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2005/11/05

天気予報

古本で買ったラッセル・ベイカーのコラム集「怒る楽しみ」に、こんな内容のコラムがあり、気に入る。題は「山おろし」。テレビの天気予報などなかった時代の著者の伯父さんの話である。バージニア州北部の山沿いの冬の朝、ブルース伯父さんが外へ出て家に入ったときに言うひとこと(例えば“ひどく寒い”とか“かなり寒い”など)が、その日の天気を判断するに充分なものだったというような内容なのであるが、ここで思うことは、人の感覚って、どんな機械による測定値よりもあてになるんじゃないか、ということだ。だから、そう、自分の感覚を信じること、そこが重要なことなんだ。

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コメント

俺の知人に本能に正直に生きている奴がいる。直感を信じ、感覚的に人生を謳歌している奴がいる。真似できるものなら、やってみなって、挑発している奴がいる。でも、悪い奴じゃない。ココに書かれた内容、そいつを見てるとよく分かる。確かに、自分の感覚を信じること、大切だと俺も思う。

山おろし・・・六甲おろし・・・

・・・縦縞チームのとしてはふと思い出しました(笑)

自分の本能。自分の感覚。

どうにでも転がるし
コロコロコロ
どこまでも広がるし
ヒロビロビロ

また、いつでも手放すことのできる
目に見えない、か細い糸。
紡ぐも、切るも自由じゃ。

本能人間よ、最近あまり見かけなくなったのぅ。。

>俺さんへ
自分に正直で直感で生きてる人は、もしかしたら敵も多いのでしょう。でも、「敵が多いからどうだって言うの?」と跳ね除けて言えるくらいの大きさであれば、むしろカッコイイし、憧れです。みんなに「あの人いい人だよね」と言われるより、わずかな人に「あんな生き方したい」と言われるほうがいい。


>kapiへ
紡ぐも切るも自由か・・・
うん、そう思う。思えてきた!要は自分がどうしたいかっていうこと。自分を押し殺してまで無理することはないしね。時には「切る」ことも、もしかしたら必要なのかもしれない。紡ぐことばかりに必死で、最近疲れてしまった。ちょっとブルーな私です。
しかし、kapiが「切る」も意識していることを知り、そんなあなたがとってもbigな人に思えます。


>はなへ
突然、あっけらかん!とした一言。笑えました。とりあえず、セリーグ優勝おめでとう。日本一になるためには、さらなる精進が必要かな。来年はジャイアンツの年になるけどね。だって原さんが帰ってきたのだから。

がびーん・・・
でもカムバック原監督は応援してます。あの解任劇は私もイヤでしたから。ん?来年?忘れ物を取りに行かなくちゃですから♪

来年はジャイアンツが頂くのです。それにしても、久々に開幕が楽しみです。

最近なんでも機械に頼る人多くない?。便利だけど。その分人間て言う生き物が野性味がなくなっていると思う。そんな人間の感覚って当てにできないんじゃないかな。野生に回帰する(厳しい状況下に自らを置く)ことによって人の感覚は研ぎ澄まされてくる

Kapi様、貴方の言葉に、また反応しました。 今回、模倣確信犯です。

 素潜りで獲物(魚介類:善悪無視)を採っている姿をご想像あれ。 
  海底岩 身が ゴロゴロゴロ。 大海原 心が ヒタヒタヒタ。    

 本能という能力!?が作動しないと、ヤバイ状況だとご想像あれ。 
  網が岩に、海草に、絡みつく。 解すも、捨てるも、自由じゃ。 
  前者は“死”に、後者は“生”に その確率が高い。 前者は、
  欲に囚われ、後者は、戻れば、獲物がソコにある!!   

 人生もまた然り!! 最後は、自分の意思で決めネバネバネバ!!

>DPSと
いろんな便利なものが発明されて、それはそれで良いことだけど、そんな時代にあっても、人の感覚は、最後の最後のところでは威力を発揮するものだと私は信じたいな。

本能は感覚。
研ぎ澄まされえいるか、劣っているかどうか。
自分や他人の能力を、この時点(人生の通過点)で判断するのは
あまりにも悲しいことだと思います。

命尽きる寸前に判断したいな。

荒波の日本海。漁船に乗って海釣りをすれば、それはそれでゆらゆらとても楽しく、興味をそそるもの。

サカナがひっかかれば、釣れた!と悦び
逃げれば、ちくしょう、と嘆く声。
しまいには、釣れた数=実力と美化栄誉を受ける。

それは、腕の感覚、糸の張りで、サカナの魂のありかを知る、本能。

それは、自分がピラミッドの上の方にいる気持ちでいるから。人として生まれた特権なの?

漁船のトイレは、そのままストレートにdownして、その排出物さえ餌にし、泳ぐおサカナ。おっと、立場逆転ホームラン?

素もぐりには限界がある。
息苦しくて、でも目に映る獲物をとらえたくて。

ボンベを背負えば、いつまででも海の中にいて海がめと泳いでいられるのに。

そのすべての行為、発明が、人間の本能や欲を示しているのだと思う。

だから、今を生きて、これからも人間の本能を信じたい。

本能は感覚” 確かに、能力というよりむしろ、感覚です。 

 命尽きる寸前を含め、欲張人間は、絶えず発動・判断したい欲求で一杯です。

“発明等々は人間の本能や欲の顕示” そうとも言えます。

 レギュレーターを捨てた素膚人間は、絶えず研ぎ澄ましたい欲求で一杯です。

過去の発動、現在の感覚を軸に、将来、名も無き“チャクラ”が、目覚めることを願いつつ!!

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