2007/06/19

professional

19日のNHKの番組、「プロフェッショナル・仕事の流儀」

ソムリエ 佐藤陽一 氏

プロとは、努力をしている人なんだと思う。「プロフェッショナル」は、現状に満足せず、奢り高ぶらず、一歩一歩着実に前進しようとする精神がなければ、プロではないと教えてくれる良質の番組だと思う。それまで私は、プロとはある域に達した、努力を終わりにしてもいい人のことを言うのだと思っていた。大間違いである。

佐藤氏の仕事ぶりを見ていて、その役割にとことん徹していることに気づいた。出すぎず、かといってもの足りなさを感じさせず。ワインについての深い知識(もちろん日々勉強を重ねてのことだが)を武器に。

番組のなかでは、ワインにたとえて“熟成”という表現を用いていた。佐藤氏はたぶん、時間のかかるタイプだと思う。でも、それでいいのだと思わせてくれた。人生も、ワインのようにじっくり時間をかけても良いのだということを。

ソムリエ世界大会で、惜しくも決勝進出にならなかった場面では、その佐藤氏の表情を見て、勇気づけられた人は多いはずだ。私もそのひとりである。

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2007/02/13

non title

NHKの番組で「未来への提言」というのがあり、現在、世界で注目されているキーパーソンたちに日本人がその地に赴きインタビューする内容である。

以前見た別の回では、宇宙飛行士の若田光一さんが、アメリカの理論物理学者にインタビューした回で、そのときは若田さんの英語力に驚嘆したのだった。(宇宙飛行士とはマルチじゃなきゃなれないと改めて感じた。)

昨夜はフィンランドの教育改革についての内容で、東大教授の佐藤学さんがフィンランドを訪問し、元教育大臣、オッリベッカ・ヘイノネンさんへ果敢にインタビューしていた。

フィンランドの学力水準は現在、世界一を誇っている。ヘイノネンさんが90年代に教育大臣に就任したときに手がけた教育改革について、じっくりと語ってくれている。

その中で特に心に残ったこと。

★“学ぶ”ということはとても繊細で個人的で複雑なこと。教育する側はこのことに注目し、個人個人全てに対応していかなければならない。

★教育は全ての国民に平等でなければならない。

★人はひとりひとりが違うのだ、ということを理解したうえで教育は行われなければならない。

★教育する側は、される側がどうしたら新しいことを学ぶモチベーションをもち続けることができるかを常に考えなければならない。

フィンランドでは、授業料、給食、教科書やノートまでも無料なのだという。大学も授業料が無料。裕福な家庭の子供も、そうでない家庭の子供も。またヘルシンキなど都会の学校も、北部の北極圏の学校も全ての学校の教育内容に差が見られないそうである。

ヘイノネンさんの教育改革の大きな点は、中央(国)の教育指針はおおまかな目標だけを記し、細かい方法に関しては全て各学校のやり方を認めた、というところにある。これにより、学校は大変な責任を課せられたことになるが、それを重圧と思わず、創意工夫に満ちた教授法を模索し展開している。すごいと思ったのは、教師は自己の能力向上のために、研修を受けたり勉強する充分な時間が与えられている、というところだ。放課後のクラブ活動の指導や補修授業は、それを専門とするスタッフが別にいて担当するので、教師たちは真の教育の部分に専念できるというのである。分業がうまくいっているのだと関心する。日本の場合、一から十まで一貫してやらなければならないことが多々あり、重点をおかなければならないところに十分な時間をかけられないでいることがあるように思えてならない。

フィンランドは面積こそ日本とそう変わりはないが、人口はわずか500万人強。この小国だから短期間に成し得た改革であろう。従ってこの改革内容をそのまま日本に応用することは難しいと思う。ただ、ヘイノネンさんのことば、“人はひとりひとり違うのだということを理解しなければならない”にとても重みを感じた。この意識には“優しさ”が漂っていると思うのだ。授業に遅れている生徒の補修授業の場面で、先生がとても褒めていた。他の人よりもたくさんの時間勉強して偉かったね、と。優しさがある。

そういえば、ヘルシンキを旅したとき、人々がとても優しかった。

郊外に向かうバスの運転手さんは、田舎道のバス停から乗車してくるひと一人一人に笑顔で挨拶していたし、教会のパイプオルガンのリサイタルに向かうために乗ったタクシーの運転手さんも、帰りのトラムの乗り方を教えてくれたり、レストランでは若いウエイトレスさんにメニューについて質問したら親切に答えてくれたし、まあ、旅行者には特に親切なのかもしれないけれど。人々は少々シャイであるが良心的な国民性である。日本人に通じるところがある。

話は反れたが、最後に言いたいこと。それは、ヘイノネンさんのことである。インタビューに対する回答の姿勢がすごく素敵なのだ。原稿などない。ひとつひとつの事柄を自己のとても深いところから沸き立たせ言葉にしている、という感じなのだ。それは、とても大きなプロジェクトを成し遂げたからこそ、自然に滲み出てくるのだなぁ、と思えるほど説得力あるもので、まさにフィンランドの教育が目指す人物像に思えてならない。

