2014/11/09

Dr.House

最近はまっている海外ドラマが2つあって、それは「Dr.House」と「ホワイトカラー」なのだが、今回は「Dr.House]について書こうと思う。

House

舞台はアメリカのとある病院の解析医療部門。原因不明の病で入院してきた患者の様々なデータや生活環境、交友関係などを総合的に調べ上げ、原因をつきとめるという部門で、ハウスは部下4人ほどを従えている。

ハウスは自分から人にうちとける人格ではなく、いつも自分勝手で嫌われても仕方ないことを平気で口にする。でも、そんなハウスを仕方ないなぁ・・と見守る友人や、ハウスの天才的な能力ゆえについてくる部下たちがいて、ハウスの魅力を引き出している。

ハウスの考え方を一言で言うなら、「ルールを破っても患者の命が救えたのだから文句あるか?」だ。ときに嘘もつく。ゆえに上司で恋人のカティとの信頼関係もくずれる。

このドラマを見ていると「良識のある医師」よりも「腕のいい医師」に診てもらいたいと思う。ハウスは絶対的な自信が裏付ける治療方法を、ルール上は実施してはならない状況下でも行うことがあったりする。その治療を施さないと患者が死に至る確率が100%に近い場合に限るけれども。もちろん患者本人の同意は得た上で。

ハウスを慕ってチームに所属している医師たちは皆、ハウスのやり方に(基本)従う。部下たちも優秀な医師であるが、ハウスが彼ら以上の優秀さであるがゆえに文句を言いながらも言われたとおりにし、時には意見を出しながら医療に当たる。そのコンビネーションがなかなか良い。

ドラマだから成立する内容だけど、「正義感」とか「名声」のためではなく、「命を救う」ためのハウスのチームの行動に惹かれるものがあるから、欠かさず見てしまう。

ハウスはダメ人間だし、恋もするし、部下たちにもそれぞれの私生活があり、そういうものを上手に絡めながらストーリーが展開しているので、身近にも感じられるのかな。

2011/03/25

ER

15シーズン最終回を録画しておいたのだが、地震後なかなか見る気になれず、おとといやっと見た。

それぞれのシーズンでいろんな登場人物が現れては去りを繰り返し、そのたびに寂しいと感じたり、すぐに新しい登場人物に愛着を感じたりしてきた。

人は一生のうちに一箇所にずっといるわけではない。いつかは状況が変化して新天地へと旅立たなければならないときもくる。誰かが去ってもそこはまたいつものとおりに回り出すのだ。そこで濃厚に生きれば生きるほど、去ったあとは跡形もなく、案外あっさりしているのかもしれない。ERを見てきて、いつもそんなふうに思っていた自分がいる。

最終シーズンは、過去の登場人物が(ファンサービスのためか)登場。これは、わざわざしなくてもよかったのではないかと思う。彼らは、それこそ昔を懐かしむ表情を見せ、視聴者にもそう感じるようにとねらったのかもしれないが、この演出は余分なように思った。それでも、最終回はERの一日を時間を追って描いてもいて、後味は悪くない。

最後、カメラがシカゴ・カウンティ総合病院の救急入口付近から建物全体へと引いた。こんなふうになっていたのか・・としみじみ。

トリアージして! が今後のキーワードかな。

■登場人物で私が好きだった人

1位 アビー・ロックハート

2位 マーク・グリーン

3位 グレゴリー・プラット

4位 ニーラ・ラスゴートラ

2007/06/19

professional

19日のNHKの番組、「プロフェッショナル・仕事の流儀」

ソムリエ 佐藤陽一 氏

プロとは、努力をしている人なんだと思う。「プロフェッショナル」は、現状に満足せず、奢り高ぶらず、一歩一歩着実に前進しようとする精神がなければ、プロではないと教えてくれる良質の番組だと思う。それまで私は、プロとはある域に達した、努力を終わりにしてもいい人のことを言うのだと思っていた。大間違いである。

佐藤氏の仕事ぶりを見ていて、その役割にとことん徹していることに気づいた。出すぎず、かといってもの足りなさを感じさせず。ワインについての深い知識(もちろん日々勉強を重ねてのことだが)を武器に。

