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2007/12/31

non title

大晦日の今日、The New Yorker のフィクション、ジュンパ・ラヒリの“YEAR'S END”を読み始めた。辞書(一応電子辞書)を片手に、ちょびちょびと進んでいる。2007年はニューヨーカー誌が届いたら、記事を(短いのでもよいので)かならず1つは読むことを誓ったつもりだったのだが、なかなかそれができず、であった。それをいまさら挽回は無理だけど、そのタイトルがあまりにも今日の日にぴったりなものだから。心を新たに。

本文は掲載されていませんが、少しだけ紹介されています↓

http://www.newyorker.com/fiction/features/2007/12/24/071224fi_fiction_lahiri

2007/12/29

non title

年末の掃除の一環、2階の窓拭きをした。普段からやっていればいいのだろうが、多分今度窓を拭くのは来年の今頃となってしまう。今日明日でマックを洗ってあげたいと思っていて、でも晴れていないものだからあきらめていたが、案外暖かかったから、これも予定どおり。きれいになってマックも新年を迎えられる。

今日、郵便で本が送られてきた。「川の光」という本。毎年N氏から本をいただいている。初版本にこだわっていらっしゃる。年の瀬の郵便ポストに本が届くというのは、とてもドラマティックなことのように思う。今年はお会いできなかったけれど(こんな年は知り合ってから初めて?多分)、その存在の大きさは、私のなかではいつも変わらない人である。

Image2 「川の光」 松浦寿輝 著

自分のために自分以外の人が選んでくださる本というのは、とても興味深いものを感じる。

昨日、書き忘れたのだが、友人よりフィラデルフィア美術館展のオリジナルグッズ、オキーフのタンブラーとクリアファイルをいただく。私は絵葉書しか買えなかったので、なんだかすごくうれしい。おしゃべりしていて、しばし、オキーフのその絵の美しさのことで盛り上がる。画集を2冊持っているので(一冊はこれもいただいたものだ!)、今度見せてあげようと思う。

Image 美しくて使うのがもったいないけど・・・すぐ出して使っています

今年最後のニューヨーカー誌が届き、袋を開けてパラパラ見ていたら、ジュンパ・ラヒリが短編を載せている。短編といってもボリュームはあるのだが、この休み期間中にがんばって読んでみようかと思っている。

夕方から喉の痛みを感じている。まずい。でも今夜もボンジョヴィを見てから寝るのだ。

2007/12/28

non title

御用納め。でも今年は当番で31日も出勤なので、中途半端な仕事は無理に片付けず、今日は定時で職場を後にして、友人と食事した。

Bonjovi

そのあと、ふとHMVに行ってDVDの棚を眺めていたら、BON JOVI の“LOST HIGHWAY:THE CONCERT”のDVDが目にとまって、悩んだ結果CDを持っているし止めておこうと、また店内をふらふらしていたら、店内のモニターで、まさにそのBON JOVIのビデオクリップが流れ、しばらく見とれ、やっぱり買う、と思い、そしていま、自分の部屋でそのライブを鑑賞している。買ってよかった。小規模のライブハウスかスタジオでのライブなので、落ち着いていて見やすい。それに、バンドメンバーが演奏を楽しんでいる!余裕も感じる。

全体的に落ち着いた曲のアルバムなので、すごく大人っぽいし(実際彼らはそういう年代なのだが)、だからすんなり入ってくる感じだ。同年代というのは、長くつきあえるひとつの要素なのかもしれない。そして、自分にとっては、いつの時代もあせない存在のバンドである。それにしても、ジョンはどの角度から見ても、絵になる人だなぁ。

2007/12/27

I am legend

映画「アイ・アム・レジェンド」

http://wwws.warnerbros.co.jp/iamlegend/

昨日、忘年会の席が隣だったOさんとちょっと映画の話になって、ここのところ見たいのがないよね、などど言っていたのだが、あえて言えば「アイ・アム・レジェンド」かな、とも話し、今日は振替休を取れたので、日中堂々と見に行ったのであった。Oさんはあえて言うなら「ナショナル・トレジャー」とのこと。

