2011/10/01

Berlin 10

ベルリンのお土産

現地でみつけた面白いお土産をご紹介します。

これは、カーデーヴェーという老舗デパートのお土産売り場で購入したティーバッグ。カップにセットすると、ベルリンに縁のある人物がお風呂につかっているように見える。ついでにブランデンブルク門バージョンもあるのがうれしい。メイドイン・ジャーマニー。

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うっかり自分の分を買うのを忘れ、差し上げてからI氏に写真を撮って送ってもらった。

旅先でお土産を買うときに苦労するのが、その国で生産された品物を見つけることだ。多くのお土産が中国で生産されているので、これいいなぁ・・と思っても、買おうかどうか迷う。できるかぎり、その国で生産され、加工されたものをお土産にする、というのが私のモットー。しかし、最近はそういうものを探すのは至難の業だと思う。なので、せめて“Made in ●●”と表示されていないことを祈る。そうすれば、心おきなく買えるのだ。

ところで、今回の旅行で自分のための買い物って、してなかったことに改めて気付く。できれば、職人が時間をかけて作ったような革のトートバッグなどがあれば欲しかったのだが、事前に調べてもいかなかったし、「偶然」にそういうものに出会うのはなかなか難しいものだ。

2011/09/26

Berlin 9

トラム

ベルリンが分断されていた時代の面影は20年ちょっと経ったいまでは、ふらっと街を歩いているだけはなかなか見つけられないということがわかった。でも、唯一トラムだけは旧体制のまま東ベルリン側のみに路線があるようだ。(どこかに西側にも路線を伸ばす計画があるとあったように思うが・・?)

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↑路線バスの中から撮影

トラムはやっぱりいいなぁ。電車ほど大げさではなくて、バスのような渋滞は関係ないし。車高が低くて、歩行者の目線に近いのも好き。そう考えると、ベルリンでトラムに乗っておきたかったな。悔やまれる。

2011/09/21

Berlin 8

ベルリンの壁跡を見るために、Sバーンに乗ってオスト駅へ向かう。

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↑Sバーンのアレキサンダープラッツ駅ホーム

車体の色がなんとなくだが、社会主義時代っぽい?(当時のものとは違うかもしれないけれど)

2駅目のオスト駅で下車。(オスト駅の写真を撮り忘れる) この駅は東ドイツ時代は、中央駅と呼ばれていたという。(いまは旧西ベルリン側に中央駅が新たにできている)でも、かつての中央駅にしては、駅前が殺伐としていた。駅自体は建て替えられたのだろう、近代的な建物になっている。

そして、駅からシュプレー川方面に歩くこと5分ほどで、観光名所になっているイーストサイドギャラリー(壁跡)に到着。

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↑シュプレー川沿いに壁が保存されている。(壁の向こうがシュプレー川で旧西ベルリン側)

この雰囲気は、実は期待していたほどではなかった。

でも、考えてみると自分は一体何を期待していたのだろう・・・

壁自体は明るく楽しいものではないはずで、いくらギャラリーとしてカラフルにペイントされていたところで、それらが醸し出すものは心を浮き立たせることはないのかもしれない。

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↑このようにアーティストがペイントをほどこしている。

その距離1.3キロだとか。もちろんわたしは、その距離を歩くのはちょっとダメだと思い(というのも、ここに来るまえにミュージアム2つ、ベルリン大聖堂<ここではドームの上部まで登って足ががくがく>に行き、もうヘトヘト状態だったから)、さわりだけ見てオスト駅まで引き返したのだった。

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↑これ、感慨深いペイント。

壁が築かれた1961年から崩壊した1989年まで、ただ西暦を並べているだけなのだが、こうして見ると、壁の存在というのはあっけなかったのかな、とも思う。やはり、不自然な構造というのは長続きするのものではないのかな。

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↑壁の断面

この場所は意外に薄い壁だったんだなぁ。

壁の厚さは場所によって違ったとどこかに書いてあったような。ブランデンブルク門前の壁は、当時の写真を見てもすごく分厚い。壁崩壊のニュースが流れたとき、壁の上にたくさんの人が乗っていたのを思い出しても、けっこうな厚みがあったことがわかる。でも、壁の上には電流フェンスが張ってあり、恐ろしい警備犬が放してあって、人が近寄ればわかるように砂がならされてあり、監視塔が一定の間隔であって銃口を向けた監視員が24時間見張っていたのだから、壁が薄かろうが厚かろうがあまり関係ないように思う。

