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2012/03/17

angel

(即席ショートストーリー)

その都市の中央駅前に、そのカフェはある。
カフェは国立の美術館に併設されていて、美術館の閉館時間後も、カフェのほうは深夜0時まで営業している。

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2月。

その日は午後から街に雪が降っていた。
こんな日にカフェに寄る人は少なく、近くのホテルに滞在している旅行者や、アルバイトを終えた大学生がぽつりぽつりと来て小一時間ほどすごしては去っていく。

23時。
雪は本降りになってきた。そして、カフェには誰もいなくなる。
わたしはそろそろ店を閉めようと準備していた。こんな日はもう客も来ないことが多いから、早めに閉めてもオーナーからは咎められることもない。だいいち深夜の店番はわたし一人なので、早終いしたところでオーナーが知ることもないのだ。

そこへ、運悪く客が入ってきた。
30歳くらいの女性。こんな時間に一人でどうしたのだろう。カウンターでカプチーノを注文して待っている。普段なら「もう閉店なのです、すみません」と言って断るところだが、「お待ちください」とわたしが言ったのは、その女性の目にうっすら涙が見えたからだ。
そして、彼女はわたしが差し出したカップを手にとり、代金をカウンターに置くと、一番奥の壁ぎわのソファー席に座る。シンプルな黒いソファーに。

彼女の頭上にはこの美術館の看板作品「傷ついた天使」のレプリカが掛けられている。二人の少年が天使--布で目を覆われていて、羽は傷ついている--を担架に乗せて歩いている作品だ。天使は野に咲く花を携えている。この絵がどうして人気があるのか不思議だが、実はわたし自身も強く惹かれる一人だ。背景はこの国の国土を連想させ、少年と天使はキャンバス全体に大きく描かれている。少年たちの表情はとても暗く、天使は担架に座ってうつむいている。

今夜、一人の女性がおそらく傷ついていて、この絵の下に座り時をすごしている。

室内が冷えてきたので、暖房の設定温度を少し上げた。

時計を見ると0時10分。

わたしは店の入り口に「CLOSED」の札を下げてから、2杯のコーヒーとシナモンロールを2個トレイに乗せて、奥のテーブルに向かった。ほんの少しだけ世間話でもして、傷ついた天使に寄り添うつもりで。

おわり

just for N

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