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2008/09/30

San Francisco 番外編

サンフランシスコの人々

8月某日

CDショップ メガ・バージンストアの店員

いつだったかテレビで見た、ニューヨークのライブハウスで注目を浴びつつあるミュージシャン、グレチェン・パーラートのCDが日本では手に入りにくく、きっとアメリカの大きなCDショプなら売ってるだろうと、今回の旅行で買おうと気に留めていた。そして、最終日の夜、ようやくそれを探しに出かけた。

ヨセミテから帰ってきて、食事してからある場所に行って、それからだったから、もう夜11時近くなっていた。そのショップはホテル周辺の地図で探しあてたところ。メガ・バージンストアという、恐らくチェーン店だろう。

ジャズのフロアは3階で、まずは自分で探してみた。フロアにはほかに2人くらいしか客はいなかったと記憶している。アーティストの名前で、アルファベット順に並んでいる棚を隅から隅まで見たが、結局見つけることができず、店員に聞いてみることにした。

Staffと背中に大きくプリントされた真っ赤なTシャツの青年が、プラスティックのカゴからCDを棚に並べていて、私は「すみません・・」と話しかけてみた。年齢は30歳前後だろうか、CDショップで働いているだけあって、ちょっとファンキーな髪型のその青年はすぐに反応してくれた。

Gretchen Parlatoの発音に自信がなかったので、メモ帳にあらかじめ書いておいたメモをそのまま見せたところ、彼は「OK、すぐに調べてきますね」と言い、カウンターに行く。すると、別の客がCDを買うためにレジに来たので、私に「ちょっと待っててください」と言って、先にその客の対応を済ませて、そのあと私を呼ぶ。カウンターのパソコンで検索してくれた結果、「確かに、アルバム出してますね、でも店にはなくて、彼女のアルバムはオンラインでのみ購入できるようです」と教えてくれた。

こんなやりとりを書いてみて、それがどうした?と言われそうだが、その青年の対応があまりにも“親切”で“さりげなかった”ので、夜も深まりつつあるショップの3階の大きな空間ごと、そのほんのちょっとしたやりとりが、妙に鮮明に記憶に刻まれて、その青年が旅の忘れられない人物の一人になったのであった。

ほんのいっとき、かすかに出会っただけの人でも、心に残る人というのはいるものだ。

私は笑顔で「残念です。でもありがとう」と言ってその店を後にした。外はすっかり冷え込んでいたけれども、そしてお目当てのCDは買えなかったけれども、私の気分は上々だった。

2008/09/28

Nights in Rodanthe

映画「最後の初恋」

http://wwws.warnerbros.co.jp/nightsinrodanthe/

劇場まで見に行かなくてもよかったかもしれない。悪くはないけれど、それほど伝わるものはなかった。きっと結末のせいだ。

脇役の老年の男性が、外科手術で亡くなった妻のことを語る場面は、この映画のなかで一番よかったシーンだ。

あとはノースカロライナのシーズンオフの海辺のホテルが、どこか現実離れしていて惹かれる。

2008/09/26

Yosemite

ヨセミテ国立公園

8月某日

日本を発つ直前に、サンフランシスコからのヨセミテ日帰りツアーに申し込んでおいた。

朝、ホテルでピックアップしてくれ、いざ出発。遠くから眺めていただけだったベイブリッジを渡り、前日に地下鉄で行ったバークレーを左手に見ながらフリーウェイで一路、ヨセミテへ。フリーウェイというだけに、料金所は一切ない。初めて知ったのだが、アメリカの道路で料金をとるところはどこにもないそうだ。本当かなぁ。(トンネルとか橋の通行料をとるところはある) マイクロバスをシャープにコンパクトにしたような車だったのだが、かなりの高速で走った。

アメリカで大都市から大自然に飛び出した旅行は、今回が初めてだった。なので、それはもう、わくわくしていた。映画やドキュメンタリーで見るアメリカの内地をこの目で初めて見るのだから。(内地といっても、アメリカは広大だから、ヨセミテなど地図で見れば太平洋にものすごく近い感じがするけれど)

他のツアー参加者(全員日本人)は、時差ぼけからか疲れからか、車中ではほとんど寝てしまっていた。しかも、ブラインドを下げて!これはとても信じられないことだった。みんな、車窓からの景色を見ずしてよいのか?ヨセミテだけを見ればよいのか?確かに景色はあまり変化がないが、まぎれもない“あのアメリカ”がそこにはあったため、私は瞬きも忘れて(ちょっと大げさかな)窓の外を見続けていた。