壁について知るために、壁の博物館というところにも行ってみた。(上記ギャラリーとはまったく違う場所です)

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↑チェックポイントチャーリー跡

壁博物館はここチェックポイントチャーリーのところにある。ベルリンに来た観光客は必ずといっていいほど行く場所なのかな、ここに向かう人の流れができていたので、地図を見ずとも、流れに乗れば到着となる。少し雨がぱらついて、風も出てきて、人も多くて疲れが増す。

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↑壁博物館

わたしは、当初、壁博物館は壁が崩壊したのを記念して、壁をネタに最近できたものとばかり思っていたのだが、行ってみて初めて知ったのは、この博物館、1962年に作られたのだということ。この事実にはなかなか感動した。ということは、壁ができた翌年からということなのだ!

壁博物館には、脱出を試みる様子を記録した写真(地下トンネルや改造車に潜む様子など)や、実際に逃亡に使用した熱気球や潜水艦、ハングライダーなどが展示されていて、それらが本物だけに見入ってしまった。
説明がびっしりパネルに書かれていたりもしたが、混んでいたのと疲れていたため、それらを読む気力はあまりなく、分からない単語もたくさんあって、ざっと流すことに。
それにしても、さまざまな方法でトライしたものだ。空から、地下から、トラックや自動車に潜んで検問所から・・・それはそれは、心臓が飛び出んばかりの心境だったことと思う。

この博物館で入手したパンフレット(日本語版)の冒頭にこう書いてある。

「この自由の孤島からは小窓を通して、検問所様子が手に取るようによく判り、亡命してきた方も、ここで一息ついたものです。また逃亡計画もここで練られ、旧東独の不正に対する闘いが、ここで繰り広げられたのです。・・・」

壁の時代をイメージするとき、東側が「不自由」だったと思うのは自然なことだと思うのだが、考えてみると壁は西ベルリンを包囲していたわけで、物理的には西ベルリンこそ陸の孤島と化していたわけだ。
でも、情報が極端にコントロールされ、行動が制限され、常に誰かに監視され、物事が正しく伝わらない世界を考えたとき、やはり東側が閉ざされていたというイメージに舞い戻る。東側は自分たちを壁で閉ざしてしまった。

*************************

壁博物館でもらったパンフレットからのデータを一部記しておきます。

西ベルリン包囲網の全長:155.0km
(その内訳)
東西ベルリン分割ライン:43.1km
旧東独と西ベルリンの分割ライン:111.9km

金網製フェンス:66.5km
監視塔の数:302
警備犬ゾーンの数:259
電気接触フェンスないし電気警報フェンス:127.5km
歩哨路:124.3km

専用壁1枚について
高さ:3.60m
幅:1.20m
重量:2.6トン
材料:高密度鉄筋コンクリート

包囲網による死亡者ならびに逃亡件数(1961年8月13日から89年11月9日まで)
成功した逃亡の件数:5075
死亡者数:250

2011/09/19

Berlin 7

Bauhaus Museum

ベルリンに行ったらまず行ってみたかったのが、バウハウス・ミュージアム。

ということで、到着から一夜明けた朝一番で向かった。

バスの路線図をみて、一番近いバス停で降りて、地図とにらめっこしながら歩くこと約10分ほど。そこに ガイドブックなどに良く出ているカラフルな看板が見えてきた。

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↑バウハウス・ミュージアムの看板

この奥はどうなっているのだろうと期待を膨らませて入っていくと・・・

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↑通路がこのように向かうべき方向に案内してくれて、工場を連想させるミュージアムの建物が迎えてくれた。

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↑障害者にも配慮したのだろうか、ゆるやかなスロープが1階入り口へと導いている。

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バウハウスはデザインや建築を学んだ人には馴染みがあると思うが、わたしは素人なのであまり詳しくは知らなかったのだが、実際にミュージアムに行ってみると小さいながら、かなり楽しませてくれた。

バウハウスについての詳細はこちら(Wikipedia)

