2015/02/20

パリのホテル(GRAND HOTEL DES BALCONS)

2014年暮れにパリに滞在した際に利用したホテルを紹介します。

GRAND HOTEL DES BALCONS

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↑左岸のカルチェラタンに位置するホテル。
写真中央のバルコニーに鉢植えが飾られているのがHOTEL BALCONSです。

パリ2回目の今回はぜひ左岸に泊まってみたいと思っていて、インターネットでいろいろ見ていたのだけれど、「地球の歩き方」にも掲載されていたこのホテルが目に留まり、日本語のサイトもあったので安心して泊まれるような気がして、ホテルのオフィシャルサイトから直接予約した。

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↑エントランスは小さくて目立ちません。


年末なので価格は一泊15,000円ほど。

部屋が小さいのは承知の上だったが、実際に行ってみると想像以上に小さいと感じた。でも清潔でスタッフの応対もよく、ここにしてよかったと思えた。

最寄のメトロ駅はオデオン駅。ホテルから徒歩5分ほど。オデオン座、リュクサンブール公園、サン・シュルピス教会、パリ大学群が隣接した文化的なエリアだった。書店や出版社も点在している。街歩きが楽しくていくら歩いても飽きることはない。

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↑オデオン駅からホテルに向かうとこの場所に出る。右の道を進むとこの通りの左側がホテル。突き当りがオデオン座。

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↑近くにはこんな場所もあった。(落ち着いていますね)

そして、ホテルの部屋ですが・・・

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↑ご覧のように大変狭かったです。

でも、とても清潔でクリーニングもきちんとしてくれたので大丈夫。いくら広い部屋でも不潔な部屋はダメですから。ただ、毛布が一枚あったらよかったかも。清潔な厚手のコットンの上掛けだけではちょっと寒かったので。(言えば持ってきてくれたと思うのだけど、ダウンコートを掛けて寝たので頼まなくても大丈夫でした)

暖房はオイルヒーターで、入り口のところとバスルームに設置されていた。

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↑この洗面台が小さいこと!

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↑奥にシャワーがあります。

同じホテルでももう少しお金を出せばもっと広い部屋に泊まれたけれど、ずっと外出していて夜、眠りに帰ってくるだけなので、もうこれで十分と思えたし、何より安全なエリアでこの価格はありがたいと思うべきかもしれない。

それから、空港に飛行機が着く時間が遅く、ホテルへのチェックインが22時前後になりそうだったので、そのことを事前にメールしておいたのだが、すぐに大丈夫だ、待っているとの返事が来た。それなので、出発前から安心していられたのが本当によかった。

朝食は宿泊費に含まれていませんが、別に支払うだけの価値はあります。

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ホテルのオフィシャルサイトはこちらです→GRAND HOTEL DES BALCONS

わたしの紹介よりずっとわかりやすいサイトです。

2005/12/30

Paris 番外編

辻仁成の著書「いつか一緒にパリに行こう」のなかに「ビズの肌触り」という章がある。フランス人の習慣 bisous(ビズ)について触れた内容で、ビズというのは、お互いの頬と頬をくっつけて行う挨拶で親しい間柄で交わされることなどと説明されている。握手より身近でキスより軽いものなのだとか。

