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2006/05/21

short story (5)

つづき

12月23日。
前の晩、飲み過ぎたせいか目覚めがすっきりしない。でも、正午までにはベッドから出て軽くシャワーを浴びてから、タクシーでメトロポリタン美術館に向かう。

「もし、もしもだけど・・・」

いつか律子が言った。

「何かが狂って、私たちが別れることになったとして。でも、もしその後逢いたくなったら、12月23日の午後、ルーフガーデンを待ち合わせ場所にしない?」

そのとき僕らは幸せの絶頂期だったし、そんな日が来るなんてまったく信じられなかったから、僕は「いいよ」と答え、「でもなんで24日とか25日、クリスマスじゃないの?」と聞いた。

「だって、もしお互い恋人や家族を持っていたら、クリスマスに逢うのは無理でしょう。」

彼女がその約束を覚えているとはとても思えなかったけれど、僕はこの5年間、12月23日にルーフガーデンを思った。でも、ひょっとしたら、毎年彼女はそこで僕を待っていたのではないか、と思うこともあり、胸が痛んだ。

プラザホテルの前でタクシーを降りた。そこから数百メートルの場所にある美術館までは歩きたかった。気持ちを落ち着かせるために。しかし、不安な気持ちに追い討ちをかけるかのように、雪が舞い始める。通り沿いに観光客目当てに絵画や画集を売る露店も、そそくさと店を閉め始めている。急ぎ足でセントラルパーク沿いを歩き、美術館に入り、チケットを買ってルーフガーデンに昇る専用エレベーターに向かった。広い館内はともすると迷子になりそうになるほどなのに、エレベーターへの道筋は完璧に覚えている。

しかし、エレベーターにたどり着いた僕は、不意に美術館の職員に行く道を遮られる。
「この案内板が見えない?」 黒人の60歳を過ぎただろう年齢の男性ガードマンは言った。その大きな体に圧倒されて、呆然とする僕。

CLOSED

「雪が降り始めたから、今日は残念だけどルーフガーデンは閉鎖だよ。」

ということは、律子もいないのだ。
それでも、彼女がいないことを自分の目でどうしても確かめたかった。

「5分でいいから、ルーフガーデンを見せてもらえないだろうか。」
懇願するように、いや、僕はまさに懇願していた。

「オーケイ。今日はこれで2人目だよ。さっき、そう、ほんの5分前にも同じようにせがまれて、女性を上へ送ったところさ。」

エレベーターのドアが開く。僕はガードマンにそっと背中を押され、その中へと吸い込まれた。

ガーデンはいまごろ、薄っすらと雪が積もり始めているだろう。
そこから見渡せるセントラルパークも、それをぐるりと囲むビル群もなにもかもが、きっと淡いグレーに霞んで見えるだろう。

僕を乗せた四角い箱は、12月23日のルーフガーデンへと何の迷いもなく昇っていった。

おわり

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