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2008/06/29

アムステルダム回想録

コンセルトヘボウ

オランダで有名なコンサートホール。“コンセルトヘボウ”とは英語でいうところの“コンサートホール”のことだとか。ゴッホ美術館や国立博物館が建つ区域に広い広場に面して立っている。アムステルダム滞在中に、オーケストラとジャズの公演のチケットを現地に着いてから買って、行ってみた。旅行中にこのような文化的な体験をするのは楽しみのひとつ。現地の人たちに混ざって(埋もれて)いると、少しその国の人々に近づけたような気がして、記憶の深いところに残るような気がする。

オーケストラは、木製のステージ(とても味があるステージ)向かって右の前から2列めだったものだから、残念なことにステージ全体が見られなかったが、指揮者の足元のような場所だったので、指揮者の激しい動きや息づかいまで鑑賞することができた。観客は若い層から年配者まで幅広く、さすがヨーロッパはクラシックが庶民の日常に根ざしていることが、雰囲気から見てとれた。チケットの金額も確かとても安かったと思う。また、時間帯も日曜日(だったと思う)の昼間で、きっと、ちょっと映画でも見ようか、というのと同じようにクラシックコンサートに行く習慣があるのかもしれない。敷居の低さを感じた。

ジャズは、コンセルトヘボウの地階にあるライブハウスの空間で行われていた。こちらはどちらかというと、年配者が多かったように思う。丸いテーブルが客席にいくつか配され、その上に、おつまみのカシューナッツがあったので、確かグラスワインをいただきながら聴いた。普段はお酒をほとんど飲まないのだが、どうしてかこういうときはほろ酔い加減でその場の雰囲気に馴染んでしまうのである。

Amsbrussel_025 コンセルトヘボウ(写真をクリックすると拡大されます)

http://www.concertgebouw.nl/cgb/live/Default.jsp

2008/06/25

non title

同じセリフにしても、それを発する人によって納得できる場合とそうでない場合がある。「なるほど、そうだなぁ・・」と思わせる人は、やっぱり、かなり努力している。

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昨日は、純粋に好きだなぁ、と思える方々とお食事会。笑いがたくさん溢れていた。少し離れてしまったあとも、またふと集まって以前と変わらない、くったくのない話ができるのは、きっと仕事で一緒だったときに、お互い真剣に仕事してたし、なんだかんだ言っても相手を認めていたからなんじゃないかと、みなさんの笑顔を見ていて思った。

2008/06/22

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最近の出来事

■Haruki Murakami

ニューヨーカー誌(June 9&16)のLIFE AND LETTERSに村上春樹による“The Running Novelist”と題して、著者が作家になった経緯などを紹介していて、ちょっと読み始めた。とても不思議な感覚だ。外国でこれを読む人は、どんなふうに想像してこれを読むのだろうと思うと面白い。神宮とか習志野とか、私たち日本人には馴染みのある地名なども、アルファベットで書かれ、英文のなかに登場すると、外国人にはどのように捉えられるのだろう。

Abstractが読めるページ↓

http://www.newyorker.com/reporting/2008/06/09/080609fa_fact_murakami

■紫陽花

この時期になると、あちらこちらに紫陽花が現れる。“突如として“と言っても過言ではないと思えるほど急に。そして梅雨の間、しっとりと美しく咲いて、その後、いつの間にか姿が見えなくなる。

Image1_2 Image2

N氏から以前いただいた『ひらがな暦』という本に、アジサイはユキノシタ科で、日陰の花の仲間だと書かれている。よく見ると、大きい花を形作っているのは、小さな花弁(?)の集合だ。さすがに、雨が似合うのである。

Image3 こちらは白の紫陽花(?)

■記念切手

たまに郵便局に用事があって、気に入った記念切手が目にとまると購入することがある私だが、生まれて初めて、発売日を待って記念切手を買った。それは・・・

Image4 赤毛のアン

国際文通グリーティング(赤毛のアン)↓

http://www.post.japanpost.jp/kitte_hagaki/stamp/tokusyu/2008/h200620_t.html

もちろん、切手は使うためにあるので、手紙やグリーティングカードに使いたいと思う。

今年は『赤毛のアン』出版100周年ということで、いろいろなところで話題になっている。これを機にもう一度読み直してみようかな。先日、友人と本のことで話をしたときに、“その歳に読んだほうがよい本がある”というような話になった。『赤毛のアン』はそういう意味で、思春期に読んでよかったと思える一冊である。いま、この年齢で読んでも、きっとあの頃のような感動は覚えないのではないかと思うのである。

