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2007/06/30

Le Corbusier Exhibition

5月の連休以来の東京。

まずは映画「ダイハード4」を見る。前売り券をちゃんと買っておいてくれて、らくちんであった。そういう気の利く人になりたい。映画はあまり期待していなかったのに、どうして、どうして、すごく面白くて、ダイハードってこんなに面白かっただなんて。まず、分かり易さが良い。ブルース・ウィリスの単純明快さが良い。たまにはこういう娯楽映画もいいものだとしみじみ思った。

次に向うは、六本木ヒルズ森美術館の「ル・コルビュジェ展」。本当は国立新美術館での「モネ展」に行こうとしていたのだが、ある筋の情報で、平日でもものすごく混んでいるということで、森美術館のほうにしてみた。建築については、興味はとてもあるけれど専門知識はない私。でも、さすがにコルビュジェのことは、テレビや雑誌で取り上げられる回数が多いので、とても興味が湧く。まず、驚くのは、20世紀前半においてあのモダンさを追求したこと、というかあの時代にしてこんなクールなデザインが存在していたこと。彼の建築物、家具は今もなおその機能性とモダンさが色あせていない。会場にはたくさん模型があって、外から模型の建物の中を覗くと、立体的に理解できて面白い。また、模型の近くにはその建築物の実際の映像も紹介されていたりして、さらに理解が深まる展示となっていた。

ル・コルビュジェ展 http://www.mori.art.museum/contents/lc/index.html

展示はいくつかのセクションに分かれていて、その中で面白かったのは、1952年竣工の集合住宅《マルセイユのユニテ・ダビタシオン》の1戸分のスペースを実物大に再現した模型だ。キッチンなど、こじんまりしているがすごく可愛い。この住宅は人間が住む(恐らく4人家族用)最小限の寸法となっていて、実際にその中に入り、歩き回れるようになっている。いいのかそうでないのかは考え方次第。

コルビュジェは椅子のデザイナーとしても名高い。世界中で愛されている彼のデザインした椅子に実際に座れるようにもなっていて、それは感激もの。一緒だったY氏とこれいいね、と意見が一致したのは、LC1。背もたれが座る人の体や姿勢に合わせてくれる椅子で、座面が後ろに傾斜しているのも、座るとすごくラクに感じる。

Lc1_1 LC1

そして、そのアイデアにうなずいてしまうLC4。こんなのに座って読書や昼寝ができたらどんなにいいだろう、と思う。

Shezu_1 LC4

これは、手動で湾曲しているステンレスの部分をずらして、おもいっきり寝かすことも起こすこともできるすぐれもの。手動というところに魅力を感じる。これらが1920年代に制作されただなんて、すごいなぁ。

しかし、どの椅子も素晴らしいだけにお値段も高額。ため息が出る。

ミュージアムショップに寄ったら、ミニチュアの椅子(3~5センチくらいか?)を売っていて(確か1000円もしなかった)、せめてそれを購入しようと思ったら、あいにくコルビュジェのはなくて残念。

日本の建築物では、上野の国立西洋美術館がコルビュジェの設計だとのこと。それは知らなかったことで、確かに、言われてみれば、古いけれど朽ちないデザインと思うし、今度行くときはきっと見え方がまた違ってくるだろう。

展覧会の入場料に、展望台への入場も含まれていて、確か六本木ヒルズが出来たときに上ろうとして、やけに料金が高かったのであきらめたので、今回とても幸運。夕方だったので、中途半端な時間帯ではあったが、フロアは空いていたのでゆったり景色を眺めることができた。

200706301827000 行こうと思っていた国立新美術館も眼下に小さく見えた

運転する必要のない日。歩きまわってのども渇いて、夕食時にはビールを飲む。久しぶりのビールに選んだのは、ベルギーの「ヒューガルデン・ホワイト」という銘柄。初めて頂いたのだが、ビールの苦さに弱い私には、とても飲みやすく、気に入る。苦くないどころが、むしろ甘いように思える。ビールにもいろんな味があるんだなぁ。

Hoegarden ヒューガルデン・ビール(ホワイト・ビール)

