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2008/03/26

non title

あー、旅に出たい気分だ。

職場と仕事から遠く遠く離れて、それらとはまったく関係ない景色の中を移動したいな。

明日は振替休暇だが、仕事を持ち帰ってしまう。髪を切りに行ったり、何か一つは特別なことをして、それから市立図書館にでも行って仕事しよう。電話がかかってこないだけ捗ることを期待して。でも、その前に朝はゆっくり寝ていられる。

いま行きたいところ、思いつくままに。

ニューヨーク

フィラデルフィア

サンタフェ(オキーフ美術館)

アリゾナ

プリンスエドワード島(カナダ)

香港

コスタリカ

フィンランド

ボストン

この前、久しぶりに「赤毛のアン」について思い出していた。小~中学生くらいのときに、ご多分に漏れず私もその小説にはまっていた。アニメも見た。あの小説が好きになった人は、一度は行きたいと夢見るカナダのプリンスエドワード島。子供のころは主人公アン・シャーリーの気持ちになっていたものだが、大人になってこの本を思い出すと、アンの里親となったマシューとマリラ兄妹のアンに対する思い(愛情)に共感を覚えることに気付く。男の子を養子に欲しかったのにやってきたのは女の子。でも、その女の子が二人にとってかけがえのない存在になっていく様子が生き生きと描かれていた。本棚を探したら奥のほうに見つかって、いまパラパラと見ている。そして、読者の誰もが好きな場面はすぐ見つかる。ひとつは、極度の引っ込み思案のマシューが、アンへのクリスマスプレゼントに、(マリラに内緒で)当時女の子の間で流行していた大きなちょうちんのようにふくらんだ袖の洋服を手に入れるために奮闘する場面。もうひとつは、過労で疲れているマシューにアンが「もし私がマシューが養子にほしかった男の子だったら・・・」というと、マシューが「わしは1ダースの男の子よりお前がいいよ、アン」と言う場面。この少しあとにマシューは発作でこの世を去る。ここのところでは、私、本を読んでいて大泣きした覚えがある。マリラはマリラでとても堅実派でアンのしつけに厳しいのだけれど、アンの不思議な力で、知らず知らずのうちに張り詰めている心を開いていくのである。人間味を取り戻していくような。例えると、真冬の屋外で氷点下、手袋をしないでかじかんでしまった手を、家に帰ってぬるま湯につけるとジワーっと温かみがもどっていくような感じだと思う。マリラはまさにそんなふうに変化する。

本の間にメモが挟まっていて、それはノートの切れ端にピンクのペンで書かれていた。恐らく学生時代のサークルの先輩(M先輩)に貸したものと思われる。署名はなかったが、思い出した。

メモの内容・・・・・・・・・・・・・・・・・

“赤毛のアン”どうもありがとう。

ほとんど2日くらいで読んでしまいました。

感想は、とーっても すてきでした。

やっぱり日本文学にはない自由や明るさなど

たくさんの外国文学のいいところをわからせてもらったようです。

“赤毛のアン”はアンとギルバート・ブライスがやっと仲直りするところで

終わってしまうから、ぜったいその続きが読みたい!って思ってます。

もっと若い頃、つまり中学生や高校生ぐらいの時に

これを読んでいたら・・・もっと夢みる少女、空想の世界に生きて

いられたんじゃないのかな、なんて考えます。

あなたはいつ頃読んだのですか?

でも、アン・シャーリーに少なからず影響されていたところは

あるんでしょー?

とにかくよかったな、この本は。

ほんとにありがとー

・・・・・・・・・・・・

影響されていましたとも。憧れていた、というのが正確かな。アンと親友のダイアナが、夜お互いの家の部屋の窓辺から明かりの明暗で合図し合ったり、自然のいろいろな場所にアンが名前をつけたり、そういうことにあこがれていたように思う。

さて、今日はこのへんで。

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