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カリフォルニアは 「アメリカの台所」といわれているとか。このあたりは灌漑農業がさかんで、乾いた大地に水が引かれ、干草、アーモンド、とうもろこし、ぶどうなどの広大な畑が延々と続いていた。

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映画で見ただけだったこんな光景が目の前に

サンフランシスコはカラッとしていて海が近いためか、涼しさや寒さも感じたが、内地に向かうほど暑くなってくる。

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途中、風力発電のための風車がたくさん設置された丘陵地帯を通る。これも初めて見る景色だ。何もない丘に整然と風車が並んでいるものだから、その美しさにうっとりしてしまう。ここは地球なのか?と一瞬違う惑星にいるような錯覚を起こしても不思議ではない。

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まるで「大草原の小さな家」に出てきそうな景色。いくつものクリーク、ぽつんと見える牧場や家々。時間がゆっくり流れていそうな場所。こんなところに住むのはどんな感じなのだろう、と想像は膨らむ。

途中(もうヨセミテに程近いところ)、マリポサという町に寄る。ここはかつて、ゴールドラッシュに沸いた町。「マリポサ」とはスペイン語で蝶(の一種?)の意味だそうだ。メキシコで見られる蝶が風にのってこのあたりに来たことが由来だとか。ゴールドラッシュは1840年代で、当時大陸の東から人々はやってきたわけだが、陸を西へ向かうと盗賊に襲われる危険があり、大変恐れられていた。そこで、南米最南端をまわり、船でサンフランシスコに来て、そこから馬車でこのマリポサのまで到達するというルートをとっていたそうである。当時600隻もの船がサンフランシスコの港に停泊していたとか。

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マリポサ

そして、いよいよヨセミテに入る。地理でも習ったシェラネバダ山脈の一部だ。驚いたことに、ヨセミテも暑かった。気温は30℃を超えていたらしい。そして、残念なことに、滝が水を涸らせていた。先シーズンの冬は雪が少なかったのと、夏場は水量がもともと少ないせいだという。

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エル・キャピタン

エル・キャピタンは花崗岩の一枚岩。そう考えるとすごい。高さ約1100m。ロッククライマーの聖地だそうだ。目を凝らして見ると、小さな点が動いているというのだが、あまりにも遠くてなかなか探せない。普通は何日もかけて休み休み登るのだそうだが(10日くらいかかる人もいるとか)、最短時間の記録をもっているのはなんと、日本人で約2時間だそうだ。

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ハーフドーム

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ヨセミテ・バレー

氷河による侵食でこのような美しい渓谷ができたという。両サイドが斧でパシッと縦に割ったようになっていて、目を楽しませてくれる。

日帰りのため、ほんのさわり程度のヨセミテであった。ガイドさんが言うには2泊はしないと完全に満喫はできないそうだ。見所のひとつ、セコイヤの大木も見られなかった。

ただ、今回、ヨセミテまでの道中の景色を楽しむことが大きな目的の一つだったので、強行だったけど行ってよかった。

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片道4~5時間かけ、夕方サンフランシスコに戻る。

ベイブリッジを渡るときに、ベイエリアにかかる霧を見た。そういえばこの街は霧が名物。想像していたのとは違い、雲のように厚い霧がエリアを覆う感じだった。

2008/09/25

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Image

秋の空って、夏とは明らかに違うなぁ。

暑い夏があったから、秋の空気はしっとりと感じられる。

昨日、ピノを買って食べた。やっぱり癒された。しかも私の好きなラムレーズンが新発売されていた。6粒なんてあっというまだ。

ピノ・ホームページ http://www.pinoice.com/pc/news/products.html

2008/09/24

San Francisco 3

8月某日

サンフランシスコ近代美術館(SF MOMA)

木曜日は夜9時半すぎまで開館していると知り、バークレーから戻ってから、慌てずに行った。なぜだか分からないが、この美術館、あまり印象に残っていない。歩き疲れていたせいかもしれない。なので、ここではあまり語ることはなく・・・

Resize0023 ちょっと変わった外観の美術館

ただ、NYのMOMAのような洗練さは感じられなかった。

Resize0021 この美術館の所蔵、ジョージア・オキーフの2点

右側の Lake George はしっとりした作品。サイズは想像以上に小さかった。この美術館で唯一記憶に刻まれた作品。絵画を写真に撮ることはナンセンスだと思って普段はあまり撮らないのに、どうしてかこの写真が撮られていた。