「アイ・アム・レジェンド」は、NYが舞台でなければ行かなかっただろう。そう、この映画はニューヨークだから成立するように思う。誰もいないニューヨークがどんなものなのか、それを見たかっただけ(正確には誰もいないわけじゃない)。それと、ウィル・スミスでよかった。これがトム・クルーズやブラット・ピットじゃダメだ。悲しい場面がある。愛犬が死んでしまう場面。世界でただ一人になること、それは想像を絶する恐怖であるということを伝えた映画だ。

ウィル・スミスが愛犬と暮らすアパートが、私にとって、とても馴染みのある場所、ワシントン・スクエアに面したところという設定だった。それにしても、昨今の映像技術というのは、すごい。

2007/12/26

non title

今朝はこの冬一番の寒さを感じた。

冬になってから毎日夜空を眺めているけれど、今シーズンはまだ流星を見てないなぁと思う。

今日は忘年会があって、その帰りにコーヒーが無性に飲みたくなって、いつものスタバに寄ってコーヒーを一杯飲んでから書店に行った。そういえば、スターバックスのメニューからジンジャーブレッドラテが消えていたような気がする。なんかちょっとさみしい。まだ出してくれたっていいじゃないか、こんなに寒いのだから、と思う。

2冊の文庫本を買う。

  ポール・オースター 「トゥルー・ストーリーズ」

  大崎善生 「ドイツイエロー、もしくはある広場の記憶」

感想は後日また。

2007/12/25

Raymond Carver

クリスマスの読み物に、レイモンド・カーヴァーの本「ささやかだけれど、役にたつこと」を選んでみた。本箱から引っ張りだしてきて。村上春樹はカーヴァーのファンで、この本の短編を訳している。前にも書いたことがあるが、私は村上春樹自身の作品は好んでは読まないのだが、彼が翻訳した本はとても好みだ。

この本のなかで今回、タイトルにもなっている「ささやかだけれど、役にたつこと(A small, good thing)」と「引越し(The boxes)」の2編を読んだ。

「ささやかだけれど・・・」は、ある母親が、子供の誕生日用にパン屋にケーキを注文した直後に、その子供が交通事故により意識不明になり、そして亡くなる。パン屋はそんなことも知らず、予定日にケーキを取りに来ないこの家に電話を何度かかけてくる。しかし両親はそれどころではなく、特に母親は、しまいにそのパン屋のことが疎ましく、憎しみを覚え、閉店後の店に行って文句を言う。しかし、そのパン屋の主人にも孤独なつらい人生があり、そこでそのことを知る夫婦。パン屋がパンを食べるよう薦める。不思議と空腹を覚え、パンを食べる母親。悲しみを癒す術は、結局のところ、人とのかかわりや語り合いから生まれることが、じんわりと伝わってくる。

「引越し」は、どうしようもない母親と、その母親のことがいつも心配で、やっかいと思いつつやっぱり気にかけて止まない息子の話。血の繋がりとは、とても切ないものなのだということを上手く仕上げている。(ちょっと説明が難しい)

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「ささやかだけれど、役にたつこと」

レイモンド・カーヴァー 著   村上春樹 訳

中央公論社

2007/12/24

short story for Xmas

ある年の、12月に入ってすぐくらいだったと思う。なんとなくロックフェラーセンターのツリーと付近を映すライブカメラをアパートメントのパソコンで見ていた。翌日は仕事が休みで夜更かししたい気分だったから読書したり、ぼんやりテレビやパソコンを観たりしていたのだ。明け方4時ごろのライブ映像。ヴィレッジにあるぼくのアパートメントからロックフェラーセンターの高層ビルは見えないが、そこよりやや南にあるエンパイアステイトビルなら上3分の1ほどが見える。4時から6時ごろというのは、ぼくが思うには、この街が一番静かな時間帯だ。ミッドタウンといえども、さすがにこの時間は、しかも外は凍えるほど寒い季節だから人気もなく、画像で動いているのは飾りのための旗がゆらゆらと揺れているのと、時折5番街を通り過ぎるイエローキャブくらいなのだが、ぼくはぼんやりとその、同じ島の同じ時間帯の世界一有名なツリーの画像をただ眺めていた。

