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2011/12/24

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最近の出来事

ラオスに赴任していたT氏が一時帰国しているからということで、親しい仲間で宴席を設けた。なんでも次の任務地はアフリカのアンゴラとのこと。しかもたった一人で。政府機関に協力する形で仕事につき、ある事案について政府に提言するのが任務だとか。なんか、スケールがちがう。ちがうけれど近い存在。

どうか、安全に。

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かわいいbagを持っていたT氏。ラオス製だとか!

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オランダの柔道クラブの方が、うちの大学の柔道部に合同練習に来ていた。

約1週間。

滞在にあたり少しだけお手伝いしたのだが、1週間たって皆さんが東京に向かって出発してしまったときは、最近にない空洞感があった。でも、柔道部の学生たちはきっと、わたしの何倍もそう感じたのではないかと思う。

柔道場のホワイトボードには、学生の名前がグループ分けして書かれていて、その意味を聞いたら、オランダチームのために毎晩夕食の準備をする班だという。素敵なことだなぁ、と思った。あとでオランダの皆さんに聞いたら、毎晩、バラエティに富んだ、しかも日本独特のメニュー(鍋とか天ぷらとか)を、満腹になるほど作ってくれたと言っていた。日本のホスピタリティは素晴らしいと言っていた。

それから、今回のオランダチームの来校で勉強になったのは、障害者の方が健常者とともに2人見えたことだ。2人とも柔道家。お一人は車椅子で全盲の方。家族の同伴なしで見えたということに驚いたが、同行した健常者の方々がごく自然にフォローしていた。どんな場面も障害者と健常者が行動を共にしていた。日本ではあまり見られない光景ではないかと思う。

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オランダチームと本学柔道部。

前列右から7名の方々がオランダの柔道家の方々。

自分が海外に行って、その国その都市に行ってよかったなぁと思うとき、その理由はいつも出会った人、かかわった人がどうだったか、ということ。いい買い物ができたとか、美味しいもの食べたとかよりも、その国の人がどうだったか、ということだと思う。オランダチームが帰国したときに、柔道部の学生たちの対応を思い出して、日本に行ってよかったと思ってもらえたらいいな。

そして、この柔道部を指導しているT師範、T監督の国際交流に対する考え方が、学生たちをそう動かしているし、わたし自身もとても勉強になる。

フィンランドに頼んだプレゼント

自分へのプレゼントということで、いつもチェックしているフィンランドのサイトで案内されていたギフトセットを注文したのだが、クリスマス直前に配達された。ヘルシンキから。

Dsc_0192 こんな外装の小包

          ↓

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マリメッコのギフトボックスが現れて・・

          ↓

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アラビアのマグカップ(ひとつはムーミンマグ)がメインで、

お茶やチョコレートなどの詰め合わせ。

このギフトについては、案内のあったサイトにて24日に説明が掲載されるようなのでそれまで、手をつけずに待っているところ。

⇒詳しい説明が掲載されました(こちらをクリック

ムーミンの物語は好きだが、ムーミンがデザインされたアイテムは趣味ではなく、いままで買わなかったが、まあ、1個くらいは持っていたいと思って。

このマグは今シーズンの限定品のようだ。

2011/12/23

クリスマス会

G教授のご自宅(赤城山麓!)で恒例のクリスマス会が開かれた。

午後2時ごろから徐々に招待客が集まり出して、少しずつ話の輪が広がる。お料理が運ばれて乾杯の時間が来るころには、自己紹介もほぼ終わってみんな打ち解けていた。日本のパーティーだと、集合時間に乾杯し、すぐにお料理を食べ始める、カチッとしたものだと思うが、アメリカ人(サウスダコタ出身)のG教授のそれでは、まだかまだかと辛抱強くお料理を待ちながらおしゃべりに興じるスタイル。その間、ホストファミリーが(特に息子さん、娘さんが)せっせせっせとお料理を作ってくださった。

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パーティースペースはG教授ご自身が時間をかけてリフォームしている。(写真の右側がG教授です)