Resize0022  Resize0025 Resize0026 美術館内部

私の知識がないせいもあるが、NY MOMAと比較すると、コレクションに著名な作品が乏しいのかもしれないと思った。

ミュージアムに付設されたカフェの雰囲気はとてもよかったと思う。広くて。ただ、注文したレモンケーキは美味しくなかった。こんなものだと知りながら、納得できず。隣のテーブルには、この美術館のキュレーターらしき男女3人が何か議論というかトークしていた。

なんだかんだと、閉館時間までしっかりいて、足早にホテルに戻った。この街は、危険なエリアもあるものの、そこに足を踏み入れなければ比較的安全で清潔だと感じる。

この日の夜は時差ぼけのせいか、ぜんぜん眠れず困ったことになる。2~3時間浅く眠り翌日は早起きして、いざヨセミテ国立公園へ!

つづく

San Francisco 2

8月某日

2日目

Resize0019 Sears Fine Food

早朝、散歩でもしようと思っていたのだが、ホテル周辺は散策したいと思うような雰囲気は感じられなかったので、朝は8時半ごろ起きて、ホテルから1ブロックと離れていないカジュアルレストラン(Sears Fine Food)に朝食を食べに行った。店内はとても混んでいて、カウンターの一番隅の席に案内された。しばらくすると、年配(60代か?)のウェイトレスがカウンターの向こうから、「コーヒー飲みますか?」と聞いてきたので、「お願いします、そして・・・」とさらに注文しようとしたら、すーっとあっちへ行ってしまった。朝からまたうまくいかないなぁ・・と思っていると、彼女はすぐにコーヒーとたっぷりのミルクを差し出してきた。そしてそれからこちらの注文に耳を傾けるのだった。彼女なりの順番があるのだ。確かにコーヒー、最初に飲みたかったのだ、私は。それなので、とりあえず、コーヒーを出す、これって素晴らしいことじゃあないか、と逆に感動した。このやり方、悪くない。無愛想だがきちんと仕事をこなしている。にこりともしないけれど確実に。それこそもう40年か50年、その仕事一筋であるかのように。そして、私はこの店の人気メニューらしいパンケーキとオレンジジュースをお願いした。パンケーキは確かにとても美味しかったが、なにより搾りたてらしいオレンジジュースの美味しかったことと言ったら!これはなかなか日本では味わえないオレンジジュースだ。しかも、大きなグラスにたっぷりと。氷は入っていなかったけど、それでよかった。喉が渇いていたものだからゴクゴク飲んだ。この味は・・あの味だ! そう、初めてのNYのホテルの朝食で出てきたオレンジジュースそのものだったのだ。にわかにそのときのことを思い出した。当時は日本でオレンジジュースといえば、果汁10%とか30%の砂糖で味付けした人工的な甘さのものか、さもなければみかんを搾った酸っぱいオレンジジュースだったので、カリフォルニアとかフロリダオレンジ100%ジュースには痛く感動したのだった。

そんな感動を思い出し、無愛想ではあったけれど、コーヒーのお代わりまで勧めてくれたウェイトレスさんには、チップをちょっと弾んだのであった。

UCバークレー
一旦ホテルに戻って、身支度を整えてからBARTの駅に向かった。電車で郊外へ行くときはやや緊張する。降りる駅を間違えないように注意して、約30分ほどのDowntown Berkeleyで下車。

Resize0020 Downtown Berkeley駅 地下鉄を登ったところ

大学の街らしく、新聞やフリーペーパー用のボックスがズラリ。

地図を確認しながら大学の入り口まで歩く。徒歩10分くらい。アメリカの大学のわりにはこじんまりとしている、などとどこかに書いてあったが、いやいや広くて中をくまなく歩くなんてできないほど。そこで、キャンパスが一望できるセイザータワーに行ってみた。展望台まで行くには2ドルかかり、受付の人に荷物を預けなければならないということだった。パスポートやお財布が入っていたので、持って行きたいと主張したがダメだと言われて、言われるとおりに。番号札だけつけて受付の後ろにポン、と置くだけだったので、ちょっと不安に思ったが、そのままエレベーターへ。エレベーターでは椅子に座った太った女性がボタンを操作してくれた。
タワーの展望台からの眺めは写真のとおり。