コーヒーを淹れにキッチンに行ってまたパソコンのところに戻ってみると、その画像のなかに白い人影を発見した。もちろんカメラが遠すぎて顔までは見えないが、おそらく白いコートか白いダウンジャケットを着た女性のように見えた。その白い姿は、10分ほど、バレエダンサーのように可憐に踊ったあと画面から消えた。その間ぼくは画面に釘付けになる。その人が何歳なのか、どこの国の人なのか、そういった情報はライブカメラの画像からはさっぱり読み取れない。そして、その日からぼくは毎日、同じ時間帯にベッドから起きだして小さな2間のアパートメントのリビングとして使用している部屋の窓辺の机に置いたパソコンに向かうことになる。

朝方のその時間は、窓の下をゴミ収集車がゴーッという音をたてて近づいてきてまた遠ざかっていく。この時間に起きて働いている人もいるのだ。そのことに、不思議な安堵感を覚える。12月20日の明け方。そしてぼくはほっとする。いつものように画面に彼女が現れたから。想像を廻らせてみる。彼女はきっとブロードウェイかリンカンセンターの舞台を目指すダンサーかバレリーナ。深夜のバーの仕事の帰りか、または早朝から店を開けるデリにこれから出勤するところか。

クリスマス用のライブカメラは、おそらく26日には取り外されるだろう。あと彼女に会えるのも5日ということか。

いま思えば、見知らぬその人を、当時ニューヨークに出てきたばかりのとても孤独だった自分の唯一の友人のように思えたのかもしれない。または、「ティファニーで朝食を」のオードリーに彼女の姿が少し重なったようにも思う。ロックフェラーセンターは、ティファニーからほど近い場所であることもあるし。オードリーが明け方、誰もいない5番街のティファニー宝石店のショーウィンドーをうっとり眺めてアパートに帰るあのシーンに重ねて。

12月24日、仕事が少し早く終わったこともあって、ぼくは普段はあまり行かないミッドタウンへ足を向けた。そう、ツリーの場所へと。予想どおりそこは人で溢れかえり、午前4時のあの場所と同じ所とは思えないほどだった。センター内のカフェでラテを飲んで少し休んでから、向かいのデパートに入る。もう決めていた。赤いマフラーに。店内はクリスマスセールの追い込みといった雰囲気かと思ったが、意外と空いていて、もしかしたら思い描いているようなマフラーなどないかもしれないと思ったが、幸運にもひとつだけ赤のマフラーが残っていた。プレゼント用にとリボンをかけてもらい、そのままアパートに帰る。そして、深夜3時、ぼくはヴィレッジから自転車をとばしてツリーのところへ向かう。外気は零下だろう。誰もいない見慣れた場所に着いて、そして小さな包みを、いつも彼女が踊る場所だと思われるところにあるベンチにそっと置いて、何度も振り返りながらその場所をあとにした。そしてアパートへと戻り、ベッドに入った。

   To Miss Ballerina   
   Merry Christmas

アパートへと走らせる自転車に乗りながらふと夜空を見上げると、満月が見えた。クリスマスに満月、あまり似合わないなぁ、と思いながら、「30分後、彼女が無事にあのマフラーに気づきますように」と祈った。

おわり

2007/12/19

non title

12月に入って、何人かの方よりグリーティングカードが届く。私もプレゼントを贈ったり、カードを書いたりと、忙しないなかでもそれだけは忘れずに行う。

今日は一日の中にいろんなことがあり、3日分くらいを経験した感じ。なかなか充実していた一日であった。最後の互助会のあと、G教授が「仏壇が完成したので写真を見てください」とおっしゃり、パソコンの画面で拝見した。仏壇というのは教授のDIYによるもので、以前その話を聞いたことがあった。ようやく完成したので、という話だった。アメリカ人の教授が仏壇を作るというのもミスマッチなように思うが、そこがなんとなく素敵である。出来栄えはプロ級と見た。

