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2009/02/28

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昨日、雪の日の東京出張。

訪問先のアクセスマップをプリントアウトして行ったのだが、その地図がわかりずらくて、近くで困り果て、通りがかりの赤いジャンバーのおじさんに尋ねてみた。すると、親切に教えてくれ、迷っていた辺りの裏通りにそれはやっと見つかった。そして・・・その建物に近づくと、先ほどのおじさんがなんと、先回りして「ここだよ!」と指差してくれていた。雪の中、傘さして。とてもとても寒かった日、心の根っこの部分がじわーと暖かくなるのを感じ、目頭が熱くなってしまった。下町だった。人情の町は健在。私はそのおじさんに深々と頭を下げた。後になって、先日読んだ日常にいる天使についての短編を思い出す。もしかして、あの人は天使かもしれないな。

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偶然、テレビで、『サウンド・オブ・ミュージック』のモデルとなったトラップ一家についての特集を見た。(たぶん、再放送) この映画は有名だしよく知っているつもりだったのに、この一家にまつわる壮絶なストーリーについては、今回初めて知った。「事実は小説より奇なり」というけれど、この番組を見て本当だな、と思った。この一家はオーストリアの貴族だったが、無一文で亡命したアメリカでの生活が、あのミュージカル映画のあとの映画以上のストーリーである。

7人兄弟の次女、マリア(偶然、家庭教師としてやってくるのもマリア。後に継母となる)は、現在90歳を越えている。アコーディオンを弾いたり、編物をしたりと、とても元気だ。彼女がオーストリアでの生活、アメリカに渡ってきてからの生活を語る。とてもチャーミングな人で、素晴らしい人格。人生、その時々を精一杯生きてきた、過去について自慢したり振り返ったりしない人。楽観的でおおらか。こんな人物に私は妙に惹かれる。人はいろんな生き方があっていい、と教えてくれる。番組の構成も見事だ。語り部の次女マリアがどんな人生を送り、どんな環境にいま身を置いているかを、最初から伝えない。だから見ている側は最初、彼女は貴族出身で何不自由ない生活をし、結婚していまはきっと孫たちに囲まれ・・・のように想像しながら見ることになる。そして、実はトラップ一家は貴族からアメリカ移民となり、どん底からスタートし、マリアはパプア・ニューギニアに宣教師として渡った事実なども明らかにされる。苦労の連続だったにもかかわらず、それを苦労と感じていなかったかのような表情が印象的。

アメリカのバーモントに、トラップファミリーが経営しているロッジがあるそうだ。確かバーモントは映画『いまを生きる』でも舞台になったところではなかったか。自然が素晴らしいという印象がある。いつか行ってみたい場所がまたひとつ増えてしまった。

*後で調べたら、『いまを生きる』の舞台はニューイングランドであった。

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日がだいぶのびてきて、夕方仕事が終わって久しぶりにグランド脇を通って帰った。野球部の学生が練習をしているのを見ていたら清清しい気分になった。誰かが好きなことに打ち込む姿を見るものいいものだ。

2009/02/26

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最近の出来事

NYの古本屋に『14th Street』という写真集を注文した。これは、ずいぶん前に読んだNYについてのエッセイ集(いろんな人が、それぞれのNYについて書いた内容)に紹介されていた写真集で、ずっと欲しいな、と思っていた一冊。

ニューヨークのマンハッタンは、アヴェニューとストリートが直角に交差する街(ブロードウェイという斜めに走る道もあったり、ダウンタウンに行くと不規則になったりするのだが)で、アヴェニューは南北に走る太い道、ストリートは東西に走る小刻みに設けられた道。ストリートは北に行くほど数字が大きくなる。エッセイでは、14番街だけを撮った写真が掲載されていると書いてあるので、興味をそそられる。発行年は1982年。

ところで、この写真集を含め、何冊かをArgosy Book Storeにメールで問い合わせたのだが、すぐに返事が来て、どの本も古本にしては意外に金額が高かったので、ちょっとためらい、全部は無理なので2冊注文した。実は値切りの交渉をしてみたのだが、残念ながら失敗に終わった。この書店はマンハッタンのミッドタウンにあって、とても高級な場所にある。近くにはブルーミングデールがあるような好立地。あの場所で古本屋を維持していくのは、この時代、大変なことだろうと思う。ダウンタウンにある大型古本店Strand Book Storeに比べると、本の価格は高く設定されていたように思う。でも店舗を維持していくには妥当な金額だとも思える。一度訪ねたとき、古くてこじんまりとしたこの本屋を私はひと目で気に入ってしまった。なので、ちょっとくらい高くてもまあいいか、と注文に踏み切ったのだった。応援の意味も込めて。