そして、私は、この夏の旅行中、とても自然なビズを見かけた。セーヌを運行するバトービュスで、夕刻のセーヌを周回していたときに。
バトービュスには、運転手と、乗客の乗り降りの際にチケットを確認したり、岸にロープを掛けたりする助手のような役割の人が乗船している。その助手はほかに、船が通りかかる名所についてマイクで案内したりする役目もある。確かフランス語と英語と・・・スペイン語だったかな?私が乗船したときは、20歳前後の清楚な美しい女性だった。そして日が沈みかけるころ、ある停留所で別の助手が乗り込み(引継ぎのためであろう)、そのあとしばらく助手2人体制で船は私たちを乗せて夕闇の川を進んだ。乗り込んで来たのは、やはり20歳すぎくらいの学生風の男性。2人のユニフォームの上着はおそろいで、セーラー服のようなデザイン。女の子のほうは紺のパンツ、男の子のほうは紺のショートパンツ。そして2人ともデッキシューズを履いていたと思う。船が一旦動き出し、名所の説明が終わると、しばらく彼らは何もすることがなく、2人は川面を渡ってくる風にあたりながら、楽しそうにおしゃべりしていた。
いまでも、彼らについて、こうして記憶が鮮明なのは、女の子のほうがある停留所で仕事を終え降りるときに、さりげなく2人が交わしたビズのせいだと思う。その行為はとても自然だった。それは私が見たパリのいろんな光景のなかで、一番パリらしい光景だったと思う。

■辻仁成は本書でこのように書いている。

人生は実は触れ合い合戦なのだ。

心と心。体と体。心と体。

どういうタイミングで相手の心に触れるか、が最も大事なこと。

そのタイミングを人は探して生きているのに違いないし、そのタイミングが全く摑めなくなる時、人は別れを経験する。

eiffel2 バトービュスから見たエッフェル塔

パリっ子のビズの光景と重なって思い出される1枚

Paris 5

シテ島から右岸に渡るとルネサンス様式のパリ市庁舎がある。city_hall_de_paris
ちょうど通りかかったとき、夕方で、庁舎全体がラベンダー色に美しく染まっていて、しばし見とれてしまう。

パリ3大美術館のひとつ、国立近代美術館は建物の外観がポップなポンピドゥー文化センターの5階と6階にある。pompidou2 ニューヨークでいうとMoMAのような存在。思い出せるだけあげると、ピカソ、ジャコメッティ、マティス、ウォホル、ジャスパー・ジョーンズ、ジャクソン・ポロック、モンドリアンなど錚錚たるアーティストの作品がそこここにあり、それは満足のいく時間を過ごせた。私としては、偶然、メープルソープの写真を発見したのが特に感激であった。その写真は彼の作品のなかでは非常にエロティックな作品。でも、不思議と芸術的なのである。だからこそ、この由緒ある美術館の所蔵品になっているのだと改めて思った。

ポンピドゥー文化センターの広場では、なにやら親子を対象にしたイベント中で、芸人らしき人が皆を笑わせていた。pompidou3
とってもいい光景だったので、思わず上から撮影した

pompidou 右のほうで棒のようなものをかかえている白い服の人が芸人

view_from_pompidou 国立近代美術館から見えるモンマルトルの丘

view_from_pompidou2 同じくエッフェル塔

パリの街並みはとても統一感がある。こうやって上から見るとそれがよくわかる。

2005/12/29

Paris 4

サン・ジェルマン・デ・プレは文化の香りのする地区である。
メトロの駅を出ると、もうそこはサン・ジェルマン・デ・プレ教会で、しばらく外観を眺めてから、中に入ってみる。

st_germain_des_pres サン・ジェルマン・デ・プレ教会

青空には飛行機雲。パリの晴れた空を見上げると多くの飛行機雲が目に入る。

奥のほうからは賛美歌が聞こえてきて、その歌声のほうに近寄ってみた。
祭壇右奥の一角に7、8人のグループが輪になって、一人ずつ聖書の一節を読みつつ、賛美歌を歌うという行為を、誰の合図もなく行っていた。それは、まるで何百年も昔からそのような行為を受け継いできているかのようだ。
一旅行者には立ち入ることのできない、とても厳かな空間。教会を訪れるとき、私はいつもそのような感覚になる。
ステンドグラスとか聖母マリア像とか、そういったものを見るだけでは、教会を知ることはできない。パリでは4つの教会に入ったが、隅のほうでじっと内部の様子を見ていて、美しいな、と必ず思う光景があった。それは、その教会に通う地元のひとたちが教会に入ってまず行うこと。入り口を入ってすぐの場所にある清めのための器の水に手を浸けて、その後に十字をきる行為だ。それをごく自然に行う姿を美しいと感じるのである。生活のなかに教会が融けこんでいる。その部分は、旅行者との間に明らかな一線を画している。

