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2008/01/27

non title

2週間ぶりの休日。一日だけだがこの一日がないのとあるのとでは違う。

年末にパソコンのハードディスクが壊れたおかげで、溜めてきたたくさんのCDの曲も全部吹っ飛んでしまったので、また一から出直しだ。iTunesのバージョンも最新版をダウンロードしたりと環境を整えて、まずはBonJoviのアルバムをiPodに送り込む。これで一安心。

東京ドーム2日目で歌っていた“Someday I'll be Saturday Night”がここのところ頭をぐるぐる巡っている。歌詞を聴いていると、情景が目に浮かぶほどいい曲で、すごくアメリカを感じさせるし、今日もなんとか頑張っていて、もがきからいつか開放される日を目指している主人公の心情がよく伝わってくる。優しい歌だ。

2008/01/26

Langham Place Hotel

ホテルの紹介。

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おととしの初冬に香港に行った際、宿泊したホテル、ランガム・プレイス・ホテル。急に思い出して書いている。場所は九龍側、旺角(Mongkok)、新しいホテルだった。周囲は(歩いてみて分かったことだが)住まいの内装のための様々な部品や製品(たとえば、蛇口や壁紙、ドアノブなど)の専門店が道に面して軒を並べている。(すごくたくさん!) このエリアは近年、猛スピードで開発を進めているようで、古さと新しさが入り混じったような印象を受けた。ホテルの部屋から窓の外を見ると、あとは取り壊されるのを待つばかりの古い建物が新しいビルの谷間に肩を寄せ合っていたりした。

さて、前置きが長くなったが、このホテルの魅力は(私にとっては)、屋上の屋外プールである。宿泊客はスパも含めて無料で利用できる。ふわふわのバスタオルなんかもふんだんに用意されている、2泊の滞在中に2回ほど利用した私だが、12月ということもあり、プール利用者はほとんどなく、広いプールを独り占め、といった感じだった。時折、監視係が異常がないかを見回ってくるのと、せいぜい、他にもう一人が泳いでいるくらい。水着は持っていったのに、ゴーグルを忘れたため、顔を出して平泳ぎか、ひたすら背泳ぎに徹した。プールを出たとき、ちょっとダルいと思うくらい長距離泳ぐのが好き。

12月の冬空(といっても香港の冬は暖かい)の下、とても高い場所にある水に浮かびながら泳いでいると、ほんとうに日々の煩わしいことから解放された気分になる。

夜も泳いだ。さすがに少し寒かったけれど。泳いだあとスパでさらにリラックスして部屋に戻り、そのままベッドにもぐり込む。

P_pool2 屋上プール(プールサイドからは特に北のほうが一望できる)

そして、あっという間に休暇が終わり、ホテルもプールも過去の出来事に変わる。

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おまけ

香港の、やはり九龍のシャングリラホテルになだ万が入っていて、ちょっと高いけれど、そこでお寿司を食べるといい。そしてカウンター席に座って、橋本シェフ(料理長?)と会話するといいと思う。香港店勤務は長いそうだ。シェフとお話をしながらの食事はいい思い出になる。「いま、ジャッキー・チェンの息子が来てますよ」などと、こっそり教えてくれる。もっとも、覗きに行くことはできないけれど。

2008/01/25

Thanx

先日帰宅したらBon Joviの東京ドームコンサート2日目をWOWWOWで放送したのを録画したDVDが届いていた。特に誰かに録画をお願いすることはしていなかったのだが、私が今回の公演に行ったことを知っていた友人が、厚意で送ってくれたものだった。しかし・・・うちのDVDデッキが相性が悪いのか、再生できずで、涙をのんだ。(事実本当にショックだった) うちで録画した他のDVDは再生できたので、どうもデジタル録画というのは、とても繊細なものらしい。

そうしたら、今度はデジタルからVHSビデオに落としてくださり、ようやく見ることができたのだった。

いろいろ試してくださり、感謝している。本当に。

そして、改めて見てみて、やっぱりすごかった!と思ったのだった。あれだけの満足できる曲数、40代半ば(ジョン)にしてあの体力、声量などなど、もう目を離せず、深夜まで一気に見た。ジョンがギターを持った姿がとても好き。

ただ、やっぱりライブの良さも実感した。大音量で生、これは最高の鑑賞方法だ。テレビ放送では、やはり楽器の音量はジョンのボーカルより押さえられていて、ヴォーカルが前面に出ている感じ。しかしライヴは楽器の音量もズシリとくるほど大きくて、でもすごいと思うのは、そんなライブでも、ジョンの声量は楽器の音量に負けていないくらい迫力を感じさせ、一切の手抜きがなく、プロだなあ・・と、もっと好きになったのである。

2008/01/23

The First Snow

今日、初雪が降った。職場の大きな窓から見る雪がとても美しい。暖かい部屋で見ていると雪というのはやっかいなものではなく、ぬくもりを感じさせる。

Image_2 ピンぼけしていますが、花壇の雪です

My Year (一年中わくわくしてた)