わたしは頑丈で機能的なデザインに興味があるほうだと思う。今回、このミュージアムでいろんなプロダクトを見てつくづくそう思った。写真を撮れなかったのがすごく残念なのだが、集合住宅などに用いられたコンパクトな家具や机、それに子供用椅子などが展示されていて、20世紀初頭にこんなモダンな暮らしがあったのかと感動する。

それから、いまでは当たり前のように生産されているデザイン(たとえばデスクライトなど)が、実はバウハウスが生みの親だった、などを知る。

展示品はそう多くなかったが、デッサウにあり世界遺産にもなっているバウハウスの校舎の模型や、バウハウスに所属した建築家が設計した建物の模型など、見ていて本当に飽きない。

日本語の音声ガイドも無料で貸し出されているところをみると、日本人の来館者は多いのかな。

ナチスによりわずか14年の短命に終わったのは残念だが、それでも現在に影響を与え続けているのはすごい。

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↑バウハウス・ミュージアムから文化フォーラム方面に向かうときに歩いた場所。かっこいい橋が架かっていた。

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↑そして、かっこいい人が犬を散歩させていた。

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↑橋の上から川をみるとこんな感じ。静かな流れでした。

バウハウス・ミュージアムの公式サイトはこちら

2011/09/16

Berlin 6

今回は脈絡もなく、街角などで見かけたものをご紹介。

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↑まずは郵便ポスト(左)と公衆電話(右)

ドイツの郵便カラーはイエローなんだと現地に行って初めて知る。こうして見るとなかなか目立つ。というより、こういう色なんだと知ってから急に目につくようになった感じかも。

公衆電話のデザインはシンプルで使いやすそう。

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↑これは切手自動販売機

郵便局がまだ開いてなくて、何の気なしに販売機にチャレンジしてみる。だいいち、それが切手の販売機かどうか、不安なままに。何度も失敗してやっと要領がわかり、絵葉書を出すための切手を購入する。困ったことに投入した金額と同じ額分の切手が出てくる。要するにぴったり額がない場合、多めに投入してもお釣りが出ない。でも、もしかすると私のやり方がまずかったのかもしれない。いま冷静に考えてみると、ほんとうにやり方がまずかったのだろう。

ところで、実際に使った切手自動販売機はこの写真のものではないのである。これはホテルのすぐ近くの郵便局前のもの。ホテルから徒歩2分ほど。なーんだ、ここにあるじゃない?と少し頭にきて写真に収めたものなのだ。その日、ホテルのフロントに、一番近い郵便局はどこか聞いて行ったところは、Zoo駅近く。バスで2停留所も行ったところ。ベルリンってそう短いインターバルで郵便局はないのか・・・と、地図にしるしまでつけてくれたその郵便局まで行ったのだった。でも、確かもう9時を回っていたのに開いてなくて、上記のとおり苦戦して切手を手に入れたのだった。その帰りに、ホテル近くで郵便カラーが目にとまり、ホテルのフロント、しっかりしてほしいなぁ・・と思った。たぶん、フロントの若者はアルバイトだったのではないかと思う。帰ってから、そのバイト君にすぐ近くに郵便局あるよと教えてあげようと思ったけど、疲れていて、しかも、私のプアーな英語では、うまく(嫌味も)伝えることができないので、急に弱気になってやめておいた。

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↑これは、チェクポイント・チャーリー近くのショッピング・ビルに入っている郵便局

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↑そのあい向かいのスペースには、このように私書箱が!

ここも同じカラーで統一されていた。

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↑路上にはびっしり車が止めれれているが、よくこんな小型車を見かけた。

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↑ベルリンのアイドル的キャラクター「クヌート」?

ベルリン動物園の人気者で、生まれたばかりのころは、よくわたしもテレビで見かけたものだ。もうすっかり大人になったと思うが、まだこんな形で一役買っているとは知らなかった。

街中でたまにこのオブジェ、見かけました。わたしはクヌートだと思っているのですが、ぜんぜん違ったりして。

(このブログを公開後、クヌートは亡くなったことを知りました)

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↑バス停

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↑Uバーン(地下鉄)の構内

改札はなく、基本的に信用システムになっている。なので、まったくわずらわしさがない。わたしはベルリン・ウェルカム・カードという、期限内、ゾーン内何回乗り降りしてもOKの切符を買っておいたので、地下鉄や地上の電車に乗る時は本当にらくだった。バスもOKで、バスの場合は運転手に見せることが必要。電車では見回りには一人も会わなかったので、一度も提示せず。

