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2011/04/23

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先日、T先生よりいただいた本『翻訳夜話』(村上春樹/柴田元幸)を読む。

このなかに、カーヴァーとオースターの短編を両氏が翻訳(同じ短編を両氏がそれぞれ翻訳)しているものが掲載されていて、これがおもしろかった。私はやはりカーヴァーは村上、オースターは柴田、という概念が強いせいか、柴田のカーヴァーと村上のオースターはすこし違和感があった。特に村上のオースターが。でも、それだけ翻訳家の影響は大きいのだということだ。原書で読む力のない私などは、すっかり翻訳家に頼らざるをえなく、すっかりそれを信じるしかないからだ。そして、日本語で読んだそのままが全てなのである。

だから、辞書を引きながら何か英語の記事なんかを読んでいるつもりの、内容までわかったつもりの自分が理解していることは、その微妙なニュアンスや行間までは読み取れているはずがなく、訳すということは難しいんだと考えさせられる。

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話題は変わり・・・

うちの家族、Macの写真を久々に。

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耳がなんとも言えず。

2011/04/17

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ホームセンターで室内に飾るための植物(小さい鉢植え用)を3種類購入。それを植えるための鉢も。素焼きの鉢が思いのほか安くてびっくり。小さいほうは1個100円、150円ほど。しかも水受け皿(というのかな?)付きで。

帰ってからさっそく植えてみた。

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左からシュガーバイン、ポトス、カポック。

本当はもっと大きな観葉植物を買いたかったのだが、高いので諦めてこれらにしたのだった。植物は心を少しなごませてくれる。

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ところで、今日の読売新聞のある記事について。

1面にあった東日本大震災を検証する記事で見出しは、『民間「指示待たず」即支援』というもの。伊藤園の仙台支店の部長が震災翌日に社員6人をともない支店を飛び出し、市内の避難所にペットボトルの飲料水やお茶を届けて回ったという内容。水道が止まってしまった現状を即座に判断して、電話が通じない東京本社の指示を待たずに決行したという。(ここまで書いている間にも、目がしらが熱くなってくる・・)伊藤園では東北6県と茨城の計25ヶ所の支店が本社の指示を待たずに動き、計60万本の飲料水などを避難所に届けたという。阪神淡路大震災を経験したこの企業の会長が「震災時には、被災した人たちを真っ先に優先しよう」と幹部研修などで説いてきたことが生きたという。

こういうときにこそ、その組織の本髄が現れるのだなぁ。そして、伊藤園という企業は本物だと思った。だから今日、スーパーでトマトジュースを買おうとして、ふと伊藤園のそれに目がとまる。迷わずそれを購入した。購入したいと思った。

組織の本髄は、リーダーのそして組織に所属する人の日々のコミュニケーションがいかに健全でピュアで一貫性があるかで違ってくるのだなぁ。

この記事ではサントリーや日清食品など、企業の善意の輪にも触れている。また、日本郵船が一度に1万8000トンの荷物を運べる最新鋭の大型船を、3月15日に釜山港から呼び寄せ、早く救援物資を運ばなければならないと無償での提供を決めたという。(泣けてくる)

日本の企業はここまで成熟しているのかと思うと誇らしく思う。こういう企業があるかぎり、日本にはまだまだ未来があると思える。企業は目先の利益や責任などが優先されるばかりかと思っていたが、そんなことなかった。正義、人道的思考、優しさ・・・そういうところから考えられるほどに成長している。

それに引き換え、政府はお粗末である。EUが2万5000枚の毛布などを日本に送ろうと計画した際、成田空港からどこに送ればいいか日本政府に聞くと明確な回答が得られず、経団連に相談したという。

このことからも、まだまだ日本をけん引しているのは企業なんだと実感する。

2011/04/14

日本の名随筆-本屋-

うちの大学の図書館に日本の名随筆というのがある。いろんな人が書いた随筆をテーマごとに、これまたいろんな作家や評論家などが編集している。
今回「本屋」というテーマで池澤夏樹が編集した本を借りて読んでいる。
このなかに椎名誠が書いた「中国的直立組手的書店」という随筆があるのだが、これが書かれたのは1987年で、この頃の中国の様子を知ることができて面白い。このあと天安門事件がおこり、中国は急速に変わったのだから。

87年当時までの共産圏の国では、本屋は大都市に1つくらいしかなかったそうだ。その規模はすごく大きいのに本の数が極端に少なく、また販売員は灰色の服を着て直立うしろ組み手で立っているという基本形があったらしい。

でも、これが私が学生の頃に想像していた共産圏の国そのものである。いまとなっては、もうそれはなく、本を頼りに知るしかないのである。

2011/04/10

彫刻の小径(Tatebayashi)

Koho0904 県立館林美術館

(建物にもうっとりしてしまう)