Helsinki 回想録

ヘルシンキはフィンランドの南端であり、鉄道はヘルシンキ中央駅を起点として伸びている。駅からはヘルシンキの主なスポットが徒歩でも行けるほど、駅自体が街の真ん中に位置している。

Eki2   ヘルシンキ中央駅

外観はとても地味だが、トーチを持つ二体の像が象徴的だ。

Eki4  像の顔つきは厳しさを湛えているが、丸いトーチを持つ両手に優しさを感じる。

Eki1_2 Eki3_3 駅の中の様子

ところで、最近『フィンランドという生き方』という本を読んでいたら、旅行のときに不思議に思ったことの答えが書かれていた。それは、ヘルシンキ郊外に電車で行ったときに降りた駅のトイレのことだ。小さな駅に1つあったトイレ(男女共用)に入ると、青紫色の蛍光色の光がライトとなっていた。今までに見たことのないような異様な光だったので、今でもよく覚えている。とても不気味で怖かったのだが、なぜこんなライトなのかとずっと不思議に思っていた。そして、この本によれば、フィンランドでは麻薬が蔓延しているため、公衆トイレで注射ができないように、この光で静脈を見えにくくしている、ということである。この事実を知って、余計怖くなってしまった。

2008/06/18

Shanghai 回想録

魯迅記念館

魯迅は日本に留学したこともあり(現 東北大学医学部)、中国の歴史上の人物のなかでも特に日本人に馴染みのある人物ではないかと思う。上海で滞在したホテルで、周辺の地図を見ていて、さほど遠くなかったので、タクシーで行ってみた。タクシーの運転手さんは迷うことなくダイレクトに私を運んでくれた。

Rojin_books 魯迅の著書がきれいに展示されているコーナー

館内で一番印象に残ったのは、魯迅が亡くなる少し前(ほんの10日前)に、若い木版画家たちと懇談している写真を再現している人形(蝋人形か?すごくリアルだった)。写真が壁一面にひきのばされ、蝋人形やその配置が写真どおりなので、びっくりしてしまった。そこは撮影禁止だったので、残念ながらここでは紹介できないが、魯迅がそこにいるかのように思えたのだった。

記念館で、著作である「故郷」と「阿Q正伝」を購入し、帰りの飛行機で読み耽った。

ある人のゆかりの地で、その人のことについて深く知り、関係文献などを読むのが好きだ。すごく入り込める。旅行がより意味を成すようにも思える。(なんて、そのときばかりなのだが・・・)

記念館を後にして、そのままその記念館を含む魯迅公園にある魯迅のお墓まで行ってみた。

Rojin_haka 魯迅の墓(造花だったが一輪供えられていた)

Rojin1_2 Rojin2 緑多い公園内に立派な魯迅像がある。まるで椅子に座って静かに瞑想に耽っているようだ。この像もかなり存在感があった。

Build 公園を出て、昔日本人が多く住んでいたという古い街並みを見に行ってみた。背後には新しい高層マンションが建っていてコントラストを成している。

魯迅 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AD%AF%E8%BF%85

2008/06/17

Helsinki 回想録

以前の旅行で撮ったヘルシンキの写真を紹介。(写真をクリックすると拡大されます)

フィンランドはフリーマーケットが日常的に開かれているといろんなところに書かれていて、そういえば、初めて行ったときに、人の流れに乗って歩いて行くと、そこはフリーマーケット会場だったことを思い出す。たどり着いたところは、なにやら古い倉庫のようなところで、すごくたくさんの人で賑わっていた。売られているものは日用品や子供服、アクセサリーなどで、記念にと蟹のブローチを5ユーロほどで買ったのだった。

その後、数年たって同じ場所に行ってみたら、中央駅裏のその場所は、妙に整然となってしまっていた。かつて足を踏み入れたと思われる倉庫のような建物はかろうじて残っていたけれど。

Soko 看板を見る限り、開発が進みそうだ。ちょっとさみしい。

Soko2 なかなか趣のある赤レンガ倉庫なのに。きっと、これも取り壊されてしまうのだろう。(すでに2年ほど経っているから、きっとこれも、もう無くなっているのだろう。)奥に見える重厚な建物は国会議事堂。

ヘルシンキは首都だが、とても規模は小さくて、地味な都市だと思う。散歩していると、住宅街のなかのちょっとした広場で、野外のマーケットが出ていて、きっと近くの人は、フルーツや野菜をそういうところで買うのだろう。

Market 並べ方がすごく可愛らしい。それに、台の色も水色で街の雰囲気に合っているのだ。ここは、滞在したホテルから、朝、散歩していて偶然見つけたマーケット。お店の左側にカメラを構えた人が写っているが、テレビの撮影のようだった。

Market3 確かここで、えんどう豆のようなものを買って、生で食べた覚えがある。ガイドブックか何かに、生でも美味しいと書いてあったから。袋にたっぷり入れてくれて、散歩しながら食べてみた。確かに美味しかったかもしれない(?)

