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2012/03/11

3月11日に

あの日はどんよりとした天気で、確か空は厚い雲に覆われていた。

わたしは職場でデスクワークをしていて、思い出すのはその少し前に宇都宮から来たというワッフル業者の人が営業でワッフルを売りに来て、職場のみんながせっかくだからと購入したこと。あの地震のあとあのワッフル屋さんは無事に帰れただろうか。

わたしは普段のちょっとした揺れでもすぐに建物の外に避難しようとする方だったので、あの日は何の躊躇もなく外に避難した。大きな揺れがおさまるどころか長くうねるように続き、いま自分が立っている足下の地面が割れるのではないかと思ったことを覚えている。そして、直立していられなくて地面に膝をついてしまうほどだった。

普通なら車で20分くらいのところ、帰宅時間に2時間以上かかった。家に帰ると置時計が落下していたり、食器棚のグラスなどが割れてしまっていたり。マック(ビーグル犬)は外の犬小屋でおとなしく待っていた。そのあと外出していた両親が無事に帰ってきた。家族がみな無事だったことにまずほっとした。

あとから、あの揺れのあともう一度大きな揺れが来たよね、と誰かが言っていたが、わたしはそのことを覚えていない。極度の恐怖からなのか、あまり細部を覚えていないのだ。

あの震災に対して、わたしはいったい何をしてきたのだろうか。被災者に対して何か支援できただろうか、と考えるとき愕然とする。阪神大震災のときはもっと冷静に客観的に見つめることができたのだが、今回は自分や家族にも実際に降りかかるかもしれないという恐怖が先立ってしまって、なかなか現実のこととして受け入れることができないという情けない状態になっている。それから、被害の規模があまりにも大きすぎて、自分ができることと言えば定期的な義援金の寄付くらいで。実際に被災地に行って瓦礫の撤去ボランティアなどをしている方々が身近にもいて、でも自分にはなかなか余裕がなく参加できなかった。

自分は弱い人間だなぁ、と思う。

恐怖のときに足がすくんでおののいてしまう。

自分のことでいっぱいいっぱいになってしまう。

もっと強くありたい。

心に余裕をもった生き方をしたい。

3月11日にそんなことを考えている。

被災地は徐々に復興しているのだと思う。その歩みはとてもとても遅く、被災者は政府の対応にもどかしさを通り越して、怒りを感じることだろうと思う。でも、確実に前に進んでいることを信じて、数年後に振り返ったときに、あのときがが我慢どきだったと思えるはずだと信じて、前を向いて生活していただきたいと願う。そして、そういう方々がいることをいつも心に置いてわたしも毎日を大切に生きていきたいと思う。

いま、震災に関する書籍やら映像やらが反乱しているように思う。わたしは敢えてそれらを見ないことにしている。いまじゃなくて、もっとずっと後になってから語られることを待ちたいと思う。いまはそういうときじゃないような気がしている。(これはあくまで自分の考えです)

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