2007/06/28

non title

いつも忘れないでいてくれてると思うだけでジワーッと心が温かくなる6/28という日。

200706281202000

高崎の友人からのケーキを学食のカレー用スプーンでざっくり、大胆に。

ショートケーキ4個分くらいを2人であっという間に平らげる。うどんとお稲荷を食べてこのケーキも。美味しくてぺろっと食べた。お昼休みがあっという間に終わって、友人は取材先へと向かった。ライターをしている友人は、大学を卒業してから一貫して書く仕事を続けている。そのことをすごいなぁ、と思う。どんな状況でも、天職を続けていることを。

ケーキを食べたせいでか、ストロングなコーヒーが飲みたくなり、仕事帰りにスタバで珍しくエスプレッソのダブル(ドピオ?)を飲む。すごく美味しく感じる。

2007/06/27

non title

夏になると暑くて寝ていられない、とよく聞くが、私の場合は暑くて起きていられない、という状態なる。その話で盛り上がる。そう、いくらでも寝られる。昨夜も蒸していて、もうパソコンに向うのも面倒になり、本も読む気にならず、ぼんやりとテレビを見ながらいつのまにか寝ていた。あっというまの朝で、久しぶりに起きるのが辛かった今朝である。

でも、

今日は嬉しいことが3つ。

センスのよい方から服を褒められたこと。

軽井沢計画が再浮上したこと。

CHANELならぬCATNELのトートバッグが届いたこと。

明日もがんばろう。やること沢山あるけれど朝からがんがんやろう。

Image_4 がんばるぞー

一応これはエンパイア・ステイトビルとその屋上にいるはずのキングコングであります。

2007/06/23

non title

職場で育てている植物を、土曜なので午前中、日のあたる場所に集合させた。

Image_1

一番右はイワツツジ。どんどん大きくなっている。

右から2番目と4番目はサボテン。これは以前一緒に働いていたT氏から譲り受けたもの。ひとつは一度落として根元を負傷したが、いまは元気に成長している。でも傷跡が痛々しい。T氏はいまラオスで現地の人々のために働いている。

真ん中は太田市役所のO氏より昨年頂いた寄せ植え。知的障害者の作業所で作られたとのことで、なんと植木鉢は紙(再利用かな?)でできている。3種類の植物が植えられていたが、1つダメにしてしまった。

一番左は先日紹介したマングローブ。

暑い日もあるが、夜は比較的涼しい6月だと思う。自宅の部屋では、まだ冷房をつけなくて済んでいるし、このままこんな気候が続けばいいのに。

8月のあるライブのチケット、だめかと思っていたが、意外にすんなり取れた。そのライブ、自分がどんなことを思うのか、そのことにとても興味がわいている。

2007/06/19

professional

19日のNHKの番組、「プロフェッショナル・仕事の流儀」

ソムリエ 佐藤陽一 氏

プロとは、努力をしている人なんだと思う。「プロフェッショナル」は、現状に満足せず、奢り高ぶらず、一歩一歩着実に前進しようとする精神がなければ、プロではないと教えてくれる良質の番組だと思う。それまで私は、プロとはある域に達した、努力を終わりにしてもいい人のことを言うのだと思っていた。大間違いである。

佐藤氏の仕事ぶりを見ていて、その役割にとことん徹していることに気づいた。出すぎず、かといってもの足りなさを感じさせず。ワインについての深い知識(もちろん日々勉強を重ねてのことだが)を武器に。

番組のなかでは、ワインにたとえて“熟成”という表現を用いていた。佐藤氏はたぶん、時間のかかるタイプだと思う。でも、それでいいのだと思わせてくれた。人生も、ワインのようにじっくり時間をかけても良いのだということを。

ソムリエ世界大会で、惜しくも決勝進出にならなかった場面では、その佐藤氏の表情を見て、勇気づけられた人は多いはずだ。私もそのひとりである。

2007/06/17

non title

夕方少し日が傾いてきたころ伊勢崎市立図書館行ってみた。ところが、なんと、蔵書整理のための1週間の休館中であった。こんなものである。よくこのブログでも紹介しているこの図書館は、子供のころからのお気に入りの場所で、いまは年に数回、気が向いたときに行く程度であるが、いつ行っても落ち着く場所。たぶん、この佇まいのファンは私だけではないだろう。

