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2012/01/25

時間が経過しても(かもめ食堂を通じて考えること)

そういえば、以前『かもめ食堂』が公開されたときも、きっと感想を書いたはずだと思い、ブログを見返してみた。一緒に見に行った人のことなどを思い出しながら。それはかれこれ5年半も前のことなんだなぁ。そして、かもめ食堂という映画に対する感想について、今回見て感じたものが、5年半前とほとんどブレていない。複数回映画を見たりすると、その時々の自分の状態で感想は変化することも多いと思うが、かもめ食堂にいたっては変わっていない自分がいる。それだけ、この映画が伝えたいものがストレートに表現できているということなのだろう。

こちらが、2006年の感想↓

http://megumi1966.cocolog-nifty.com/megumi/2006/08/post_8ff5.html

2012/01/23

かもめ食堂のnon-music効果

何気なくチャンネルを回していたら、映画『かもめ食堂』をやっていた。途中からだったけれど、それに以前劇場で見たのだけれど、やはり最後まで見てしまう。

登場人物が好きで、ヘルシンキが舞台なので、何度見ても飽きない。

映画でかもめ食堂として使われたレストランは、現在もヘルシンキにその姿がレストランとして残されているそうだが、実はそこには行ったことはない。かもめ食堂ツアーなるものもあって、日本人観光客には人気のようだ。

個人的には、映画やドラマの舞台は、心のなかだけのものにしたいという思いがある。

この映画で使用されている食器や調理用具は、どれもシンプルで欲しいものばかり。料理もできないのに、そんなところには目が行く。サチエがイッタラのオリゴシリーズの小さなカップにシュガーを1個1個詰めるシーンなど、とてもいい。

『かもめ食堂』を見て、普通レストランには音楽がかかっていると思うが、かもめ食堂では音楽が流れていないのが不思議だった。もしここで使うとしたらどんな音楽が効果的かと考えると、最終的に音楽なしに至った理由が理解できる。ヘルシンキの日本食レストランで、芯のピンと伸びたサチエのかもし出す雰囲気を出すには「無音」が一番に思えてくる。

日々やるべきことを淡々と、真面目に行うことの美しさを教えてくれる映画だと思う。

Kamome

2012/01/14

集合住宅

集合住宅に惹かれる。

テレビ番組や雑誌の特集で、海外の集合住宅を紹介されると、住んでみたいと思う。

たとえば、コルビュジェのユニテ・ダビタシオンもそのひとつ。マルセイユのものが特に有名のようだ。ベルリンにもある!

コルビュジェの建築物は非常に機能的でコンパクトといった印象で、わりとカチッとした規定された空間が好きなわたしは、だから惹かれるのだろうと思う。

ユニテ・ダビタシオンが完成した1950年代(?)に、一番最初に入居できた人々は、どんな感想を持ったのだろう。当時の暮らしぶりや、共用スペースの様子などを写した写真や映像が見たいなぁ。

この時代にこのモダンさ。鉄筋コンクリートが、古くなってもモダンさを維持させているし、この集合住宅の構成が、面倒くさがり屋のわたしにはもってこいのところだ。(たとえばショップが入っていたり<いまはないかも>、1階部分はピロティ<支柱>で支えられていて、通り抜けができる<建物の向こう側に行くとき回り込まなくてよい>、幼稚園が入っている、体育館もあるなど)

もちろん、石造りやレンガ造りなども深みがあって好きだけれど。

何年か前に森美術館でコルビュジェ展があったときに、ユニットハウスや、コルビュジェが晩年過ごした休暇小屋を再現したものも展示されていて、実際にその中に入ることもできる展示になっていたのだが、狭いながらなんとなく落ち着く感じがしたのを覚えている。

調べてみると、ユニテ・ダビタシオンにはホテルも入っているようなので、いつか宿泊してみたいなぁ。

それから、去年行ったベルリンにも、ユニテ・ダビタシオンのほかに、巨大な集合住宅がいくつかあるようなのだが、時間の関係で見に行くことができなかった。もし行けたとしても、外観しか見られないのではつまらないし。居住空間を見たいものだ。

集合住宅とは言わないけれど、たとえばニューヨークのブラウンストーンの建物が並んだストリートなどは、やはり素敵に思う。考えてみると、大都市の建物と建物がぴったりくっついているような居住エリアはどこもわたしには集合住宅のように見える。