そのほかに、教授の故郷、サウスダコタの写真もたくさん拝見した。一番印象に残っているのは、先生が通った小学校の校舎の写真だ。小さな小さな校舎。草原のようなところにポツンと残った廃墟。「まるで『大草原の小さな家』の風景ですね」と言ったところ、「そうです。だってその本の作者はサウスダコタ出身ですから」と。それから、人口400人余りの小さな街のメインストリートの写真など、まるでロードムービーのワンシーンのようであった。それから先生のご両親のお墓の写真。一枚の石に、左側にお父さん、右側にお母さんの名前と生まれた年と亡くなった年が刻まれていた。

先生が生まれ育ったのは、サウスダコタでも北部、ノースダコタとの州境近くだそうだ。冬になると相当寒いようで、先生が体験した最低気温は零下40℃とのことだ。見渡す限り何もない(農場が広がる)ようなところなのだが、こんな場所に住むのも、ひとつの人生なんだろうとしみじみ思った。車がなければまるで生活できそうもなく、退屈そうでもあり、でも、おおらかに暮らせそうでもある。いかにもアメリカの原風景。

それから、今年の2月に旅行したカンボジアの写真も拝見した。アンコールワットは有名だが、そのほかに、70年代にポルポト派により多くの国民が虐殺されたことを負の遺産として残す場所で撮った写真を。ちょうど、私も夏にアンネ・フランク・ハウスに行ったときに感じたことなど話し、足が重いが、実際に見ておかなければならない場所ってある、というような話をした。本で読んだだけでは完全に理解できないものだ、というようなことも。

写真と地図を見ながらいろいろお話を伺い、充実した一日をしめくくった。

2007/12/18

non title

今日は同僚に渡すCDをコピーしたりして、ちょっとゆったりした夜を過ごしている。

毎回必ず見るわでではないし、見てもピンとこない場合もあるが、NHKの「プロフェッショナル」は上質な番組だと思う。今日はキュレーターの長谷川祐子さんという人を紹介していた。東京都現代美術館のキュレーター。ちょうど、昨日美術展に行ったばかりだったのと、多少、美術館という場所に足を運ぶのが好きなこともあり、展覧会の舞台裏にも迫った今日の番組内容には見入った。展覧会と一口に言っても、展示される作品をどんなコンセプトで、どんな順番で、どんなまとまりで展示するかによって、同じ作品をもっても、その展覧会が良いものにも、良くないものにもなり得る、というのは自分自身、鑑賞者として感じることであり、作品の一連を見終えて、無理なくすーっと感じられる場合と、妙に疲れてしまう場合があるものだ。自分なりに解釈ができた場合というのは、いつまでも心に残る。こういうことって、実はキュレーターの力に大きくかかっているのだろう。ちょっと憧れの職業である。

番組恒例の最後の質問 “プロフェッショナルとは”に、長谷川さんは・・・“どういう状況にもかかわらず、そのことに対して不満を言うことなく、自分のいる場所を、ユートピアにできる人だと思います。”と答えておられた。またもや、この番組によって姿勢を正される。(私って単純だなぁ。でもいいのだ。)

2007/12/17

non title

募集のための学校訪問で、今日は青山、渋谷エリアに。体が鈍っているせいかビルの階段や坂道や、歩道橋の上りがとてもきつく感じる。でも、今日訪問の学校に、昨年の訪問の甲斐あって3名の留学生の出願をいただいた学校があったので、気持ちを落ち着かせて向かった。途中で、そうだ手土産のひとつもお礼に持ってくるべきだったと、急遽和菓子を買って、昨年大変親切に応対してくださった就職部長さんを訪ねた。ところが、昨年度一杯で退職された、とのことであった。その方が喜んでくれるだろうと思って買ったお菓子は、でもお礼にと、対応してくださった女性の職員の方に手渡した。就職部長さんは、きっとほかに引き抜かれたに違いない。あの人は相当人望のある方に思えたもの。それにしても、お会いしてお礼を言いたかった。