携帯で撮影した画像ですが、クリックすると少し拡大されます。

Lib3建築から30年はたってるとは思えないモダンなデザイン

Lib1 モダンながらレンガをもちいて温かみを感じる

Lib2 

川側には、室内から川の景色を見る妨げにならないよう配慮されて木が植えられている

River1 秘密のテラス(?)より広瀬川のながめ

River2実はこのテラス、自転車置場の上

River3 広瀬川にかかる栄橋

Tree1 図書館うらの木

Tree2 この木の根元をみると、太い根が地上に現れていた

Tree3 幹の側からみると、こんなにしっかりと地を這っている

Tree4 木の下には小さな緑色の実がびっしり落ちていて美しい

Ajisai 川と反対の道路沿いの花壇には紫陽花がずらり

2007/06/16

GARAKUTA

がらくた

江國香織 著

新潮社

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まず装丁が好き。何故だかわからないけれど、私はアメリカのすっきりした木造の家屋を描いた絵に惹かれる。

この「がらくた」は、二人の主人公が交互に語るスタイルで構成されている。「冷静と情熱の間」を思い出させる。同じ空間に存在しても、人は相手がどう自分を見ているかについては未知の世界。だからこの小説のスタイルは面白い。ただ、「冷静と・・・」が異なる作者によって二人の人物を描いたのに対し、「がらくた」は江國ひとりから生まれた2つの感情だということが終始頭から離れず、であった。(結局、ひとりの人間から生み出された、ということが)

江國香織の小説に出てくる人の名前が好き。柊子とか桐子とか。ちょっと冷たい感じのする名前。冷静な人のような印象を与える名前。実際、小説のなかの登場人物はみな冷静な人たちだった。

私は二人の主人公のうち、自分に年齢の近い柊子にどうしても感情移入していた。結局、夫婦や恋人の本心をコントロールすることはできない。自分の希望どおりにはいかない。ならば、そのことも引き連れてしまおうという柊子のスタンスが、冷めているように見えて実はとても情熱的な気がした。

読んでいて気づいたのは、むやみに漢字を使わないこと。「飲む」は「のむ」と、「開ける」は「あける」としてある。なるほど、そのほうがいい、と思う。

以下、気に留まった文章(本文より)

■雨が続いている。私は秋という季節が好きだ。物がみな、あるべき姿に戻る季節という気がする。(柊子)

■私は思うのだけれど、あの一家はみんな、目の前にいる人間を目の前にいる人間としてしか見ないのだ。・・・略・・・ だから私は存在できる。(美海)

■私は自分の気持ちが正しい位置におさまっていくのを感じる。(美海)

non title

昨日からNHK・BSで、3日間に渡ってニューヨークを様々な切り口で紹介する企画をやっている。ちょうど友人が旅行に行くというので、自分のなかでちょっと盛り上がっていたところだ。さきほどは、日本では夕方、NYは明け方のライブ中継でマンハッタンの日の出の風景を見ることができた。ハドソン川を挟んだニュージャージー州のホーボーケンから。アジアの西に沈んだ太陽が向こうの東から昇る様子を体感し、地球の丸みを感じた気がした。

楽しみにしていたのは美術館を紹介するプログラムだが、こちらは一部を除いて多くが再放送であったのがちょっと残念。メトロポリタン美術館は一日ではとても見きれない広さを誇っているが、番組を見ていて気づいたのは、案外自分は今までの旅行でほぼ全部のセクションを踏破していた、ということ。まだまだ見つけられなかったセクションがあると思っていたから。でも、何度でも行きたい。再燃したなぁ。17の各セクションの主任学芸員が薦める各3作品の紹介があって、そのどれもが、実際に足を運んだときに目を引いたものばかり。そのなかに、アングルの水色のドレスをまとった貴婦人の肖像画(正式な作品名は忘れたが)があって、そのドレスのひだの光沢がリアルで、そのように絵画で表現したアングルの技術にみとれた覚えがある。やはりその作品が学芸員のお薦めと知って、とても納得した。肖像画は、ちょっと見方を変えると感慨深い対象となる。まだ写真が普及する前の各時代、主に名声のあった人物やその家族ばかりが作品のモデルとなったことは否めないが、時代を超えてそれら名作が美術館で世界中の人々に鑑賞されていること。当時、彼らの考えはそこまで及ばなかっただろう。額のなかに納められた肖像画は、あたかもその人がそこに生きているかのようで、絵画の力というのはこういうことなんだなぁ、と私は再認識するのである。