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↑地下鉄ホームの椅子

清潔感あり。

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↑先に紹介したショッピング・ビル内の吹き抜けオブジェ

みんなが写真を撮っていたので、わたしもつい。

何でできているのかは分からないが、見た感じでは缶やブリキか、車のボディのような素材をつぶした塊を積み上げた感じだった。それか、いまふと思ったのだが、もしかすると、これはもっと柔らかい素材なのかも。硬質なものをこんなに高く積み上げるのは危ないし。

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↑下を見るとソファの配置がとってもよくて、こちらも写真に撮る。よく見るとカフェの席として使用されているようで、自由に座れるスペースではなさそう。

・・・・・・・・・・・・・・・

以上、ベルリンの街角写真でした。

2011/09/12

Berlin 5

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今回宿泊したホテル周辺は、散策するに適した(わたし好みの)雰囲気があって、飽きることがなかったなぁ。観光客が押し寄せるような観光スポットよりも、ごく一般的なベルリン市民の暮らしが感じられるような場所で過ごした時間のほうが、不思議なことにいつまでも頭から離れない。(このことは以前にも書いたと思うが)

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↑メガネ屋さんのショーウィンドウ

ぶら下がっているオブジェはなんだろうと思って、店内を見るとメガネが陳列されていた。

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↑石鹸やアロマグッズを売っているお店。

ショーウィンドウでのこの見せ方は、ちょっとセンスないように思えたけれど、シリアのアレッポ製石鹸などには目が行ってしまう。質の高いものを置いているように思えた。

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↑このショーウィンドウ(上下2枚)は見たなかでNO1。

グラスや花瓶など、ガラス製品を扱っているお店のようだった。並べ方といい、お店の清潔さといい、置いている品物といい、センスの良さはピカイチ。

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↑デリ

ここは小路と大通りが交わる角(かど)っこに位置するお店で、朝早くから仕込みが始まっていた。特に目を引いたのは、この写真の籠に積まれたパンだ。ドイツらしくライ麦パンっぽい、ごついパン。絵になるなぁ。

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↑これはアパートの中庭に通じる通路。

車は入れないようになっていたのだが、人なら入れるみたいで、好奇心からちょっと中庭を見せていただくつもりで進む。どんなふうになっているのだろう・・・と。

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↑すると、こんなふうだった。

わかりにくいかもしれないが、中庭を挟んだ向かいのアパートの壁面に緑と赤の鮮やかな蔦がびっしり広がっていた。思わず写真をとらせていただいていたら、コーヒーかなにかを持って(買ってきたのかな)アパートに戻ってきた住民(男性)に見られて、怒られるかなと思ったが、おはようございます、とあいさつしたら、あちらもあいさつし返してくれて、ほっとする。

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数々のアパートの窓を見ていると、そこにはどんな暮らしがあるのかな、と想像が膨らむ。古い建物、新しい建物・・・どれもしっとりしていて、なおかつ硬質な感じもして、見飽きることがない。

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↑これは学校のようだった。

朝早かったけれど、通りから見える1階の窓が開いていて、中では子どもが一生懸命絵を描いていた。とても古い建物のようだ。

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↑こんなふうにバルコニーのある窓にもあこがれる。これは見たなかでももっとも古そうに見える建物だった。正面の最上部のつくりが、オランダの古い建物の特徴に似ていると思って。

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↑これは、ホテルからは少し離れた場所。(ホテルからバスで6停留所くらい離れていると思う)

ここから少し歩くと日本大使館などもあり、この建物の向かい(写真では右側)は、川で、ここもまた素敵な通りだった。少し高級感があって、新しいアパートみたい。

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↑ホテルの部屋から早朝、外を眺めていると、トラックが1台止まり、レストラン前に何かを下して去った。散歩に出がてら見てみると、食材が納品されていた。でも、お店には誰もいなくて、外に置かれたまま。信用社会なのかな。

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↑上記レストランのウィンドウ。

本当に何にも気を使っていない感じのディスプレイなんだけど、作り物っぽくなくって、中身で勝負っぽい雰囲気があって、こういうの嫌いじゃない。時間があれば、このレストランで食事したかったなぁ。中を覗くとちょっと雑然としてはいたが、案外こういう店が美味しいんじゃないかな。

