2012/04/01

Summer Days

(日曜日に書くショートストーリー)

その絵を見たときに以前どこかで見たことがある、と思った。しばらくその場に立ち思い出そうとした。じっと動けないまま。

ジョージア・オキーフの Summer Days
赤褐色の山の上は広い空がキャンパスいっぱいに描かれ、そのど真ん中に動物の頭がい骨がうかんでいる。そしてその下、やはり空の空間に夏の花があしらわれている、というシュールな構成。でも、色使いの潔癖さと、山、頭がい骨、花の迷いのない位置が、その絵が強い意志を表現しているように感じる。

美術館を出てからチャイナタウンで遅めのランチをとろうと思ったので、地下鉄の駅に向かう。この街に来て10日が経った今日は9月の初旬で、まだまだ蒸した暑い空気が肌にまとわりついてくる。この街の夏は暑い。そんな季節にわたしは期限を決めずに滞在している。15年勤めた会社を辞めて、一旦自分に休息期間をあげるために。いまの自分にはそういう時間が必要だと感じている。ただ朝起きてコーヒーを飲み、シャワーを浴びてから街や公園を歩くこと、美術館や博物館に入ってひたすら作品を眺めること、教会の祭壇やステンドグラスを見ること、古本屋に入って画集や写真集を手にとってみること、ただそんなことをしていたかった。その間はこれまでのこと、そしてこれからのことを一切考えないことに決めていた。

地下鉄の入り口から階段を下りていくと、ムッとした饐えた鼻につんとくる臭いが上がってくる。壁や空気そのものに染みついたこの街の臭い。この街に暮らしたり、通過したりした様々な人種の体臭や食べ物などありとあらゆるものが混ざったそれは、不思議と受け入れることができる。そうなることを避けることなどできなかった諦めのような臭いだからだと思う。

少し長めの滞在になるかもしれない今回は、節約のためにトイレ・バス・キッチンが共有のアパートメントホテルに宿泊している。周囲は大学があったり図書館の分館があったり、街のシンボル的広場があったり、文化的な雰囲気がある。アパートメントスタイルのため、半分くらいは住人が定まっているようである。以前、2度ほどこのホテルを利用したことがある。その頃ポーターのような役割をしている年配の黒人男性がいて、彼は片目がなかった。朝食をとるために半地下に降りるエレベーターのカギを操作してくれた彼は(なぜかエレベーターで地下に行くときはカギが必要だった!)まるで現代の人間ではなく、おとぎ話から出てきたのではないかと思えるような風貌で、一言でいえば愛着を感じる人物であった。狭い狭いエレベーターの中でわたしは彼に自己紹介をして彼ももちろん返してくれた。名前はもう覚えていないが、それがかれこれ10年くらい前のことである。
そしてもうフロントや廊下を見回しても彼の姿はない。もしかしたら、と思う。そのポーターは最初からいなかったのではないかと。だいいち、こんな小さなホテルにポーターがなぜいたのだろう。でも、それはいまとなってはどちらでもいいような気がする。だから敢えて彼のことはフロントで尋ねることはせず、夜更けに近くのカフェにコーヒーを買いに出て帰ってきたときに、ロビーで夜勤についている彼と再会などできることを想像していたりした。そんな時間帯に彼はひょいと現れる、そんな役割を担って生きてるのではないかと本気で考えたりしている。

こんなふうにしてだらだらと目的もなく毎日を過ごしていたが、唯一、2日に1回はあのsummer daysが展示されている美術館に行くことにしていた。何か思い出せそうで思い出せない、ひっかかるものを感じていたのだ。
朝から雨が降っていた。9月の下旬、さすがに半袖ではいられず、バッグからパーカーを引っ張りだして羽おってバスで美術館方面へ向かう。
以前はバスがあまり好きではなかった。時間が正確でないのが自分の性格に合わないと思っていた。でもいまこうして気ままな時間を過ごす身になると、バスという乗り物がこの上なく上質なものに思えてくるから不思議だ。ぼーっと車窓から街並みを見ていて、当初降りる予定にしていなかった場所でも、あっ!と思ったときに予定外に降りる楽しさがある。地下鉄だとこうはいかない。クリスマスのイルミネーションの季節など、バスの座席から一流のショーウィンドウの飾り付けが楽しめるだろう。