Resize0015_2 セイザータワー

Resize0017 タワーからの眺め

写真奥にはベイエリアも見え、さらにゴールデン・ゲイト・ブリッジも見えた。キャンパスは統一感のある建物群が美しい。

Resize0020_2 反対側は小高い山になっている

帰りのエレベーターで、先ほどのエレベーター係りの女性が、乗り合わせた老夫婦にどこから来たか?と質問していた。彼らはドイツからの旅行者で、カリフォルニアの主な観光地を回っていると言った。次に、私にも同様に聞いてくれたので、簡単に答えた。帰り道、あんな狭い窓もない箱のなかで、毎日登ったり降りたりを繰り返す彼女の仕事について考えてみた。大学の中にはたくさんのスタッフが働いていて、彼女もその一人だろう。単調な仕事だけど、海外からも旅行者が訪れるような大学で働いていることに誇りをもっているにちがいない。(私の勝手な想像に過ぎないけれど・・・) いま、この瞬間も、地上93mまでを箱に乗って往復を繰り返しているのだ。たくましい。

Resize0018 キャンパスマップ

Resize0016構内にはこんな自然も残されていた。

林の奥に人が写っているが、その小ささでこれらの木がすごく高いものだとわかってもらえると思う。

つづく

2008/09/21

San Francisco 1

(写真はクリックすると拡大されます)

8月某日

1日目

飛行機はほぼ定刻、午前中にサンフランシスコに着陸した。ターンテーブルから出てくるスーツケースを待つ・・・(長かった)、ほとんど最後の一塊に私のがあったのだった!だから荷物を預けるのは嫌いなんだ。

そして、最初から決めていた通り、無駄なお金を使わないために、公共交通機関BART(電車)で空港から市内へ向かう。改札の係の女性に行き先の駅を伝えたら、まずチケットを買ってね、という顔をして券売機を指差された。確かに、とばかりに私は苦笑いをして、まずはチケットを購入。ところが、ガイドブックに書かれている金額$5.15がパネルに見当たらないではないか。出端を挫かれた気分に浸りながら、一番低い$10のチケットを買ってBARTに乗り込んだ。あとから考えたら、これはプリペイドカードになっているので、損はなかったのだが。タクシーと違って、電車だと地元の人やほかの旅人も乗り合わせているから、最初から土地の雰囲気を感じたり、旅の気分を高揚させることができていい。

そして、席に座った直後に、大柄なおばさんが何やら板挟みにはさまれた用紙と鉛筆を乗客に渡しているのが見えた。何だろう・・・と不思議に思っているうちにこちらにもやってきて、同じように私にも差し出した。どうやらBARTに対する満足度調査(アンケート)だと知り、車窓からの景色を楽しもうとしていたので、邪魔が入ったと思いつつ(なぜならば、そのアンケートは、用紙の裏表びっしり書かれたものすごい数の質問だったから)、つい引き受けてしまう羽目になった。ようやくなんとか記入を終えたころは、あと数分で目的駅に到着するような時間となり、それでも上陸してすぐに誰かの役に立てたという満足感が私をよい気分にさせていたと思う。

Resize0006空港から直結しているBARTの駅

Resize0007 

Powell駅に着いたらすぐに、3日間有効の公共交通機関乗り放題チケット「ミュニ・パスポート」というのをインフォメーションセンターで購入した。つたない英語で「ミュニ・パスポートの3日間のをください」と言ったら、係りの男性はパスポートを差し出しながら「乗る日付のところを削ってから使用してください」と日本語で言った。東洋系とは思っていたが日本人だったのだ。そして、ホテルへは駅から近かったので、歩いて向かった。ダウンタウンにあるホテルへの道は、ニューヨークでも感じる独特の臭い(あまりよい臭いではない)が鼻を衝いた。日差しは強く、思っていたより暑かった。

ホテルに辿り着いたのは午前11時半ごろだったか。たぶん、チェックインはまださせてもらえないのだろうなぁ・・と思いながら、フロントに行った。ところが、すんなりOKで、ユニオン・スクエアに面した部屋を指定された。とにかく疲れていたので、仮眠をとってから出かけようと、目覚まし時計をセットしてすぐにベッドに倒れこんだ。本当は夕方頃に現地に着いて、その日は食事くらいして早めに休み、翌日から行動する、というパターンが好きなのだが、せっかく早い時間についたので、そして今回の日程はとても短いため、有意義に過ごさねば、と目覚ましが鳴ったときは、グズグズせずにすぐに外へ飛び出した。