いま、『14th Street』は、海を越えて私の元へ向かっている。わくわくするなぁ。担当してくれたBenという人がFedexで発送したとメールをくれた。

Resize0065 Argosy Book Store

以前旅行したとき、夜、閉店後だったが通りかかったときに撮ったArgosyの入り口。確かもう21時ごろだったと思う。シャッターが下りていた。左にちょっと写っているドアから入り、店は奥に長い空間になっていた。上の階にはエレベーターで行かなければならないようで、店員の許可なしでは行けないようだった。

2009/02/22

Benjamin Button

ベンジャミン・バトンを見る。

私のなかでこの映画は、フォレスト・ガンプと同じくくりに位置づけられたように思う。主人公の一生と彼と関わりをもった(出逢った)人々を描いていて、見終わったあとかすかな疲れを覚える。好きなタイプの映画ではなかったが、確かに人の一生をそのなかに見ることができた点で秀作。

ベンジャミン・バトン http://wwws.warnerbros.co.jp/benjaminbutton/

2009/02/20

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先日、テレビをつけたらやっていた「恋愛小説家」に見入る。何度も見ているけれどいい映画だ。ジャック・ニコルソンが最高。恋をしているのに気づかない不器用な中年役で、根っから悪い人ではないくせにすごく毒舌で、憎まれ屋。そのくせ、普通の人ができないような素晴らしく親切なことを、相手があっけにとられてしまうような奇妙なタイミングでやってくれる。なんとも愛すべきキャラクターだ。

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村上春樹がエルサレム賞(文学賞)受賞のためのスピーチをしたことがニュースで流れた。思えば村上春樹が話している動画を私は初めて見たのではないだろうか。あの名訳をする人だから、ものすごく流暢な英語を話す人かと思っていたら、日本人らしい英語を話していた。でも、そのスピーチの内容は素晴らしかったと思う。(訳を読むとわかる) ガザでの紛争が国際的な非難を浴びているいま、小説家として出向き語ったことは本当に意義があることであったと思う。「多くの人に行くな、と止められたけれど、自分の目で見てみたいと思った」という。あー、日本にもこんな人物がいるのだ!と世界の人々が知った瞬間だったのではないか。もっとも村上春樹は日本人として世界的に著書が売れて知れ渡っている人ではあるけれど。ますます注目されたはずだ。

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バーナード・マラマッドの短編『天使レヴィーン』を読む。ニューヨークに住むユダヤ人が不幸のどん底に落ち、もはや終わりか・・・というときに、黒人の姿をした天使に出会い、奇跡が起こるというストーリー。よかった。

2009/02/15

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最近の出来事

『ニューヨーク空中散歩』という朝日新聞社が1988年に出版した写真集を最近眺めている。ずっと前に多分、東京のどこかで古本で買ったもので、原題は"ABOVE NEW YORK"(写真:ロバート・キャメロン、文:ポール・コールドバーガー)という。

この写真集、しばらく目のすぐ行くところに広げておいて、ふとした瞬間に眺めているのだが、つい見入っていると、1枚の写真でも20分、30分がすぐに経ってしまいそうだ。特に面白いのは20世紀初頭に撮影されたエリアを80年代のそれと並べて、しかもちょっとした解説をつけてくれているところで、今更だが、新たな発見もあったりする。

新たに知ることになったのが、ニューヨーク公立図書館のエリアを上空から撮影した1枚から。図書館裏にはブライアント・パークがあるが、そのパークをぐるっとビルが取り囲んでいる。そのビルのひとつが、なんとジョージア・オキーフが描いた「ラジエーター・ビル」だというのだ。1924年に建てられたそうで、当時は初期摩天楼の傑作とされていたとか。オキーフは1927年にこのビルを描いていて、彼女がブライアント・パークの位置からこの絵を書いたと思うと、感動してしまう。いまは、もっともっと高いビルに埋もれて目立たなくなっているが、写真を見ると存在感のありそうなビルだ。

Image ←ニューヨーク空中散歩

↓Gオキーフ ラジエータービル(1927)

10050112aposters

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Kさんより絵手紙が届く。キリのよい枚数のとき送ってくださる。

Image2_2 通算2300枚目 スゴイ!

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友人から片桐はいりの『グアテマラの弟』を読んだよ、とメールが来る。『私のマトカ』に次ぐ彼女のエッセイで、実に面白い。友人も言っているが、装丁がまたいい。『私のマトカ』の装丁もすごく気に入って買ったのだが、本をその装丁に惚れて買いたくなる最たる例だと思う。加えて中身も面白いから言うことなしである。

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コールドプレイのCDを買う。

あまりにもヒットしていると、逆に購入意欲が薄れる私だが、ラジオでよくかかっているのを耳にするにつけ、買わなきゃ・・と思うようになった1枚。(いや、2枚組み)

