« 2005年10月 | トップページ | 2005年12月 »

2005/11/25

Xmas tree

今年のロックフェラーセンターのクリスマスツリー点灯式は、11月30日午後7時から始まるそうである。そうすると日本時間の12月1日の出勤時間ごろということになる。その時間には現地へ想いを馳せたいと思う。忘れないようにしなくては。いつも、点灯式が終わってからのニュースで知ることが多いので、今年はその時間に魂をNYへと。今年のツリーの画像が公開されたら、ぜひここに紹介しようと思う。

http://www.rockefellercenter.com/home.html ロックフェラーセンターのホームページ

それから、ホワイトハウスのクリスマスツリーも見ごたえあるようだ。

http://www.pageantofpeace.org/ ホワイトハウスのツリーについて

2005/11/20

Rose

  その人は平日の夕刻、決まって通りに面した映画館のボックスオフィスで静かに本を読んでいた。僕が留学していた1980年代のニューヨークのユニオン・スクエア近くの小さな映画館の小さなボックスオフィスで。
 当時は今ほど日本人観光客が押し寄せては来なかったし、まだインターネットも携帯電話も普及する少し前だったから、なんというか、ニューヨーク独自の文化を、そこに行かなければ味わえないような、そんな時代の最後の数年間だった。僕はNYUの大学院で勉強していた。そして生活費を稼ぐために、平日の夜はミッドタウンの寿司レストランでウエイター兼皿洗いとして数時間働いていた。
 週のうち5日間、決まってユニオン・スクエア駅から地下鉄に乗り、仕事先に向かった。その地下鉄の駅と当時住んでいたアパートメントの間にあったローズシアターだったかローズヴィレッジシアターだったか、今ではその劇場名を正確に思い出すことはできないが、毎晩、そこのボックスオフィスに座っている女性を、いつしか僕は劇場名にちなんで“ローズ”と心の中で呼んでいた。
 初めて彼女に気づいたのは、11月、いや12月初めの街中が急にクリスマスのイルミネーションで華やぎ始めた季節だったように思う。僕はその日、講義の課題をやっつけるために、朝からずっと大学の図書館で過ごしていた。気がつくと仕事の時間が迫っており、足早に図書館を後にして、ユニオン・スクエア駅に向かって歩いた。その頃の僕は、講義についていくために寝る間も惜しんで予習、復習に励み、一日3、4時間程度ではあったがアルバイトもほとんど休むことがなかった。そんなことから友達を作る余裕はなく、仕事先の客としてやってくる日本人ビジネスマンたちとのわずかな交流が唯一の人との接点だった。だからその日、地下鉄に乗る前に空腹を満たそうと寄ったコーヒーショップからふと道の反対側に目をやった先にあった映画館のガラス張りのボックスオフィスに、ひとり頬杖をついて本を読んでいる彼女が、なんとなく自分と同じように孤独に見え、以後僕の中で存在感を増したのだと思う。夕闇にぼんやり明るく浮かび上がるそのボックスオフィスは、その頃の僕に少しだけ安堵感を与えてくれる、そんなスポットに思えた。
 ひとたび上映が始まれば、チケットを買い求める客はおさまり、劇場前は静まり返るから、恐らくローズのほっとする時間だったはずだ。ちょうどそんな時間帯に僕は通りかかるのだった。毎晩、彼女の横顔を確認してから地下鉄で仕事に向かいながら、僕は彼女についていろんな想いを巡らせた。いま読んでいる本について、住んでいる場所について、出身地について、恋人はいるのだろうか・・・。別に彼女に恋をしていたわけではない。ただ、ひとり緊張と不安の渦巻くニューヨークに暮らし、「変わらない何か」「いつもそこにある何か」が僕には必要で、それがボックスオフィスのローズだったのだと思う。
 たった一度だけ、街で彼女を見かけたことがある。大雪の降った翌日で、日曜日の午後、論文のための参考文献を探しにストランド・ブックストアへ行ったときのことだ。ストランドはアパートの数ブロック先だったから、雪の景色を楽しみながら歩くにはちょうどよい距離にあった。いつもは大変混み合う書店で、時には身動きがとれないこともあるのに、その日の店内は雪のせいでか人気はまばらだった。店内に入り、ちょっとベストセラーコーナーを眺めてから、目的の専門書の棚へと進んだ。すると、美術書のコーナーの書棚に立てかけられたハシゴに軽く腰掛け、彼女は画集を開いていた。僕は思わず「ローズ・・」と言いそうになって、抑える。あるいは、彼女は同じNYUの学生だったのかもしれないと、ずいぶん後になって考えたりした。しかし、何万人もの学生が行き来するいくつものビル群で、たとえ彼女とすれ違ったとしても、きっと僕は気づかなかっただろう。ガラガラの古びた書店だったからその存在に気づいたのだ。それくらいローズは質素な、そして控えめな雰囲気の女性だった。ジーンズにグレーのハイネックのセーター、その上に体をすっぽり覆うほどの濃紺のダッフルコートがその日の彼女の服装だった。とっても学生らしい好感のもてるスタイルだった。
 それから2度目の冬が訪れる頃には、あのボックスオフィスからローズの姿はなくなり、いつしか年配の女性に代わっていた。ローズがそこからいなくなったのが、その年の夏だったのか、秋だったのか、あるいは僕が気づいた冬だったのかはわからない。論文執筆に専念するため、僕は数ヶ月間、仕事をストップしていたから、その映画館の前を通ることもなくなりローズのことも記憶の片隅に薄れ去っていったから。
 あれから20年が経ち、東京に暮らす僕のもとに、定期的にストランド・ブックストアからeメールでニュースレターが送られてくる。そのたびに当時のニューヨークのことを、とりわけローズのいたあのボックスオフィスを懐かしく思うのである。