一人の男性が教会に入り、十字をきったあと入り口脇にある小さな祭壇で、しばらく祈りを捧げていた。その人はとても痩せていて、僧侶のような格好だった。そして、祈りを終えると、先に書いた讃美歌のグループに加わったのだった。光景自体が美しく、それを言葉にすることは難しい。

教会を出て、すぐ近くのドラクロワ記念館に行ったあと、雑貨屋でハート型の石鹸を購入した。それはシリア製だったのだが、質感も香りもよくて。st_germain_des_pres3

ドラクロワ記念館前の広場

お昼に入ったレストランでデザートに出たクレーム・ブリュレは、この旅行で味わったものの中で最高だったと思う。(フランスは食文化を味わうべき国だと思うが、今回の旅行で食べたものって、今振り返ると、とても質素であった。パンを買ってかじりながら歩いたり、フードコートの軽食で済ませていた。)ここで食べたクレーム・ブリュレは、日本のケーキ屋で売っているもののような濃厚さはなく、すごくあっさりしている。
赤ワインも1杯飲んで、気分よくレストランを後にした。(1杯が限度。顔はかなり赤かったと思う)

その後向かったのは、サン・ジェルマン・デ・プレから1キロもないくらいのところにある中世美術館musse_national_du_moyen_age ここにある「貴婦人と一角獣」のタピスリー6枚シリーズは美術館のメイン展示品であるだけに素晴らしい。この6枚のためだけの特別展示室は、薄暗いライティング。私は中央にある椅子にかけてたっぷり1時間はそこにいたように思う。室内に用意されていた解説書を読みながら、1枚1枚を丁寧に見た。そして、ニューヨークのクロイスターズの一角獣のタピスリーをその場で思い出していた。

clu_5_96FE15426 これはその6枚のうちの1枚(中世美術館のHPより)

すべて織物だなんて。

中世美術館 www.musee-moyenage.fr

つづく 次回は最終回。

2005/12/28

Paris 3

宿泊したホテルはパリ19区、中心地からはだいぶ外れにあり、基本的にはメトロで移動していたのだが、明日はどこに行こうかと、夜、ガイドブックを見ていたら、ホテルから比較的近い場所に、サンマルタン運河を下る遊覧船の発着場があることを知り、観光地でない庶民的な街並を見ながら移動できるのではないかと思い、翌日、朝9:45発の時間に合わせて向かった。その日はシテ島にあるコンシェルジュリー(マリー・アントワネットが処刑される前の最後の日々を送った場所で有名)や、ノートルダム大聖堂に行く予定で、ちょうど遊覧船の終着点はバスティーユ広場で、そこは比較的シテ島に近いこともあり、我ながら名案だと思ったわけである。ホテル最寄駅CRIMEE(クリメ)から一駅のRIQUET(リケ)で下車して、地図を見ならが運河の方向へ歩いた。観光客らしき人はいなくて、少し不安になるが、とにかく路地を早足で進み、運河に出た。パリの夏はカラッと湿度が低くて、歩いていてもあまり汗ばむことはない。この日は晴天だったので、水辺に着いたときは、気分は最高であった。運河にかかる橋を渡ろうとしたら、やはり旅人らしい人が運河の写真を撮っていた。軽く挨拶をしたら、返ってきた。canal_louroq2 橋からは遊覧船の乗り場が見えたので、すぐに向かった。切符を買おうと小屋に入ると、店番の女性がいて、残念だがシーズンオフとなり、朝は出てないと言われる。かなりショックだった。午後には出るというのだが、そのためにここで時間を潰せるほど滞在期間は長くなく、やむなく断念。そのあとは、またメトロでシテ島方面に向かった。でも、2時間半もかけて運河を下るなんて、なんと魅力的なことだろう。canal_louroq3運河は水門があったりして、水位を調整して遊覧船を通過させるのだろう。

