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2008/08/25

SEX AND THE CITY

映画「セックス・アンド・ザ・シティ」がやっと公開になった。

http://sexandthecity-movie.gyao.jp/

テレビシリーズでは、キャリーとミスター・ビッグがよりを戻したところで終わったはずだったと思う。個人的にはそのままがよかったと思うのだが、映画公開とあっては、気になって見に行かないでいられず・・・

一見、このシリーズは登場人物4人の恋愛観がメインのように思われるが、実は友情が柱である。とてもスマートで魅力的な4人は悩み多き面も見せ、4人の間ではそれぞれがとても素直。みっともないところだって見せることを許せる間柄。ゆえに、思いやりをもって接することができる。いつも思うのだが、彼女たちは「他人を認める」というところがかっこいいのだ。相手を決して否定しない。

印象に残った場面

■キャリーがビッグとの披露宴に選んだ会場が、ニューヨーク公立図書館だった。(結局、ビッグの迷いで宴は行われないことに・・)この図書館、階段を上がって2階のフロアホールの天井画がとても素敵で目を引くのだが、映画でも天井をとらえていた。

■ミランダがスティーブと会う約束をしたブルックリン・ブリッジ。とても美しい橋。

■とにかくキャリーをはじめ、登場人物のファッションが見どころ。

こんな映画を見てしまうと、NYが恋しくなる。

映画に出てくるパーティーとか、豪華なファッションとか・・・別にそういうものに惹かれてNYが恋しいわけではなく、なんというか、あの雑多で文化的で、普遍的な雰囲気が私はとても好きなんだと思う。

2008/08/21

non title

朝晩がうそのように涼しくなってきた。確実に秋が近づいている。昨日はトンボも見たし。私はきっと、気候や季節に影響される質だ。そして、秋から冬が好きなのである。夏は現実と夢の境目がやや曖昧になるように思う。すべてが混沌としていてぼんやりしてしまいそうになるのだ。

今日、用があって野球部のグランドに行った。一軍の学生たちは試合で遠征中だったのだが、二軍の学生たちはいつもと変わらず練習していた。みんな挨拶してくれるので、私も声を大きく返す。隣のサッカーグランドでは女子サッカー部の子が一人、ひたすらランニングしていた。夏の日の光景。もしかしたら、この夏一番の光景。きっとそうだ。

今夜は夕涼みがしたいような夜で、温かいラテが飲みたいとカフェに寄る。そしてこのブログを書いている。少し離れたテーブルの男女が必要以上の大声で職場に関する議論(愚痴かな)している。寡黙にトレーニングに励んでいた昼間の学生たちとあまりにも対象をなす人たちである。それはもちろん、はけ口は欲しいけれど、私はどうしたって、寡黙支持派だし、言い方を変えると、今日の学生たちは「憧れ」だ。

Image 仕事帰りの夕空(ピンボケですが)

そういえば、今日は柔道部の練習のところも通りかかり、大汗をかいて一休みしている学生に声をかけてみた。

私:この前来たリビアのベンサーラさん、オリンピックの開会式でリビア選手団の旗手をしていたの見た?

学生:はい。

私:そうだよね! 気づいたよね! すごいよね! でも、試合負けちゃって残念だったね。

学生:そうなんですよね・・

私は一人興奮していた。 

2008/08/15

non title

昨日の朝、仕事に行こうと玄関を出ようとして、ふと下駄箱の上に目がとまり、「この鉢はなに?」と母に尋ねると、「サギソウ」といい、「鷺が翼を広げて飛んでいるような形をしているでしょ」と教えてくれた。

200808140805000 感動的だ!

小さいのだけれど本当に美しい。

職場のカレンダーが、日にちごとに花の写真と花ことばを載せているものなのだが、8月13日が「サギソウ」で、花言葉は「夢でもあなたを想う」であった。私はまったくロマンティストではないのだが、たまにこういうものにも目を向けると、ふっと気持ちが和らぐことがるなぁと思う。

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タイムトラベル

先日、自宅の廊下の電話台の下の雑多に物を入れている部分を整理したら、小学校3年生のときの自分の文集が出てきた。表紙はクラスの全員が好きな絵を描いてその横に名前が書かれており(私はウサギを描いたようだ)、中身は自分が1年間書き溜めた作文や詩などであった。文集のタイトルは「もろの子」。(私は茂呂小学校に通っていた)「もろの子」とは、ちょっとドンくさいタイトルだが、先生がつけた共通タイトル。確かに「もろの子」である。こうして、当時、自分が書いた文章を読んでいると、とても不思議な感覚になる。自分ではない誰か違う人のようにも思えるし、確かに自分だとも思う。全体的に平和なムードが漂っていて、家族に守られていて、「不安」とか「恐怖」のかけらも見られない。子供のころからなんと遠いところに来てしまったのだろうと思う。

