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2007/05/09

Me and You and Everyone We Know

映画「君とボクの虹色の世界」 2005年 アメリカ

アメリカのどこにでもあるような街のある人々にスポットを当て、それぞれが平凡で退屈な日常のなかで誰かと繋がりともとうとする姿が描かれている。中心的な人物は、自称アーティストの女性で、街のショッピングモールの靴屋の店員に恋をする話。彼女は実に個性的で、その個性の素敵さがすんなり私の中に浸透してきた。風邪をひいて薬を飲んだぼんやりした頭でその映画を見ていたら、なんだかとてもその世界に入り込んでしまった。映画の展開は退屈してしまう人もいるかもしれないほど淡々としているにもかかわらず。

心に残る場面

■クリスティーヌが新しいピンクの靴を買って、それに「ME」と「YOU」という文字をマジックで書く。そして、それを履いて両足を寄りそわせてみたり離してみたり・・・それを真上からとらえている。まるで、彼女の心の内そのものだ。

■リチャードが自らガソリンをかけた左手に火をつけてやけどするのだが、ようやく包帯が取れたときに、「この手には新鮮な空気が必要だ」と言って、さらに「だから手の散歩をしてくる」と言い、夜の街に散歩にでるシーン。そこで一つの幕が下り、新しい幕を開けるようなすがすがしさがある。

■孤独なある女性がチャットである男性(?)とエッチなやり取りをするのだが、ある日街の公園で会う約束をして、そこに現れたのが7歳の小学生でチャット相手が小さな子供だと分かり、でも、無言でキスをしてそこを去るシーン。二人の間には会話は一切ない。なぜか分からないけれど、ある意味その女性は救われたのではないかと見ている私には思えた。それが、中年の男性や若い男性、あるいはティーンエイジャーではダメだったのだと思う。7歳の小学生だった、というところに救いがある。

■車のルーフに置き忘られたままの金魚が入った袋。その車は既に走っている。それを同じく車を走らせているクリスティーヌと横に座る老人が哀愁を込めて見ているシーン。忘れられたもののはかなさ。

アメリカというと、ニューヨークやロスのように華やかなイメージが先行するが、実は広大な国土の多くは寂れていたり、ありふれたステレオタイプの街で埋めつくされている。そんな街の片隅には、華やかな都市に住む人々と同じ数の変わらぬスピリットをもった人々が生きているのである。それは、また世界中のあらゆる国においてもきっとそうに違いない。

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