2011/09/09

Berlin 4

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まったくの個人旅行だったので、ホテルはインターネットで予約をしたのだが、わたしはこの作業がとても苦手だ。名の知れた高級ホテルに宿泊とはいかないので、中級ホテルの中から探すのだが、エリアと金額で絞り込んで、もちろんサイト内にアップされている写真を見ながら決める。そして、だんだんわからなくなって、面倒になって、どこでもいいや、となる。

今回も数あるベルリンのホテルからやっと選んだのだが、ここではそのホテルを少し紹介します。

旧西ベルリン側にある Hotel Gates Novum。

通常、一泊1万円強くらいするところ、割引き期間になっていて私が泊ったときは、一泊6000円ほどだった。このホテルにした理由のひとつに、予約サイトの写真にあった中庭にひかれた、というのがある。

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このクリーム色の建物がホテル。

古い石造りの建物で、大きな通りから1本入った静かな通りに面している。

空港からのバスを降りたZOO駅からホテルまで歩くとき、路面は濡れていて少々気が滅入る。インターネットの地図といつも旅のときに持っていくガイドブック「地球の歩き方」を照合して、だいたいこの辺りだろうと目処をつけておいた先を目指し、日の暮れかかった雨上がりのベルリンを歩いた。こういうときがいちばん心細い。路地をいくつ超えたか数え、目印の公園を確認し・・・

果たして、わたしが考えていた場所にはそのホテルはなかったのである!

人に聞こうにも、人通りは少なく、一旦駅に戻りタクシーで住所を告げて連れて行ってもらうべきか迷い、でも近くまで来ているに違いないと思い直し、角を1つ曲がってみた。するとそこにホテルの看板が見えたのだった。

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↑部屋の写真

ネットによればこのホテルにはガーデンビューの部屋とストリートビューの部屋があり、中庭の写真が気に入り予約したわたしはガーデンビューがいいなぁと思っていた。それでチェックイン時に希望を言おうかとも思ったのだが、もし変えてもらえたとして、その部屋が、たとえばシャワーが故障しているとか、ベッドのスプリングが傷んでベッドが傾いているとか(そんなホテルもある)だと嫌だなぁと、運を天に任せようと指定された部屋に泊まることにしてリクエストしなかった。結果・・・ストリートビューのしかも2階の部屋となる。天井がすごく高くてそれが一番感激した部分。日本家屋ではありえない高さ。天井が高いと部屋が広く感じるもんなんだなぁと実感する。

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ベッドはダブルサイズで、スプリングも問題なし。

(何より清潔でした)

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この窓が気に入る。

まず、窓枠が木でできているのが素敵。それから二重窓になっているのも。ベルリンの冬はとても厳しい寒さらしいので、二重窓はそのためだと思われる。街を歩いていると、どの窓も同じような作りになっているようだった。

それから部屋には冷房設備がなかった。どのアパートにも室外機が見当たらないところを見ると、冷房は標準で設置されていないようだ。確かに、8月というのに肌寒いほどで、窓を開けると冷たい風が入ってきてちょうどいい。

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大好きな窓からの風景。(昼間と夜)

どこに行っても、窓から外を眺めるのが好きで、今回も昼となく夜となく窓辺に行っては歩道を歩く人や明りのある窓を見ている自分がいた。そうすると、すっかりその場所に馴染んで、すぐにそこを去らなければならないのだけれど、記憶には刻まれる。

そういう意味では、どの都市にもあるホテルチェーンよりも、多少ボロくても小さくても、個性をもつホテルのほうがあとあと印象に残る。それは、超高級ホテルに泊ることができれば、それはそれで思い出に残るだろうけれど・・・それは現実的じゃないし。自分にはそういうのは似合わないし。