ホテルに着くと、最初は、「あ~、なんて遠いところに来ちゃったのだろう・・」と、ちょっとホームシックにも襲われるのだが、すぐにそんなことは忘れ、楽しめるところが自分にはあることが最近わかってきた。

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■初日の足取り

Resize0005 ホテルの部屋からの景色

道の右側の建物はメイシーズデパートだった。地下に郵便局が入っていて便利だった。

Resize0014 サークル・ギャラリー

フランク・ロイド・ライト設計の小さなギャラリー。らせん状に上に通路が伸びていて、内装は落ち着いたアイボリーと茶系で統一され、建物自体が芸術品。スタッフの女性がちょっとした説明をしてくれたので、「ニューヨークのグッゲンハイム美術館のようですね」と言うと、「そうでしょ?(あれからインスピレーションを得てどうのこうの・・・)」と笑顔で接してくれた。入場料は無料だったが、出口のところに募金箱が置かれていたので、心ばかりの額だが残してきた。

バナナ・リパブリック(買い物)

Resize0013 チャイナタウン

チャイナタウンは素通り。あまり興味はないので。この写真の奥に見える東洋的な建物は、買ってきたサンフランシスコの写真集の、1932年に同じ場所から撮影されたモノクロ写真にも見ることができる。

Resize0012_3 名物ケーブルカー

乗り心地はいまいちだが、レトロな車両は魅力的。吊革は本当に革のベルトでできていた。よく写真などで見る、立ったままポールにつかまって身を乗り出すステップ乗車というのを体験したいと思うのだが、椅子が空いていると、車掌さんはできるだけ座るよう勧める。サンフランシスコは坂の街。しかも急勾配なのでケーブルカーが生まれた(1873年)のは必然のように思える。その昔は馬が活躍していたそうだが、馬は本当に大変だったろう。車内には通常2人の乗務員がいて、一人は運転手、もう一人はチケット確認&販売係。運転手は大柄な力のある男性でないと務まらない。坂の途中や信号などブレーキをかけるのにはすごい体力が必要に見えた。1回の乗車は$5。ほんの数ブロックでもこの料金だとちょっと高い。観光にはミュニパスポートがお勧めだ。1日券は$11、3日券は$18。

Resize0010 フェリービルディング・マーケットプレイス

ファイナンシャル・ディストリクトにある市場。サンフランシスコ市民の台所と言われている。そういうのに弱い私は早速行ってみることにした。ところが平日だったためか、レストランはあまり開いておらず、寂しい感じがした。喉が渇いたので、オーガニックの食料を扱っているお店で、ビンのリンゴジュースを買った。レジの人にふたを開けてほしいことを頼んだら、「いいですよ、でもこのふたは手で開けられるんですよ、ほら」と、いとも簡単に開けてくれた。てっきり栓抜きじゃないと開かないと思って。ちょっと恥ずかしかったけど、親切なお兄さんだった。ここでは他に、お土産用のワインを何本か買う。

Resize0011 ミュニメトロ

ベイエリアを走るトラム(路面電車)でフィッシャーマンズ・ワーフへ向かう。どこで降りたらよいのか、注意深く観察して、いくつものピアを通過し、賑わいのある停留所で下車。

フィッシャーマンズ・ワーフ(夕食)着。ここは一番の観光名所だから土産物店やシーフードレストラン(やや高い)が軒を連ねている。名物のクラムチャウダーはお代わりしたいほど美味しかったが、ここは一度来ればもういいかな、と思うところ。ただ、夕日が沈む方角にゴールデン・ゲイト・ブリッジが遠くに見えて、とても綺麗な景色を見ることができたのには満足。食事を済ませ、デッキを歩いていたら、動物の鳴き声が聞こえるので(最初、どこかの土産物屋の音響効果かと思いきや)、そちらのほうへ行ってみると、桟橋に横たわったものすごい数のアシカであった。名物とは聞いていたけれど、暗闇にうっすら見える巨体は実際、かなり迫力がある。残念ながら私のカメラでは上手く撮れず・・

Resize0008 なんとペリカンの群れ。近くで見るとかなり迫力あり。

Resize0009 アルカトラズ島

アルカトラズ島はかつて、脱獄不可能と言われた監獄島。アル・カポネも投獄されていたとか。今はフェリーが往復していて観光名所となっている。監獄には興味がないので、ただ眺めるだけにした。

