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2014/12/15

「遥かなる山の呼び声」のこと

俳優 高倉健が亡くなった。そんなにたくさんの出演作品を見てきたわけではないけれど、好きな作品はいくつかあって、そのなかに「遥かなる山の呼び声」がある。学生時代からの親友がずっとずっと前にこの映画が好きと言っていて、そのことも、この映画を好きになった要素のひとつだと思う。(この子が好きという映画なんだから、きっといい映画に決まっている、といった感じです)

毎週月曜日に、Oさんという方からコラムのような、日々Oさんが思いめぐらせていらっしゃることを綴ったメールが、あるグループに送られてきて、わたしもその中に入れていただいているのだが、今日のメールに、その「遥かなる呼び声」について書かれてあったので、ここに紹介します。

Oさんは今年の3月まで某市の職員をされていて、大変お世話になった方。現役のときは、部長級なのに謙虚で、でも厳しく、信頼できる方で。わたしが以前、学内で一般市民と学生を対象にした映画の上映会を企画したときも、助言してくださったり、上映会に奥様と足を運んでくださったこともありました。

いまでも変わらず親しくさせていただいている。




ご本人の許可をいただいたのでご紹介します。

ラストシーン、わたしも何度見ても泣いてしまう。

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「量才録用」

高倉健さんの追悼番組が数多く放映されたようだが、中でも「遥かなる山の呼び声」は以前の勤務場所で上映会を行ったこともあり感慨深いものがあった。この映画は倍賞千恵子演じる民子三部作ともいわれ「家族」「故郷」に続くものであるとともに、「シェーン」から着想を得たことはあまりにも有名な話である。

物語は、零細牧場を営む未亡人の風見民子(倍賞千恵子)のところへ、暗い過去を背負った田島耕作(高倉健)が一夜の宿を乞うところから始まり、四季にそれぞれの出来事を織り交ぜながら、傷害致死事件に対する刑の確定を受けた耕作が網走刑務所に護送されるラストで感動的なクライマックスを迎えるものだ。

この映画の主人公はもちろん高倉健と倍賞千恵子なのだが、その脇役である虻田太郎(ハナ肇)が秀逸な役どころを演じている。民子に思いを寄せる虻田は田島と決闘を行い、やがて兄貴と慕うようになる。そして、護送される列車に田島を見つけると、声を掛けられない民子に代わって、彼女が酪農をやめて中標津で田島を待っていることを会話の中に織り交ぜて田島に聞かせるのである。

何度もこの映画は見ているのに、このシーンになると涙があふれてくる。それもこれも、虻田の存在なのである。いつも日を浴びる立ち回りをする人もいれば、誰かの陰に隠れてしまう人もいる。しかし、その陰に回る人がいなければ日の当たる人の存在もかすんでしまう。組織も人生もまた同じではないだろうか。

量才録用。人が持っているすぐれた才能をよく見はからって、その才能を十分生かす地位に登用することの意味だが、まさに適材適所である。そんな気持ちでもう一度、あたりを見まわしてみれば、また違う世界が見えてくるかもしれない。

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