それから、ホテルに宿泊するのも好き。いろんなものが完備されていて、箱に収まる感じが好き。

恐らく、人の気配や対面している家々の灯かりなどが、安心感を与えてくれるというところも、密集した住宅に心惹かれる理由のような気がする。(となり近所がうるさいと、それはそれで不満になってくるのだろうけど)

2012/01/09

ミッション・インポッシブル/ゴースト・プロトコル

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『ミッション・インポッシブル/ゴースト・プロトコル』を見た。

2時間を超える上映時間があっという間と感じさせる面白さ。

トム・クルーズ演じるイーサン・ハントが窮地に追い込まれたときに下す咄嗟の判断は、かっこよすぎてホレボレ。できる、できない、じゃなくて「やる」「成し遂げる」という前に向かう意識が、できないことをできるようにしてしまう。

しかし、トム・クルーズは何歳なんだ? ますますかっこいい。

あのテーマ曲もかっこよく、一気に脳内が活性化された。(と思う)

ミッション・インポッシブル/ゴースト・プロトコル オフィシャルサイト

2012/01/04

ニューイヤーズ・イブ

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そういえば、年末に映画『ニューイヤーズ・イブ』を見たのでした。(新年に「大晦日」という映画を見ましたというのもヘンですが・・)

31日に見るのは、あまりにベタだと思って、30日にレイトで。

よくあるハリウッド映画というか、予告を見ただけで全てが見通せるような映画だということは分かっていて、とにかくわたしには「ニューヨーク」「ジョン・ボンジョヴィ」というキーワードだけで十分。

そして、思いがけずザック・エフロンの魅力を再認識してしまったりも。あと、ミシェル・ファイファーが冴えない中年女性を上手に演じているのも見所だった。ミシェル・ファイファーというと美人でイカす女性というイメージが強かったのだが、この映画ではほんとうに役どころどおり冴えなく見えた。現にミシェル・ファイファーだということに気づいたのが、だいぶ後だったほど。

とにかく、これはおとぎ話だと思ってみると素敵だと思う。普通に見てしまうと、そんなバカな・・という設定が多いのである。大晦日のカウントダウンのタイムズスクエアで、すぐに人を見つけられたり、J.ボンジョヴィがライブをする2箇所の位置関係もあいまいだったし、カウントダウンのあと急いで家に帰ってドレスに着替えて馬車でレストランに駆けつけたサラ・ジェシカ・パーカーの早業も現実的ではない。でも、そこはOKとして見ないとこの映画は成立しないのである。

いくつかの男女の組合せがストーリーを織り成すのだが、個人的にはやはりザック・エフロンとミシェル・ファイファーがよかった。最後のダンスシーンまでこの二人はよかった。

あと、ハル・ベリーはさすがに綺麗だった。

それから欲を言えば、もっとニューヨークの本物の街角を映してほしかったなぁ。

2012/01/02

ベルリン天使の詩

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87年公開の映画だが、今回初めて見た。

全編をとおして淡々としているが、不思議なことに始まりから終わりまで、ものすごい緊張感が走っている。セリフというセリフはその多くが登場人物が心でつぶやいているもの。それを天使が聴いているのである。

天使が自分たちの居場所にしているらしい図書館が、映画を見終わったあとも残像のように脳裏に焼き付いている。きっとここはベルリンに実在する図書館に違いないと思い、ネットで調べてみるとやはりそのようであった。どうやらベルリンフィルに隣接しているようで、ならば去年の旅ですぐ近くを歩いて通ったのだと気付く。あのときは絵画館が目的地で、その国立図書館に立ち寄ろうとはまったく考えていなかったので、今さら後悔している。映画のなかの図書館はモノクロで館内が写っているのだが、モダンな建築だということが見て取れる。もしまたベルリンに行くことがあるならば、ぜひこの図書館を見ておきたいと思う。

この映画が撮られたときはベルリンはまだ、東西分断時代で、西ベルリンが舞台になっている。ときおり壁ぎわで撮られた構図があり、そんな場面ではわたしの目は壁の向こう側(東側)の様子にくぎ付けになる。また、ベルリンの街並みにも。街並みは美しいが悲しみを呈した美しさというように映る。パリのような明るさはなく、やや冷たさをたたえているように感じる。それはベルリンが歴史上特異な性質を持ってしまった都市だからか、それとも、そのことを強く意識しすぎているわたしの先入観があるからなのかはわからない。