ロアルド・ダール 著    クェンティン・ブレイク 絵

柳瀬尚紀 訳

評論社

大学図書館の新着情報にロアルド・ダールの名前があり、早速借りてみた。これまでこの著者の作品は「あなたに似た人」という短編集しか読んだことなかったが、これが結構独特の世界をもっていて面白く、著者名が記憶に刻まれていたのだ。アメリカ人かと思っていたが、今回、イギリス人だと知った。

「一年中わくわくしてた」は、12ヶ月をひと月ごとにエッセイで仕上げてある。著者の子供のころの一年を子供の心で感じたままに描いている。動植物に関心があり、その観察力は目を見張るものがある。私の場合、子供のときの一年の感覚を月ごとに鮮明に現せるのは8月くらいで、あとは春夏秋冬での区切りになるのだが、この著者はなんと細かく季節を感じているのだろう、と思う。わくわくしたことや失敗談など、とりわけ著者が鳥の卵を収集していた事実は魅力的な話である。(もちろん卵の中身は出してコレクションにしていたようだ)モグラの話も心に残っている。自然と触れ合うことは、人生において、ないよりたくさんあったほうが良いのだと思わせる。

2008/01/21

True Stories

ポール・オースター 著 

柴田元幸 訳

新潮文庫

日常のなかで偶然に何かが起こると、単なる偶然なんだろうなと思う場合と、他の何かの手によりメッセージとして起こった現象なのではないかとさえ思えるような信じ難い偶然(必然?)の場合とがあると思うが、この本に書かれているケースは、後者のことのように思えるような話が多い。

その中でも好きな話は、ガイドブックにも載ってないような小さなパリのホテルに著者が宿泊した際、電話が鳴りベッドに座って受話器を取ったときに、机の下に落ちていたある伝言メモ(普通では見えないような場所に落ちていた)が目に入り、それを拾ってみると、しばらく連絡をとっていないカナダの友人あてのメモで、偶然にも1時間前まで同じ部屋に宿泊していたことを知る、という話や、著者の知人F(詩人でありマティスについての世界的権威)がマティスの企画展をする際、世界中に散らばっているマティス中期5年間の全作品を集めなければならないが、どうしても1点だけ見つからなかったのだが、6ヶ月かかってやっと見つかり、その場所というのが自分から数メートルしか離れていないところにあった、という話。ニューヨークのカーライルホテルに住んでいるある人が所有しており、カーライルホテルはFのNYでの定宿。そして絵の所有者の部屋はFが予約することに決めている部屋のすぐ上。Fがその絵のことに考えを巡らせているとき、その絵はまさにFの頭上にあった、というのだ。なんとなく素敵なことだなぁ。

人は“偶然”とか“運命”に魅力を感じるところがあるが、それはどうしてなのだろう。少なからず自分にもそういうところがある。いまテレビのCMで(NTT Docomoだったかな)、男の子と女の子が携帯電話で世界のあちこちから会話していて、あるとき、旅先で歩きながらお互い携帯で会話をしていると、それはちょうどパリの凱旋門の前で、そこで“偶然”携帯を手にした二人が会うというのがあるが、私はあのCMが好きだ。人と人が出逢うことは偶然なのか必然なのか分からないが、“あのとき、あの場所に行かなかったら”とか“あのとき先にあの場所に寄らなかったら”とか、そんなちょっとしたタイミングのズレ如何によって、その後のことが大きく違ってくることがあり、そういうことに考えを巡らすことがよくある。今日も何かのタイミングのズレで何かを見逃しているかもしれないし、そんなの最初からないかもしれないが、とにかくひとつひとつのことをかみしめて生きていこうと思う。

話が反れてしまった。

オースターは、いろんな経験を積んでいて、彼のこれまでの足跡を読むのは面白い。経済的にどん底の経験もしていたりするのだが、文章中にこんな言葉がある。

“人間、とにかくどこかからはじめるしかないだろう”

ちょっと心に響いた。

2008/01/14

non title

今日もボン・ジョヴィは東京ドームでライブをやっていて、この文章を書いているいま、ちょうどWOWWOWで生放送をしている。うちは契約していないが、チャンネルを合わせると乱れた画像だが、大体の様子がわかってちょっと不思議。