訪問を終えて、せっかく渋谷まで来たからと、職場に電話を入れてから、帰途につく前にBunkamura ザ・ミュージアムで開催中のアンカー展に立ち寄った。正直言って、アンカーについてはあまり知らなかったのだが、展覧会場は平日とあって空いていてゆったりと鑑賞でき、しかも100点ほどの作品が来ており、すっかりその作品に魅了されてしまう。

アンカーは19世紀に活躍したスイスの画家で、若いころから画家として認められ、成功していたそうである。スイスでは国民の間で圧倒的な人気を誇る画家だそうだ。その作風は、写実的で、モデルは彼の故郷インス村の農民や中流階級の人々で、今回の展覧会では、子供を描いた作品が圧倒的に多かった。アンカーの作品にはまったくといっていいほど悲壮さがない。決して豊かではない農民の子供(水汲みや薪拾い、小さな兄弟に食事を与えているなど)を描いても、とても生き生きと描かれている。それらの絵を見ていると、スイスという国が見えるような気がする。崇高な国という感じがする。

ほとんどが人物画なのだが、4点ほど静物画が展示されている。そのうちの一点「お茶の時間」という作品を見たとき、思わず「すごい!」と呟いてしまった。1877年の作で、テーブルの上にガラス器や陶磁器のカップなどが置かれている。それがあまりにも本物(写真)のように見えたものだから。解説には、アンカーは、静物画はあくまで興味の範囲で取り組んでいたと書かれていた。メインのモチーフはやはり村の人々の日常風景だったようだ。

Anker展についてはこちら http://www.bunkamura.co.jp/museum/index.html

Tree ザ・ミュージアム前のツリー

近くで見たら本物のモミの木だった。

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帰宅すると、友人からフルーツケーキ(手作り)が届いていた。毎年必ず送ってくれる。もうそろそろかな?って思ってた。添えられていたカードに、11/26の夜の夢に私ともう一人の友人が出てきて、二人で私の引越しを手伝うというものだったと書かれていた。思わず手帳を見たら、その夜は、いつになく忙しい日で、仕事が追いつかず、また翌日の進学説明会の資料作りのために、遅くまで残業していた日だった。悲鳴をあげそうになった日だ。家に着いたのは確か24時近かった。何か関係があるのかなぁ。フルーツケーキは、きっとそのご褒美だ。毎年、変わらずこんな温かいことをできるその友人は、毎年心穏やかに12月を迎えているんだろうな。

Merry Christmas.

Cake リボンもクリスマスっぽくて、ほどくのがもったいないほど。

ライオンと蜘蛛の巣

ライオンと蜘蛛の巣
手嶋龍一 著
幻冬舎

随分前に大学図書館にリクエストしたが、なかなか新規購入リストに入ってこなかったので、あきらめていたところ、入りましたとの連絡を受け、嬉しくて早速借りに走った。
著者は元NHKの海外特派員で、私はこの人の現地からのリポートはなんとなく人間味を感じ好きだった。表情や言葉の端々に何か深いものを持っていることを感じさせたのだ。
本書は特派員時代の出来事を題材にしたエッセイ。読了とともに感じたのは、著者は、思った通りの人だった、ということだ。それから、インテリジェンス(情報)の世界の裏話の要素も多分に愉しめる。手嶋氏が追ってきた米ソの冷戦の終結と、その体制がその後の日本や世界にどう影響しているかなどが、彼が出会った様々な要人のコメントや彼らのその後の姿を通して、手嶋氏の優しい思考のフィルターにかけられて伝わってくる。思えば、ここ20年は激動の時代だ。最中には固く閉ざされていた第一線の人達の口がいま徐々に開かれ、一般の私たちに、そういうことだったのか、と唸らせるのだろう。今後もこの著者の書に注目したい。

(出張途中の電車にて。初めて携帯からアップ。うまくいくかな。)