雨のせいだったのだろうか、それとも美術館に入ったとたんコーヒーの香りが館内のカフェから漂ってきたからだろうか、わたしはsummer daysをかつてどこで見たかをこのタイミングで思い出した。学生のときに、特に雨の降る日に一人でよく行った喫茶店にその絵のレプリカが飾ってあったのだった。わたしが好んで座っていた奥の窓際の、通りが見下ろせる席の横の壁に。あるいはそれはポスターだったかもしれない。画鋲で止めてあった類のものだったかもしれない。ただそこに描かれているものが、あまりにもストレートに何かを訴えているように思えて、雨の日にそぐわないその作品に、また物事にたいして素直に受け止められない時期だったからか、わたしには好きというのとは程遠い一枚の絵であったように思う。

そうだ、この絵が描かれた場所に行こう。
確かにいまそう思った。それがどの場所なのか、または空想の場所なのか。どうか実在の場所でありますようにと祈りながら、そう誓う。
そして、そこを原点にしよう。まだ何も始まっていなかったあの雨の日の喫茶店にいる学生のころの自分をもう一度取り戻そう。
そう決心したと同時にsummer daysについて質問をするために、わたしはロビーの職員のところに向かって走っていた。

(おわり)

O_keeffe_summerdays_240

Summer Days, 1936
Georgia O’Keeffe
(Whitney Museum of American Art)

2012/03/17

angel

(即席ショートストーリー)

その都市の中央駅前に、そのカフェはある。
カフェは国立の美術館に併設されていて、美術館の閉館時間後も、カフェのほうは深夜0時まで営業している。

・・・・・・・・・・・・・・・・

2月。

その日は午後から街に雪が降っていた。
こんな日にカフェに寄る人は少なく、近くのホテルに滞在している旅行者や、アルバイトを終えた大学生がぽつりぽつりと来て小一時間ほどすごしては去っていく。

23時。
雪は本降りになってきた。そして、カフェには誰もいなくなる。
わたしはそろそろ店を閉めようと準備していた。こんな日はもう客も来ないことが多いから、早めに閉めてもオーナーからは咎められることもない。だいいち深夜の店番はわたし一人なので、早終いしたところでオーナーが知ることもないのだ。

そこへ、運悪く客が入ってきた。
30歳くらいの女性。こんな時間に一人でどうしたのだろう。カウンターでカプチーノを注文して待っている。普段なら「もう閉店なのです、すみません」と言って断るところだが、「お待ちください」とわたしが言ったのは、その女性の目にうっすら涙が見えたからだ。
そして、彼女はわたしが差し出したカップを手にとり、代金をカウンターに置くと、一番奥の壁ぎわのソファー席に座る。シンプルな黒いソファーに。

彼女の頭上にはこの美術館の看板作品「傷ついた天使」のレプリカが掛けられている。二人の少年が天使--布で目を覆われていて、羽は傷ついている--を担架に乗せて歩いている作品だ。天使は野に咲く花を携えている。この絵がどうして人気があるのか不思議だが、実はわたし自身も強く惹かれる一人だ。背景はこの国の国土を連想させ、少年と天使はキャンバス全体に大きく描かれている。少年たちの表情はとても暗く、天使は担架に座ってうつむいている。

今夜、一人の女性がおそらく傷ついていて、この絵の下に座り時をすごしている。

室内が冷えてきたので、暖房の設定温度を少し上げた。

時計を見ると0時10分。

わたしは店の入り口に「CLOSED」の札を下げてから、2杯のコーヒーとシナモンロールを2個トレイに乗せて、奥のテーブルに向かった。ほんの少しだけ世間話でもして、傷ついた天使に寄り添うつもりで。

おわり

just for N

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2007/12/24

short story for Xmas

ある年の、12月に入ってすぐくらいだったと思う。なんとなくロックフェラーセンターのツリーと付近を映すライブカメラをアパートメントのパソコンで見ていた。翌日は仕事が休みで夜更かししたい気分だったから読書したり、ぼんやりテレビやパソコンを観たりしていたのだ。明け方4時ごろのライブ映像。ヴィレッジにあるぼくのアパートメントからロックフェラーセンターの高層ビルは見えないが、そこよりやや南にあるエンパイアステイトビルなら上3分の1ほどが見える。4時から6時ごろというのは、ぼくが思うには、この街が一番静かな時間帯だ。ミッドタウンといえども、さすがにこの時間は、しかも外は凍えるほど寒い季節だから人気もなく、画像で動いているのは飾りのための旗がゆらゆらと揺れているのと、時折5番街を通り過ぎるイエローキャブくらいなのだが、ぼくはぼんやりとその、同じ島の同じ時間帯の世界一有名なツリーの画像をただ眺めていた。

