」となったのだと思います。

ひとりひとりの心がけ、思いが世界平和を作るのじゃ☆
なんてね~

辛く苦い経験も忘れてはならないことがあり、語り継いでいくために、ね。

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