つづく

Coyote No.29 サンフランシスコ クロニクル

雑誌 Coyote (スイッチ・パブリッシング発行)

特集に興味があるときだけしか買わないが、良質な内容で最近のお気に入り。ニューヨークやフィンランド、そしてサンフランシスコ・・と、自分が旅したことのある国や都市を特集したときに、これ以上の読み物は現在のところほかに見当たらない。たぶん、ガイドブックやインターネットからは得られない、その都市にまつわる「文学」や「文化」について豊富に語られているからだと思う。この号ではサンフランシスコにゆかりのあるリチャード・ブローティガンの短編が柴田元幸によって翻訳され、掲載されている。それから、片岡義男による「サンフランシスコ再び」というエッセイがすごくいい。

No.29の「サンフランシスコ クロニクル」は表紙も素敵だ。

51b1igtdkul__ss500_ クリックすると写真が拡大されます

アメリカ文学を語るとき、今や柴田元幸は外せないが、この雑誌でもたびたび、彼が特別に訳した短編などが掲載される。この号ではバーナード・マラマッドの「最初の七年」といのも紹介されている。ポーランドからの移民の靴屋の主人が、毎日店の前をとおり大学に通う青年と一人娘を引き合わせて結ばせようと試みるが、うまくいかず・・・、それを知った勤勉な靴屋の使用人が突然店を辞める。主人は使用人の娘への思いを知らず知らずのうちに気づいていたのだが、娘を自分の女房と同じ貧しい“靴屋の女房”にさせるのが怖くて、そのことを認めないできたのだ。タッチがコーゴリの「外套」に似ていると思った。引き込まれる。季節が「冬」で舞台が「靴屋」というのも、物語をことさら浮き上がらせているように思える。

たまたま、この号は、オキーフについての特集も載っていた!彼女のアトリエやキッチン、ニューメキシコの大地がその大きな窓から一望できる寝室など、写真に感動してしまう。キッチンの棚にある鍋や食器など、見ているだけでうっとりしてしまう。

サンフランシスコは、旅行先に選ばれる街か?というと、以前は大変人気があったと思うが、最近は下火のようだ。街でもあまり日本人を見かけなかった。私個人としては、そういう、一時の熱が冷めたような哀愁のある雰囲気に魅力を感じてしまう。だから、今回旅してよかったと思う。一般的にサンフランシスコは“かつての熱気”をベトナム戦争反対運動や、ヒッピー文化が象徴している、ということも、このCoyoteから学んだ。旅から帰ってきて、日常が押し寄せてきて、ふと仕事帰りなどに旅行のことを思い出すとき、この雑誌はよいお供となっている。

Coyote バックナンバー http://www.coyoteclub.net/catalog/index.html    

2008/09/17

non title

駅の近くにはよく自転車を預かるのを商売にしている家があって、高校の頃、電車通学していたとき、私も3年間お願いしていたことを思い出す。老齢のご夫婦がやっていた。おじさんは大柄で穏やかな人柄、おばさんはいつも着物を着ていてがらがら声な上にかかあ天下そのものだったような。

朝は大抵、私が電車に乗り遅れそうなほどギリギリにその預り所に滑り込むものだから、入り口の所でおじさんに自転車を投げ渡すような感じだった。おじさんはとても要領よく自転車を受け止め、「いってらっしゃい」と送り出してくれるのだった。

その預り所は、木造で地べたは土間のようになっていた。記憶は曖昧だが自転車80台ほどが常に納まってたのではないかと思う。そして一日が終わり地元の駅に帰ってきて自転車を取りに行くと、奥の座敷でテレビを見たり夕食をとっているお二人のどちらかが必ず出てきて「おかえんなさい」と言いながら、私の自転車がどんなに奥にあろうと芸術的な手早さでそれを抜き取ってくれたのだった。どの自転車が誰のかもきちんと頭に入っていたみたいだ。帰りが遅くなる部活の日は、駐輪されている自転車もまばらになり、おじさんが、私の帰ってくる時間を見計らって、すぐ乗って帰れるように手前に出しておいてくれた。

その預り所がいまどうなっているのか知らないのだが、確かめには行かないつもりだ。

2008/09/14

Nim's Island

映画「幸せの1ページ」を見る。

いつもシリアスな役が多いジョディー・フォスターが、コミカルな役を演じているというので、それがこの映画を選んだ一番の理由だ。(ファンタジーがかった映画なので、普通なら見すごしてしまっただろう。ファンタジーはあまり好きではないから)

