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2008/02/17

アンネ・フランクの記憶

小川洋子 著

角川文庫

書店で偶然目にとまり、購入、一気に読んだ。とても驚いたのだが、著者は子供のときに「アンネの日記」を読んで作家になりたいと思ったということだ。「アンネの日記」を純粋に“文学”として読んだということなのだ。そのことをアンネ・フランクが知ったら、きっと喜んだだろうと思う。確かに、日記の文体は生き生きと綴られ、文才が至る所に光っている。ただ、一般的に日記の読者は、ナチスドイツの迫害にあったユダヤ人少女が隠れ家生活において書いた日記、というところの興味からこの日記を読んでいるのに対して、小川洋子さんが、先入観なく日記のとりこになったというところが「アンネ・フランクの記憶」を成り立たせている。この本を執筆するに際し、著者はアムステルダムのアンネ・フランク・ハウス(隠れ家)、フランク一家が隠れ家に入る前に住んでいたメルヴェデ・プレイン、協力者ミープ・ヒース、親友だったジャックリーヌ、アウシュビッツ収容所などを訪ね、取材している。

この本の内容は、これまで私自身が疑問に思ったり、考えめぐらせていることと共通する部分があり、非常に興味深く読めた。

フランク一家が隠れ家にいる間、協力した人たちのうちの、ミープ・ヒースについて。小川さんの取材旅行に同行した編集者と通訳の人が「ミープはアンネの父オットーに恋愛感情を抱いていたのではないか」という問いかけをしている。実は私も同様のことを想像していた。小川さんの考えはそれを否定している。ミープは、オットー個人に対してではなく、オットーが築いた家庭そのものに対してあこがれていたのではないか、というのが著者の考えだ。でも、私は、オットー・フランクの人柄を想像するとき、ミープが彼に惹かれた可能性はありうるといまだに考えることがある。

日記を読むかぎり、アンネの母親エーディットはアンネが心を通わせることがあまりない冷たい人格のように読者には捉えられがちだが、小川さんは客観的に捉え、この状況下での母親の心情について同情的な見解を述べている。そんなところにも、この本の価値が見出せる。

メルヴェデ・プレイン。隠れ家に入るまで一家が住んでいた場所。プレインとは広場の意。著者はここも訪れている。実は、昨年アムステルダムのアンネ・フランク・ハウスに行ったときに、そこで買った本をホテルで読んでいて、そのメルヴェデ・プレインの写真が掲載されていて、そこがアムステルダム市内でホテルからもそう遠くないような位置と知り、行ってみたいような気持ちになったのだが、そのときは躊躇してしまって、この本でその付近の様子について知ることができて、自分ができなかったことがここに達成されていることにお礼を言いたいほどである。

アウシュビッツについて。これまで様々な写真やドキュメンタリー番組などを通じてこの強制収容所について見聞きしてきたが、それらは、まるで映画でも見ているかのような、現実からかけはなれたところにあり、“信じがたい”というところでとどまっていたのだが、今回、小川さんが綴ったありのままの感想を読むと、まるで自分がそこに居るかのような感じがして、震えてしまったし、怖さなのか悲しさなのか、それとも両方が混ざり合ったものなのかわからない感情からくる涙が止まらなかった。

アンネ一家はなぜドイツから逃れ、スイスではなくアムステルダムに行ったのか・・・とか、もし一家が密告により見つかってしまうのが、あと一ヶ月遅かったら・・・とか、そんなことをつい考えてしまう。

↓昨年の旅行でアンネ・フランク・ハウスを訪ねたときの記録

http://megumi1966.cocolog-nifty.com/megumi/2007/09/amsterdam_4.html

アンネ・フランク・ハウスで、アンネのあの日記が展示されているところでの出来事をふと思い出した。私はひとりだったので、無言でガラスのケースに収められた日記帳に目を落としていた。オレンジ調のチェック柄のあの日記帳に。ほかに、どちらの国の方かわからなかったが、女性が2人(連れ合いではなさそうだった)、同じようにガラスケースの中を見入っていた。すると、そのうちの一人が小さな声で「Kity!」と言った。私たちに向かって。それはまるで共通語のようにすぐにその日記を取り巻く私たち3人に笑顔をもたらした。キティとは、アンネが日記で語りかける架空の親友の名前である。

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