さて、昨日、記念にと買ったBon Jovi Bag をお披露目。

Bag 値段のわりに生地が薄いが、まあ記念ということです。

年明け、お年玉のごとくいただいたジョージア・オキーフ画集を、今日はじっくりと見た。(古本屋で偶然見つけたとのことで、有り難く頂戴したものだ) それは、オキーフが人に宛てた手紙(原文)も後半に掲載されていて、これまでオキーフ自身の言葉をあまり目にしてこなかったので、とても新鮮に受け止めることができる。手紙だから素直に自分の気持ちを表現しているのではないかと思える。画集のほうも、いままで目にしたことのない作品もあり、その中で、1929年に描かれた“NEW YORK, NIGHT”が一目で気に入ってしまう。オキーフの作品群で、ニューヨークシリーズは、彼女自身が都会よりニューメキシコの大自然を好んだせいでか、いままで見たどの作品もとても暗い風景で、あまり好きになれなかったが、この絵は夜のNYをエレガントに温かく仕上げているように思う。いつも感じる都会の“不安”が感じられない。いつか実物を見てみたいなぁ。

Newyorknight NEW YORK, NIGHT 1929

2008/01/13

Bon Jovi LIVE

待ちに待ったボン・ジョヴィ東京ドーム公演に行ってきた。

Bonjovi ドーム入口

開演ギリギリに席にたどり着き、さすがにアリーナではなかったが、意外といい席。ステージから見て、正面よりやや左で、下から10列目。巨大スクリーンのおかげで、ドームでも充分に楽しめるようになっていた。

客席は最初から最後まで総立ち。みんなが大好きな曲が始まれば、「待ってました!」とばかりに盛り上がり、最近の曲でも、自然と乗れちゃうのがボン・ジョヴィサウンドの魅力なんだと思う。とにかく、かっこいいの一言に尽きる。2時間があっという間で、まだまだ続いていてほしいと思って止まないうちに終了。

夢中で、曲目を記憶に留めることも忘れ、帰宅してから公式HPにてチェックしたところ、下記が本日のセットリストだったのだった!

LOST HIGHWAY
BAD NAME
RAISE YOUR HANDS
RUNAWAY
RADIO SAVED MY LIFE
STORY OF MY LIFE
IN THESE ARMS
(YOU WANT TO) MAKE A MEMORY
WHOLE LOT OF LEAVIN'
BORN TO BE MY BABY
ANY OTHER DAY
WE GOT IT GOIN' ON
IT'S MY LIFE
BAD MEDICINE
THESE DAYS - RICHIE VOX
FAITH
SLEEP
WHO SAYS YOU CAN'T GO HOME
PRAYER

ENCORE:
HAVE A NICE DAY
WANTED
I LOVE THIS TOWN
CAPT. CRASH

一緒に行った友人(同僚でもある)も、今まで行ったコンサートのなかで一番楽しかった、とまで言ってくれて、誘った甲斐があったなぁ。ただ、往年のボン・ジョヴィ ファンであるT氏が風邪でダウンし、来られなかったのがとても残念。私も一日、二日前だったら、無理かな・・・というほど風邪でひどい体調だったので、T氏もよっぽどしんどかったのだろうと察する。お大事に。

Bon Jovi と同じ時代に生まれてきて、本当によかったと心から思った一夜である。

2008/01/11

non title

年末にひいた風邪が長引き、少々バテ気味であるが、今日はなんとか回復方向に向っている。

新年の出来事

昨日は新年会があり、久しぶりにプリマベーラに行った。ご一緒した方々はとてもスマートな振る舞いの方々で、「大人の会」といったおもむき。

上海のお土産に、スターバックスのタンブラー(京劇編)をいただいた。実は海外の都市の限定タンブラーをコレクションし始めていたところで、とても嬉しい。ただ、ヨーロッパにはスタバは進出していないので(もしかしたら、進出している?)、目下のところ欲しいのはアメリカ各都市、まずはNYのものだ。

200801101810000 今回いただいた上海(京劇)タンブラー

Image 左から上海、香港、北京タンブラー

いよいよ、あさってはBon Jovi のドームライブ。今日明日はしっかり療養してライブに備えたい。ライブに行く前に、表参道を散策予定。

2008/01/01

non title

今日の読売新聞に脳科学者の茂木健一郎さんのインタビュー記事が掲載されていて、いつもながらとても人間味ある考え方に肯き、自分の信条のひとつとしてもよいと思えることがあった。

それは2つあって、ひとつは、

人を一つの側面だけでとらえることの危険について。メディアである人物が悪い人だというイメージが作られると、それ一辺倒になってしまう。しかし人物の全体像には明るい部分もある。そういうところを積極的に見てあげることが大切だ、ということ。

そして二つめは、メディアで編集された情報は、相手が意味を与えてくれているが、生の経験は自分で意味をつかまなくっちゃいけない。生の経験にはノイズだとか余計な物も入っているが、余計なことが意外と大事だということ。

二つ目は子供をどうはぐくむか、についての言葉なのだが、自分の仕事に対する姿勢にも置き換えられると思うし、「自分で意味をつかむ」というフレーズが、自分のど真ん中に響いてきたのである。

このインタビューは YOMIURI ONLINE でも読めます

http://www.yomiuri.co.jp/feature/shinnen_interview/fe_sh_20080101.htm?from=yoltop

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