« 2009年2月 | トップページ | 2009年4月 »

2009/03/25

non title

雑誌はすっかり買わなくなったが、それでも気になるものが数種類あって、まずは書店でチェックしてどうしても手元に残しておきたいものだけ購入する、というスタイルになった。

気になる雑誌のひとつが『ku:nel』。

Image

2ヶ月に1度の発行というのんびりしたペースがいいし、だからか内容をかみしめて味わえる雑誌だと思う。取り上げられるテーマも、いまある生活の状態から始められそうな、気取りのない感じも好きだ。

そして、中でも楽しみにしているのが、江國香織姉妹の往復書簡というページ。直筆なので手紙が一層、味わい深いものに思える。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

昨夜、帰宅して何気なく見たテレビ番組で、ニューヨークのミュージックシーン、演劇シーンを紹介するものがあり、すっかり見入ってしまった。

ガイドブックには載っていないようなミニシアターやバーなども紹介されて、まだまだ知らないことが多いことに気づかされた。そして、AMATO OPERA (アマト・オペラ)という小さな小さなオペラハウスについては、最近にない感動を覚えて思わず涙してしまった。

イーストヴィレッジにあるアマト・オペラは客席100席ほどの劇場で、創業者のアンソニー・アマトさんが奥さんと1947年にはじめたという劇場。番組のインタビューに応えるアマトさんの発する言葉とその表情に深い敬意を覚えずにはいられない。アマトさんは現在89歳で、体力的に劇場を運営、維持していくのが限界で、「現在アマト・オペラは、高い評価を得ている。しかし、今後、評価の高いまま維持していくのは難しいから今年幕を下ろす。」と89歳とは思えない明晰さをもって語っていた。夫婦で地道に運営してきた劇場。すでに他界してしまった奥さんとの写真も印象的で、まるで映画でも見ているかのような内容の取材だと感じた。こういう信念をもった人々がニューヨークの芸術を底から支えていると確信した。折りしも昨年NYのメトロポリタン・オペラで見た演目「ラ・ボエーム」をアマト・オペラで上演しているシーンがあり、人が3人立ったらやっとの舞台も、かのオペラの殿堂でのものにひけをとらないと思えるほど、そこにはなにか大切な要素が染み込んでいるように思えた。演目が終わると、アマトさんが役者を丁寧に紹介する姿は、舞台を見た人のまぶたの裏に焼きついていつまでも離れないだろう。

一度、アマト・オペラでオペラを見てみたかったなぁ。前回行ったときに知っていたら、きっとチケットを買いに現地で走ったと思う。いまとなっては叶わない・・・

アマト・オペラ http://www.amato.org/

2009/03/22

Central Park

2008年某月某日

ニューヨークのミッドタウンからアッパー・イーストの美術館に行ったときに、徒歩だったため近道をするために、セントラル・パークを通り抜けることにした。その日は朝から歩き回ったので、クタクタだったから、公園内のベンチで途中、少し休んだりした。

ふと、ベンチの背もたれのところを見ると、何やらプレートが貼られていた。

Resize0068 (クリックで拡大されます)

以前、テレビか何かの記事で知ったことだったのを思い出す。そう、確かセントラル・パークのベンチは、多くが市民からの寄付で設置されているのだった。そしてこのようなプレートを、寄付したベンチに記念に貼ることができると。こういう考え方って素敵だ。きっと日本にもこういう企画ってあると思う。珍しいことではないかもしれない。でも、こうして実際に目にするとしみじみとしてしまう。私だったら、どんなメッセージを刻むだろう・・なんて真剣に考えてみたり。このことは、どんより曇った日の公園を歩いた日の記憶となる。