コーヒーを淹れにキッチンに行ってまたパソコンのところに戻ってみると、その画像のなかに白い人影を発見した。もちろんカメラが遠すぎて顔までは見えないが、おそらく白いコートか白いダウンジャケットを着た女性のように見えた。その白い姿は、10分ほど、バレエダンサーのように可憐に踊ったあと画面から消えた。その間ぼくは画面に釘付けになる。その人が何歳なのか、どこの国の人なのか、そういった情報はライブカメラの画像からはさっぱり読み取れない。そして、その日からぼくは毎日、同じ時間帯にベッドから起きだして小さな2間のアパートメントのリビングとして使用している部屋の窓辺の机に置いたパソコンに向かうことになる。

朝方のその時間は、窓の下をゴミ収集車がゴーッという音をたてて近づいてきてまた遠ざかっていく。この時間に起きて働いている人もいるのだ。そのことに、不思議な安堵感を覚える。12月20日の明け方。そしてぼくはほっとする。いつものように画面に彼女が現れたから。想像を廻らせてみる。彼女はきっとブロードウェイかリンカンセンターの舞台を目指すダンサーかバレリーナ。深夜のバーの仕事の帰りか、または早朝から店を開けるデリにこれから出勤するところか。

クリスマス用のライブカメラは、おそらく26日には取り外されるだろう。あと彼女に会えるのも5日ということか。

いま思えば、見知らぬその人を、当時ニューヨークに出てきたばかりのとても孤独だった自分の唯一の友人のように思えたのかもしれない。または、「ティファニーで朝食を」のオードリーに彼女の姿が少し重なったようにも思う。ロックフェラーセンターは、ティファニーからほど近い場所であることもあるし。オードリーが明け方、誰もいない5番街のティファニー宝石店のショーウィンドーをうっとり眺めてアパートに帰るあのシーンに重ねて。

12月24日、仕事が少し早く終わったこともあって、ぼくは普段はあまり行かないミッドタウンへ足を向けた。そう、ツリーの場所へと。予想どおりそこは人で溢れかえり、午前4時のあの場所と同じ所とは思えないほどだった。センター内のカフェでラテを飲んで少し休んでから、向かいのデパートに入る。もう決めていた。赤いマフラーに。店内はクリスマスセールの追い込みといった雰囲気かと思ったが、意外と空いていて、もしかしたら思い描いているようなマフラーなどないかもしれないと思ったが、幸運にもひとつだけ赤のマフラーが残っていた。プレゼント用にとリボンをかけてもらい、そのままアパートに帰る。そして、深夜3時、ぼくはヴィレッジから自転車をとばしてツリーのところへ向かう。外気は零下だろう。誰もいない見慣れた場所に着いて、そして小さな包みを、いつも彼女が踊る場所だと思われるところにあるベンチにそっと置いて、何度も振り返りながらその場所をあとにした。そしてアパートへと戻り、ベッドに入った。

   To Miss Ballerina   
   Merry Christmas

アパートへと走らせる自転車に乗りながらふと夜空を見上げると、満月が見えた。クリスマスに満月、あまり似合わないなぁ、と思いながら、「30分後、彼女が無事にあのマフラーに気づきますように」と祈った。

おわり

2006/12/24

Xmas crescent

Ny2006jan_0051 ニューヨーク市立図書館。午後8時。

クリスマスの夜の図書館はさすがに入館者も少ない。あと1時間で閉館となるまで僕は所定の位置に座っていつもどおり貸し出し業務に就かなければならないのだが、普段は調べ物をする人や地下の倉庫からの本を待つ人々で溢れかえっているリーディングルームも、今夜ばかりは閑散としている。体育館2面ほどもあろうかと思える巨大な空間。ふとその空間を見渡すと、女性が一人黙々と読書しているのが目に入る。週に必ず3回は見かける痩せていて、でも理知的な彼女。思えば僕はこの部屋を見回すとき、自然に彼女の姿を探していることにいま気づいた。30代前半だろうか。話をしたことはないが、貸し出し窓口で数回、本を手渡したことはあったと思う。