以前はなかった薪ストーブが置かれていた。薪も充分ストックされていて、これでこの冬、安心ですね。それからゲストルームも完成していて、ちょっとしたモーテルみたいで素敵すぎた。これから天井を完成させて、壁一面に本棚を括りつけて、あと1年ほどで完成させたいとのことだった。教授の工房にはそのための材料がたくさん納められていた。少しずつ少しずつの手作りというのがいいなぁ。

3resize0140 素朴なツリー。こういうの好き。

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そして、これがG教授が丹精込めて焼いてくださったターキー。まだあと2羽出てくるとのこと!じっくり温度管理して焼き上げてあって、もう言うことなし。

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そして付け合わせのお料理も並んで。

素材そのものの味を楽しめるものばかり。

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なかでもわたしの大好物の玉ねぎ丸ごと煮。G先生の息子さんが半分に切ってくださる。これは何個も食べてしまった。赤のお鍋の中身はマッシュポテトがたっぷり入っている。

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ふと窓の外を見ると、日が落ちてキーンと寒い空気で標高が少しあるので、とてもいい雰囲気のなかに包まれているようだった。やっぱり薪を燃やすストーブはいいなぁ。だいいち温かさが違うのだ。

そして、G教授の奥さんと義理の妹さん(Sachikoさん)が、毎回とても優しく迎えてくださる。今回はSachikoさんのワシントンDCに住まわれていたときのお話や、いまのご主人との出会いのお話を聞いたりして、その話がわたしにはかなり直球でドカーンと響いた。

少し早めにおいとましたのだが、山を降りるとき雪がかすかにちらついていて、ちょっとホワイトクリスマスであった。

メリークリスマス!

2011/12/19

恐い体験

旅のこと

旅先で恐い思いをしたことは、ほとんどと言っていいほどない。
どちらかと言えば、わたしはかなり慎重なため、無茶なことはしない(できない)し、何かと余裕をもって行動しているほうだと思う。

でも、一度、「えっ?もうだめかも」という事態に遭遇したことがある。
それは数年前にニューヨークに行ったときのこと。
冬で、日中出歩いて夕方いったんホテルに戻って少し休んでから、初めてのオペラに行こうとしていたときだったと思う。ミッドタウンの中級ホテル。部屋でくつろいでいるときに、いきなりドアをドンドンとすさまじく大きな音を立ててたたく人がいて、ドアの外で何か大声で叫んでいた。何を叫んでいたのかはまったく聞き取れなかったのだが、私の勝手な想像では、「開けろ!さもないと・・・」のような感じに思え、わたしは何もできずひたすら部屋で固まっていた。

恐くてドアに近付くこともできなかった。

そのときに、その事態をいくつかのパターンに想定していた自分がいたことは今でも覚えている。恐かった割には変な余裕があるものである。

想定1:ドアをたたいたのはポリスマンで、ホテル内で事件が起こっていた。
想定2:どこかの部屋の宿泊者からフロントに気分が悪くなったので助けて、と電話があった。
想定3:ホテルの窓から飛び降りようとしていた宿泊者がいて、通行人がホテルに通報した。
想定4:これは夢のなかの出来事である。

しばらくすると、ドアをたたく音は止み、人声も聞こえなくなった。
最初、「この部屋は問題はありません。何があったのですか?」とドアを開けようかとも思ったが、その音があまりにも激しかったのと、もしかして銃でも持っていたら大変だと思い、居留守を装った。

あれは尋常じゃない雰囲気だったし、本当に何かあったのではないかと思う。その人はうっかり階を間違えたんじゃないかと思う。

でもふといま考えると、あれは現実ではなかったのかも知れない。いや、ニューヨークだもの、あれくらいのことはきっとあるだろう・・・

などと思いを巡らすが、真実はドアの向こうであり、いまとなっては知る由もない。

2011/12/13

フルーツケーキの季節

船橋に住んでいる友人から、フルーツケーキが届く。

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かわいい包み紙。

ずっとこのまま眺めていたい。

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でも開けずにはいられない。

シックなリボン使い。

それに、彼女が今年旅したヨーロッパでの写真が2枚添えられていた。

1枚はピサの斜塔。

もう1枚はゴッホが晩年過ごした病院近くのオリーブ畑。ゴッホはこのオリーブの木々を描いたという。ゴッホの作品もどこか嘆きのようなものを感じるが、写真で実際の場所を見てみても、どこか物悲しさが漂うように感じる。もとからそうなのか、ゴッホが描いたからそう見えるのか・・・