このNHKの企画、とてもいいのに、中継のときにアナウンサーと一緒に登場する年配のおじさん(この人が誰なのかは知らないのだが)が連発する冗談が実に耳障りで、この企画の汚点となっているように思うのは私だけだろうか。

2007/06/15

non title

最近の出来事

■Bon Joviのニューアルバムを購入した。

発売日に買いに行く。仕事の行き帰りの車で繰り返しずっと聴いている。ファンの期待を裏切らない内容である。跳ばしたいと思う曲は1曲もない。

■マングローブの鉢植えを購入した。

Image 仕事の合間にながめている

■江國香織の「がらくた」という新刊を読んだ。

江國香織の作品、全部読むわけではないが、この小説の内容はしっくりくる。感想はのちほど。

■バランスチェアーを注文した。

■映画「月の輝く夜に」を観た。(何度も観ている) 

シェールはものすごく美しいと思う。忘れかけていた恋をして、静かに心躍る女性を控えめに演じている。でも、この映画のもう一つの見所は、シェールの母親だ。夫の浮気に気付き、一人レストランで食事をしているときに向かいのテーブルにいた年下の男性との会話、ちょっとときめくのがわかる。とてもチャーミングな人だ。そして、大好きな場面は、このイタリア移民一家の長老であるおじいさんが飼い犬を毎晩、夜中に散歩に連れて行く場面。ある晩、ブルックリンブリッジのたもとからマンハッタンの夜景を眺め、そしてその上方には大きな満月が浮いていて、犬たちに遠吠えをさせるシーンなど、とてもいい。この老人、いまは老いぼれているけれど、きっとニューヨークに移民の子として生まれ(または自身が移民してきて)、都会の栄華をその目で見、若いころにはたくさんの恋もして・・・全てを悟っている。あとは時に身をまかせるばかり、とでも言わんばかりだ。

■空のこと

「今朝、雲がすごくきれいだった」と、朝の空について同僚と話した。今日は雨上がりのすっきりした天気で、風が強くて、雲が流れていた。仕事帰り、線路沿いを歩いていたら、夕焼け色が雲に染まって、涼しくて、“明日は休み”というリラックスした気分もあって、うっとりしてしまう。

200706151913000

大学の回りや構内を散歩する人とすれ違う。学内の会議では、最近の物騒な事件のことが話題になっていて、朝や夕方、構内を散歩する近隣の住民のことが非難気味に話されているが、私はそれがどうして悪いことなのかわからない。この地域で開放的な空間となっているから、散歩コースになっているのだろう。住民への適度な開放と防犯とは別の話なのではないかと思っている。

2007/06/10

rain

職場の人たちから誘われていたバーベキューは、雨が朝から激しいのとおまけにカミナリまで鳴っていて、中止になったとメールが入る。なので、午前中は寝ていられる・・・とまた眠りについた。それからまた11時ごろ携帯が鳴り、仕事で桐生に来ているので午後会わない?とのお誘い。その人とは年に1回会うか会わないかで、いつもメールではなくて携帯電話が鳴る。ただ、電話で話をするだけのときもある。

