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2007/08/27

non title

今日も朝から気温がグングン上がり、残暑が身に応える月曜日だった。朝、職場の冷房の利きが悪くて(一向に冷風が出てこなかったのもだから)、一瞬ヒヤッとしたが、間もなく正常になって安心する。

昨日の新聞に「芸術新潮」がNYの美術館特集だと載っていて、早速、大学の図書館に行ったがまだ開架されてなく、拍子抜け。あとのお楽しみにとっておこうと思う。

夕方6時半前に帰宅するときに、空気は暑さでムワッとしているが、不思議と秋を感じた。だんだん早まる日没のせいかもしれない。エンヤのCDを聴きながら運転していたからか、辺りがしっとりと落ち着いて見えて、夏が暮れていく感が深まる。家に着くころには、南東の空に丸い月があって、それがまた秋の月に見えた。明日が満月のようだ。月って不思議だ。背後にあっても、その気配を感じてしまう。

昨日、ぼんやりテレビを見ていたら、BSで再放送だったようだが、フィンランドの森やそこで暮らす人々を紹介していて、またフィンランドへのあこがれが強まる。森の色は、柔らかい緑の色で、どこか北海道の雰囲気に似ているかもしれない。森というと、一般的にはうっそうとしていて、恐いイメージもあるが、フィンランドの森はそのほとんどが人の手が加えられているということもあり、どこか安心感があるように思う。また、人々は森には妖精が宿っていると信じており、その精神も可愛らしく、フィンランドの国民性を象徴しているように思える。すごく感動したのは、(森に住む人や、森に隣接したところに住む人の風習だと思うが)誰かが亡くなると、家族が森の松の木の皮を削り、むき出しになった木の幹に故人の名前と生まれた年・月、亡くなった年・月を彫る慣わしだ。松は生命力が強く、その後年月を経るにつれ、皮がまたゆっくりと幹を覆うという。生きた証が松に包み込まれ、松の命あるかぎり記憶を残すように思え、素敵な行いだと思わずにいられない。実際に、1800年代に刻まれた木を見ることができた。これには言葉を失う。それから、もう一つ、人々は森にお気に入りの木があって、悲しいときや辛いときなど、その木を見ることで、触ることで心が安らぐそうだ。

この番組は、視聴者からのリクエストが多かったので、再放送となったそうだ。反響が多かったのは肯ける。

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