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2005/10/02

pot

その朝私は、ホテルから空港に向かうリムジンバスに乗っていた。12月だったか3月だったか、多分12月だったと思う。その日の香港はどんより曇っていて、今にも雨が降り出しそうな肌寒い日だったことを覚えている。旅の終わりに決まってやってくる充実感のあとの軽い悲壮感に拍車をかけるような天気。でも、晴天よりマシかもしれない。この感覚は旅の始まりですでに予感しているから、いつもうまくやり過ごすことはできるけれど、いっそうのこと冷たい雨でも降ってくれたほうが旅への諦めがつくというものだ。

バスは空港に着くまでにいくつかの停留所に停まるようだ。山の斜面に切立つ香港特有の高層アパートメント群をぼーっと眺めながら、これからやらなければならない空港でのいくつかの煩わしい手続きのことを考えていた。

バスが停留所のひとつとなっているらしいアパートメント群に停まったとき、白人やら黒人のお揃いの紺色のスーツ(制服)姿の男女が10人ほど乗り込んできた。一様に小ぶりのサムソナイトのキャリングケースを携えていて、彼らが空港関係者だと分かる。香港はある航空会社の拠点となっている都市だから、恐らくそこのパイロットやフライトアテンダントだろう。きっとあのアパートメントの一部は、航空会社の宿泊施設として借り上げられているに違いない。空港に程近い、香港の中心地からは離れた寂しい場所である。バスに乗り込むと、慣れた感じでキャリングケースを空いている座席に積み上げていた。席に座ると、携帯で電話する人、隣の席の人とおしゃべりする人、黙って窓の外を見ている人と様々だ。

この人たちも今日、どこかの国に向けて発つのかな。でも彼らにとってはこれは日常なのだ。

誰にでも日常があり、非日常がある。(変化のない、時間にも追われないでいる国の人々は別として。)私は自分の置かれたそのときの状況を、たまたまそこに居合わせた人のそれが逆であるとき、とてもドキドキする。特に自分の非日常と他人の日常が交差するときに。

乗り込んできた空港関係者のなかで、黒人の女性がステンレスの小ぶりのポットを膝の上に置いて座席に座っていた。持ち歩くようなタイプのポットではなく、日本の急須のような形のものだったから、とても不思議な感じがした。通路を挟んで隣の座席で。なぜかその光景が今でも脳裏に焼きついている。私はそのポットを見つめ想像を巡らせた。中身はコーヒーなのか紅茶なのか。彼女はいつも暖かい飲み物をあんなふうにして職場に着いたら飲もうと用意していくのだろうか。それとも今朝はバスまでの時間に余裕がなくてアパートで飲めずに持ってきたのだろうか。これから長いフライトが待っているであろう。なのにポットにお茶を用意して、しかも急須のようなポットをバッグにも入れずむき出しで持っているその人のチャーミングさが、なぜかあの朝の記憶として私の深いところに刻まれている。

制服の一団は、空港に隣接する航空会社のビルのところで一斉に降りていった。

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コメント

meguの文章すきだなあ 軽快で詩を読んでいるような感じ ところで起承転結を考えて書いているの?
想像を逞しくすることは若さの証、物事に感動しなくなった時、その人は老いる。見習うことにしよう。

場面の描写が詳細に表現できていないところが私の文章の弱いところです。
起承転結? まったく意識していないのです。とにかく自由に書いているだけ。

ところで、本名でコメントするところが田川さんらしいですね。これからもどしどしコメント、お待ちしていますよ。


どうもどうも、今日もmeguさんに救われたkapiです。

日常と非日常ですか・・・
考えたこともなかったけれど、自分の中の常識と相手の非常識
とも違うか・・・

しかし確かに、わくわくしますね。
kapiは、megudeskを見るとわくわくしますよ。
みちゃいけないものを見るように、ね。

乱雑に?貼り付けられた、ひとつひとつ意味のあるmemo
時には少女を映し出すであろう、エンジェルミラー
さりげなく飾られた、ポストカードのパーテーション

この人は、きっともっと、いろんなものを持っている。
そう思わせてくれる、わたしにとってのpotさんです。

またmeguさんの感性で笑かしてくろぅ。。

そんなに奥深い人間ではないですよ。
机の上の小物たちの種明かし。
エンジェルミラーは尊敬する先輩であり、親友と思っている人からのプレゼントです。いま飾っているポストカードの1枚はエドワード・ホッパーというアメリカの画家のもの。タイトルは「夜更かしする人々」いかにもアメリカっぽいでしょ?もう1枚はニューヨークにあるフラット・アイアンビル(アイロンの形をしていることにちなんだ名前)の1902年当時の姿です。ちなみにそれが入っている額は我が父の手作り。
職場の机は、一日のうち長い時間を過ごす場所でもあるので、ちょっとした好きなものに囲まれていると落ち着くような気がします。

kapiさん、月初は大変ですね。いつもテキパキとこなしている姿を見るにつけ、kapiさんが来てくれてよかったなって思います。簡素化できることは実現したいと思うので、何か提案があれば言ってくださいね!

玄関から、外(公園)をノンビリ眺めていると、人間様が交差する姿が如実に見て取れます。

日常と非日常、私の日常は鎖で繋ぎとめられていますが、皆さん、人間様はどうなのですか。 
社会・世間・会社・上司・先生・先輩・両親等々、色々なルール(制約・規制・規則等)の中で、
飼い馴らされている(繋がれて私より不自由)ように思えます。

人間様に失礼なことを言い、申し訳ありません。 犬畜生の戯言とお許しください。

ボクの家族のmegumiさんはいつもぼんやりしているボクを見て「マックはいいね」と言います。そんなに人間さまは大変な毎日なのかな。ボクが昼寝している間は、megumiさんは白い車でどこかに行ってしまっていません。何をしているのだろうと心配で、ぼくはこっそりタイヤにシャーッとかけてとりあえず臭いをつけておくんだけどね。たまにその現場を見られてしかられます。いいことしているのに何でだろう。

palのご主人様はどんな人なのかな。megumiさんに今度聞いてみようと思います。

私のご主人様は、自由人・勝手人・気儘人です。 散歩に行く時は、首輪を外し、自由にしてくれます。 重たいよねって。 自由に、勝手に、気儘に、走り回れって。 車にオシッコはできません。 でも、長距離ドライブすると酔って吐くことがあります。 唐突ですが、マックは、ご主人様が好きですか?  

megumiさんの話では、palのご主人さまは、骨っぽい人だって。骨っぽいって小骨がいっぱいあるっていう意味じゃないよ、「男っぽい」っていうこと。

ボクが一番好きなのはお父さん。散歩に連れて行ってくれるからね。次はお母さん。ご飯を用意してくれるのはいつもお母さんなんだ。megumiさんは3番目に好きです。仕事から帰ってくるといつもおやつの煮干をくれるんだ。

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