2007/12/10

non title

太田市役所のO氏よりご連絡をいただき、仕事帰りに立ち寄る。夕方6時すぎで正面はシャッターが下ろされていて、裏の職員通用口より許可を得て立ち入らせていただく。職員専用のエレベーターを5階まで上ると、そこから本学の方面(西側)が一望できる。エレベーターを降りたところは照明がおとしてあるので、夜景がよく見えて、ちょっとした素敵な場所だ。(以前も同じ時間にうかがったときにもそう感じた)

O氏は待っていてくださった。5階のフロアーは4つの課があって、どちらの職場も課長さんがぽつぽつと残っているだけだった。

帰りがけに市役所正面のクリスマスイルミネーションをじっくり眺めてきた。今年の電飾はいままでにないセンスを感じる。

Image2

携帯電話のカメラではきれいに撮れなくて残念。本物はもっと青くて美しい。

2007/12/09

non title

7日の金曜日に学食にツリーを出して飾り付けをした。「もう何回目だろう?」と言ったら「確か8回目だよ」と。最初は有志で始めて、その後も女子職員の有志で継続している。ついでに有線放送もクリスマスソングのチャンネルに合わせてみたり。ちょっとしたことだが、少しでも学内が明るくなればとの思いで、やっぱりツリーはいいなぁ。継続は力なり。

ツリーといえば、私が初めて自分で買ったツリーは、学生時代に代官山にあるクリスマスカンパニーで買った、高さ40~50センチのシルバーのものだ。いまもクリスマスカンパニーは代官山にあるのだが(ヒルサイドテラス内)、当時は“倉庫”がお店で、それが話題を呼んでいた。倉庫の中は暖房もなく寒く、でも大小のツリーとたくさんの種類のオーナメントが売られていた。今年の春、ヒルサイドテラスにあるお店に行った。もう当時の面影はなかったけれど、365日クリスマスというコンセプトは生きていた。時代は変わっていく。

クリスマスカンパニー http://www.christmas-company.com/index.html

2007/12/07

non title

昨日も書いたのだが、ここのところ寝ても覚めても仕事のことで一杯。気合を入れないと何か大事なことを見落としたり、抜け落としたりしそうである。

だから朝、Bonjovi をガンガン聴きながら仕事に向った。友人TK氏が落ち込んだとき、気合を入れたいときに聴く曲“Born to be my baby”。それにあやかって。リピートして何度も聴く。確かにこの曲を聴くと、そのあまりにもの「かっこよさ」が後押ししてくれれ、泣けるほどがんばれる。1月に東京ドームでのライブに行くのが楽しみ。

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以下TK氏が送ってくれた情報

7月11日Pengrowth Saddledomeと7月12日Rexall Placeで行われたライブセットリスト

7月11日のセットリスト
01、Livin’ On A Prayer
02、You Give Love A Bad Name
03、Lost Highway
04、Whole Lot Of Leavin’
05、Runaway
06、Born To Be My Baby
07、It’s My Life
08、(You Want To) Make A Memory
09、I Love This Town
10、We Got It Going On
11、Who Says You Can’t Go Home
12、Sleep When I’m Dead
13、Bad Medicine
14、The Last Night
15、Someday I'll Be Saturday Night
16、Hallelujah
17、Any Other Day
18、Wanted Dead Or Alive

7月12日のセットリスト
01、Livin’ On A Prayer
02、You Give Love A Bad Name
03、Lost Highway
04、Whole Lot Of Leavin’
05、The Last Night
06、Born To Be My Baby
07、It’s My Life
08、(You Want To) Make A Memory
09、I Love This Town
10、Who Says You Can’t Go Home
11、Sleep When I’m Dead
12、Bad Medicine
13、The Radio Saved My Life Tonight
14、Runaway
15、Hallelujah
16、Any Other Day
17、Wanted Dead Or Alive

2007/12/06

non title

12月。

もう6日も過ぎてしまった。師走。走るという字が入っているが、私も毎日走っているような感覚である。ひとつひとつは小さな仕事なのだが、次から次へと押し寄せてきて、片付け、またその繰り返し。でも、まあ、この忙しさは悪くないかもしれない。ずっとずっと、12月が続けばいいのに。

この前、すごく安かったから4個買ったトナカイのコースターを近くのデスクの人々に差し上げた。いまが使い時。そのとき一緒にいたMさんも買って、二人で買い占めた。フエルトって質感がすでにクリスマスだ。

1image 2image トナカイがくりぬいてあって、取り外せる!