しばらくこのベンチに座って前を通りかかる人たちを眺めていたら、父親(30代か)と幼い子供二人が湿った落ち葉の散歩道を歩いてきて、しばらくして、父親は小さい男の子をおんぶすると、「よーいドン」と言って女の子と競争するために走り出した。微笑ましいな、と見ていたら、途中でその父親はバランスを崩し(というのも、子供をおぶっていたから上半身に比重が偏り、走った勢いで上半身がどんどん前に行き、足がついていかず、もつれてしまったのだ!)、父親はもちろんのこと、おぶさっていた男の子も顔から地面に落ちて大変なことになってしまった。一番びっくりしたのは父親で、怪我はなさそうだったが、男の子のショックは相当なものだったのではないだろうか。父親はかなり真剣に走っていた。そんなに全速力で走ったら危ないぞ、と思いながら私は見守っていたのだが。でも、転んでしまったけれど、この父親の子供に対する愛情を見た思いだ。

セントラル・パークにはきっと毎日、こういう思い出がたくさん生まれているに違いない。

Resize0069 冬のセントラル・パーク

このあと、あの転んでしまった父親の切ない気持ちを代弁するかのように、シトシトと冷たい雨が降ってきた。私は急いで公園を抜け、美術館へ向かった。

2009/03/21

Yes Man

映画「イエスマン」を見る。

当日まで公開すら知らなかったのだが、時間つぶしのために映画を見ようと思い、公開中のタイトルのなかからこれを選んだというわけ。それにしては、なかなか面白い内容だった。離婚し、周囲との付き合いも面倒になり、引きこもりがちになっていた銀行員(ジム・キャリー)が、とあるセミナーに参加したことをきっかけに、何事にも“YES”と応えることになり、不思議と全てが良い方向に転がりだすという展開。そしてそれは途中からギクシャクを生み出し、結局はYESにこだわることはなくなるのだが・・・ まあ、コメディーとして楽しく見られる。

それにしても、もし自分が全てにいおいて「イエス」と応えると、どうなるだろうと考えさせられた。特に仕事の場面で。積極的な意見や申し出にはできるだけ「イエス」言って前進させられたら素敵だ。若干の心がけとしてみたい。

ジム・キャリーのファンではないけれど、役者だなぁと感心させられる。ジム・キャリーの親友役のほうがかっこよかった。

舞台は恐らくロサンジェルスだと思うが、映画の中の街はどことなく退屈な感じがした。ロスには行きたいと思わない私であるが、このあたりに理由がありそうな気がする。

イエスマンオフィシャルサイト http://wwws.warnerbros.co.jp/yesman/     

non title

学内のモクレンを下から。

200903191004001

ここのところ、暖かい日も多く(暑いくらいの日も)、19日などは日中に車を運転していて、なんとなく「海に行きたいなぁ」と思った。夏だったらともかく、春に海に行きたいと思ったのは、久しぶりだ。

2009/03/16

non title

すっかり更新のインターバルが長くなってしまっている。日々書きたいことはあるのだが、思いついたときにすぐに書かないと、そのとき感じたままの新鮮さが表現できない感じがして・・・

今年も春が来た。ここ数年の私にとっての春の指標は、学内のモクレンの開花で、昨日の暖かさのせいか、いつの間にか花が開き始めている。そろそろ覚悟を決めて春を受け入れようと思う。

週末、我が家では珍しいメニュー、パエリアを作った。(いつもどおり作ったのは私ではない。でも材料調達と若干の手伝いはしてみた。)

200903151845000

具材が多すぎて、下のサフランライスが見えないので、あまり美味しそうに見えないかもしれないが・・・結構美味しかった。魚介類の風味が効いていた。ムール貝が売ってなかったので、いまいち雰囲気が出ていないのが惜しまれる。