館林市にある県立館林美術館に行ったら、作品入替えのため休館。

それで、お天気もよかったので隣接する「彫刻の小径」を少し歩いた。気になっていたところだが、今回初めて。そしてすぐに気に入ってしまう。

大きな彫刻は屋外にあるべきだと思う。

美術館の展示室では、作品が、それらが湛える力が、少し押さえつけられてしまうようで。または、それらを見るわたしたちが青空や星空や雨空や雪空や曇空の下に直接いたほうが素直なきもちで作品を見ることができるようで。

Koho0910 藤野天光 「星和」 1966年

1966年作というのを知り、自分と同じときを重ねてきているということと、生まれてからずっとこの像は天を指し続けているのだといいうことに心を動かされてしまう。とても力づよいし、とても繊細で、また違う時間や季節に見に来てみたいと思う。

Koho0909 小径は松の森をとおっている。

松の木々はどこまでも高い。

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Koho0907  躍動感あるなぁ。(クリックすると拡大)

Koho0906 角度を変えて見ると・・・

この森にふさわしい彫刻。

Koho0905 (クリックすると拡大)

↑老夫婦がベンチに座るサキソフォニスト(ここをクリック=ページ右下の“プリーズ・リクエスト”という作品)と休憩中。微笑ましくて思わず背後から1ショットとらせていただく。どんな曲をリクエストしたのだろう。

今日は時間の都合で制覇できず。また行ってみたい。

2011/04/05

mail from Nederland

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今朝は風もなく快晴。

見過ごしていたメールをふと開けたら、それはオランダからのメールで、
送り主は昨年本学に見えた柔道家のかたであった。

被災のお見舞いメール。

そのかたの道場では今回の日本での震災のことばかりが心配で話題になっているという。ニュースから流れる被災した地名に"Ota"が出てきはしないかと心配しているという。

わずか1日しかお世話をしていないのに、私自身、その一日が濃密な時間として記憶されている。もしかしたら、このかたもそうなのかもしれない。

遠くに見える赤城山の尾根が女性の寝姿に見える話とか、ひなびた市内のお団子屋で昼食にしたこととか。案内としては決して王道とは言えなかったと思う。でもそんなのが、案外、あちらにも刻まれたのかもしれない。

メールは本文はなく、ワードのレターが添付されていた。
それを開くと、上半分がオランダ語、下半分がその英訳となっている。

私はオランダ語の手紙というものを生まれて初めていただいた。
それがまず感動である。ゴッホやフェルメールやレンブラントと同じ国の人。
心温まるお手紙。

Beste Meg
Wij leven hier in Nederland ontzettend met Japan mee.
Wat jullie is overkomen, daar zijn geen woorden voor.
Ieder uur hopen wij dat we via de TV een berichtje te ontvangen dat het beter gaat.
Bij ons in de dojo wordt bijna nergens anders meer over gepraat dan over de ramp die jullie overkomen is.
Ook hopen wij dat U  Mevr.  Meg en de Hr. Takahashi en Hr. Takezawa en alle mensen die wij, Rudy en ik op uw universiteit hebben ontmoet,  er allemaal goed doorheen zijn gekomen.
Wij horen van veel steden en dorpen maar van de stad Ota vernemen wij niets.
Heel veel sterkte wensen wij  Rudy en ik en ook van onze spotschool van de Pol  jullie toe.
Vriendelijke groet van André.

2011/04/03

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江國香織のエッセイを読んでいる。

今日読んだところに、家のとなりにあったらいいもの、というくだりがあった。こういうことを考えるっておもしろい。それで、自分はなんだろうと。

まずは図書館。玄関を出て数歩で図書館があったらすばらしいと思う。先日ある方との会話で、自宅に本を所蔵するには限界があり、本棚1個分にとどめておくべきだ、という結論に至った。手元に置く本は厳選に厳選を重ねることが大事だと。そしてあとはできるだけ借りて読むべし。この考え方は作家さんにはおこられてしまうかもしれないが、本の扱いは大変である。先日、とある方の遺族の依頼で蔵書の処分を手伝ったときに大変さを目の当たりにしたこともある。本は捨てるに捨てられない感じがする。ならば最初からあまり所有しないほうがいいのかもしれない。もちろん、これは!というものは別にして。もっとも、この意見には反論する人もいるだろう。

そして、次にうちのとなりにあってほしいもの、それはパン屋。ライ麦パンとかカンパーニュみたいのがメインのお店がいい。たまにバターたっぷりのクロワッサンなんかも食べたい。

あとは・・・小さな書店かな。本は借りるべしとは言ったものの、読みたい雑誌とかちょっと注文をして取り寄せてもらいたい本があるときなんかに近くに本屋があったら便利だ。または、そこが、たとえば旅の本の専門店だったら最高だ。ノッティングヒルの恋人に出てくるような。

それから小さな美術館もいいな。それか画廊なんかでも。

スーパーも魅力的だけど、となりにあったら騒々しいだろうから、こちらは歩いて200、300メートルくらいのところにあるといいかも。

あとは、やっぱりカフェ。犬を連れて行けるような。車でカフェに行くというのは、思えばなんと変なことだろう。カフェはやっぱり歩いて行きたいところである。

また思いついたときに書きます。

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