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2015/09/22

わたしに会うまでの1600キロ

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映画「わたしに会うまでの1600キロ」見ました。

原題は “Wild” 

母親の死を乗り越えられず、人生を踏み外してボロボロになった主人公が、立ち直りやり直すことを決意して、アメリカのPCT(Pacific Crest Trail)を一人歩き始め、自分を見つめるストーリー。過酷なスルーハイキングで、主人公が苦しければこちらも苦しさを共感できたし、見えた景色が美しければ、まるでこちらもそこにいるかのようにそう思えた。こういう映画はとても珍しいと思う。アメリカの荒涼としたトレイルを歩くって大変なことだ。砂漠もある。自分には絶対にムリだけど、そういうところに身を置くとはどういうことか、映画でちょっとだけ疑似体験できたように思います。

公式サイト 「わたしに会うまでの1600キロ」

2015/09/05

低地(The Lowland)

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ジュンパ・ラヒリ 著

小川高義 訳

昨年の夏の終わりごろ、待ちに待ったこの長編が出てすぐに購入したのに、少し読みかけて中断したままだった。この夏再開。そのあとは、この作家の小説を読むときにいつも感じるように、「一気に読むのはあまりにも惜しい」と思ってしまうほど味わい深い作品だということに気づかされる。

設定はいつものとおり、ベンガル人が主人公で、舞台はカルカッタとアメリカ東部を行き来する。外国からの移民や留学生のアメリカでの暮らしに興味をもつ自分にとって、彼女の描くアメリカでの様子には引き込まれるものがある。

語りはひとりからだけではなく、複数の登場人物からなされる。この入れ替わる語りと章の構成が巧みで、400ページ以上からなる大作を滑らかに読み進めることができるのである。

激動のカルカッタでの悲しい出来事によって登場人物の人生の変化が始まる。ある人は残された人を助けたいと思い、ある人は助けに身をまかせる。また、そのあとに思いがけない展開が待ち受けている。その展開に心が定まらなくなる人がおり、自分のなかでなんとか消化しながら生きる。物語全体をとおして、スッキリしない悶々とした空気が漂っている。でも、最後に、すべてが浄化され、ぱっと目の前が開ける瞬間が用意されている。ウダヤン(弟)のその瞬間(ここでは伏せておきます)の描写がこれ以上にないと思えるほどの表現で描かれているから。

小説は、悲しい内容でも最後に「希望」が用意されているほうがよいと思う。人は、一生のうちにいつまでも悲しみに浸っていたり、くすぶっていてはならないし、努力して前向きに生きれば、希望は見えてくると思わせてくれる作品だと思う。

訳者のあとがきによると、ベンガル系を主人公にしたこのスタイルはこれで書きおさめだとか。つぎはどんな世界を描いてくれるのか楽しみ。

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