しかし、サフランはほんの一つまみ程度しか入ってないのに400円ほどもする。それでも、このサフランを入れるのと入れないのとでは、全然違うのではないだろうか。

2009/03/09

non title

3/6は両親の結婚記念日で、いつものように花束を買って帰った。イオンの花屋で「白や黄色や緑を基調に、優しい感じに・・」とお願いして、取りに行ったら、昨年と同じような感じに仕上がっていた。好みというのは、そう変わらないものか。今回もなかなか気に入り、さらに奮発してケーキも買って帰った。帰ると珍しく弟が来ていて(子供が入院してお嫁さんが付き添いをしているので、食事だけうちに食べに来たということだった)、「今日はお父さんとお母さんの結婚記念日だよ」というと、びっくりしたように両親に「おめでとう」と述べていた。子供の入院でそれどころではなかった弟に悪いと思い、花束は彼が帰るまで隠しておいた。買ってきたスティックケーキはせっかくなのでみんなで食べたほうが美味しいと、母に紅茶を入れてもらって食べた。弟がふとケーキの箱を見て、「36ってあるけど、今日は3月6日で、偶然?」と言った。確かにそのケーキは「36 STICKS」とかいうようだ。偶然。

Hana1 柔らかい色彩の花束

Hana2 玄関にこのように飾られた

昨年の同日のブログはこちら

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さらばSEIYU

我が伊勢崎市の西友がこの度、閉店することになった。このニュースを聞いたときは、正直淋しくなると思った。本町にあるこの西友は、かつては、いせや(今はベイシアに発展)と並んで、市民の買い物のメッカだった。私が小学生だった頃は、西友のほうが高級感があるデパート(?)だったなぁ。そして、友達の誕生日ともなれば、西友のサンリオショップに行って、予算内でプレゼントを買っていた。祖母が泊まりに来ると、みんなで買い物に行き、最上階にあるレストランで食事をしたのも懐かしい思い出だ。とにかく、私たち市民はその昔、買い物といえば、「西友」か「いせや」だったのだ。

一時代が終わったような気がして淋しくなる。西友の駐車場につながるところの大判焼屋はどうなってしまうのか・・・名残惜しくて買ってきてしまった。そうしたら、母も買ってきたというので、ものすごい数の大判焼となり、複雑な心境。

Seiyu 六間道路から

2009/03/06

non title

NYから本が届いた!

世の中、スピーディーで便利になったものだ。

もし、いまインターネットがなかったとしたら・・・ eメールなど生まれてなかったとしたら・・・ まあ、それはそれでよかったのかもしれないけれど。とにかく、何事においてもインターバルが短くなったものだ。

Image2 厳重な梱包をはずすと、さらにFedexの包みが・・

Image そして2冊の写真集が・・

今年は古本ばかり購入して、ずいぶんと昔の世界を彷徨っている私。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

最近知ったこと。

フィギュアスケートの浅田真央が得意としているビールマンスピン。このスピンを進化させ完成させたのはスイスのデニス・ビールマンという人だそうだ。彼女が大会でこのスピンを取り入れた当初(1970年代)、審査員の判定は厳しくなかなか結果には結びつかなかったそうだ。しかし彼女は回を重ねるごとにより美しくスピンを披露し、スピンを危険視したり評価しようとしない審査員たちをよそに、観客の拍手喝采を浴びるようになる。明らかに観衆はその演技を認めているのに、ビールマンスピンが審査員に認められるようになるには、時間を要したようだ。この間、あえて観衆の喝采を選んでビールマンスピンを演技し続けた彼女はとてもかっこいい人間だと思うのである。堅物審査員の評価より喝采のほうが快感だろうなぁ。

ビールマンは、現在46歳。まだ現役プロスケーターだそうだ。

デニス・ビールマン公式サイト http://www.denisebiellmann.com/ewe.html

2009/03/01

香港市民生活見聞

古本で購入。

『香港市民生活見聞』 島尾伸三 著 新潮文庫

もし、時計をを巻き戻せたら、どこに行きたい?と聞かれたら、そのひとつに私は中国に返還される前の英国統治時代の香港を選びたい。いまとなってはもう叶わないことだが、せめて当時を紹介した書籍のなかで旅はできる。そんな本をずっと探していたのだが、きっとこの本は、満足させてくれるのではないかと思う。

Resize0066 1984年発行 表紙も雰囲気を伝えている

Resize0067 写真も豊富に掲載されている。

さっそく今日読んでみたい。

« 2009年2月 | トップページ | 2009年4月 »

twitter

  • twitter
無料ブログはココログ