2009/02/09

Cuba

2/8、NHKの番組「ETV特集」“キューバ革命 50年の現実”を見た。

キューバ革命により、キューバが社会主義の道を歩んで50年がたったということだが、この革命により人々はどう変化し、いまどのように暮らしているのかを、アメリカのジャーナリストが36年間に渡って断続的に取材してきた特定の人々を追っていた。

たとえば、農業を営むボレゴ3兄弟。善良な国民で、国の体制に従い、農地を国に奪われてからも残された農地で細々と自給自足をして暮らしていた。ジャーナリストはキューバ入りすると、必ず車を走らせ兄弟に会いに行く。すると3兄弟は笑顔で出迎えてくれるのだ。36年の間に兄弟はだんだん年老いて、最後にジャーナリストが訪ねたときは3人ともに他界していた。それぞれ90歳以上で長寿を全うした。革命後、最初は順調だったが、クリントン政権のときアメリカに経済制裁を加えられ、物資が不足して、兄弟の家畜は盗賊にあったりもしたという。そんな中でも力を合わせて生き抜く姿には感銘を受ける。90年代はキューバにとって最悪の時代だったという。

また、ジャーナリストがあるときに会った少女の話。次に訪ねたときは25歳で2人の子供がいた。「幸せか?」との質問に「幸せだ」と答えていた。社会主義に満足していた様子だった。そしてさらに数年後訪ねると、高校生の息子がいて、「彼女(母親)はいまフロリダのタンパで働いている。メキシコから密入国していまアメリカの市民権を得ようとしている。いずれは自分たちを呼び寄せてくれ、アメリカで食らす予定だ。」と話す。なぜならば生き抜くためだと。

社会主義体制は、ソ連の崩壊後その後ろ盾を失い、経済を立て直すために観光の分野で外資を受け入れ、その結果観光に携わっている人とそうでない人との大きな所得格差が生まれてしまったということだった。

このジャーナリストが記録した36年間の人々の足跡は、革命がどうだったのか、そして現在のキューバがどうなのかを見事に伝えていて秀逸であった。

ETV特集 http://www.nhk.or.jp/etv21c/backnum/index.html

2009/02/08

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ここのところ、片岡義男のエッセイにどっぷりと浸かっている。エッセイのなかでいろいろな本を紹介しているので、どれもこれも手に入れたくなってきてキリがない感じだ。特に写真集などを紹介しているところを読むと、無性にその写真集が見たくなる。今となってはきっと手に入らないものも多いと思うが、時間があるとき調べてみたいと思う。

先日また古本を注文してこの週末に届いた3冊。

Image

片岡に加えて、ジョン・アップダイクの短編集も取り寄せた。ピュリッツァ賞を受賞したこともあるアップダイクの作品は、これまで読んだことがなかったのだが、なぜ気づかなかったのだろうと思うほど、自分の好みの作風である。まだ2編しか読んでいないのだが、なんというか、私の知りたいアメリカが書かれている。ごくごく普通の人々の日常や、平凡な日常にポッと生まれる些細な事件やらが。

2009/02/07

Top of the Rock

ニューヨークといえば、エンパイア・ステイト・ビルディングで、その展望台は観光客が一度は行くのではないかと思うほど、いつも長蛇の列ができている。しかし、そのビルの美しさは自身の展望台からは味わえない。それで、私はエンパイアは上るものではない!外から眺めるべき対象物だ、と主張したい。(でも、記念に昼間と夜と、一度ずつは行ってもいいと思う。いろいろな映画にも出てくるし、あの古めかしいビルに入り、エレベーターで上まで行くということは、とてもワクワクするものだから。)

それでは、ニューヨークで、どの場所からその全貌を見るのがよいのか・・・

その答えは、ロックフェラーセンターの展望台、となる。その名も"Top of the Rock"だ。ここからだと、ほぼ南真正面にエンパイア・ステイト・ビルが迫っているし、北を見れば、確かエンパイアの展望台からは見えなかった(と思う)セントラルパークも確認できる。また、遠くに自由の女神もうっすらと見える。

トップ・オブ・ザ・ロックは、じわじわとゆっくり観光名所になっているのか、エンパイアのような混みようはなく、午前中だったこともあり、ほとんど待たずにエレベーターに乗ることができた。確か3~4年前に展望台がオープンしたのだったと思う。その昔、まだビルが完成して間もない頃だろう、展望台として開放していた時代もあったということが、みやげ物店の絵葉書で知ることができる。紳士淑女(きちんとした服装をしている!)が、ハドソン川を航行する大型客船(タイタニックみたいな客船)を眺めている写真の葉書。どんな理由からか知らないが、その後閉鎖され、つい最近まで上に上ることができなかったというわけだ。

私が行った日は、冬のある朝で、寒かったけれど天気がよく、最高のロック日和だった。

Resize0058 エンパイア・ステイト・ビルディング

Resize0061_2 セントラル・パーク(かなり感動)

Resize0062 NYのもうひとつのシンボル、クライスラー・ビルディングは、メット・ライフ・ビルに隠れてしまい、少ししか見えない。

Resize0060 南東方面。こうして見ると、いろいろなタイプのビルがあるものだ。

Resize0059 真下を見ると、屋外であるためか、足がすくんでしまいそうだった。

Top of the Rock  http://www.topoftherocknyc.com/

2009/02/02

MAMMA MIA!

