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2012/10/28

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急に冷え込む季節になった。

温かいスープや美味しい珈琲を飲みながら、部屋に一日中こもっていたいと思う日もある。そんな季節になると、ニューヨークが恋しくなる。不思議。

あの年代に自分が二十歳ほどで、初めての海外がニューヨークで、いま思うと、それはニューヨークでなければならなかったというわけでもないのだが、でもニューヨークにしてよかったと思う。

当時は気にもしていなかったが、あの頃のアメリカ経済は冷えきっていたのだった。暗くて、ちょっと危なくて。それでも、ニューヨークはわたしにはきらきらしていた。文化があって、合理性を備えていて。

いまのニューヨークにそれがあるかというと、きっとあるのだと思う。でも、人々が必ず目指す場所ではなくなっていると思うし、そのスタイルはニューヨーク以外にも存在するなど、ニューヨークでなければならないという時代は過ぎたのかもしれない。

あの頃はよかった、などと後ろ向きになるのは嫌なのだが、ことニューヨーク(またはアメリカ)については、80年代までのいろいろなことが懐かしく、また知りたいことである。

Resize0307 セントラルパーク

2012/10/20

フィンランドで買ったポストカード

ヘルシンキで買った数少ないもののなかにポストカードがあって、それをアテネウム美術館で見つけたとき、妙にひかれるものがあり購入したのだが、部屋に飾りたいと思って、額縁を買って飾ってみた。森と湖の国フィンランドを思える2枚。

額縁は1300円ほどのもので、台紙はA4サイズの色紙からベージュ系の色のものを購入。

早速、ポストカードをセットしてみた。

カードの裏側には LEA IGNATIUS (1913-1990)とある。

この暗い2枚のエッチングを見ていると、落ち着くのである。

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(写真だとわかりにくいのですが、右側のタイトルは"Dusk"で、森の夕暮れ時を感じられる1枚。そして、左側のタイトルは"Rower"とあり、よく見ると湖にボートを漕いでいる人がいます。両方とも80年代の作品のようです。シーンと静まりかえった音のないイメージの作品です。)

2012/10/15

最強のふたり

映画「最強のふたり」を見た。

Img_011

実話に基づく映画ということ。とてもいい映画だと思った。

どういうところがいいかというと、まず音楽(誘ってくれた友人もサントラ買おうかな・・と言っていました)。優しいピアノの旋律とアース・ウィンド&ファイアーのヒット曲が作品を上質なものに仕立てていた。

ストーリーはこちら

そして、余計な情報はそぎ落とされていて、単純に「人と人の通じあい」を見せていたと思う。この種の作品にありがちな「説明」や「一度ケンカして離れるけれど、お互いの良さを再確認」的なものもない、終始、二人は気が合うし、ケンカ別れなどない。「金持ちに貧しさのなかにいる者の気持ちがわかるか!」という要素もないし、「貧しさから逃れるためには教養が必要だ、ほどこしてやろう」という流れもない。そもそも、主人公たちにそのような上下の感情や妬みはなく、真に「人と人」であろうとしている。

説明しようとすると、うまく書けそうにないので、この辺でやめておこう。

おすすめの映画です。

2012/10/13

秋の軽井沢など

昨日、仕事で吾妻の方面へ車を走らせ、最後の嬬恋で家路へのナビをセットしたら、軽井沢を通すルートになったので、素直にそれにしたがって日も暮れた林間をひらすら走った。北軽井沢から中軽井沢に抜け、碓氷軽井沢インターから高速に乗るというルート。

この日、風が北よりに変わっているなぁと思った。山間部は涼しいというより寒いほどで、日が暮れた時点の外気温は7℃を表示していた。

平日ということもあってか、中軽井沢に抜けるまでは前後に車がなく、ちょっと心細かったけれど、夕日を背景にした雄大な浅間山がいつものようにそこにあり、長距離運転の出張の疲れを和らげてくれる気がした。

