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2007/10/13

A Thousand Years of Good Prayers

41esfp46lbl_aa240_ 「千年の祈り」 イーユン・リー著 篠森ゆりこ訳 新潮社

新潮社 CREST BOOKS から発行される本が結構好きである。表紙のデザインもセンスの良さを感じる。

「千年の祈り」(短編集)の著者は、北京に生まれ96年に渡米、以来アメリカで暮らしている。執筆は英語で行うそうだ。

タイトルにもなっている「千年の祈り」と「あまりもの」がよかった

いずれも、中国人がストーリーの主人公となっている。

「千年の・・・」のほうは、アメリカに暮らす娘が離婚し、そのことを案じて父親が初めてアメリカにやってくる。娘はなかなか語ろうとせず、父はその無口さを責めるが、かつての父親も家庭で自分のこと、仕事のことを何一つ語らなかったではないかと逆に責められる。その途端に、秘めていた(はず)の自身の人生が甦り、後戻りできない事実にさいなまれる。父親はアメリカに来て、毎日近くの公園でイラン人の年配の女性とお互い、片言の英語とそれぞれの母国語で語り合う。言語は100%通じないけれど、不思議と言いたいことは通じ合う。過ぎ去った日々のあやまちは修正できない。だからといっていま嘆いても仕方のないことで、それが自身の人生だったのだ。ただ、いまいるのは異国の地アメリカであることにこの父親は大いに救われている。娘とは平行線だけれども、公園で出会った友人の存在にも大いに救われている。ことを早く解決したいけれども、人の生き方、ましてや娘の生き方など、そう簡単に自分の思うようにいくはずはない。

中国のことばに「修百世可同舟」というのがあるそうだ。誰かと同じ舟で川を渡るためには300年祈らなくてはならない、という意味らしい。この父親がイラン人の女性と異国アメリカで出会ったことについて、また、人は偶然親子になるのではないということを、このことばを用いて表している。こうやって互いが会って話すには長い年月の祈りが必ずあったと。親子ならば千年の祈りがあったのだと。どんな関係にも理由があるのだと。

また、この短編は、未知の中国を垣間見させてくれるとても興味深い作品だ。90年代の混乱の時期、私たち外国人には動乱についてのおおまかな情報のみ、見聞きされることだったが、何億という慎ましやかな中国の人々の日常がそこにはあり、時は流れたのだということにハッとさせられる。

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