明日は、学食のツリーを出す予定。

2007/12/03

marimekko

北欧のプロダクトは、どうしてかとても惹かれる。先週末に太田市内の大型書店に行ったところ、入口入ってすぐの書棚に北欧関連の雑誌のバックナンバーや書籍がまとめて紹介されていて、思わず時間を忘れて立ち読みしてしまう。それらを眺めていると、とても欲しくなるのだけれど、私が買えるのはせいぜいバッグとか小物くらいである。北欧で唯一行ったことがあるせいでか、なかでもフィンランドのマリメッコの製品が大好きだ。先日も池袋のイルムスに寄ったときに、マリメッコの布製のショルダーバッグが目にとまり、その日に着ていた洋服にとてもマッチしたので、何度も何度も考えて・・・あわや買うところまで行きそうになったが、衝動買いはマズイと思い直し、結局その日は諦めた。たとえば、単色の、または2色のボーダーのトートバッグやショルダーバッグでも、形や布の質が優れているところがマリメッコの魅力なんだと思う。

素敵なマリメッコのテキスタイル

Pieni_unikko_870_big お馴染みの花模様(色々なバリエーションがある)

Lumimarja_160_big この他にも同じデザインでバリエーションがたくさん

Hevonen_185_big 60年代のデザイン

Mokki_330_big クリスマスの雰囲気を感じる

marimekko official site  http://www.marimekko.fi/eng

そういえば、今日お風呂で温まっているときに、急に思い出したことがある。おととし、フィンランドに行く際に、どんなところに行こうかとインターネットでいろんなホームページを見ていたら、ある個人のHPにマリメッコのファクトリーに行ったことが書かれていて、そのファクトリーがある駅をメモしておいた。そして現地で時間ができたときに思い立って、そこに向かった。確か滞在していたホテル近くの駅から地下鉄に乗って郊外へと向かった。ヘルシンキでは通常、市内のどこかに行くならトラム(路面電車)かタクシーで、郊外へ行くなら地下鉄で、といった具合である。地下鉄に乗ろうと、エスカレーターでかなり地下深くまで降りていく。ところがそこはいきなりホームでチケットはどこで買うやら・・・また地上へ戻り、やっと自販機でチケットを買う。日本のように改札などなく、チケットの販売機もなんでこんなところに?というくらいわかりにくい場所にあった。なんとか電車に乗り込み、不安を抱えながらも出発した。電車は間もなく地上へ出る。そして湖や森林の景色を見ながら、どんどん中心地から離れて行った。最初私は、駅を出たら、きっと、マリメッコの工場にはどう行けばいいのかわかるようになっているものと思っていた。マリメッコは世界的に有名なブランドだし、工場見学もできるようだし、そこにはショップもあるようだったから。または、少なくともタクシーが止まっていて、マリメッコといえばすぐに連れて行ってもらえるものと思っていた。ところが、駅を出るとそこは、とても殺風景な場所で、商店街という感じでもなく、バス乗り場はあったようだが、タクシー1台見えなかった。遠くに目をやると、確かにこぎれいな工場群のような建物が見えたが、そこまで歩いていったところで、それはあまりにも無謀なことのように思え、しばらく考えた末、断念した。その駅でトイレだけ借りてまた元のヘルシンキ市内まで戻ることになるのである。それにしても、あの駅を出たときの風景といったら、一生忘れないと思う。日差しだけは強く、ちょっと風が強かった。なんともつかみ所のない町で、尋ねられるような店もなく、駅を出た人はいったいどこに消えていったのだろう。

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