今日は同僚とかなりのボリューム作業(単調作業)をしていて、手を動かしながら子供時代の話とか、絵画や音楽の話などになった。お盆休みの真っ只中に仕事に出てきて、静まり返った学内で思考だけが過去にさかのぼっていく感覚が、ちょっと貴重な時間を作ったような気がしている。

2008/08/11

non title

北京オリンピックが始まった。開会式の各国の選手団の行進は随分長い時間がかかったけれど、自分としてはとても楽しく見ていた。そして途中、何気なく見ていたら、先日本学で直前合宿してから北京入りされたリビア柔道代表のモハマド・ベンサーラさんが、なんと旗手を務めて笑顔で行進していた。素敵な民族衣装風の服を着て。うちの学生たちに囲まれているときと同じ笑顔だった。写真を撮りに行ったときに握手をしてくださったのだが、きっとすごい握力に違いないと思うが、握手はとてもソフトだったのが印象的。試合、がんばってほしいなぁ。

ところで、その柔道が面白い。昨日、金メダルをとった内芝選手のかっこいいこと。ずっと動きを止めずすごくキレのある試合をしていて、見ていてすがすがしかった。女子も谷亮子も、もう一人銅をとった人も、とてもストイックな感じが見ていて好感持てるのである。柔道はお家芸。試合に臨む態度など日本人はお手本を示しているように思える。外国の選手など、勝つと畳の上で宙返りしたりする人がいて、気持ちは分かるけれど「武道」の場には相応しくないアクションに思えるのは私だけだろうか。それに比べて、日本人選手は実に控えめで慎ましい美しさがある。そういうところを誇りに思うのは私だけではないと思う。

2008/08/10

view from hotel window

旅先のホテルの窓から外の景色をぼーっと眺めているのが好きだ。できれば小さなホテルの3階くらいの部屋が取れるとうれしい。すぐ下の道を行く人や、相向かいのアパートの窓が見えたりすると、少しその旅に思い出が積もるように思う。特に夜更けや早朝、飲み物を窓辺に置いて、随分と長い時間眺めていたりする。

それで、思い出して窓から撮った写真を少し紹介したい。(夜更けや早朝撮ったものではないけれど)

ホテル名は割愛。

写真をクリックすると拡大されます。

Beijing_054_2  北京。ワンフーチンという繁華街に近い場所だった。オリンピックまでまだ2年あるという頃だったか。街はどこもかしこも開発途中。そして大気はガスっている感じが写真からもわかる。

Shanghai 上海の由緒あるホテルからの眺め。古き良き上海の雰囲気を残したホテルだった。窓の下は古い家並みと、遠くには高層ビル。

Hk_002 香港島のホテルから。いつもは九龍側に泊まることが多いのに、珍しく香港島。恐らく奥に見える山はビクトリアピークではないか。

Hk_023 香港のとあるリゾートホテル。近くにはビーチがある。

Helsinki_008 ヘルシンキ。フィンランディアホールにほど近いところだった。目の前は広大な公園で、かなり上階の部屋だったので、公園内にある湖の向こう側まで見渡せた。

View_from_hotel2 View_from_hotel3 パリ。19区だったか20区だったか・・・中心地からとても離れた場所で、治安もやや悪そうだった。おまけにベッドのスプリングは傷んでいてマットが傾いているし、シャワールームはとても狭かった。(半端じゃない狭さ)そして、フロントの人の対応も最悪。ロビーにある自動販売機を使うためにお札を崩してもらおうとしたが、ダメだった。

Amsbrussel_094 アムステルダム。閑静な住宅街にある小規模ホテル。こんな感じの景色がとても好き。夜、何度となく外を眺めた。自転車の街だけあって、かなり遅くまで自転車を走らせる人を見た。それから、トラムもこの道を走っていて、明け方眺めていると、早い通勤の人たちが乗っているのが見えたりもした。

残念ながらニューヨークのホテルの窓から撮った写真は見当たらず。

旅先では観光名所にも行くけれど、それより住民が行くようなスーパーとか、図書館とか、ふつうの住宅街などを散策するのが楽しい。そういう場所の風景は不思議といつまでも心に焼き付いていて、ふとした瞬間に思い出したりする。たとえば、街歩きをしていてちらっと垣間見たオフィスの雰囲気とか、アパートの窓辺に飾られた置物とか、お花とか。本を読んでいる人の横顔とか。