canal_st_martin
サンマルタン運河は、帰国前にまた行ってみたくなり、帰る日にまた足を運ぶことになる。canal_st_martin6

2005/12/25

Paris 2

オルセー美術館

各写真をクリックすると大きくなります

1900年に鉄道の終着駅として建てられたが、わずか39年でその役目を終え、1986年に美術館に生まれ変わった。駅舎としての建造物がどのように改装されたのか、ということもこの美術館に対する関心事であり、それは同美術館で買い求めた本にある当時の写真と比較することで楽しめる。写真では、まさに、建物の真ん中に線路が引き込まれているのだ。

orsaybefore2 美術館の公式サイトに、当時の写真を見つけた

orsaybefore 駅建設工事の様子

inside_orsay5 これは自分で撮った館内

美術館誕生の経緯から、そのたたずまいのユニークさが浮かび上がる。
天井は自然光が取り込めるようになっていて、開放的な空間なので、とても落ち着いている。写真を見るとわかると思うが、広さを目いっぱい残して、左右に小さな空間を作ってある。その小さな地上階の空間と、中階、上階の仕切られた空間に、貴重な作品(主に1848~1914までの作品)が展示されている。

この写真の大時計inside_orsay2 駅舎時代の写真に同じものを確認することができる。掛けられている場所もまったく同じ。こういうところが心憎い。ついでに、一緒に写っているシロクマは、フランスの彫刻家ポンポンの作品で、館林美術館にも小さめの同じシロクマが常設展示してあるので、とても親しみを感じてしまった。このどっしり感とやさしいフォルムと、それに白という色がいいなぁ。

inside_orsay

inside_orsay4 やはり駅舎時代をそのままに生かした内壁も、フランスらしさが出ていて、その模様をカメラにおさめておく。

view_from_orsay 美術館の窓からモンマルトルの丘が見えた。オルセーにいた時間は、確か夜の7時から8時半くらいだったと思うが、この明るさ。ヨーロッパの夏は日が長い。丘の上に立つのは、サクレ・クール聖堂

館内を歩いていると、画集やテレビでよく目にするそれは有名な絵画(特に印象派の作品)が次から次へと現れる。ルーブルと違って作品を眺める空間がそこにはあり、訪れる人々も鑑賞に来ている。これら有名な絵画を写真に撮る意味などないことをみんな知っているかのようだった。その絵を直に見ること、その絵を、彫刻をオルセーで見たということ、それでいいのだ。

たまたま、夜間開館の日に行ったのがよかっただけかもしれないけれど、オルセー美術館は想像していたとおりの素敵なところだった。

オルセーを出ると、ようやく日は完全に沈んで、あたりは暗かったけれど、またセーヌ川を渡りたくなって、歩き疲れた足をひきずって、今度はオルセー前にある比較的新しい歩行者専用の橋を渡って右岸に戻った。その橋の名前はソルフェリーノ。歩道面は木でできていて、ジョギングしている人やベンチに座って川を眺めている人、パフォーマンスしている人などを見かけた。右岸に渡って、そこからどうやってホテルに戻ったのか、どうしても思い出せない。たぶんだが、遅い時間だったのでオペラ座あたりからタクシーで帰ったのではないかと推測される。

オルセー美術館公式サイト http://www.musee-orsay.fr

つづく。

2005/12/24

Paris 1

初日に日本人だけを対象にした半日市内観光を入れてしまったせいか、初めてのパリがなんとなくしらけて見えてしまう。私にはこのスタイルは合わないように感じる。初めて行く場所なのに、ガイドさんが、余計なアドバイスをするものだから、特別な感動もないままにその半日が過ぎた。

metro ←click

メトロ(丸みがかった天井が好き)

