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2007/02/13

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NHKの番組で「未来への提言」というのがあり、現在、世界で注目されているキーパーソンたちに日本人がその地に赴きインタビューする内容である。

以前見た別の回では、宇宙飛行士の若田光一さんが、アメリカの理論物理学者にインタビューした回で、そのときは若田さんの英語力に驚嘆したのだった。(宇宙飛行士とはマルチじゃなきゃなれないと改めて感じた。)

昨夜はフィンランドの教育改革についての内容で、東大教授の佐藤学さんがフィンランドを訪問し、元教育大臣、オッリベッカ・ヘイノネンさんへ果敢にインタビューしていた。

フィンランドの学力水準は現在、世界一を誇っている。ヘイノネンさんが90年代に教育大臣に就任したときに手がけた教育改革について、じっくりと語ってくれている。

その中で特に心に残ったこと。

★“学ぶ”ということはとても繊細で個人的で複雑なこと。教育する側はこのことに注目し、個人個人全てに対応していかなければならない。

★教育は全ての国民に平等でなければならない。

★人はひとりひとりが違うのだ、ということを理解したうえで教育は行われなければならない。

★教育する側は、される側がどうしたら新しいことを学ぶモチベーションをもち続けることができるかを常に考えなければならない。

フィンランドでは、授業料、給食、教科書やノートまでも無料なのだという。大学も授業料が無料。裕福な家庭の子供も、そうでない家庭の子供も。またヘルシンキなど都会の学校も、北部の北極圏の学校も全ての学校の教育内容に差が見られないそうである。

ヘイノネンさんの教育改革の大きな点は、中央(国)の教育指針はおおまかな目標だけを記し、細かい方法に関しては全て各学校のやり方を認めた、というところにある。これにより、学校は大変な責任を課せられたことになるが、それを重圧と思わず、創意工夫に満ちた教授法を模索し展開している。すごいと思ったのは、教師は自己の能力向上のために、研修を受けたり勉強する充分な時間が与えられている、というところだ。放課後のクラブ活動の指導や補修授業は、それを専門とするスタッフが別にいて担当するので、教師たちは真の教育の部分に専念できるというのである。分業がうまくいっているのだと関心する。日本の場合、一から十まで一貫してやらなければならないことが多々あり、重点をおかなければならないところに十分な時間をかけられないでいることがあるように思えてならない。

フィンランドは面積こそ日本とそう変わりはないが、人口はわずか500万人強。この小国だから短期間に成し得た改革であろう。従ってこの改革内容をそのまま日本に応用することは難しいと思う。ただ、ヘイノネンさんのことば、“人はひとりひとり違うのだということを理解しなければならない”にとても重みを感じた。この意識には“優しさ”が漂っていると思うのだ。授業に遅れている生徒の補修授業の場面で、先生がとても褒めていた。他の人よりもたくさんの時間勉強して偉かったね、と。優しさがある。

そういえば、ヘルシンキを旅したとき、人々がとても優しかった。

郊外に向かうバスの運転手さんは、田舎道のバス停から乗車してくるひと一人一人に笑顔で挨拶していたし、教会のパイプオルガンのリサイタルに向かうために乗ったタクシーの運転手さんも、帰りのトラムの乗り方を教えてくれたり、レストランでは若いウエイトレスさんにメニューについて質問したら親切に答えてくれたし、まあ、旅行者には特に親切なのかもしれないけれど。人々は少々シャイであるが良心的な国民性である。日本人に通じるところがある。

話は反れたが、最後に言いたいこと。それは、ヘイノネンさんのことである。インタビューに対する回答の姿勢がすごく素敵なのだ。原稿などない。ひとつひとつの事柄を自己のとても深いところから沸き立たせ言葉にしている、という感じなのだ。それは、とても大きなプロジェクトを成し遂げたからこそ、自然に滲み出てくるのだなぁ、と思えるほど説得力あるもので、まさにフィンランドの教育が目指す人物像に思えてならない。

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