46182_m

←クリック

2005/11/13

美術講座

館林美術館の美術講座を受講した。20世紀ドイツ表現主義。これまで、絵画というとイタリアやフランスそれにアメリカの現代アートばかりに目が行ってしまっており、ドイツというと美術というより職人の技的な印象しかなかったのだが、こうやって講義を受けてみると、発見が多い。

冒頭の話で印象的だったのは、(これはドイツについて、というわけではなくヨーロッパ絵画についての話だが)20世紀ヨーロッパ絵画というと、モダニズムや抽象を中心に語られることに終始するが、実はピカソにしても、他の画家にしても、対象物を具現的に描いた時代があったりと、ひとつの概念として捉えられない、という話。

それから、ドイツ美術について。「醜い」「汚い」にも価値を置いているのが特徴であること、さらに面白かったのは、描いている対象すべてを丹念にフォーカスしていることにより、全体的には大変ぎこちなさをそなえている作品が多いということだ。そして、決定的に面白かったのは、「拷問」をテーマにした絵に至っては、恐ろしいことを扱った作品なのに、登場人物はどこかこっけいで、彼らの置かれた場面が恐ろしいということに「気づいていない」ところが怖い感じのする作品となっているという解説に、なるほどと思った。

ドイツ人は、ロマンティストで、熱狂的で大げさで、論理的に物事を表現する民族だそうである。そして、手の届かないものへのあこがれが強く、とうてい手にできないことを心のどこかで納得しつつ、それでもあこがれを表現しようとするのだという。

今日、スライドで見せてもらったドイツ絵画は、残念ながら好きなタイプの作品ではなかった。おぞましく、落ち着かない作品が多くて。でも、まあ、少し理解はできたように思う。

2005/11/12

IN HER SHOES

公開を待って初日の今日、見に行った。

良かったシーンは、マギーがフロリダの老人施設で、元教授だった老人に導かれて詩を朗読する場面。それから久しぶりにシャーリー・マクレーンを見た。健在でびっくりした。シャーリー・マクレーンの存在をはじめて知ったのは80年代の「愛と追憶の日々」だ。不思議なことに今回の役柄が「愛と追憶の日々」と重なって見えた。娘に先立たれた辛い役柄に、強さをもって好演している。

この映画のテーマは姉妹の絆である。激しくののし合って気まずい分かれ方をしても、いつも心配しているし、いつしか心のどこかでは許してしまう。その気持ちが痛いほど分かる。いつでも相手の幸せを願って止まないのが、血のつながりなのであろう。それは、他人への思いとは異なる。

舞台はフィラデルフィアとフロリダ。

個人的には寒々とした灰色の冬空のフィラデルフィアの雰囲気のほうが好き。

2005/11/10

bag

お気に入りの革のバッグをほめられて、今日はとってもいい気分。長く使い込むほどに風合いが出るんじゃないかと思って、また、その形が気に入って数年前に購入したものだったので。

2005/11/09

ホワイトハウス

最近、NHKBSで「ザ・ホワイトハウス」第3シリーズが始まった。

気になるジョシュは健在で、またまたその知性には惚れてしまう。そして、セクシー。昨日なんかバートレット大統領にネクタイを貸したあとのノーネクタイのジョシュときたら、これまたセクシー。大統領を取り巻くスタッフの会話は、高レベルな内容でありながら人間味あふれ、ユーモアもあり、楽しい。

意外にこのドラマを見ている人が周囲にいなくて、ちょっとさみしい。

2005/11/05

天気予報

古本で買ったラッセル・ベイカーのコラム集「怒る楽しみ」に、こんな内容のコラムがあり、気に入る。題は「山おろし」。テレビの天気予報などなかった時代の著者の伯父さんの話である。バージニア州北部の山沿いの冬の朝、ブルース伯父さんが外へ出て家に入ったときに言うひとこと(例えば“ひどく寒い”とか“かなり寒い”など)が、その日の天気を判断するに充分なものだったというような内容なのであるが、ここで思うことは、人の感覚って、どんな機械による測定値よりもあてになるんじゃないか、ということだ。だから、そう、自分の感覚を信じること、そこが重要なことなんだ。

2005/11/01

so big

出張帰りに本屋に寄った。

雑誌TITLEにNYを舞台にした映画の特集が組まれていて、しばし立ち読みした。そのなかにW・アレンの「ブロードウェイのダニーローズ」という作品が紹介されていて、実在するカーネギー・デリがその映画に登場することを知る。まだ見たことないので、DVDを買おうかな、と考えている。一度だけこのデリで食事したことがある。場所は7番街セントラルパーク近く、そう、その名のごとく有名なカーネギーホール近くにあるデリの老舗である。そのとき注文したサンドイッチが半端じゃないボリュームで、食べきれずに残った分をテイクアウトし、確かホテルで記念に写真を撮った記憶があり、いま探したら見つかったので掲載しておこう。見た目はそうでもなさそうだが、案外美味しかった。カーネギー・デリでは、無条件でお皿に山盛りのピクルスを出してくれる。ピクルス好きの私にはたまらないサービスだった。

carnegiedeliテイクアウトしたサンドイッチ(写真をクリックすると拡大されます)

カーネギー・デリのホームページ http://www.carnegiedeli.com/

« 2005年10月 | トップページ | 2005年12月 »

twitter

  • twitter
無料ブログはココログ