本を読む人の姿は美しいと思う。性別や年齢にかかわらず、みな美しいと思う。誰もが本の中の世界にどっぷりと入り込んで、そこに居るのにそこに居ない、その状態が特別な現象のように思えてならないのだ。

8時55分、ふと我に返ったその人は静かに本を閉じて黒のロングコートを羽織り席を離れる。

“Merry Christmas”

彼女がカウンターの前を通り過ぎるとき僕は自然にそう言っていた。

“Merry Christmas”

彼女も微笑みながら返してくれる。

僕にとっては、いつもと変わらないマンハッタンの夜。これからアパート向かいのレストランで熱いスープでも飲んでから早めに寝るとしよう。クリスマス・イルミネーションを楽しむ陽気な人々や観光客で溢れかえっている5番街を歩くのを避け、コートの襟を立てながら足早に図書館裏のブライアントパークを抜けるとき、ちょうどそこにポッカリ空いた四角い夜空に小さな三日月を見た。高層ビルが林立するミッドタウンで月を見るのは珍しいことだ。あの人もつい数分前にこの月に気づいたのではないだろうか。そんなことを考えながら僕は地下鉄の駅へと向かった。

2006/05/21

short story (5)

つづき

12月23日。
前の晩、飲み過ぎたせいか目覚めがすっきりしない。でも、正午までにはベッドから出て軽くシャワーを浴びてから、タクシーでメトロポリタン美術館に向かう。

「もし、もしもだけど・・・」

いつか律子が言った。

「何かが狂って、私たちが別れることになったとして。でも、もしその後逢いたくなったら、12月23日の午後、ルーフガーデンを待ち合わせ場所にしない?」

そのとき僕らは幸せの絶頂期だったし、そんな日が来るなんてまったく信じられなかったから、僕は「いいよ」と答え、「でもなんで24日とか25日、クリスマスじゃないの?」と聞いた。

「だって、もしお互い恋人や家族を持っていたら、クリスマスに逢うのは無理でしょう。」

彼女がその約束を覚えているとはとても思えなかったけれど、僕はこの5年間、12月23日にルーフガーデンを思った。でも、ひょっとしたら、毎年彼女はそこで僕を待っていたのではないか、と思うこともあり、胸が痛んだ。

プラザホテルの前でタクシーを降りた。そこから数百メートルの場所にある美術館までは歩きたかった。気持ちを落ち着かせるために。しかし、不安な気持ちに追い討ちをかけるかのように、雪が舞い始める。通り沿いに観光客目当てに絵画や画集を売る露店も、そそくさと店を閉め始めている。急ぎ足でセントラルパーク沿いを歩き、美術館に入り、チケットを買ってルーフガーデンに昇る専用エレベーターに向かった。広い館内はともすると迷子になりそうになるほどなのに、エレベーターへの道筋は完璧に覚えている。

しかし、エレベーターにたどり着いた僕は、不意に美術館の職員に行く道を遮られる。
「この案内板が見えない?」 黒人の60歳を過ぎただろう年齢の男性ガードマンは言った。その大きな体に圧倒されて、呆然とする僕。

CLOSED

「雪が降り始めたから、今日は残念だけどルーフガーデンは閉鎖だよ。」

ということは、律子もいないのだ。
それでも、彼女がいないことを自分の目でどうしても確かめたかった。

「5分でいいから、ルーフガーデンを見せてもらえないだろうか。」
懇願するように、いや、僕はまさに懇願していた。

「オーケイ。今日はこれで2人目だよ。さっき、そう、ほんの5分前にも同じようにせがまれて、女性を上へ送ったところさ。」

エレベーターのドアが開く。僕はガードマンにそっと背中を押され、その中へと吸い込まれた。

ガーデンはいまごろ、薄っすらと雪が積もり始めているだろう。
そこから見渡せるセントラルパークも、それをぐるりと囲むビル群もなにもかもが、きっと淡いグレーに霞んで見えるだろう。

