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2006/04/15

short story (4)

つづき

律子と同棲していた頃、彼女は熱を出して食欲がないとき、よく白いご飯にキムチが食べたい、とわがままを言った。そのたびに僕はエンパイアステイトビルの南側にひっそりと存在するコリアンタウンにバスで向かい、昼となく夜となくキムチを買いに行った。彼女もまた、美味しいチーズを見つけたから、ついでにワインも買ってきたから、などと言って、そんな夜は手間をかけて食事を準備してくれたりした。そんな些細な出来事が、今となっては陽だまりのような、でも切ない思い出となっていることに気づく。

その頃は、二人ともお互いに甘えることも、尽くすことも、それは自然に、当然のように行っていた。

アパートの前にたどり着いたとき、なんとなく彼女はもうここには住んでいないことを予感する。小さく古いながらも、いちおうドアマンがいるアパート。ホールに入ると、見知らぬドアマンが新聞を読んでいた。以前自分はここに住んでいたこと、Ritsuko Itoは住んでいるか知りたいということを伝えた。

「2ヶ月前からここに勤務しているけれど、Itoという姓の住人はここにはいません」

失望感はなかった。分かっていたことだから。それから5番街を北へとあてもなく歩き始めた。今夜はニューヨーク勤務だったころの同僚リックにでも連絡をとってBarで一杯飲もうかなどと思案しながら。先ほどまで晴れていた空がいつのまにか曇ったかと思うと今度は雪が舞い始めた。

つづく

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