アカシア
辻 仁成 著 文藝春秋
短編集。作家は単に文章が書けるだけではなれない。アイデアが必要だ。そういう意味で辻仁成という人は意表をつくようなモチーフを作品に仕上げていると思う。特に余韻があるのは最後の「世界で一番遠くに見えるもの」だ。人の気持ちというものは「こうである」と断定できないものだ。さっきまで「別れたい」と思っていた相手をいまは「尊く」思えたり。一人の人間のなかに、相対する感情が同時に存在することをうまく表現している。
短編のなかで「歌どろぼう」だけは入り込めなかった。
辻 仁成 著 文藝春秋
短編集。作家は単に文章が書けるだけではなれない。アイデアが必要だ。そういう意味で辻仁成という人は意表をつくようなモチーフを作品に仕上げていると思う。特に余韻があるのは最後の「世界で一番遠くに見えるもの」だ。人の気持ちというものは「こうである」と断定できないものだ。さっきまで「別れたい」と思っていた相手をいまは「尊く」思えたり。一人の人間のなかに、相対する感情が同時に存在することをうまく表現している。
短編のなかで「歌どろぼう」だけは入り込めなかった。
いま読んでいる本である。先日、たまたま大学の図書館でみつけ借りたのだが、この本のすごいところは、出版年が1781年というところ。このての本というと、通常、現代のその道の研究者がいろんな文献や資料などからたどって、当時の生活を紐解くようなものが多いし、この本もその類かと思っていたのだが、驚きである。200年以上も前のパリのことが、そのときにそこで生きていた人によって書かれている。
例えばこんな内容。
「パリでは、人々は水を買う。・・・略・・・ブルジョワの家庭でも、水を十分に蓄えている家など一軒もない。二万人の水売りが、朝から晩まで、ふたつの桶をいっぱいにして、二階から八回まで、時にはその上の屋根裏まで水を運び上げてくれる。」
「便所の四分の三は、不潔で、恐ろしく、胸がむかつくようだ。パリっ子は、この点で視覚も嗅覚も、不潔には慣れっこになっているのだ。」
「パリでは人々は貧乏であればあるほど、ますますたくさんの犬、猫、鳥等々を飼って、狭い部屋の中でいっしょに暮らしている。」
こんな出だしの、当時のパリ市民の暮らしぶりが満載。