僕を乗せた四角い箱は、12月23日のルーフガーデンへと何の迷いもなく昇っていった。

おわり

2006/04/15

short story (4)

つづき

律子と同棲していた頃、彼女は熱を出して食欲がないとき、よく白いご飯にキムチが食べたい、とわがままを言った。そのたびに僕はエンパイアステイトビルの南側にひっそりと存在するコリアンタウンにバスで向かい、昼となく夜となくキムチを買いに行った。彼女もまた、美味しいチーズを見つけたから、ついでにワインも買ってきたから、などと言って、そんな夜は手間をかけて食事を準備してくれたりした。そんな些細な出来事が、今となっては陽だまりのような、でも切ない思い出となっていることに気づく。

その頃は、二人ともお互いに甘えることも、尽くすことも、それは自然に、当然のように行っていた。

アパートの前にたどり着いたとき、なんとなく彼女はもうここには住んでいないことを予感する。小さく古いながらも、いちおうドアマンがいるアパート。ホールに入ると、見知らぬドアマンが新聞を読んでいた。以前自分はここに住んでいたこと、Ritsuko Itoは住んでいるか知りたいということを伝えた。

「2ヶ月前からここに勤務しているけれど、Itoという姓の住人はここにはいません」

失望感はなかった。分かっていたことだから。それから5番街を北へとあてもなく歩き始めた。今夜はニューヨーク勤務だったころの同僚リックにでも連絡をとってBarで一杯飲もうかなどと思案しながら。先ほどまで晴れていた空がいつのまにか曇ったかと思うと今度は雪が舞い始めた。

つづく

2006/04/09

short story (3)

 11丁目、5番街と6番街の間にあるアパートに僕らはかつて住んでいた。お互いに仕事は忙しかったけれど、戻るべき場所があったから、この街をいつの間にか好きになったし、怖くなかった。ただ、僕はこの国の、あまりにも効率性ばかりを求めるシステムと、自己主張の壁に疲れ気味であった。一方、律子はそういうサバサバとしたやり方を好んだ。だから、何かにつけてよく言い合いもした。
「達哉の考えは日本的ね」
律子の一言がよく僕の心を逆撫でした。
日常がぎくしゃくし出したと思ったときは、すでに元に戻れないところまで来てしまっているものだ。僕たちがそうだった。終わりが近づいてきていることを、二人とも悟っていた。決定的な出来事。それは僕が東京支社に転勤になるという、いつか来るべきときが来てしまたそのことだった。彼女が一緒についてきてくれる可能性はあまりにも低かったけれど、実際、彼女にその意思がないことを知り、呆然とした。彼女はできればこの街で新たな仕事を探してほしいと思っていることを僕に告白することになる。無理だった。僕にはプライドがあったし、好きになった街とはいえ、ニューヨークは勤務地のひとつに他ならなかったから。そして、5年前、僕たちは別れた。
 11丁目の曲がり角には5年前と変わらない佇まいのフレンチカフェがあった。角を曲がって律子と2年間住んだ懐かしいブラウンストーンのアパート前にさしかかった。

つづく

2006/04/02

short story (2)

