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2005/09/28

心意気

仕事帰りに髪を切りたくて、帰り道にある2回くらい行ったことのある美容室に電話をしたら6時までに入ってもらえれば大丈夫です、と言われたが、6時には間に合いそうになく、5分くらい回りそうだと言うと、えーと・・・と言う。次の瞬間、私は分かりました、と言って電話を切った。そして行きつけの美容室に向かう。ここはさらに時間を要するところなのだが、予約していなかったけれど、いらっしゃいませ!と快く迎えられ、これなんだよなぁ・・・って感動してしまう。このお店は以前も遅い時間になってしまったのだが、いまから行ってもいいかとの懇願に、待ってます、と対応してくれるところなのである。きっと、きっとこういう心意気のあるお店は息の長い商売ができるであろう。

ところで、数ヶ月ぶりに髪を切った。

2005/09/25

Before Sunset

監督 リチャード・リンクレイター/脚本 リチャード・リンクレイター イーサン・ホーク ジュリー・デルピー/キャスト イーサン・ホーク ジュリー・デルピー/制作2004年

Before Sunrise (恋人たちの距離)の続編。本編での時間の経過は、私たち観客が映画を見ている時間と同じで、つまり主人公の男女が再会した時間から男が空港に向かわなければならないぎりぎりの時間までの二人の会話のみで構成されている映画なのである。パリの左岸(だと思う)の本屋から石造りの細い路地、カフェ、庭園、ノートルダムを見ながらのセーヌ川、ヘンリー4世河岸のところからタクシーで彼女のアパルトマンまで二人は絶え間なく会話を続ける。まるでそれまでの9年間を埋めるかのように。

出演者はほぼこの二人だけである。

さて、この映画の魅力は、主人公二人が相手をどれだけ運命の人だと大切に思い続けてきたかということと、彼らの自分を深く見つめる実直さ、それに言葉の豊かさだと思う。二人の思いが夕方のパリの街を背景に言葉によって溶け出し、高まっていく。

こういう原点に帰ったような映画が好きだ。人間とセリフ、そして現存する風景。それだけで成り立っていていいと思える映画は、きっと本物。

2005/09/24

日本語って

一週間ほど前の新聞で知り、俳人、黛まどかのトークショーに行って来た。俳句にはまったく興味はないのだが、以前見たテレビ番組で、韓国の田舎を旅する黛まどかの人間性に惹かれ、実際に話を聴いてみたかったので。テーマは「残したい日本語」で、想像していたとおり俳句の季語をあげての話。

その中で印象に残ったことは二つある。一つは、「移ろう様のすべてを愛でる日本人の美意識の素晴らしさ」だ。それを月になぞらえて彼女は語った。中秋の名月を愛でる習慣は中国から来たわけだが、中国では満月のみを鑑賞するのに対し、日本では「待宵(十四夜)」「十六夜(イザヨイ)」「立待月(十七夜)」など様々な月の呼び名がありそれぞれの状況を味わうという違いがあるということ。

二つ目は、「言葉を知っているということで風景が見えてくる」ということ。雨にもいろんな呼び名がある。「わたくし雨」「遣らずの雨」「花の雨」「若葉雨」「寒の雨」などなど。また風もしかり。それら季節、色、匂いなどを想像させる日本語は、もしそれを知っていたならば、見えている景色に深みを与え、心も豊かになると話していた。

確かに日本語は豊かだな、と思うことがある。それは自分が表現したい文章を英語で言うとどうなるのだろう、と和英辞典を引くとそっけない言葉だったりするときにそう思う。以前、大学の英語の先生に「お疲れさまでした」って英語で何と言うのか尋ねてみたところ、それにうまくフィットする英語はないけど、あえて言うなら"Thank you for your good job."じゃないか、とのことだった。

そういう日本語の豊かさに普段気づかずに過ごしていることは、ちょっともったいないと思う。やはり、知識は人生を豊かにするもんなんだなぁ。

2005/09/21

DVD購入

新潟に出張した際、DVDショップの前を通りかかり、購入しようと思っていた映画のDVDがたまたまあったので、即購入した。

「ビフォア サンライズ」「ビフォア サンセット」

両方ともすでに見たものだが、手元に残したくて。もう一度見て、感想は後日書く予定。

2005/09/20

十八世紀パリ生活誌(上)

いま読んでいる本である。先日、たまたま大学の図書館でみつけ借りたのだが、この本のすごいところは、出版年が1781年というところ。このての本というと、通常、現代のその道の研究者がいろんな文献や資料などからたどって、当時の生活を紐解くようなものが多いし、この本もその類かと思っていたのだが、驚きである。200年以上も前のパリのことが、そのときにそこで生きていた人によって書かれている。

例えばこんな内容。

「パリでは、人々は水を買う。・・・略・・・ブルジョワの家庭でも、水を十分に蓄えている家など一軒もない。二万人の水売りが、朝から晩まで、ふたつの桶をいっぱいにして、二階から八回まで、時にはその上の屋根裏まで水を運び上げてくれる。」

「便所の四分の三は、不潔で、恐ろしく、胸がむかつくようだ。パリっ子は、この点で視覚も嗅覚も、不潔には慣れっこになっているのだ。」

「パリでは人々は貧乏であればあるほど、ますますたくさんの犬、猫、鳥等々を飼って、狭い部屋の中でいっしょに暮らしている。」

こんな出だしの、当時のパリ市民の暮らしぶりが満載。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4003345517/qid=1127226214/sr=1-2/ref=sr_1_2_2/249-3069791-9527537

2005/09/18

ユトリロ

新日曜美術館でモーリス・ユトリロをとりあげていた。20世紀初頭、ヨーロッパの画家たちがお互いを意識し影響しあった中でユトリロは孤独であり、そえゆえ独自の作風を貫き、私たち見るものに安心感や幸せ感を与えるのだということがよく理解できた。それから、驚いたことにユトリロの美しい母親はルノアールなどの作品のモデルとして、もてはやされていたということだ。

いつか訪れてみたい場所がまた増えた。

パリ市18区の区役所(ユトリロが最後に描いた2点の絵が飾られているという)と、パリ郊外のサノワ市にあるユトリロ・ヴァラドン美術館。

http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/museum/f_010113.htm

夏の疲れが出たのか、今日はひたすら睡眠、睡眠、睡眠。

2005/09/08

復帰

夏休みも終わり、今日から仕事に行く。

昼と夜が逆になったような生活をしていたせいか昨夜は朝方まで眠れず、今日はちょっと疲れてしまう。みんなは眠れないときってどうするのだろう。私はとりあえずテレビをつけてみたりする。そういうときって意外にもいい映画とかドキュメンタリー番組を放送していたりして見入っていると眠れない夜が更けていく。これから涼しくなるし夜がどんどん長くなるから、また夜更かしの毎日となりそうだ。

そう、今日は暑かったけれど秋を感じた日で、空が高く、暗くなるのも早くなってきたと気づいた。

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