埼玉までの帰り道は太田を通るというので、結局、太田まで出ることになる。そうだ、せっかくだから、何かお土産を渡そう、と急に思いついて、それで以前職場の日本酒好きの方から聞いた太田の地酒“淡緑(うすみどり)”にしようとちょっと早めに家を出てその酒造に向かった。ところが、お休みで、たまたま少し離れた同じ通りある酒屋に置いてあったので、1本購入。そのうすみどりは、春にできるお酒として売り出されているとか。私は賞味したことがないので、贈り物にするにはやや心配はあったけれど、瓶に白い薄紙が巻いてあってとても品のいい感じだったので決めた。それを縦長のお酒用の紙袋に入れていただいた。

待ち合わせした場所から車で5分もしないところにある、先日友人に教えてもらったスフレの美味しいレストランに行って、私はランチがまだだったので、きのこの和風パスタのセット(飲み物はアッサムティー)、あちらはスフレとハーブティーを注文。

外は午後になっても断続的に雨が降っていた。雨の日に屋内でおしゃべりするのはいいかもしれない。そのレストランには大きな窓があって、あちらが、その雨の雰囲気を眺められるよう、私は窓に背を向けるほうの席を選んだ。

その人はいつも私を褒めてくれる。

そして、私はいつも嬉しがっている。(心の中で)

なぜ嬉しいかというと、その人の仕事に対する考え方を尊敬できるからだろうと思う。そういう人に褒めてもらうということを。

夕方、レストランを出るころは雨があがっていた。

いまは午後10時すぎ。久しぶりにミスチルを聴きながら書いている。いまごろ、うすみどりを飲んでいらっしゃるだろうか。

2007/06/08

non title

ここのところ進学説明会ラッシュで、あっちの高校、こっちの高校へと車を走らせている。蒸し暑い日の体育館などでの説明会は大変なのだけれども、最近は高校生とのちょっとした会話など楽しく思えるようになってきた。昨日は初めて安中高校に行った。安中というと高速道路ができる前、軽井沢に行くときに通過するくらいで、途中、山の斜面に巨大な工場(それはまるで映画のセットみたいな、パイプが組み合わされていたり、煙が上がっていたり)があるのが印象的なくらいだったが、高校に向かう街並みはとてもいい雰囲気で、一目で気に入ってしまう。長い坂道を登り、左折して高校へ続くその道は特に。恐らく、教会と武家屋敷跡(?)など、見ごたえのある建造物のせいだろう。

説明会に来てくれた高校生に、その感動をまず伝えた。そうしたら、彼らの緊張がちょっとほぐれたみたいに思えた。自分の住む、あるいは学校のある街を気に入ったと言われたら、きっと嬉しいに決まっている。素直に伝えてよかったな、と思う。一人は、以前、どこかの説明会で対応した子だと気づいたので、「前にお会いしましたよね?」と聞いたところ、「はい、高崎のサンパレスで」と彼女は言った。

安中に向かう前、一旦出勤してデスクワークをしているときのこと。最近、課員が全員出張で不在にしているとき、一人で留守番をしててくれている同僚が、やっぱり一人ではいろんな対応に追われて大変らしいのだが(実際大変だと思う)、でも、外に出る大変さも理解してくれていて、その彼女がこんなことを言った。「昨日はいろんなことがあって、大変だったけど、最後にいいことがありました」と。どんなことかと続きを聞いていると、「○○高校に本学への指定校推薦希望者が一人いると連絡が入ったんです」と。このとき、私はこの人が広報課に来てくれてよかったと思った。何のために我々広報課ががんばっているかを、その真髄を知っている、いや、知っているというより、彼女もその目標に向かっているのがはっきり見えた気がした。その日の彼女にとっての“いいこと”がそういうことだったことに私はすごく感動してしまった。向いてる方向が一緒であること、そのことにとても。

人員が減って、仕事量も増えたけど、そんな一言で私はがんばれてしまう。

2007/06/04

Helsinki 5

ヘルシンキとポルヴォーで見かけた動物

写真をクリックすると拡大されます。

Kamome1 Kamome2 マーケット広場ではたくさんのカモメを見た

Inu2 めずらしく犬を散歩させている人を見た(ヘルシンキ)

Inu1 自慢の犬だとか(ポルヴォー)