つづき

 12月22日。お昼近くに目覚めてホテル近くのカフェへ行った。6番街に面した窓際の席に座り、数日間の行動予定を考える。ここヴィレッジは、高層ビル群によって空が狭いミッドタウンに比べると、建物の高さが規制されているので、冬の澄んだ青空が広く見えている。熱いスープを胃に流し込み、まず僕が向かった先はあの日まで律子と過ごしたアパートである。前日、ホテルにチェックインしてからすぐに向かうこともできたけれど、なぜかできなかった。怖かったのだと思う。ただ、彼女がまだそこに住んでいるのかいないのか、それを確かめたかった。もしも窓際に彼女の姿を見ることができたなら、もう一度やり直したい、その言葉を伝えてみようか、などとも考えていた。しかし、実際にはどんな行動を自分がとるのか、僕にはぼんやり分かっていたような気がする。
 律子とはメトロポリタン美術館のルーフガーデンで知り合った。僕はニューヨークに転勤になったとき、しばらくの間、週末になるとルーフガーデンから見える景色を楽しみにこの美術館へ足を運んでいた。そこは世界でも有数の美術館のうちのひとつにありながら、あまり知られていない場所で、館内がいくら混雑していてもルーフガーデンに登ってくる観光客は少なく、セントラルパークが見渡せる僕のお気に入りのスポットとなった。そして、ルーフガーデンにやって来ていた律子を3週続けて見かけたのは、公園が紅葉で黄色と赤に染まった10月末だったと思う。毎回彼女もひとりで来ていたから、声をかけてみようと思った。肩ほどまでに伸びた黒髪を無造作に一本に結わえて、チノパンに黒のセーター姿で本を読んでいた。それが日本語の本のようだったので彼女が日本人だと確信し、思い切って話しかけることにしたのだ。すると、意外にも律子は僕が勤務しているオフィスが入ったビルの1ブロック先にあるビルで働いていることを知り、以来ランチの時間帯が合うときは、近くのデリで待ち合わせして一緒に昼の休み時間を過ごしたりした。週末にはすでにニューヨークに住み始めて2年経つ律子にいろんなところを案内してもらった。中でも忘れられない場所は、マンハッタンの北部にあるクロイスターズというメトロポリタン美術館の分館である。中世の修道院を思わせる佇まいは、それこそここがマンハッタンであることを忘れさせる力を放っていた。コレクションのなかで僕たちが心を奪われたのは、高さ60センチほどの十字架だった。“世に比類なき”とうたわれるベリ・セント・エドマンズ十字架で、旧約聖書、新約聖書のいくつかの光景がそのありとあらゆる面に細密にに掘り込まれている。
 そんな楽しい週末の過ごし方を、僕はかつて二人で暮らしたアパートに向かいながら懐かしく思い出していた。

つづく

2006/03/23

short story (1)

 タクシーは、荒んだ景色にしか映らない地区を走りぬけ、次第にマンハッタンに近づいていく。マンハッタン島はそこだけが華やかで、クイーンズやブロンクス、スタテン島、ブルックリン地区は“ニューヨーク市”であって“ニューヨーク”ではない。空港から伸びるハイウエイ沿いの家々は、色とりどりのマッチ箱のようで、マンハッタンの古くても趣のあるアパートメントに比べると、安っぽくて無機質で悲しく映る。

 僕はその年のクリスマス、ようやくまとまった休暇を取ることができ、念のため、しかし休暇が取れますようにと祈るような思いで予約しておいた航空券をにぎりしめニューヨークへと向かった。5年ぶりに。そう、5年前の暮れ、僕はニューヨークで律子に別れを告げ帰国したのだった。その頃はお互いに日系企業の支社で働いていたから、それなりの収入もステイタスもあった。「美術館に出かけるから、その間に出ていって。」それが僕が聞いた律子の最後のことば。それ以来、お互い一切の連絡を絶っている。

 僕を乗せたタクシーは今にも凍りそうなイーストリバーを渡り、夕刻のミッドタウンへとすべり込む。何のあてもなくやってきた旅行者にとっては、クリスマスのイルミネーションが、少しだけ、少しだけであるが優しい。ニューヨークは初めてか?とお決まりの質問をする運転手に、「ええ、そうです。」とだけ答えておいて、ぼんやりと窓の外に目をやっていた。タクシーの運転手を相手に、かつてこの街で過ごしたときに抱いた思いの一端でさえ語る気にはなれなかった。彼女はまだこの街にいるのだろうか。いつか彼女と何気なく交わした会話のなかのある約束を僕は今でも忘れることができないでいる。

