« non title | トップページ | non title »

2008/11/29

non title

Bunkamura ザ・ミュージアムで開催中のアンドリュー・ワイエス展に行く。

http://www.bunkamura.co.jp/museum/lineup/08_wyeth/index.html

ワイエスを知り好きになったきっかけは、ニューヨーク近代美術館(MOMA)で見た「クリスティーナの世界」で、多くの人が心を動かされたように私にとっても忘れられない一枚となった。以前もここで書いたかもしれないが、ワイエスはクリスティーナと弟(オルソン姉弟)との30年に渡る交友のなかで彼らとオルソン家周辺を描き続け、オルソン姉弟は一連のテーマとなっている。

メイン州の農場に住んでいたオルソン姉弟について、今回の展覧会でさらに知識を深めることができた。作品「クリスティーナの世界」ではうしろ姿で地面を這っているため彼女の顔についてはただただ想像するしかなかったのだが、今回、別の作品により、想像とは違って頑固で芯の強そうな、たくましい顔つきであったことを知った。何より感銘したのは、すでに成功をおさめていたワイエスが、この慎ましやかな姉弟と変わらずかかわりをもち、彼らが亡くなるまで交友を深めていたことだ。この展覧会ではそのことが心に染みるほど伝わってくる。

51歳でこの世を去ったクリスティーナは、生まれつき手足が不自由だったそうだ。MOMAの「クリスティーナの世界」は、家から離れた畑に農作物を取りに行ったクリスティーナが草地を這いながら家に戻るところを偶然ワイエスが見かけ、心を動かされ、作品にしたのだという。今回MOMAのテンペラ画は来てなかったが、素描が展示されていて、試行錯誤の跡が確認できる。体が不自由なことに対して、そのことをもろともせず不屈の精神でたくましく生きるクリスティーナを、きっとワイエスは心の底から尊敬し、暖かい眼差しを注いでいたのだと思う。いつかMOMAのテンペラ画に再会することを楽しみにしたい。

オルソン・シリーズの展示の最後のほうに、「クリスティーナの墓」という鉛筆で描かれた作品に目がとまったとき、思わずこみ上げてくるものがあった。そして「オルソン家の終焉」と題した習作もまた、姉弟が亡くなったあともなおオルソン家への愛着を表現せずにはいられないワイエスがそこに居たことがわかる。(姉弟は同時期に示し合わせたかのように世を去ることになる)

ワイエスの作品には、その作品自体の素晴らしさに加えて、その対象を見つめる作家の優しさや厳しさ、独特の感情を見るようで、だからファンが多いのだろう。

そして、この展覧会の特徴は、ひとつの作品を仕上げるまでの過程を見ることができることだ。素描→水彩→ドライブラッシュ→テンペラといった過程。いきなりテンペラ画に取り掛かるのではなく、対象から受けた衝撃や、それを表現するときの素直さなど、それら4つの技法で確認をしっかりするような丁寧さがある。

ワイエスは現在、91歳。展示室の一角に、今回の日本での展覧会に向けての本人のメッセージビデオを見ることができて、これも感動。展示室の最初のところに、1983年に撮影されたワイエスのモノクロ写真が掛かっている。66歳のときのワイエス。しっかりした生地のピーコートの襟を立てているその風貌はとてもかっこいい。

また、オルソン家は現在も保存されていて、実際の映像も見られたことは収穫であった。ワイエスによってモチーフとされ、世の人々の目にいつまでも触れることになったオルソンの家屋。不思議なことにその家は、そうなる価値を充分に備えているかのような独特の雰囲気を湛えている。展覧会のどこかに、ワイエスの妻がこの家を初めて見たときの印象が紹介されていた。“オルソンの家は、丘の上に打ち上げられた難破船のようだった”と。かつて(この家は18世紀から存在していたそうだ)は、もしかしたら繁栄していたのだろう。ところが徐々に没落し、現在は姉弟がひっそりと質素に生計を立てて暮らしていて、歳月とともに老いて過酷になり、家屋自体がその象徴のようにも思える。そんな印象をこの言葉は表しているように思う。

« non title | トップページ | non title »

twitter

  • twitter
無料ブログはココログ