ポルヴォーの船着場でヘルシンキへのフェリーが出発するのを待っていたら、犬を散歩させた初老の男性が話しかけてきてくれた。犬の名前をたずねたのだが、聞き取れず。難しい発音で。

Neko1 玄関前に白黒のネコ(ポルヴォー)

Neko2 Neko3 木造家屋が並ぶ石畳にて(ポルヴォー)

Uma この標識は? 馬車が通るのか? (ポルヴォー)

2007/06/03

Helsinki 4

旅先での買い物は楽しみの一つだが、予算も限られているため、やや慎重になってしまう。一番関心があるのは、ミュージアム・ショップで、ここヘルシンキでも、アテネウム美術館、キアズマ、市立美術館などの一角に設けられたショップに立ち寄る。

フィンランドのブランドで(特に観光客に)有名なのは、iitala marimekko Arabia などではないだろうか。ご多分に漏れず、私もこれらショップの製品が大好きで、ヘルシンキの目抜き通りとされているエスプラナーディ公園の両脇の道沿いにあるそれらのお店やストックマン・デパートなどに立ち寄り、いくつも買えないので、吟味してやっと決断して買うのである。marimekkoに関しては、黒のウールのコートがとてもとても気に入り、何度もそのお店に立ち寄っては試着したり、眺めたりしたのだが、値段が・・・、最終的にはあきらめた。ちょっと心残りではある。

200706020757000    marimekkoのバッグ 

(馬のデザインは60年代の復刻版で、そのデザイナーは既に亡くなられているとお店の人が教えてくれた。リバーシブル。その店員さんは、空港で免税手続きをするための書類を作ってくれた。面倒かな、とあえて頼まなかったのだが、向こうから免税になる額だから、とすすんで用意してくれた。親切な人。)

200706020807000 Arabia製 陶器の壁飾り

(左はフィンランドの白夜、右は湖?の様子を表現している)

そのほか、前回来たときに気に入ったアクセサリーのお店を紹介。ガイドブックにも乗ってるお店 Kalevala Koru というマーケット広場やヘルシンキ大聖堂近くにあるショップ。フィンランドの叙事詩「カレワラ」をデザインのコンセプトにしている。

カレヴァラ・コル www.kalevalakoru.fi

本屋ならアカデミア書店。ここは映画「カモメ食堂」で小林聡美と片桐はいりが出会うcafe Aaltoが入っている。思ったより小さいカフェだった。映画を思い出して、「誰だ、誰だ、誰だ~♪(ガッチャマンのテーマ)」が頭を巡る。

Akademia アカデミア書店内部 素敵な建築デザイン

Proof of my life

プルーフ オブ マイ ライフ  2005年 アメリカ映画

オフィシャルサイト http://c.gyao.jp/movie/proofofmylife/

精神不安定な難しい役をグゥイネス・パルトローが見事に演じていたと思う。若いときにある数学の定理を導き、その分野で偉大な学者である父親(アンソニー・ホプキンス)が精神を病み、次女(グゥイネス)が自分の人生を犠牲にして面倒を見てきたが、その父が亡くなる。第一線から姿を消して以来、周囲の人々からは見捨てられたも同然だったが、葬儀には大勢の大学関係者などが参列する。そのことをグゥイネスは腹立たしく感じ、スピーチ台に上り、悪態をついて立ち去るシーンがあるのだが、私にはその彼女の行動がすごく人間臭く思えて逆に好感を覚える。

この役ではグゥイネス演じるキャサリン自身、誰にも知られていないが、父親以上の頭脳をもった数学の天才である。

この映画の要となっているのは、きっちりと証明できる「数学の定理」と、何をもっても目に見える形では証明できない「人間の信頼関係」だ。そこを上手く対比させていると思う。グゥイネスの行動を見ていて、たとえ自分の行動の真理が証明できなくても、自分に正直に居ることはとてもかっこいいことだと思った。結果的には悪い方向へ自分を追いやってしまうのだが、この映画ではそれだけに留まらず、荒んだ自分を再生しようと、殻に閉じこもる寸前で一歩前に踏み出す彼女の勇気まで描きこまれていて、最後はぎこちないながらも爽やかである。

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