番組のなかでは、ワインにたとえて“熟成”という表現を用いていた。佐藤氏はたぶん、時間のかかるタイプだと思う。でも、それでいいのだと思わせてくれた。人生も、ワインのようにじっくり時間をかけても良いのだということを。

ソムリエ世界大会で、惜しくも決勝進出にならなかった場面では、その佐藤氏の表情を見て、勇気づけられた人は多いはずだ。私もそのひとりである。

2007/02/13

non title

NHKの番組で「未来への提言」というのがあり、現在、世界で注目されているキーパーソンたちに日本人がその地に赴きインタビューする内容である。

以前見た別の回では、宇宙飛行士の若田光一さんが、アメリカの理論物理学者にインタビューした回で、そのときは若田さんの英語力に驚嘆したのだった。(宇宙飛行士とはマルチじゃなきゃなれないと改めて感じた。)

昨夜はフィンランドの教育改革についての内容で、東大教授の佐藤学さんがフィンランドを訪問し、元教育大臣、オッリベッカ・ヘイノネンさんへ果敢にインタビューしていた。

フィンランドの学力水準は現在、世界一を誇っている。ヘイノネンさんが90年代に教育大臣に就任したときに手がけた教育改革について、じっくりと語ってくれている。

その中で特に心に残ったこと。

★“学ぶ”ということはとても繊細で個人的で複雑なこと。教育する側はこのことに注目し、個人個人全てに対応していかなければならない。

★教育は全ての国民に平等でなければならない。

★人はひとりひとりが違うのだ、ということを理解したうえで教育は行われなければならない。

★教育する側は、される側がどうしたら新しいことを学ぶモチベーションをもち続けることができるかを常に考えなければならない。

フィンランドでは、授業料、給食、教科書やノートまでも無料なのだという。大学も授業料が無料。裕福な家庭の子供も、そうでない家庭の子供も。またヘルシンキなど都会の学校も、北部の北極圏の学校も全ての学校の教育内容に差が見られないそうである。

ヘイノネンさんの教育改革の大きな点は、中央(国)の教育指針はおおまかな目標だけを記し、細かい方法に関しては全て各学校のやり方を認めた、というところにある。これにより、学校は大変な責任を課せられたことになるが、それを重圧と思わず、創意工夫に満ちた教授法を模索し展開している。すごいと思ったのは、教師は自己の能力向上のために、研修を受けたり勉強する充分な時間が与えられている、というところだ。放課後のクラブ活動の指導や補修授業は、それを専門とするスタッフが別にいて担当するので、教師たちは真の教育の部分に専念できるというのである。分業がうまくいっているのだと関心する。日本の場合、一から十まで一貫してやらなければならないことが多々あり、重点をおかなければならないところに十分な時間をかけられないでいることがあるように思えてならない。

フィンランドは面積こそ日本とそう変わりはないが、人口はわずか500万人強。この小国だから短期間に成し得た改革であろう。従ってこの改革内容をそのまま日本に応用することは難しいと思う。ただ、ヘイノネンさんのことば、“人はひとりひとり違うのだということを理解しなければならない”にとても重みを感じた。この意識には“優しさ”が漂っていると思うのだ。授業に遅れている生徒の補修授業の場面で、先生がとても褒めていた。他の人よりもたくさんの時間勉強して偉かったね、と。優しさがある。

そういえば、ヘルシンキを旅したとき、人々がとても優しかった。

郊外に向かうバスの運転手さんは、田舎道のバス停から乗車してくるひと一人一人に笑顔で挨拶していたし、教会のパイプオルガンのリサイタルに向かうために乗ったタクシーの運転手さんも、帰りのトラムの乗り方を教えてくれたり、レストランでは若いウエイトレスさんにメニューについて質問したら親切に答えてくれたし、まあ、旅行者には特に親切なのかもしれないけれど。人々は少々シャイであるが良心的な国民性である。日本人に通じるところがある。

話は反れたが、最後に言いたいこと。それは、ヘイノネンさんのことである。インタビューに対する回答の姿勢がすごく素敵なのだ。原稿などない。ひとつひとつの事柄を自己のとても深いところから沸き立たせ言葉にしている、という感じなのだ。それは、とても大きなプロジェクトを成し遂げたからこそ、自然に滲み出てくるのだなぁ、と思えるほど説得力あるもので、まさにフィンランドの教育が目指す人物像に思えてならない。