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2006/11/06

orchestra

ドラマ「のだめ カンタービレ」が面白い。玉木宏、ますますカッコイイので見とれてしまうのであるが・・・ 今日のSオケの演奏の場面は非常に楽しめたのであった。

今年の夏の終わりにオーケストラの演奏を2回聴く機会があり、私はこの歳になってようやくその面白さを知ったのである。特に指揮者のすごさを知った。その存在の意義を目の当たりにした。なんというか、クラシックの素晴らしさを感じた。コンサートホールで生で聴くオーケストラの演奏は、目でも楽しめて、時間があっという間であった。

Finlandia_hall アルバー・アアルト設計のフィンランディア・ホール

会場の片隅より目立たないように撮影

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2006/06/15

popeti

アニメとか人形劇とか、とんと興味のない私であるが、NHK教育の朝7:25~7:30のたった5分のこの番組を心から楽しんでいる。オランダ制作の小さなとぼけた人形をあやつる番組で、とても動きが繊細だ。とにかく、人の手(基本的には2人)で1つの人形を動かしていて、笑わせてくれる。今はこういったアナログのほうが、なぜか新鮮に思える。それともアナログ時代へのノスタルジアかな。そういえば、最近、友人と手紙のやり取りをしている。帰宅して玄関の下駄箱の上に手紙が届いていると、ときめくし、封を開けて何度も読み返したりもする。返事を書いて出すと、それは2日ほどかかるから、時間がゆったり流れる。きっと手紙は10年後、20年後にも読み返すだろう。メールだとそうもいかないような気がする。

ポペティについて http://www3.nhk.or.jp/anime/popeti/

平日朝、7:25になったら3チェンネルをつけてみよう!

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2005/12/17

クライマーズハイ後編

佐藤浩市が石原さとみに告げた言葉がいつまでも残る。

「ことばはそこに居続ける」

そのときに感じたこと、そのときの、その状況におかれた自分自身が感じたこと、それをことばにしてみることの意味。たとえ翌日、何かがまた自分を突き動かして、昨日のことばを後悔するようなことになっても、「また書けばいい」。そのとき、その瞬間に感じたこと、それは永遠にそこに在り続け、誰にも消すことはできないのだ。

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2005/12/15

Friends

今夜、テレビのチャンネルを飛ばしいてたら、偶然にも群馬テレビが映り、ドラマ「フレンズ」が始まるところだった。毎週木曜、夜10時。嬉しいな。しかも、ちょうどレンタルのDVDで見たところの続きっぽい内容である。いつからやっていたのだろう。

ロス フィービー レイチェル ジョーイ モニカ チャンドラー

愛すべきキャラクターたち

http://www.friendsontv.co.uk/

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2005/12/10

クライマーズ・ハイ

ドラマ「クライマーズ・ハイ」前編を見た。
日航ジャンボ機墜落の大事故を柱に、地方の新聞社の人間模様、主人公のぎくしゃくした家族模様を際立たせている。見応えある内容で、佐藤浩市が熱演している。
特に残った場面は、御巣鷹山の事故現場から帰ってきた記者が、佐藤浩市に促され、机に向かい記事を書くところ。惨状を、見たままに、見えたままに。翌日の朝刊に掲載するためには、時間との勝負であり、その部分が新聞記者とはすごいと思う。結局、その文章は一面にならないようだったが、佐藤浩一が、部下の魂からの記事を一面にしてほしいと社長室に乗り込む場面も、読みもせずに決めてしまうトップに「読んでみてください(読めばわかるさ)」と訴える人間性に惹かれる。
それから、岸部一徳が、スクープのような大きな記事も、小さな取材で得た小さな記事も、同じなんだよ、と佐藤浩市に言う場面も印象深い。
横山秀夫の原作が読みたくなった。

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2005/11/09

ホワイトハウス

最近、NHKBSで「ザ・ホワイトハウス」第3シリーズが始まった。

気になるジョシュは健在で、またまたその知性には惚れてしまう。そして、セクシー。昨日なんかバートレット大統領にネクタイを貸したあとのノーネクタイのジョシュときたら、これまたセクシー。大統領を取り巻くスタッフの会話は、高レベルな内容でありながら人間味あふれ、ユーモアもあり、楽しい。

意外にこのドラマを見ている人が周囲にいなくて、ちょっとさみしい。

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2005/10/07

白線流し

仕事から帰って夕食をとりながら10時からの世界美術館紀行を見終えて新聞のテレビ欄を見たら、なんと、「白線流し」の最終章をやっていることを知る。残りほんの30分くらいしか見ることができず残念。でも、その30分だけでも見ることができて良かったと思える、そんな内容だった。

大人になるにつれ、知らず知らずのうちに、あるいは気づきながらも周囲に流され、傷つき、「あの頃のひたむきさ」から遠ざかっていく。10代の頃に夢見ていたことと現実のギャップに失望したり、開き直ったり。太陽にはなれない自分がそこにいる。

でも、広い宇宙の片隅にぼんやり見えている星にこそ尊さがあるのだ。

離れていても「同じものを見ていられること」を幸せと感じることができることだってある。

人は遠回りしても、必ず成長するのだということ、純粋な気持ちで結ばれた友情は朽ちることはないということ、たくさんのことを残したドラマである。

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