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2006/05/22

Once In A Lifetime

ニューヨーカー誌に久しぶりにジュンパ・ラヒリの短編が掲載され、がんばって読んだ。毎晩眠る前の時間と、仕事帰りのコーヒータイムを利用して。ほぼ10日ほどかかった。いつものタッチで書かれている。ベンガル系移民家族の、ボストンでの人生の一時期を、主人公がそのときに一緒に過ごしたもう一つの家族の自分より少し年上の男の子に、そのときの自分の心境を交えながら、あえて語りかけるという切り口が新鮮。

なんでだろう。この独特の世界は私にとって完璧な居心地のよさだ。終盤は思いがけない展開に、少し驚いた。でも、それが人生というものなのだろう。

翻訳されるのが待ち遠しい。

2006/05/21

short story (5)

つづき

12月23日。
前の晩、飲み過ぎたせいか目覚めがすっきりしない。でも、正午までにはベッドから出て軽くシャワーを浴びてから、タクシーでメトロポリタン美術館に向かう。

「もし、もしもだけど・・・」

いつか律子が言った。

「何かが狂って、私たちが別れることになったとして。でも、もしその後逢いたくなったら、12月23日の午後、ルーフガーデンを待ち合わせ場所にしない?」

そのとき僕らは幸せの絶頂期だったし、そんな日が来るなんてまったく信じられなかったから、僕は「いいよ」と答え、「でもなんで24日とか25日、クリスマスじゃないの?」と聞いた。

「だって、もしお互い恋人や家族を持っていたら、クリスマスに逢うのは無理でしょう。」

彼女がその約束を覚えているとはとても思えなかったけれど、僕はこの5年間、12月23日にルーフガーデンを思った。でも、ひょっとしたら、毎年彼女はそこで僕を待っていたのではないか、と思うこともあり、胸が痛んだ。

プラザホテルの前でタクシーを降りた。そこから数百メートルの場所にある美術館までは歩きたかった。気持ちを落ち着かせるために。しかし、不安な気持ちに追い討ちをかけるかのように、雪が舞い始める。通り沿いに観光客目当てに絵画や画集を売る露店も、そそくさと店を閉め始めている。急ぎ足でセントラルパーク沿いを歩き、美術館に入り、チケットを買ってルーフガーデンに昇る専用エレベーターに向かった。広い館内はともすると迷子になりそうになるほどなのに、エレベーターへの道筋は完璧に覚えている。

しかし、エレベーターにたどり着いた僕は、不意に美術館の職員に行く道を遮られる。
「この案内板が見えない?」 黒人の60歳を過ぎただろう年齢の男性ガードマンは言った。その大きな体に圧倒されて、呆然とする僕。

CLOSED

「雪が降り始めたから、今日は残念だけどルーフガーデンは閉鎖だよ。」

ということは、律子もいないのだ。
それでも、彼女がいないことを自分の目でどうしても確かめたかった。

「5分でいいから、ルーフガーデンを見せてもらえないだろうか。」
懇願するように、いや、僕はまさに懇願していた。

「オーケイ。今日はこれで2人目だよ。さっき、そう、ほんの5分前にも同じようにせがまれて、女性を上へ送ったところさ。」

エレベーターのドアが開く。僕はガードマンにそっと背中を押され、その中へと吸い込まれた。

ガーデンはいまごろ、薄っすらと雪が積もり始めているだろう。
そこから見渡せるセントラルパークも、それをぐるりと囲むビル群もなにもかもが、きっと淡いグレーに霞んで見えるだろう。

僕を乗せた四角い箱は、12月23日のルーフガーデンへと何の迷いもなく昇っていった。

おわり

2006/05/13

レキシントンの幽霊

村上春樹 著

文芸春秋

旅先で読んだ短編集。まだ、2編しか読んでいないが、1番目のタイトルにもなっている「レキシントンの幽霊」は気に入った。レキシントンはニューヨークのアヴェニューの名前かと思ったら、ボストンにある地名だった。この中で、幽霊の話よりも、主人公の友人の話が興味深い。恐らくこの2つの柱は、繋がるべきなのかもしれないが、どうも私にはその繋がりは理解できないままである。さて、その友人の話というのは、父親がその妻を亡くしたとき、自分が父親を亡くしたときに、それぞれが数週間眠りつづける(途中で軽食はとるものの)という内容。肉親の死というものは、深い悲しみと孤独を招き、恐らく眠るしか術がないといつも考えてしまうせいか、いつまでも深い余韻を残し、繰り返し読んでも良いと思える作品だ。

2006/05/01

うすみどり

遠方の友人への贈答品として日本酒をと思い、職場の日本酒好きの方からの情報をもとに、太田市の酒蔵を持つ酒屋に行った。この季節、しぼりたての「淡緑(うすみどり)」というお酒が美味しいとのことで、それを求めて。ところが、最近、蔵が火災に遭い、今年に限っては淡緑は販売できなくなったとのことであった。こうなると、このお酒がどんな味なのか、ますます興味が沸いてきて、残念でならない。来年ぜひ賞味したい。

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