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2007/08/02

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やっと梅雨明けして、夏が来た。

通勤途中で学校のプールに向う小学生をよく目にする。私もプールが大好きだった。小学校4年の夏、ある先生(丸橋先生)にクロールを特訓していただき、以来、自信をもって泳げるようになった。正しい飛び込みの仕方もそのときに教わった。もし、あの夏、丸橋先生に指導してもらわなかったら(担任でも学年の先生でもなかったから)、きっとこんなに水泳が好きにならなかったと思う。プールから上がったあとの、冷えた体が暑い空気に包まれたときの、ちょっとダルさが加わった感覚が好きで、昼寝なんかできたら最高だった。

そんなことを思い出しながら、朝、プールに向う小学生を羨ましく思うのである。

残念ながら、中学にプールはなく、高校にもなかったため、プール生活は小学校で一旦途絶えることになる。でも、いまでもクロールで(ゆっくりならば)2キロくらいは泳げる。旅先のホテルにプールがあれば、ゆったりと泳ぐのも旅の楽しみのひとつとなった。

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うちのビーグル(マック)は、花火やカミナリの音が大の苦手で、そういう日は、緊急避難(玄関に)している。それ以外の日でも、寝苦しい夏の夜は、玄関のタイルはひんやりしていて外よりも心地よいみたいで、最近よく玄関に入れてもらっている。

200707301927001 7才。最近顔が白くなってきた。

ビーグルは歳をとると毛が白くなってくるそうだ。

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読売新聞8/1朝刊に、ドナルド・キーンと平野啓一郎の対談が掲載されていて、その中でキーン氏がコロンビア大学で学んだ際に出会った角田先生という日本文学(日本語?)の先生のことが書かれている。これを読んで、以前、「私と20世紀のクロニクル」と題して、キーン氏の若かりしころからの回想録が同紙に連載されていたことを思い出す。その連載のなかで、やはり角田先生について伝えていた回で、私はすっかりこの人物の魅力にとりつかれた。時は戦前。キーン氏が授業を受けるために講義室へ入ると、角田先生はその日の講義内容について、すでに黒板一面にびっしり書き終えていて、入念に講義準備がなされ、教壇には質問に備えて何十冊もの書物が用意されていたということだ。キーン氏は、以後に受ける数々の、それこそ名声は一流だが、まったく魅力のない、何年も使い続けている講義ノートを読むだけの他の教授の授業と比較し、角田先生の真面目さ、真剣さに心を打たれ、生涯忘れることができない存在になったという。第二次大戦が始まると、リベラルなニューヨークにいたため、角田先生は強制収容は免れたとのことだが、どのような思いでいたのだろうか。そして、ニューヨークでとのように暮らしていたのだろうか。あの時代にアメリカに渡り日本文学を説いたこの人物のことをもっと知りたいという欲求が、今回の対談を読んでまたぶり返している。

対談 http://www.yomiuri.co.jp/book/news/20070801bk01.htm

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