2006/11/06

orchestra

ドラマ「のだめ カンタービレ」が面白い。玉木宏、ますますカッコイイので見とれてしまうのであるが・・・ 今日のSオケの演奏の場面は非常に楽しめたのであった。

今年の夏の終わりにオーケストラの演奏を2回聴く機会があり、私はこの歳になってようやくその面白さを知ったのである。特に指揮者のすごさを知った。その存在の意義を目の当たりにした。なんというか、クラシックの素晴らしさを感じた。コンサートホールで生で聴くオーケストラの演奏は、目でも楽しめて、時間があっという間であった。

Finlandia_hall アルバー・アアルト設計のフィンランディア・ホール

会場の片隅より目立たないように撮影

2006/06/15

popeti

アニメとか人形劇とか、とんと興味のない私であるが、NHK教育の朝7:25~7:30のたった5分のこの番組を心から楽しんでいる。オランダ制作の小さなとぼけた人形をあやつる番組で、とても動きが繊細だ。とにかく、人の手(基本的には2人)で1つの人形を動かしていて、笑わせてくれる。今はこういったアナログのほうが、なぜか新鮮に思える。それともアナログ時代へのノスタルジアかな。そういえば、最近、友人と手紙のやり取りをしている。帰宅して玄関の下駄箱の上に手紙が届いていると、ときめくし、封を開けて何度も読み返したりもする。返事を書いて出すと、それは2日ほどかかるから、時間がゆったり流れる。きっと手紙は10年後、20年後にも読み返すだろう。メールだとそうもいかないような気がする。

ポペティについて http://www3.nhk.or.jp/anime/popeti/

平日朝、7:25になったら3チェンネルをつけてみよう!

2005/12/17

クライマーズハイ後編

佐藤浩市が石原さとみに告げた言葉がいつまでも残る。

「ことばはそこに居続ける」

そのときに感じたこと、そのときの、その状況におかれた自分自身が感じたこと、それをことばにしてみることの意味。たとえ翌日、何かがまた自分を突き動かして、昨日のことばを後悔するようなことになっても、「また書けばいい」。そのとき、その瞬間に感じたこと、それは永遠にそこに在り続け、誰にも消すことはできないのだ。

2005/12/15

Friends

今夜、テレビのチャンネルを飛ばしいてたら、偶然にも群馬テレビが映り、ドラマ「フレンズ」が始まるところだった。毎週木曜、夜10時。嬉しいな。しかも、ちょうどレンタルのDVDで見たところの続きっぽい内容である。いつからやっていたのだろう。

ロス フィービー レイチェル ジョーイ モニカ チャンドラー

愛すべきキャラクターたち

http://www.friendsontv.co.uk/

2005/12/10

クライマーズ・ハイ

ドラマ「クライマーズ・ハイ」前編を見た。
日航ジャンボ機墜落の大事故を柱に、地方の新聞社の人間模様、主人公のぎくしゃくした家族模様を際立たせている。見応えある内容で、佐藤浩市が熱演している。
特に残った場面は、御巣鷹山の事故現場から帰ってきた記者が、佐藤浩市に促され、机に向かい記事を書くところ。惨状を、見たままに、見えたままに。翌日の朝刊に掲載するためには、時間との勝負であり、その部分が新聞記者とはすごいと思う。結局、その文章は一面にならないようだったが、佐藤浩一が、部下の魂からの記事を一面にしてほしいと社長室に乗り込む場面も、読みもせずに決めてしまうトップに「読んでみてください(読めばわかるさ)」と訴える人間性に惹かれる。
それから、岸部一徳が、スクープのような大きな記事も、小さな取材で得た小さな記事も、同じなんだよ、と佐藤浩市に言う場面も印象深い。
横山秀夫の原作が読みたくなった。

2005/11/09

ホワイトハウス

最近、NHKBSで「ザ・ホワイトハウス」第3シリーズが始まった。

気になるジョシュは健在で、またまたその知性には惚れてしまう。そして、セクシー。昨日なんかバートレット大統領にネクタイを貸したあとのノーネクタイのジョシュときたら、これまたセクシー。大統領を取り巻くスタッフの会話は、高レベルな内容でありながら人間味あふれ、ユーモアもあり、楽しい。

意外にこのドラマを見ている人が周囲にいなくて、ちょっとさみしい。

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