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2014/02/23

つんじ

昨日は中学のクラス会があったのだが、仕事の都合で出席できず。

2か月ほど前に幹事さんから電話をいただいたとき、担任をされていたS先生も参加されると聞いて、懐かしさがこみあげてきて、お会いしたいような恥ずかしいような・・ でも、お元気だと聞いてうれしかったなぁ。

この中学3年生のクラス会は、実は卒業してすぐに(卒業式の1年後くらいだったかな?)1回目を行ったことを、みんな覚えているかな。卒業して間もないのにもうクラスメイトに会いたくなっちゃって、たしか公民館のようなところを借りてみんなで集まった。そのときわたしは確か幹事で、高校の授業が終わってから幹事4人が前橋のケヤキ並木沿いにあった喫茶店マジパンで打ち合わせをしたことを覚えている。でも、なぜかクラス会自体の内容は忘れてしまっている。

ところで、3年8組の担任のS先生はニックネームは「つんじ」である。

先生はクラス運営の一環で『積時』というクラスオリジナルのペーパーを発行されていた。たしかこの『積時』の読み方は「せきじ」だったのではないかと思う。でも、わたしたち生徒はこれを「つんじ」と読み、いつしか先生のことも「つんじ」と呼んでいた。もしかしたら、先生がご自身のニックネームは「つんじ」だと宣言したのだったかもしれない。先生に面と向かって「つんじ」と言っていたのは一部の元気のいい生徒だけだったけれど。先生ご自身は「つんじ」と呼ばれることについて、ちょっと(かなり?)うれしかったのではないだろうか。わたしは直接は言えなかったなぁ。つんじ、つんじと親しみを込めて先生を呼んでいた子たちのことをちょっとだけうらやましくも思っていた。

たしか『積時』は先生の手書きで(違ったかな?)、精神的な要素が大きかったように思う。どうにかクラスをまとめていきたいという先生の温かい思いが込められていたのだ。先生は前任校でもこの取り組みをされてきていて、継続している試みだったのではないかと記憶している。(違ったかな?)不安定で多感な年齢のわたしたちに、日々しっかり考えて行動し、毎日を大切に積み上げてほしいという意味なんだとわたしは解釈していた。

このころの自分はまだ子どものくせに実に生意気な態度もとっていた。でも、友達にめぐまれ、部活にも専念できて、なにより先生に支えられて充実した時期を過ごせたと思う。

つんじの『積時』。

この文字が表すとおり、わたしたちは一日一日、いろんな思いを抱いて時を積んでここまで来たんだなぁ。そして、これからも大切に時を積み上げていかなければと思う。

昨日は、みなさん、たのしいひと時を過ごせたのではないかなぁと思う。

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