そして、ホテルの窓やカフェから道行く人を眺めていると、いろんなことを思う。もしかしたら決してすれ違うことのなかった人と、こうしてすれ違うことの不思議さを。世界中には自分以外のいろんな人の人生が、生活がそこにはあって、それは考えも及ばないことなのだけれど、普段の平凡な毎日から少し離れて旅に出ると、目の色や髪の色が違う人々が普段の自分と同じように仕事に向かっていたり、休憩していたりするのを横目で見て、私は余計にそんなことを考えてしまうようだ。

2008/08/05

non title

仕事で締め切りに追われる毎日が続いている。

原稿を仕上げて帰りがけに宅急便を出してから、一息つきたくてスターバックスへ寄ると内装(壁)が塗り替えられていた。まだ途中のような気がする。多分そうだ。

ラテをごくごく飲みながら図書館で借りている「緒方貞子という生き方」を読む。どのページをめくっても目からうろこ、緒方さんは私の理想像。中学や高校の頃に緒方さんについて知ることができたら(できたのかも知れない)きっと、志を高くもち、いまと違った人生になっていたかもしれないと思う。しかし、この歳になっても充分に私のモチベーションを上げてくれる人だ。

緒方さんは、曽祖父は犬養毅であり、祖父は外相、父はフィンランド駐公使などを勤めたという名門出身だが、彼女の功績は彼女自身の資質から生まれたものであることは、業績から判断は容易だ。

今日読んだページで、納得の一節。

  仕事でいちばんうんざりすることは何かということについて・・・

  「お役所人間がつまらないことで騒ぎ立てることです。

   それに、波風を立てまいとする現状維持の気風です」

こういう考えかたのできる人は、いそうで案外いないものだ。こんなかっこいいセリフをさらっと言い放ち、最優先しなければならない仕事に打ち込めるほどの教養と自信、リーダーシップは憧れであり、ねじまがりそうな情けない私を軌道修正してくれる。

緒方さんには小渕政権以来、数回の外相就任要請があったそうである。さらに、企業人や文化人、官僚たちが首相にすべく具体的な行動がなされたそうである。そのことにとても納得できる。もし緒方さんが外相や首相に就任していたら、今の日本はきっと違っていただろう。洞爺湖サミットも大きな成果が得られたのではないか、拉致問題ももっと進展したのではないか、そんなことが頭をよぎる。でも、緒方さんは要請に対し首を横にふったのだった。それでよかったのだと思う。なぜならば、彼女は地球上で最優先にしなければならない人道的な、多くの人命にかかわるような仕事を成し遂げているのだから。

少し前に「難民つくらぬ世界へ」という緒方さんの講演(1994年)の記録を読んだのだが、こちらからはその人柄も感じ取ることができ、この人になら部下は全員ついていくだろう、とうならせるものがある。

ところで緒方さんはワシントンDCにあるジョージタウン大学で修士号をとったそうだ。一度私も訪れたことがある。だから何?と思われるかもしれないのだが、不思議な感じがしている。単純にうれしい。

「緒方貞子という生き方」 黒田龍彦 著 KKベストセラーズ

「難民つくらぬ世界へ 緒方貞子」 岩波ブックレットNo393

2008/08/01

non title

朝、FMからスピッツの「渚」が流れていた。

  ♪ささやく冗談でいつも つながりを信じていた

   砂漠が遠く見えそうな時も

   ぼやけた六等星だけど 思い込みの恋に落ちた

   初めてプライドの柵を越えて

          (略)

   柔らかい日々が波の音に染まる 幻よ 醒めないで ♪

この曲を聴くと、とてもやさしい気持ちになれる。「夏」はちょっと切ない気分も感じる季節だと思う。ティーンエイジのころや、社会に出たばかりのころのことをよく思い出すのも、不思議と夏だ。そういうころの思いを代弁してくれるかのようなスピッツの「渚」である。特に歌詞のとおりだった、というわけではないのだが、なんとなくいろんなことに関して、地に足がついてなくて、でも一途に何かに向かっていたり、またはぼーっとしたものだったりなのだが。

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今日は、お昼を過ぎても会議が続き、その間、終わったら何を食べようか・・と、そんなことばかり考えていた。

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昨日は嬉しいことがあり(それは、ちょっとした小さなことなのだが)、自分でもびっくりするほど心を和らげてくれるもので、家に帰ってから何度も何度も読んで眠る。

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