観光客も必ず訪れるマーケット広場の一角にある屋内マーケットは、ガイドブックにも載っている。ここも、とても地味だが、パンや魚、ハムなど、素朴だが、見るからに美味しそうな食材が並んでいる。

Indoormarket2 屋内マーケット

Indormarket 中はこのようになっている

旅の写真を追々、掲載予定です。

2008/06/10

non title

オーバーフロー気味。

駐車場で半月を見たら、ちょっとだけ疲れが取れた。

Image 6月10日の月

帰宅後、ぼーっとテレビを見ていたら、ベストヒットUSAのエンディングでビリー・ジョエルの「アレンタウン」が流れてきた。小林克也が言っていたが、この曲がヒットしたころは、日本が台頭していてアメリカは景気が悪く、失業者も多かった時代。そう思うと明らかに一時代が終わったことに気付く。そういう意味で、なおさら聞き入ってしまう。

2008/06/05

non title

来年1月から短期の旅行でもアメリカに入国する場合、入国事前承認を得る必要があるとのニュースが飛び込んできたが、これはどんなものかと思う。しかも出発3日前までにらしい。ネット上でできるというけれど、もし、うっかり忘れたらどうなるのだろう。現地の空港から強制送還なんていうこともあるのだろうか。それに、ビジネスマンなど、急遽、明日出張、などということができなくなるのか・・・

世の中の仕組みには、たいがい反対のない私だが、これには反対だ。

それならば、こちらだって同じようにしたいくらいだ。

それはさておき、短期滞在の場合にビザなしになったのは、いつのことだったか。80年代はそれこそ1週間くらいの旅行でもビザを取らなければならなかった。わざわざアメリカ大使館に行った記憶がある。長蛇の列でその日は整理券をもらうのがやっとで、出直さなければならなかったほど。それを思うと、海外旅行はなんと簡易的になったことか。しかし、9.11以来世界はおかしくなっている。

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最近の出来事

京都のお土産、湯葉とようじやのあぶらとり紙をいただく。両方とも高級で自分では手が出ないので、お土産っていいなぁ、と思う。お心遣いがありがたいです。

以前本学にいらしたある先生から電話をいただく。年に1、2回くらいだろうか、ご機嫌うかがいのためにだろう。そういうキメ細かい気配りが、きっと今の仕事の成功のカギなんだろうと思う。

同僚のT嬢からオリジナルCDをいただく。帰りの運転中に聴いた。地元志向で着々と夢を叶えている姿に励まされる。声って大切な要素なんだと思う。美しい声の持ち主。

Image2 素敵なジャケットとCD盤

スタバでチーズスフレを食べる。疲れた体にスウィーツは欠かせない。(言い訳)

Image1 チーズスフレ やっぱりブラックコーヒーが合う

先日見た「君のためなら千回でも」のことを、ラオスのT氏に教える。T氏は数年前までアフガニスタンで活動をしていたから、ぜひ見てほしいと思ったのだ。メールしたら、1時間もしないうちに返信が来た。

2008/06/01

The Kite Runner

映画 「君のためなら千回でも」

http://eiga.com/official/kimisen/

Productionnote_17  Productionnote_22

何から書いたらよいのか、この映画の感想は、言葉にすると伝えたいことの半分も表現できないと思ってしまう。

ただ、これだけは書きとめておきたい。
ハッサンのアミールに対する友情は、民族の壁を越え、崇高でさえある。彼の心の大きさ、深い優しさには本当に心打たれる。人ってこんなに寛大になれるのだとハッとさせられる。人が人に一度抱いた信頼は、それが汚れなく純粋なものであればあるほど、心の深いところに刻まれ、生涯のものとなるのかもしれない。

「君のためなら千回でも」と笑顔で言える誰かがいること、それが人の幸せだと思い、泣けた。

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