「熱帯雨林なのに、蚊に刺されたりしないのだろうか?」などと、いろいろ深く考えてしまうとこの映画は成立しないから、そういことは一切排除して楽しむのがよい。あっという間に映画が終わるほど入り込めた。

折りしもジョディー・フォスター演じる作家アレクサンドラが住むのは、この夏旅行したサンフランシスコ。そして、何より心奪われたのは、ニム(アビゲイル・ブレスリン)とジャック(フェラルド・バトラー)父娘が住む南の島(二人以外の住人はいない)。現代社会から遠く離れたところに住むって、どんな感じなんだろう・・・とても興味がわいてくる。

地図にも載ってないような小さな島に、ニムを助けに行くアレクサンドラの役柄が、何も問題を抱えていない人物だとこの映画の面白さは半減しただろう。アレクサンドラが冒険小説家であるにもかかわらず潔癖症で対人恐怖症、外出恐怖症という風変わりな人物なので、本当に楽しめる。

ニム役のアビゲイル・ブレスリンは言うまでもなくよかった。

幸せの1ページ http://shiawase1.jp/

2008/09/13

non title

朝晩涼しくて、湿度が低い日などはほっとする今日この頃。屋外に出ると、夏の間は足早に次なる場所へ移動していた歩調が自然と遅くなり、ときには立ち止まって空を見上げたりするようになった。

金曜夜、BSで放送している「ザ・ホワイトハウス」。以前から何度かここに書いているほど、私はこのドラマのファンである。大統領と側近の人間性を、政策実行に向かう彼らの姿を通して、とてもうまく描いていて秀作だと思う。

ある回では、大統領がネガティブなときは、側近も後ろ向きになってしまって、逆に大統領が自身の信条を推し進めようと奮起すれば、側近は寝食を忘れて実現に向けて動き出す、という内容であった。リーダー自身がどうあるか、ということが最も大切なことだという、当たり前のことを見る人に伝えていた。

いま、アメリカ大統領選が終盤を迎えている。実際のホワイトハウスが、このドラマのようであるのか、そうでないのかはわからないけれど、ロマンがあるなぁと思い目が離せない。共和党がアラスカ州知事のペイリンを副大統領に指名したことで注目を集め、優勢だったオバマは苦戦を強いられている。どちらの側近がホワイトハウスのウェストウィングに入るのか、楽しみだ。

そいうえば、日本も総理大臣が誰になるのか・・・

2008/09/07

Lake George

オキーフの作品に会いに行ってきた。常設展示されているとガイドブックには書いてあったが、ひょっとしたら他の美術館に貸し出されているかもしれないし、不安を胸に。そして、それはそこにあったのだった。意外にもサイズは小さく、そしてその絵にふさわしく、素朴に飾られていた。不思議なことに、この絵を見たほか、何を見たのかとんと記憶にない。まだ2週間も経っていないというのに。それだけ、オキーフに対する我が思いは深いのかもしれない。

SF MOMAのサイトより

http://collections.sfmoma.org/Obj243$6377

Image ジョージ湖

ミュージアムショップでレプリカを買って帰る。今日、この絵に合う額縁も買ってきた。本物には及ばないけれど、なんとなく幸せな気分だ。

2008/09/03

non title

柔道部が市のスポーツ学校に協力して、地域の子供たちに柔道を指導しているのだが、大学のホームページにこのことを掲載しようと思って写真撮影に行った。見学もさせてもらったのだが、うちの学生がどんなふうに指導しているのか知ることができて(すごく立派だし、子供たちから親しまれている)、とても有意義な時間を過ごせた。なにより、子供たちが楽しそうにしているので、なんだかうれしくて仕方なかった。一人保護者が見学されていて、お話もできた。こんなとき、本学の学生が自慢でならない。

Img_0485 素敵な場面だ

そういえば、自分も小学校のときに近所の空手道場に通っていたことを思い出す。これは本当に楽しかった。冬の寒空でも家から空手着を着て帯を締めて出かけて行った。記憶の片隅に弟と星を見て名前をつけていたことがあるのだが、それは確か空手の帰り道のことだ。

柔道を見学していて、子供たちがあの頃の自分に重なって・・・なかなかその場を離れられないのであった。

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