今年も変わらずにいてくれる友人に感謝するクリスマス。

2011/12/08

NYのディナークルーズ

旅のこと。

一人旅が多いせいか、旅先ではデパートのフードコートや、カジュアルなレストランで食事を済ませることが多い。気張ってお洒落な食事などしようものなら、ちょっと場違い的な思いをするので、一応そのへんはわきまえているつもりだ。(いまは)

いままでで一番自分のことをばかだなぁ、と思った食事は、冬のニューヨークに行ったとき、オプションで申し込んだ「夜景を見ながらのディナークルーズ」である。あれは一人で申し込むものじゃないとあとから思った。申し込んだ当初、夜一人で出歩くのも危ないし、ホテルまで迎えに来てもらって船まで送ってもらって、ぼんやりマンハッタンや自由の女神を眺めながら食事をすれば、ラクだし間がもつし・・・などと考えていたのだが、いざ船に乗ったら私は一人なので小さなテーブルに案内され、ぽつんと一人、美味しい料理(お料理はまあまあ美味しかった!)とワインを堪能しながら夜のハドソン河に浮かんでいたのだった。

船内はまったく混んでいなくて、むしろガラガラだったのだが、だからか一層、自分が変に浮いているような感じもした。だいいち、見回す限り、一人で食事しているのは私だけなのである!友達同士や恋人同士、それに何かのお祝いをしているのか、20人くらいの団体もあちらの方に見えるという空間。夜景とともに、それらの人々の様子もおのずと目に入ってきた。そうでなくてもアルコールに弱いわたしは、船の揺れも手伝って自分でも可笑しく思えるほどクラクラしていた。それで、そうだ、デッキに出て冷たい風に当たって酔いをさまそうと思い、外に出てみた。そしてそこには誰もいなくて(それはそうだと思う。だってすごくすごく寒かったから)、もし、ここでフラついて川に落ちても、きっと誰にも気づいてもらえないかもしれないと急に恐くなり(ちょっと大げさだけど)、でも、目の前にある美しい夜のマンハッタンを、しっかり手すりにつかまったまま眺めてから、またテーブルに戻った。

船を降りるときに、年配の日本人のご夫婦が、わたしが一人だったことに途中から気付いたみたいで、「お食事のときにお誘いすればよかった」と声をかけてくださった。
もう10年くらい前のことだが、こんなことをいまでもよく覚えていて、自分でもおもしろおかしく思うくらい、実はぜんぜん惨めとか淋しかったとかは思っていなくて、そのときの旅では不思議な気持ちが渦巻いていたように思う。もしかすると、一人でいることを楽しんでいたようにも思う。だから、その日本人のご夫婦がテーブルを共にしようと実際誘ってくださらなかったことを感謝した(心の中で)。もしご一緒させてもらったら、きっとわたしは初めてお会いする人との会話に気を遣って、夜景を堪能できなかったかもしれない。時の味わい方、過ごし方は人それぞれなのだから。

それから余談だが、クルーザーが出るハドソン川の船着き場のところは、意外と殺伐とした雰囲気があると思う。でも、あまり垢ぬけていないぶん、船が岸から離れてそこから見える宝石のようなマンハッタンがいっそう強調されるような感じがするし、なんかこう、妙に創り込まれていない船着き場がわたしは嫌いではない。夜景を見るための出発点だからといって、船着き場がカッコつける必要はないし、船着き場は船着き場である。

食事にまつわる話はつきないので、まだまだつづく。

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