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2007/08/14

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夏季の大きな仕事のひとつが今日片付き、明日から3日間のお休み。考えてみると、前期は一日も休暇をとってなかった。なので、今宵は開放感に浸っているのだ。明日は東京に行く予定(ライブ)で、でも暑いのだろうな・・・首にタオル巻いていくかもしれない。(ライブのためじゃなく、暑さの対策)

「千の風になって」がミリオンセラーになったとニュースで言っていた。私自身は、つい最近まで、この曲にはあまり関心がなかった。歌がヒットする前に、知人から絵本を頂いていたせいかもしれない。ところが先日、何気なくこの歌を耳にして、多くの人に支持される理由がよくわかったのである。人が亡くなるということ。もう帰らぬ人が可哀想でならない、もう会えない・・・と思うと、自分の心が張り裂けそうになる。でも、この歌が伝えるように「千の風になって、あの大きな空を吹きわたっている」と思えることで、残された人は癒される。(「癒される」という言葉をむやみに使うのは嫌いだけれど、この場合は本当にそうだと思う) クラシック歌手(というのかな?)の秋川さん(だったかな?)の、あのくせのないストレートな歌い方も、スーッと心に入ってくる。

私の場合は、昨年亡くなった祖母である。思い出さない日はなく、ふとしたときに、それはたいがい、仕事を終えて帰宅する運転途中なのだが、会えないと思うとたまらなく淋しくなるときがある。だって、祖母の爪の形や柔らかい手、においまで、まるですぐ目の前にいるかのように思い出せるのに。

おとといの明け方の夢に祖母が出てきた。自宅のトイレにかけ込もうとすると、誰かが使用中で、ノックをすると・・・ 祖母がドアを開けて出てきたのだ。(お盆だから?)

今日、久しぶりに(お通夜以来だと思う)、祖母が書いていた日記をパラパラ開いてみた。この日記は何度読んでも涙なしには読めないので、読みたいけれど読まないでおこう、と、ずっとしまっておいた。自分は(ほぼ寝たきりで)出歩けないものだから、書いてあるのは、私たち家族のことばかり。でも、毎日、不自由な体でよく書いたと思う。ノート8冊。偉いです。本当に愛すべき人だった。

祖母が亡くなったのを知ったある人が、千の風になっての詩のことをメールで知らせてくれたことがあった。いま思えば、そのときは、絵本を持っていてその詩の存在のことは知っていたのと、まだ、亡くなって間もないときで、詩の意味がピンと来なかったような記憶がある。でも、いまは理解できる。この詩の意味も、メールをくださったその人の優しい気持ちも。

「千の風になって」の作詞者は不明だそうだ。絵本によれば、英語での詩ということ、またその思想から、ネイティブ・アメリカンの誰かが書いたと推理するのが自然だと書かれている。

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