午後1時すぎに開放されて、さて次はどこに行ってみようかと考え、やはりルーブル美術館には行くべきだと判断してメトロで向かう。ルーブルはもともと宮殿だったが、フランス革命後1793年に美術館としてオープンしたとのことだ。建物はコの字になっていて、中央の広場にはあの有名なガラスのピラミッドがある。そこが一般の入場口となっている。このときは並ばずに入れたが、2回目のときはものすごい長蛇の列でとても待てない私は、3日間有効のパスを持っていたこともあり、ガイドブックの隅っこに書いてあったポルト・デ・リオンというすごく端にあるちょっとした秘密の(?)入り口から難なく入場した。なんと、ここでは入場券をチェックすることさえなかった。(たまたまだったのかな?)

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ルーブル美術館のピラミッド

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夜のルーブル

初めてのルーブルの感想。
あまりにも作品が多すぎて、そして広くて、目が回りそうになり・・・
まずは、恐らく、初めての人は誰でもそうするであろう行動、つまり有名な作品を探すことにする。最初に向かったのは、ご多分にもれず「モナ・リザ」である。モナ・リザの部屋は、多くの人がそこに向かっていくせいか、案外すぐに見つかった。そしてそこは想像以上に人で溢れて鑑賞どころではない。カメラのフラッシュが絶えず、正面から見ることは最初から諦めて、前のほうの少し右よりから見た。確かにそれはあの有名な絵で、想像以上に小さかった。けれど、やはり惹きつけられる何かを感じたことは確かである。

ニューヨークの美術館では、絵画の前で記念撮影、という光景はあまり見かけないのだが、ここルーブルでは、鑑賞するというより、作品の前で記念撮影することが、観光客には最も優先されることのようで、これも興ざめであった。作品をゆっくり眺める雰囲気ではなかった。

ルーブルの中で一番印象に残っているのは、ドラクロワの作品である。すごく大きいものだから、驚きも大きかった。そんなわけで、後日、サンジェルマン・デ・プレにあるドラクロワ記念館にも足を伸ばすことになる。

musee_delacroix3 ←click

後日訪れたドラクロワ記念館(左の建物はアトリエ)

閉館近くまでルーブル館内で過ごし、ガラスのピラミッド下にあるカフェで友人に絵葉書を書きながら休んだあと、その足で、その日は夜10時近くまで開館していたオルセー美術館に向かうことにする。今回の旅行の一番の目的はオルセーであった。

ルーブルの広場で、50代くらいのフランス人に声をかけられたことを思い出した。英語で。日本人ですか?というので、そうだというと、その人は日本に切手の商売で行ったことがあると言っていた。だからか、日本人を親しく思うのだろうが、ここで騙されるようなことがあると大変だと思い(周りにはたくさん人がいたから安心していたけど)、立ち去ろうとすると、これからどこに行くのか?と言うので、オルセー美術館だと言うと、もうそこにすぐ見えているけど、道順を教えてくれた。

それから、ロワイヤル橋を徒歩で渡り、左岸にあるオルセーに向かった。
ちょうど日が沈む時間で、橋を渡りながらゆっくりとセーヌ川を眺めた。パリで何が一番好き?と聞かれたら、私は迷わず「セーヌ川」と答えるだろう。それほど魅了された。夏の夕刻の涼しい風が、一日歩きまわった旅行者に優しかったからだろうか。でも、そのあと何度か渡ったセーヌの流れは、どの時間帯も美しかったと思う。橋の上から、右岸、左岸の川岸を歩きながら、それにノートルダム寺院のあるシテ島から、そしてセーヌ川を運行するバトービュスから・・・あらゆる角度からセーヌを眺めた。

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ロワイヤル橋から見たセーヌとオルセー

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セーヌ・オルセー・エッフェル搭

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夕暮れのセーヌ

batobus ←click

セーヌを走るバトービュス

オルセーについては、つづく。

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