ところで、個人旅行でホテルにチェックインし、部屋に到達したときに、自分の場合だが、心に感じるパターンがある。それは、自宅を出てからまる一日かかってやっと到着したその地に来て、ホテルの部屋にまず失望し、あー、なんでこんなところに来ちゃったんだろうと思う。せめてもっとリッチな部屋だったらよかったのに、とか。そして、とりあえず荷物をほどき、窓を開けて空気を入れ替え、顔を洗ってホテル周辺を散策して、お腹を満たして部屋に戻り、ベッドに入るころには、さて明日はどこに行こう・・などと前向きな気持ちになり、朝になるとしっかり朝食を食べて晴々した気持ちになれる。そして、やっぱり来てよかった、となる。このパターンはいつも同じなのが不思議。馴染むのが早いのかなぁ。(特技:早く慣れること?)最終日、チェックアウトする頃には、その部屋が自分のものと化し離れがたくなる。

でも、今回街を回ってみて、ブランデンブルク門の東に見えるとてもエレガントな名門ホテル、アドロンにいつか泊ってみたいと思った。チャップリンやアインシュタインも泊ったことあるとか。

2011/09/06

Berlin 3

Berlin Dome

ベルリンを訪れる多くの人が向かうのは、シュプレー川の中州に浮かぶ「博物館の島」だろう。そこには5つの博物館・美術館がギュッと集まっている。わたしはバスで島まで到達したのだが(島には橋がかけられ、ウンター・デン・リンデンからあっという間に島に入ることができる)、バス停を降りるとそこには、博物館を見降ろすように建つベルリン大聖堂がある。

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驚いたことに、礼拝堂に入るのに入場料を支払わなければならなかった。

大きなものでは、パリのノートルダム、ヘルシンキの大聖堂、ニューヨークのいくつかの教会にしか行ったことはないけれど、どちらも無料で入れたように思う。でも、ベルリン大聖堂は第二次大戦で大きく破壊され、90年代に修復が終わったところというのを知ると、少しでもその費用を回収しようとしているのかな?と思ったりもする。(勝手な想像)

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このようにして、観光客が大挙して押し寄せるところに、わたしも行ってしまうのだが、思うのはこのような祈りの場所については、やはり信者以外の人が物見遊山の対象にするのはどうかな、ということ。でも、考えてみると、たとえば京都の神社仏閣など世界中から観光客が来ているわけだし、素晴らしいものを誰もが見ることができるという自由がいいのかな。

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↑階段をのぼってドームの位置まで行くことがききる。

 (写真はらせん階段を上から見下ろした図)

階段は上のほうは、すれ違うのがやっとという場所もある。

少し迷ったが、ベルリンの街を高い位置から見られるチャンスかもしれないと、勇気を出して(?)上に上に向かう。(わたしは上ることが大の苦手)

(以下の写真は展望台からの眺めです)

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↑テレビ塔 と 赤の市庁舎

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↑赤の市庁舎は旧東ベルリンの面影を感じさせる建物のひとつ。

 奥に見える可愛いアパート群が気になる。

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↑もちろんシュプレー川も見下ろせる

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↑展望用のベランダで頭上を見ると・・・ 天使?

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↑観光用の遊覧船と広場に集まる人々

実は、博物館島では美術館や博物館にはひとつも入らなかった。

というのは、あえて。(残念だったけれど・・・)

今回あまり時間がなく、どうしても見たかったミュージアム2か所(この島以外のミュージアム)に時間を使ったので、きっぱりドームだけにして島を後にした。ときにはこんな決断も必要なのだ。

ところで、このベルリン大聖堂は、王家(ガイドブックによればホーエンツォレルン王家)の墓所としての役割もあるので、地下に行くとびっくりするくらい棺が安置されている。これにはとても驚かされる。大小さまざまな棺がたくさん並んでいるから。とても小さなものもいくつかあり、プレートを見ると1歳ほどで亡くなったものだったりする。これだけ多くの本物の棺を目にしたのは初めてだった。棺のなかはどうなているのだろうと思ったが、そこまではわからず。

そういえば、パリのノートルダムもセーヌ川の中州に建っているなぁ。

2011/09/05

Berlin 2

Brandenburger Tor

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ベルリンで見たもののなかで、何が一番印象に残ったか、というと、自分でも意外なのだが、あの有名な、「ベルリンといえば」の、ブランデンブルク門であった。実を言うと、ここは時間がなければ、遠くから(たとえばバスから)眺められればいいかな、くらいに考えていた。

89年に壁が壊されるニュースが世界中を駆け巡ったとき、そこには自由の象徴としてブランデンブルク門がどのメディアにも写っていて満腹感があり、わざわざ足を運ばなくても・・・と思っていた。

でも、一日歩き疲れて、夕方に目抜き通りウンター・デン・リンデンをふらふらと歩いていると、その先にはかの門があったので、自然に足が向かったという結果になる。

わたしの勝手な想像では、ブランデンブルク門前はロータリーのようになっていて、車がすぐ下まで行きかうようになっているのかと思っていたのだが、実際は広場になっていて、観光用の馬車があったり、ストリートミュージシャンが弾き語りしていたり、とてものどかな光景が広がっていた。(その日は日曜日だったから?)