ときおり現れる、たとえばサーカス小屋のあった場所とか、図書館にいた老人が移動して現れる場所は、大都市のなかにあるとは思えないような空き地である。そのような場所は見ているだけで人間界に絶望感までも感じさせる効果がある。

ピーター・フォークが登場する。ドイツ語の映画で、わたしの知らない時代のベルリンで、彼が出てくることがわたしに(観客に)安堵感を与えていたように思う。それは、コロンボとして大衆に見覚えのある俳優(この映画のなかで彼はピーター・フォーク役で登場している)であるということと、映画のなかで実は彼は○○である(ここでは言わないでおく)ということが、全体的に冷たさを帯びた作品にじんわりと血を通わせたような気がしている。

結局のところ、この映画が何を言いたかったのか・・・ 当時のベルリンという都市の様子を見るのに精いっぱいで、あまり考える余裕もなかった。実際、字幕を追うよりもベルリンの街並みや当時の西ベルリンの人々の生活ぶりなどに見入ってしまった。

天使のひとりが人間の女性(サーカス団の空中ブランコの女性)に恋をして、天使の身分を捨てて人間になり、女性と結ばれるシーンが最後の山場だが、さまざまな苦悩を抱えていて命に限りがあっても、人間として生きることは素晴らしいということだ、という結論ではあまりに単純すぎるような気がする。

映画のなかで「子どものころは・・・・だった。」というセリフが多用されているが、人間として生きることはそううまくいくばかりでないことを知らしめている効果があったと思う。

2012/01/01

new year

ずっと前にも書いたことがあることなのだが、個人的には新年という区切りで物事を考えるのは好きではないところがある。でも、気持ちを切り替えたり、新しいことを始めるのには大いに意識すべきとも思ったり・・ かといって何か新しいことを始めるわけではないのだけれど。

でも、昨日まで嫌いだった自分を直して行こうという絶妙のタイミングではある。こうありたい、こんな人でいたい、という理想はあっても、言動が逆を行っているではないかと気付くとき、自己嫌悪に陥るけれど、新しい年は少しでも理想の自分になれるように心を切り替えようと思う。

さて、そんなわたしの元旦は・・・

昨夜、夜更かしをしたため10時起床となり・・

(でも、初詣には行きました。昨夜0時を回ったときすぐ近くの神社へ。うちから神社の松林が見えるという近さです。)

お雑煮を食べ、

そのあとはだらだらと新聞やテレビを見て、午後はいただいた年賀状のうち出していなかった方へ急いで書いて投函に行き・・

そして、夕食もお雑煮。

平凡な穏やかな元旦。

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今日、あるサイトをチェックしていたらとてもショックなことがあった。

ほとんど毎日のように拝見しているサイトのひとつ「My Suomi Blog」の記事を担当されていたよしこさんという方が、そのブログを管理している会社を退職されたということを知ったためだ。お会いしたこともない方だけれど、わたしはこのブログがいつも本当に楽しみで、フィンランド、ヘルシンキの今を知る術として一番信頼できる情報源だと思っている。また、ヘルシンキで働く日本人の方(よしこさん)が、周囲の人とどのようにかかわってお仕事されているのかが興味深く、またよしこさんがいつも前向きに楽しそうに仕事をしている様子がわたしの励みにもなっていたほど、親近感のあったサイトだった。

この前届いたクリスマスボックスも、この会社の案内によるもの。商品を選び発送してくれる人がよしこさんだったから、わたしはこのボックスを注文したといっても過言ではない。対応してくれる人となりがわかっているから(あくまでもブログを通してですが)、どんなものが届くのか楽しみだったし、届いたそれは期待を裏切らないものだった。丁寧な仕事をされる人だと思う。

よしこさんが次に目指すものはどんなことなのかは、お別れのブログには書いてなかったけれども、不思議と応援せずにはいられない。

エールを送りたい。

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三が日は特に予定もなく、これから楽しみなのはDVD鑑賞。

「ベルリン天使の詩」を借りてきたのだ。

感想はまたのちほど。

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