映画 マンマ・ミーア! を見る。

ABBA の曲満載のミュージカルで、メリル・ストリープ主演とあれば、それだけで興味津々である。ミュージカルは、時として私にはちょっと入り込めないときもあるのだが、どうしてどうして、この作品は本当に楽しかった。その理由はやはり、メリル・ストリープと、舞台がギリシャというところだと思う。エーゲ海の開放的な雰囲気は、ちょっと見ているほうが照れくさくなるミュージカル映画も、OK!と素直に受け入れることができてしまうようだ。

メリル・ストリープの親友役の二人の女性も、ちっとも美人でもないのに、なかなかイケていた。あそこまで堂々と歌い踊りとおしてしまうところ、こちら側は笑いながらも、かなり勇気をもらえる。

メリルの娘役の女の子もよかった。岸から離れていくヨットを追うために、パッと服を脱いで水着で海に飛び込むところなど、さすが島育ち、というところをソツなく演じていたところなど、よかった。

ABBAは、私の年代だとギリギリ耳にしていたところだったと思う。もう少し上の世代には、たまらなく懐かしいのではないだろうか。今回の映画の見所のひとつといえる“ダンシング・クイーン”の場面は、言うことなし。最高にスカーッとする。できることなら自分も参加したいくらいだ。

そして、極めつけのエンディングも用意されている。

ストーリーや理屈はどうでもよく、ただ肩の力を抜いて楽しむべき映画。

マンマ・ミーア公式サイト  http://www.mamma-mia-movie.jp/enter.html

2009/02/01

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昨日のブログに伊勢崎の松露庵「赤城しぐれ」のことを書いたら、急にそれが食べたくなり、本町通りにあるそのお店に出かけた。いまこれを書きながら食しているが、やっぱり美味しい。店内の一部に可愛らしいものがいろいろ売られていて、思わず「さくら飴」なるものも買ってみた。久々に地元を見直す。

Syouroan 手ごろな値段の小さめな商品が並ぶコーナー

せっかく本町まで来たからと、伊勢崎神社に寄る。先日の初詣のときは賑わっていたが、普段はひっそりとしている。新年に限らず、何かあるごとに私はここに立ち寄る。家からもう少し近ければ、きっともっと頻繁に来るだろうとも思う。ここは自分の名前をいただいた神社でもあるので。鳥居をくぐり、清めの場所(何というのか知らない)に行くと、いままで気づかなかったのだが、龍の口から水が出るようになっていた。最近取り付けられたものかもしれない。

Ryu

手を清めていて、ふと思ったことがある。それは、外国に行って教会に入ったときに、観光客ではなく地元の人が教会に祈りに来る場面に出くわしたとき、人々がまず清めの水に手をつけて十字を切る行為について。それはとても日常的な行いにもかかわらず、私には特別なもののように写ってしまうわけだが、こうして自分が生まれ育ったところで、神社にてお清めをしてお賽銭を投げ、ガランガランと鈴(?)を鳴らして願い事をするという行いも、きっと同じように日常であり、特別であるのではないかと。

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注文しておいた片岡義男のエッセイが昨日、3冊届いた。

Hon 目次をながめているだけでわくわくしてくる。

片岡義男の小説はほとんど読んだことはない。『スローなブギにしてくれ』などが一世を風靡した時代があった。よく知らないのだが、所詮日本人が書いたアメリカンテイストな小説なのだろうと思っていた。でも、去年、サンフランシスコに行くとき、雑誌Coyoteが「サンフランシスコ・クロニクル」と題して特集していたものだから、それを取り寄せてみたところ、片岡義男が「サンフランシスコ再び」というタイトルのエッセイを寄せていて、今更ながらこの人物に対する関心度が急上昇してしまった。

その中で、片岡の父親(日系2世らしい)がゴールデン・ゲート・ブリッジが1942年に開通したとき、歩いて渡ったという記述がある。なんだか、それがすごいことのように思える。羨ましくも思える。そして、片岡義男の語るアメリカは信用できると思った。

このエッセイがきっかけで、大変遅まきながら、片岡ファンになったということだ。とは言っても、多分小説は読まないと思う。

今回取り寄せた本には、雑誌ニューヨーカーのことや、サンフランシスコのケーブルカーのこと、エドワード・ホッパーのことなど、私の関心事が見事に掲載されていた。

その後4冊目も届き、しばらく片岡ワールドに浸る予定。

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