北軽井沢でかつてよく利用した小さなスーパーがあって、その前に確かパン屋もあるはずだと立ち寄ると、まだ閉店していなかったのでパンを買った。その一角は夏のハイシーズンには別荘族でごった返すエリアだが、10月ともなると(しかも平日なので)ずいぶん静まり返っていた。

でも、わたしはシーズンが終わったころのどこかが好きである。

それは別荘地や、ビーチや、はたまたかつては栄えた街なども。

ハイシーズンはうそっぽくて嫌なのだ。人であふれていて、飾り立てられて。ところが、シーズンが終わると急にリアルに見える。しっとりして、そこに暮らす人々の息使いが聞こえてきそうで。

でも、その落ち着きは、それ以前の熱気の存在あってこそ感じられるものなのかもしれない。そして、その静けさはやがてまた熱気が恋しくなるのだろう。

サイクル。

でもやはり、わたしはシーズンオフが好き。盛りが過ぎたあとほど、その場所の本質が(良きにつけ、悪しきにつけ)感じることができるような気がして。

2012/10/04

絵画などについて

仕事でいろんな高校にお邪魔する機会が多いこのごろ。初対面の人に会って話しをするのは神経を使って疲れるけれど、ひとつ楽しいこともある。

それは、学校の応接室や玄関に飾ってある油絵や書の作品を見ることだ。

特に応接に通されて先生を待つ短い時間に、閉ざされた空間にひっそりと飾られている絵画を見るのは好きだ。

それらは卒業生からの寄贈が多いように思う。

絵画というと、美術館に展示されているものが“鑑賞”の対象と思いがちだが、本来は特定の空間に飾られてこそ、生きてくるのかもしれない。並べられるのではなく、あたかもその作品のために用意されたかのような場所に。

シーンと静まり返った場所で絵画と二人きりになれる時間は贅沢である。もっとも、素人ながら「これいいなぁ」と思える場合だけど。

(ホテルの客室に飾られている絵や写真も同様ですね)

2012/10/03

non title

今日、ある方からいただいたメールに書かれてあったことについて。

半年前までとある業務をチームで一緒にやってきた方と久しぶりにメールでやりとりしたのだが、その方の最近について書かれていたなかに、職場の敷地内にあるヒマラヤ杉の実のことが書かれていた。

毎日目にする景色。何気なく通り過ぎている景色の細部に目が留まる人は、きっと心が豊かな人なんだと思う。日々、忙しくても心にゆとりをもっていたいものだと思わせてくれたメールだった。

・・・・・・・・・・・・・・・

旅行先で撮った写真を眺めていて思うこと。

何気なく撮ったその土地の人が写っているひとコマが、後になって面白みを帯びてくることがある、ということ。

たとえば、これ↓

Resize0306_2 

数年前にサンフランシスコの街角で撮った1枚なのだが、フォークリフトでライオン像が運ばれている。その前を椎名桔平似の男性と連れ合いの女性が歩いていて、フォークリフトの向こうにはミュニ・バスが走っている。(バスの車体に「muni」という文字が見えます)バスには乗客の姿がある。そして、その向こうにはバナナ・リパブリックの店舗が見える。ここはブティック街だったと思うが、こんなところにいきなり梱包もされていない剥き出しのライオン像を乗せたフォークリフトが出現したものだから、面白くてカメラを向けたような気がする。この白いライオンはどこに飾られるのか・・・日本だと三越くらいでしかお目にかからないライオン。どんな場所に飾られたのかを見届けなかったことが悔やまれる。

そして、写真に写っているカップルは、観光客なのかサンフランシスカンなのか・・・椎名の腕にはタトゥーが彫られている。

この1枚の写真のなかで交差する人々。思えばわたしたち人間は日々、こうして交差しているのだ。世界中の街角で。言葉を交わすことなく。だが、きっと、二度と同じアングルで同じメンバーと居合わせることはない。だからか、たまたま切り取った1枚の写真が急に意味を帯びてくるような気がしてならない。

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