つづく。

2005/11/20

Rose

  その人は平日の夕刻、決まって通りに面した映画館のボックスオフィスで静かに本を読んでいた。僕が留学していた1980年代のニューヨークのユニオン・スクエア近くの小さな映画館の小さなボックスオフィスで。
 当時は今ほど日本人観光客が押し寄せては来なかったし、まだインターネットも携帯電話も普及する少し前だったから、なんというか、ニューヨーク独自の文化を、そこに行かなければ味わえないような、そんな時代の最後の数年間だった。僕はNYUの大学院で勉強していた。そして生活費を稼ぐために、平日の夜はミッドタウンの寿司レストランでウエイター兼皿洗いとして数時間働いていた。
 週のうち5日間、決まってユニオン・スクエア駅から地下鉄に乗り、仕事先に向かった。その地下鉄の駅と当時住んでいたアパートメントの間にあったローズシアターだったかローズヴィレッジシアターだったか、今ではその劇場名を正確に思い出すことはできないが、毎晩、そこのボックスオフィスに座っている女性を、いつしか僕は劇場名にちなんで“ローズ”と心の中で呼んでいた。
 初めて彼女に気づいたのは、11月、いや12月初めの街中が急にクリスマスのイルミネーションで華やぎ始めた季節だったように思う。僕はその日、講義の課題をやっつけるために、朝からずっと大学の図書館で過ごしていた。気がつくと仕事の時間が迫っており、足早に図書館を後にして、ユニオン・スクエア駅に向かって歩いた。その頃の僕は、講義についていくために寝る間も惜しんで予習、復習に励み、一日3、4時間程度ではあったがアルバイトもほとんど休むことがなかった。そんなことから友達を作る余裕はなく、仕事先の客としてやってくる日本人ビジネスマンたちとのわずかな交流が唯一の人との接点だった。だからその日、地下鉄に乗る前に空腹を満たそうと寄ったコーヒーショップからふと道の反対側に目をやった先にあった映画館のガラス張りのボックスオフィスに、ひとり頬杖をついて本を読んでいる彼女が、なんとなく自分と同じように孤独に見え、以後僕の中で存在感を増したのだと思う。夕闇にぼんやり明るく浮かび上がるそのボックスオフィスは、その頃の僕に少しだけ安堵感を与えてくれる、そんなスポットに思えた。
 ひとたび上映が始まれば、チケットを買い求める客はおさまり、劇場前は静まり返るから、恐らくローズのほっとする時間だったはずだ。ちょうどそんな時間帯に僕は通りかかるのだった。毎晩、彼女の横顔を確認してから地下鉄で仕事に向かいながら、僕は彼女についていろんな想いを巡らせた。いま読んでいる本について、住んでいる場所について、出身地について、恋人はいるのだろうか・・・。別に彼女に恋をしていたわけではない。ただ、ひとり緊張と不安の渦巻くニューヨークに暮らし、「変わらない何か」「いつもそこにある何か」が僕には必要で、それがボックスオフィスのローズだったのだと思う。
 たった一度だけ、街で彼女を見かけたことがある。大雪の降った翌日で、日曜日の午後、論文のための参考文献を探しにストランド・ブックストアへ行ったときのことだ。ストランドはアパートの数ブロック先だったから、雪の景色を楽しみながら歩くにはちょうどよい距離にあった。いつもは大変混み合う書店で、時には身動きがとれないこともあるのに、その日の店内は雪のせいでか人気はまばらだった。店内に入り、ちょっとベストセラーコーナーを眺めてから、目的の専門書の棚へと進んだ。すると、美術書のコーナーの書棚に立てかけられたハシゴに軽く腰掛け、彼女は画集を開いていた。僕は思わず「ローズ・・」と言いそうになって、抑える。あるいは、彼女は同じNYUの学生だったのかもしれないと、ずいぶん後になって考えたりした。しかし、何万人もの学生が行き来するいくつものビル群で、たとえ彼女とすれ違ったとしても、きっと僕は気づかなかっただろう。ガラガラの古びた書店だったからその存在に気づいたのだ。それくらいローズは質素な、そして控えめな雰囲気の女性だった。ジーンズにグレーのハイネックのセーター、その上に体をすっぽり覆うほどの濃紺のダッフルコートがその日の彼女の服装だった。とっても学生らしい好感のもてるスタイルだった。
 それから2度目の冬が訪れる頃には、あのボックスオフィスからローズの姿はなくなり、いつしか年配の女性に代わっていた。ローズがそこからいなくなったのが、その年の夏だったのか、秋だったのか、あるいは僕が気づいた冬だったのかはわからない。論文執筆に専念するため、僕は数ヶ月間、仕事をストップしていたから、その映画館の前を通ることもなくなりローズのことも記憶の片隅に薄れ去っていったから。
 あれから20年が経ち、東京に暮らす僕のもとに、定期的にストランド・ブックストアからeメールでニュースレターが送られてくる。そのたびに当時のニューヨークのことを、とりわけローズのいたあのボックスオフィスを懐かしく思うのである。

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