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↑手前でギターを弾いているのはミュージシャン。

ベンチに座ってボーっと聞いていた。いまでもメロディが頭をぐるぐる回っているほど染み込んでいる。

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↑門から東側を見ると、テレビ塔が見える。

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↑犬の散歩をする人も。

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↑門の上には女神と4頭の馬。

1806年にナポレオンがこの部分をパリに持って行ってしまったが、1814年に元の位置に戻ったそうだ。これが門の上にあるのとないとでは趣がまったく違ってみえるだろうなぁ・・正直言って、このカドリガ(というらしい)は素敵すぎる。

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↑門をくぐりぬけて西側より門を見る。

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↑西側広場ではダンスするグループが人気を呼んでいた。

素人なのだろうが、上手くてかっこよかった。

____________________________

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↑絵葉書から(1964年のブランデンブルク門)

門は東ベルリン側。

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↑絵葉書より(1981年のブランデンブルク門) 壁がすぐ前を横切っている。

なぜこの門がわたしを引き寄せるのだろう?の答えが、しばらくこの広場で時間を過ごしていてなんとなく出てきたのは、「平和」というふた文字だった。普段わたしたちは、簡単に平和という言葉を口にするけれど、わたし自身、生まれて初めて平和について実感した時間だったと思う。

荘厳で傑作と言われた門であるが、東西を分断する壁がすぐその前を横切っているために、市民は門を通ることができなかったようだ。絵葉書の写真を見てもわかるとおり、そこは見張り塔もあるし、物々しい場所になっている。

今回訪れてみて、ここが同じ場所とは思えないほど、というか、昔の悲しさを埋めるかのように、門の広場には笑顔の人々が集っていて、それを肌で感じることができたので、わたしにはこの門がベルリンでベスト1の場所になったのだと思う。

2011/09/03

Berlin 1

Resize0081 ベルリン・テーゲル空港

Aug 27

アムステルダムで乗り継いでベルリン・テーゲル空港に着いたのは、もう夕方6時半を回っていて、しかも雨が降っていたものだから、気分は少し落ち込む。旅の目的地に着いたときは、できれば太陽は真上にあって晴れているとうれしいのだけれど。

テーゲル空港は想像していたよりも小さく、古く、まるで地方都市の国内線専用空港のようで、もっとも欧州連合に加盟している国は大きなひとかたまりのようなものだから、ハブ空港になっていなければ国内線の空港のようなものなのだろう。アムステルダムからベルリンまでわずか1時間強ということもあって。

テーゲル空港は、1948年のベルリン封鎖時に急きょ建設された空港で(わずか49日で滑走路をつくった!)、封鎖時は西ベルリンの空港として西側から援助物資が空輸されてきたという。いわば、ライフラインの役目を果たすためにできた空港だと知ると、せっかくベルリンに降り立つのにこの空港でよかったと思わずにはいられない。というのも、ベルリンにはテーゲルのほかに、シェーネフェルト空港もあるから。そして、テーゲル空港は来年、その役目を終え閉鎖される予定ということだ。だからか余計にテーゲルを利用できてよかったと思う。壁ができてからは東の体制のなかに浮かぶ西ベルリンと西側諸国を結ぶ役割を果たし続けてきたのかぁ・・としみじみ思う。私は失われつつある場所、また、かつて栄華を極めた場所、そしてもう見ることができない場所に無性に惹かれてしまうところがある。

テーゲル空港と宿泊するホテル近くのZOO駅との間はバスでわずか20分。空港とベルリン中心地がこんなに近いというのも驚きだった。そんなわけで迷わずバスに乗る。

つづく。

(ベルリンについては、少しずつ写真を添えて書こうと思っています)

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